「ギターと私」
  松田晃演の
    エッセイ集

 
       

音の神秘
  クラシックギターを科学する

 

令和元年=2020年
拙著「ギターは小さな星のオーケストラ」は
電子書籍として数日前に公開されました。検索は・・・
Amazonで松田晃演か、タイトル名ギターは小さな星のオーケストラで検索して頂くと出てきます
アマゾン→書籍→松田晃演で検索(虫眼鏡)
またはアマゾン→書籍→ギターは小さな星のオーケストラで出ます。

 


(284回)反抗期 (2020/7/21)

 ギター演奏がある程度上手く出来ていて、その奏者もある程度、または非常に音楽性もあり性格もしっかりしているにも拘らず、音楽の演奏をギターでする事だけが全く自由になっていない人がギター愛好家を含め、ギタリストの中に多い。
 私の気付いている事は、実はその人は正常であるのに、ギターを弾く各指が反抗期にあるのだと言う事。楽団(またはオーケストラ)の音楽演奏は反抗期の子供、精神の未成熟な子供達の心理状態のごとく、誰の言う事も聴く気がないと言うような心理状態を示している事を私は感じる事もたまにある。特にポップスの音楽演奏にそれを多く感じさせる。
 ではどうすればいいか?1つには子供達の成長を待つ。2、無理に言う事を聞かせる。3、言う事が納得されるべく命令を整理整頓、合理化。
 ギター演奏では命令が正当でその子等(無知な指共)に未来の繁栄(栄耀栄華)=理想的な音楽演奏=の出来る可能性が納得された場合、教育、つまり指の再教育(監獄に入れるとか?)になる。監獄とは苦しい稽古、あらゆる奏者の難しい要求、名手になる為の必須要件、に答えられる自由に動く指に成る為の訓練が始まる。つまり自由奔放に遊ばせない。教師の重要性、質の向上等。
 パッパラパーッとラッパと太鼓を打ち鳴らせ!(2017/10/7作製)

(283回)(2020/7/16)

 クラシックギター上達の為に、自分に足りないものは何か?ギター音楽究極の目標。
 テクニック、良い音、多くのレパートリー、等々があります。
 それらを使って何をするか?その先は自分の芸術性をみがき、高める事です。そこに至る為のアドヴァイスを、とすれば古今東西に存在する本を読む事です。
 最終的に一冊の本を何度も読んでいる状況になりますが(それに耐える本があればの話ですが)中々見つからない。内容が非常に難しいがその本を理解すればある地点に至るであろう、と予感させられる著作が見つかれば生涯の友となる。
良い本に行き着くには”運”次第でもある。
 パリ住人の枕頭の書(枕元において毎夜読む本)は何か?とのアンケートによるトップに、ボードレールの「パリの憂愁」が来るそうです。
 書物は何世代もに渡って過去の優れた人達によって書き残された貴重な遺産であり、こゝには心を強く打つ言葉が散見される。
 大体において、碌な本はないと私は中年頃までは思っていて、あまり読書には興味は無かったが、上述の自分の芸術性を、みがき高める為には読書は全く必要であることに思いいたった。読む本を選択する目が出来たからかも知れない。僕は若い頃から、真面目に本を捜し偉大な思想に接しようとは全く思わなかった。
 1980年頃セゴビア先生が日本に来られて、先生が難しそうな本を読まれることを知って嬉しくなったことを思い出す。先生に頼まれて銀座4丁目の少し行ったところの本屋さんで、スペイン語の本のカタログを貰ってきたことがある。先生は日本にはスペインよりももっと沢山のスペイン語の良い本があると感心しておられた。(2018年4月14日作成)

 

(282回)アスリートと芸術家 (2020/7/7)

 今日(2019/10/7)野球の金田正一さんが無くなられた。ちなみに彼は私より約4週間若い(ジュリアン・ブリームは私より2週間程若い)。
 アスリートの話は、音楽家の練習、訓練のにとって見習うべき点が多くある。
 新聞の記事で私が参考にした事は、金田選手はひとの3倍から5倍は練習をしていると公表していた。大卒直後、ギター上達には何をどうすればよいのか判らなかった(ギター演奏法=勉強法の初歩すら日本に伝わっていなかった時代)私はプロの凄さを知り、もの凄く練習でもしようと決心をした。
 イメージをしてそれを昼夜反芻していたと言うスケートの羽生選手の4回転等は、私のずっとやるべき作業で、ギター演奏解釈完成には必須の作業である。私の命名したサッカーのモウドリより借用したモウエンもそうである。
 アスリートと芸術家の違いは、勝つか負けるかである。アスリートの場合は、相手が弱いと勝てる。これは勝負事全般に言える事(囲碁、将棋でも)でそこが芸術家との致命的な大きな差である。だから、芸術家において他より上手いともてはやされる事は、本人にとってもファンにとっても快感ではあるが、実質、名人とは一線を画されて然るべきではある。他より上手いか下手かということは芸術においては何の価値もないし、評価の基準にはならない。
 芸術的に誰が見ても誰よりも優れている人は芸術家の中には慥にいる。(2019/10/7 作製)

(281回)genuine guitar 真性のギター (2020/7/3)

 genuine guitar、私がずっと考えていたギターのあるべき姿、その名前、ギター音楽が成長して行きつくべき姿。
 全てのポピュラー音楽はクラシック音楽としては genuine(発音は-ジェニュインでジェにアクセントがくる) な音楽ではない。
 genuine (純粋、純正)ということがいかにある製品の純粋性とその品質維持を守るために必要不可欠であるか。
 物には名前が要る。真のクラシックギターに名前が欲しかった。その名前が genuine guitar。日本語にすれば、純正ギター。僕はタッチにもそれから、フレーズの解釈にもいくつか名前をつけてきた。曰く・・ゴルフタッチ、ホールドタッチ、モーエン(妄演)等々。これらは genuine guitar 関連のテクニック、演奏解釈のためのテクニックの名前です。 私の命名したgenuine guitar が音楽全般に波及すればいいなと私は願っている。genuine guitarは少々排他的ではあるが芸術である以上、排他的なのは当たり前の事である。心の片隅にほんの少しでもポピュリズム を持った音楽演奏はgenuine guitar 演奏とは言えない。思い出すのは、セゴビア先生の「ほんの少し」に反応されたジョークである。ほんの少しは大変な事なのだとの教えです。「ある青年が恋する女性の父に彼女と結婚をしたいのでお許しください、と願ったところ父は、もちろん結構だ、ただしあの子はほんの少し妊娠しているが・・と答えた」私にすればほんの少しは取り返しのつかない大事件でもありうる、と言うセゴビア先生の警句でした。
 ホールドタッチと、ゴルフタッチ(第163回短文集の2−タッチ参照)

 『分かりやすく言うと、或る会社が精魂込めて作り上げた車のオイルは純正(genuine)でなければならない。』

 

(280回)握手 (2020/7/2)

 エリザベス女王との握手には大切なルールが在るそうです。
 エリザベス女王は毎日多くの人々と謁見され握手をされる。其の時、女王の手をこちらから握っては不可ない、女王がお握りになるのにお任せする。
 私は昔アメリカのワシントンD.C.で、コンサートの後、盛大なパーティーを催して下さった。その時、二人の大男が現れ、握手を求められ各指が悲鳴を上げ、折れるかと思う程強く握られた。外そうと思ったが離してくれない。今から思えば指を潰してやろうとの強い意志が在った様な気がしないでもない。
 ワシントンD.C.では主催者の方が、日本大使館の方を私のコンサートに招待した所「必ず行きます」との返事にも関わらず、1人も来なかった。主催者の方は烈火の如く怒って、天皇陛下に手紙を出すのだと言っておられた。ギターが軽く見られた。
 私の後輩で政治家として成功して著名な方々が何人か居て、お疲れの慰めになればと自作のCDを進呈した事があるが、殆んどの場合受け取ったとの挨拶は愚か、礼状の一つも来ない。まあギター等、票に結びつかないと考えられるのは当然なのかも知れない。
 レンブラントは、オランダ国の文化の優秀さを他国に知らしめる為に世界に誇る画家として国家に重用されたと聞く。国の文化の優秀さとクラシックギターとは、まず結びつかなかったのかも知れない。世界一と勝手に?自認するギターリストは世界に向かって誇って頂く訳にはいかない。あるフランスの知識人の方?からメールを頂いた。彼は私の最新ギター教本の1が欲しい、それも英文で・・・と。無い、と冷たい返事を差し上げた。そうすると今回の「ギターは小さな星のオーケストラ」電子書籍の発売を知ってか日本語でメールを頂いた。私はセゴビア先生にギターを習うのだからと、スペイン語を一心に勉強してスペインに出掛けたことを思い出す。
 驚いた事に今回私が出した私の下手な忘れかけの英語のメールの返事に英語とその下にローマ字で日本語の翻訳が添付してあった。オマケに、そこには私のCDを聞いた瞬間にAndre´s Segoviaを私の音楽解釈が凌駕しているとなどと恐れ多いことまで書いてあった。
 数日前、ある日本人の方にCDを上げたところ「音楽を聞かせて貰った」とのお返事。僕は嬉しかった。
作成日: 2017/10/11

(279回)新型コロナウィルス (2020/5/24)

 私は1960年セゴビア先生に招かれてヨーロッパに行った。渡欧の前に持っていた美しいイタリアのイメージ、イギリス、などとは違い、私が受けた割と強い印象は靴のまま部屋に入る、ということです。考えてみると非常に汚いと言うことです。絨毯の上を外からきた人が土足で歩き、時には犬のフンを踏んできた人があると部屋中が臭い。本当に臭い。また日本に来たヨーロッパ人がタクシーの窓から食べカスを吐き散らす人もいた。
 新型コロナウィルス伝播に関しては、彼らがハグしたり、くっついたり握手したりと、日本人には無い3蜜の危険度がより強く高いのではと思われます。
 翌日追加ー多くのお店に消毒剤噴霧器がおいてありますが、ほとんどの人は荷物で手が空いていません。荷物置き場がないと消毒がし難いです。両手とも空いていなければダメです。

(278回)〜シェフとは〜 Le re`glement du chef (2020/5/14)

1.シェフとは神である
Le chef a raison.
2.シェフとは、いかなるときも絶対である
Le chef a toujours raison.
3.たとえ見習いが正しくとも、条文1を思い出せ
Me^me si un subalterne a raison,c'est l'article 1 qui s'applique.
4.シェフとはただつまみ食いをしているのではなく、味見をしているのである
Le chef ne mange pas, il se nourrit.
5.シェフとは、ただ酒を飲むのではなく、味わっているのである
Le chef ne boit pas, il gou^te.
6.シェフとは、ただ眠っているのではなく、休んでいるのである
Le chef ne dort pas, il se repose.
7.シェフとは、決して手抜きをしているのではなく、ただ自制しているのである
Le chef n'est jamais en retard, il est retenu.
8.シェフとは、決して自分の仕事を離れているのではなく、ただ呼ばれるから離れるのである
Le chef ne quitte jamais son service, il est appele´.
9.シェフとは、決して女性従業員と話し込んでるのではなく、教育しているのである
Le chef n'entretient pas de relations avec sa secre´taire, il l'e´tudie.
10.シェフとは、決して、仕事中に新聞を読んでるのではなく、ただ勉強しているのである
Le chef ne lit jamais son journal pendant le service, il e´tudie.
11.雇われ人の意識でやってくるが、キッチンに入るやいなやシェフとなる
On entre dans le bureau du chef avec des ide´es personnel's on en ressort avec les ide´es du chef.
12.シェフとはパンツ一枚でもシェフである
Le chef reste le chef, me^me en calecon de bain.
13.シェフの陰口を利いたときは、ボーナスは減るものと思え
Plus on critique le chef, moins on a de primes.
14シェフとは、常に皆のことを考えなくてはならない立場にある
Le chef est oblige´ de penser pour les autres.
(2008年10月21日 作成)・・・暇を見て目についた古い原稿を載せました。

(277回)巨匠Andres Segovia(2020/5/10)
ここから始まった(1)


 全てはここから始まった。・・・・巨匠Andre´s Segovia
 これだけは言っておかねば!!!
 ギター演奏に於いて、音楽家としてセゴビアを超える人はまだ出ていない。SPレコード時代、今から7、80年前か、私はセゴビアの演奏によるスペインのAlbeniz、Granados、そしてドイツのメンデルスゾーン(弦楽四重奏のカンツォネッタ)バッハの演奏をSPレコードで聴いて、原曲の世界に名だたる名手による演奏と聴き比べてみた。セゴビアの演奏は原曲(ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、オーケストラ等)の演奏と比べると音楽として全く原曲を弾く著名な演奏家達は見劣り、セゴビアの演奏はこれこそ音楽だと思えると思った。私、14、5才の頃。私が生まれる前、昭和5年セゴビアさんは日本に遥々船で演奏に来られた時の演奏について、私が若い頃最も尊敬すべき音楽評論家と思っていた、河上徹太郎氏は、当時(1930年当時)印象に残っている外来音楽家はAndre´s Segoviaの音楽のみの演奏であると書き残して居られる。この方の音楽評論は若い頃の私が読んでも中々難しく中身が濃いのだとしか思えなかったが、他の音楽一般の評論家とは確かに一線を画して居られると感じていた。真の音楽とは一般人には誰にも簡単には理解出来ない代物なのだと当時私は感じていた。
或る音楽大学の著名な音楽の教授であり音楽評論家に私はギターでAlbe´niz, Granadosの演奏を聴いて貰った事があるが、もっと原曲に忠実に弾きなさいとのご忠言を下さった。(セゴビアの真似は駄目だという意味においてであった)空いた口が塞がらなかった。これらの方々が日本の西洋音楽へのアプローチの仕方へのオピニオンリーダーであったとは、空恐ろしい限りである。Andre´s Segoviaの弟子である私を何者だとお思いになっての言葉か。音楽的常識をお持ちでない人が音楽の教授職として生涯を全うされたとは????
 今言える事は、偉大な才能と音楽への情熱をお持ちのピアニスト(当時の著名な外来名演奏家達)が西欧において、優れた頭脳の持ち主である筈のピアノ等伝統ある西洋音楽の教授に、若くて貴重な時間と情熱をかけて習い、世間では1流と目される音楽家になって居られるのに、一ギタリストAndre´s Segoviaに追いついていなかった事の証明であり今でもそうであるかも?である。
 私の持論。ピアノは発育不全の楽器である。(近年心あるピアニストは、ピアノフォルテなるピアノの前身?らしき楽器を使って公開演奏をしている。が・その楽器の世界的名手はまだ出ていないのかも知れない)セゴビア先生は世界的ハープシコード奏者に対して、ハープシコードは風邪を引いたギターだ、とからかった。
 これは私の「ギターと私」欄掲載予定の多くのエッセイの1つです。

ギターの音楽
ここから始まる(2)

 ギターで出来る音楽は唯一セゴビアの音楽の世界である。のみである。そこへ行くには努力あるのみ。他へ目を向けるな!前出「全てはここから始まった。」に尽きる。
 数学の世界の喩えを用いれば、数学の証明が美しくないとその証明は正しくないと言えるらしい。音楽演奏に置き換えると数論の予想(註)(例えば公理に定着する前の思い付き、ひらめき)あるいは仮説は楽譜であり演奏が美しくないと楽譜が正しく証明されたのではないと言える。つまり弾いただけでは理論(予測)の証明がなされたとは決して言わないのだ。(註)三角形の内角の和は180度である等と誰かが思い付いた後にそれを全ての3角形に当てはまると言う事を証明する事。
セゴビアの音楽は数論の大家、ガウスのあるいはオイラーのあるいはリーマンの予想の解である。先日、デュソートイの「素数の音楽」を読み返していたらこの考えに行き着いた。数論の世界では、何百年とかかって、世界の頭脳の頂点の方々が挑戦して未だ証明が出来ていない予想が存在する。セゴビアの音楽解釈とは紙に書かれた楽曲を予想として、それに対する回答=証明である。
 そこでセゴビアが演奏ないしは演奏解釈をされてしまっている音楽は正しい解釈が出来てしまっていると思われるので、いわば証明済みの音楽である。見事な証明である。それをあなたが演奏するのは見事な証明をたどってする楽しみなのである。新しい自分なりの演奏解釈をしてみる事も可能です。それがセゴビアの演奏解釈と違う場合、それを意図している場合、等、色々あるがセゴビアを凌駕出来ている事は稀であるかも知れない。そこで美しい音楽を求める時、最も正しく、新しく今まで知られていなかった演奏解釈が出来上がって居るとすれば、それは心血を注いで仕上げたあなたの新しい証明でありうる。大袈裟に言えば、音楽ノーベル賞(実在しないが)に価するのかもしれない。セゴビア先生の演奏して居られない曲目を、そのレベルで演奏する事が出来れば演奏家冥利に尽きるのである。
 数論を実例にとれば、セゴビアと異なる演奏解釈を主張されるとしたらその演奏解釈は、セゴビアが行った証明よりも美しくなければならない。数論では美しくなければその証明は間違っているといわれるし、その証明をたどる事は楽しくなく苦痛であるとも言える。
 数論と同じく、ギター音楽も人間精神の名誉の為に資すべき責務を持っている。音楽を実用的な道具としてでは無く、知の概念として学ばねばならない。
 デュソートイの著書にインドの港湾職員の一人の天才数学者の事が書かれている。彼の数学上の予想あるいは公理の予想はなんと、死後何年間も評価をされなかったあの偉大なバッハの音楽に喩えられている位、偉大な予想があるらしい。彼の名はルマヌジャン。

セゴビアトーン
音が美であるという事。

 私は昔、東京に住んでいて、神戸でコンサートをする事になった。その時丁度ベネズエラの世界的ギタリスト、アリリオ・ディアスさんが日本公演に来て居られ、私のコンサートを聴くために東京からわざわざ神戸まで一緒に来て下さる事になった。新幹線往復一緒に旅をしたが、帰りの新幹線でディアスさんが私の耳に囁く様に「君、セゴビアトーンを知っているか」私「Yes」、「それを教えて貰ったか?」私「NO」
 全てのセゴビア先生の弟子がセゴビア先生のセゴビアトーンを教えてもらいたかったが、教えて貰えなかったと思っている。セゴビア先生からすればいくら教えようとしても教えようがなかっただろうと思う。目の前で弾いて下さって居るのだから、教えてもらっていたのだと言うのが本当の所だ。
 昔、或るセゴビアの教室の同窓(西欧の若者)が東京の私の教室に尋ねてきた。曰く、「あなたはセゴビアが贔屓にしていたから、ギターが上手くなっているが我々は上手くなれない」と言った。私はセゴビア先生が私を贔屓にして居られたとは夢にも知らなかった。その東京の私の住処に習いに来た人はクラシックギターを諦めて、リュートの演奏によって世界的大家になっているとずっと後に知った。
 Andre´s Segoviaは全ての音にヴィブラートを掛けていると言われていた。右指が美しい音を出せていないとヴィブラートを掛けてその音を強調する事はナンセンスである。私は、全ての音をヴィブラートを掛けなくても美しく弾かないと、と思って勉強してきた。強烈な美に対する憧れがないと、セゴビアトーンは出ないのであって、何かちょっと教えてもらえば出せる物ではないとの悟りを得なければならない。

そしてここに終わる

 音楽演奏家はいまや、真の芸術家である事を自覚しなければならない。何故なら演奏家を画家に置き換えると、絵画は永遠の命を(と言ってもそれほどの不滅性は無いが)画家の手を離れてから得ているが、音楽演奏家の作品(録音物)はデーターとして残るので、まず絵画よりはもっと永遠の命を授かっている。セゴビア先生の演奏を喩えると、先生の演奏されたある作品は、ある特別な作品、つまりある時のある音楽演奏は、先生がこれぞという演奏解釈をされていて、他の音楽家の追随を許さない。セゴビア先生の演奏の中の最高のものを言うのであって、あえてセゴビア先生の良くない状況の演奏を探しだす必要はない。出来るだけ悪い状況の演奏を取り出して、「セゴビアは大した事はないと思う」と評価する事は馬鹿のする事であり知性豊かな人は決してしてはならない。出来るだけ悪い状況の演奏はすべて(陶芸作家の様に)廃棄処分にしてしまわなければならない。
 出来の悪い演奏ー録音は間もなく、人類の誇りとしては人類に取って不名誉な作品(演奏)であるので廃棄処分にすべき時が来る。それはレコード制作者(会社)の仕事であるのだろうか。

 

(276回)ウィンブルドン (2020/5/10)

 1961年だったか、原智恵子さんのピアノとチェロの巨匠カサドのコンサートがウィンブルドンで開かれるという事で、お二人に同行させてもらいロンドンから地下鉄(郊外電車)で聴きに行った事を昨日のように覚えている。
 先日、テニスの決勝の放送が有ったのでそのコンサートの事を鮮やかに思い出した。
 ウィンブルドンのカサド先生と原智恵子さんのコンサートの会場は、メイフラワー・バーンというメイフラワー号の木材で作られたと言うウィンブルドンの小屋で開かれ、その会場のわら屋根の上では、多くの小鳥達が音楽に合わせて大合唱をしていた。あの時のGranadosのMaja de Goyaであったかは流石の演奏で、今でもまざまざと思い出す。
 コンサートのあと、花咲き乱れる会場の庭先に、ロンドンでは恒例のティーパーティーが催された。
 テニスの試合が放映される度に私はこの事を思い出す。(2015年7月13日 作成)

(275回)定年退職後! (2020/5/7)

 私は中学から高校に掛けてギター=クラシックギター、に夢中になっていた。高3の春、実力試験がありその結果が長い廊下に張り出された。最大の悪友がトップに出ており、何と僕はどん尻に、そしてお前と俺とで全員を挟んだな、と2人で笑ったものだ。(後で訊くと、平均点が50点以上のみを張り出したらしい。それで◯X問題には鉛筆を立てて、倒れた方に○を付ければ50点は取れたらしい)
 そこから私の追い上げが始まった。
 先ず、計画を立てた。3学期を3つに分けて1学期は高一の教科書の完全学習(独習)、2学期は高2、3学期は高3を自習するとしてその日から始めた。今でもそうだと思うが教科書は誠に良く出来ている。例えば数学。微積分がチンプンカンプンであったのが、3学期に成った頃つまり高2を学び終えた頃には教室でほとんど付いて行け、意味が解り出した。3学期の終わりには受験のための実力考査に、兵庫県で第3番であったらしい。という事は1、2年生の教科書の完全独習をすれば3年生の3学期の勉強は付いて行けるということです。
 ここで僕の強調したい事は、絶対に焦らないという事です。焦りは、集中力をなくす事になります。一年後には3年分上達している事は請け合いです。ただあまりにも運の悪い方、例えば自分で見つけた練習課題が全く方向違いであった時には、少しも進歩していない事もあり得ますが、運が良いと、天が助けてくれます。私の持論は、「人は皆、運が良い」です。考えに考えてされる事に間違いとか失敗とかはありません。
 私が高3になった時のように平静な心を持って、定年退職の後に、クラシックギターの勉強をお始めになって下さい。頭を冷静にして、これさえ出来ればギター演奏は楽しめるだろう、と言う地道な稽古を始める事です。start again! その為の時間はたっぷりあります。この面が足りないのでは、
 と先ず頭を使って見つけ出す。体力、健康も大切です。1年でも2年でも掛けて!!入試が目前ではないのです。65才の人がが67または68歳になっても、90才が92才になっても見た目は同じです。ただクラシックギターの演奏だけは見違える程完璧になられている事は確かです。その事を心から願います。あるいはギター演奏が楽しくて仕方がなくなっておられることは確かです。
 この事、新型コロナウィルス禍の今、時間をいかに過ごして、大きな成果を残すかは、あなたの知力に掛かっています。(2017年9月19日原案)

(274回)音と言葉 (2020/5/4)

 ある国で中身の濃いい話をしている。
 音楽に置き換えると全く誰も知らなかった楽譜のある、フレーズの美、意味を知る事が出来るようになると、それを誰にも(意味が)聞き取れる音に置き換えなければならない。
 あるフレーズの美、意味を発見するには並外れた才能と努力を要求される。永年の修練、努力があればそこ、その境地に辿り着けたはずである。
 意味のない事をペラペラと、それなりに綺麗に喋る事、それに飽きたらず頭脳が働き始めると、言葉を深く理解したくなるのは当然の成り行きである。
 ある国にいて、意味と内容の深い、つまり中身の濃いい話を聴きたく、あるいは話したくなった時、その国の言葉を学びたくなるものである。中身の濃いい話を、したくも聞きたくもないのにその国の言葉を知りたく(学びたく)なることは有り得ない。その「中身の濃いい話」は、その国の言葉でしか語り(語られ)得ない中身である。
 母国語ではない他国の言葉は、本当は私にはよほどの幸運と努力、想像力、そして才能がないと身につける事が出来る筈がないのではと感じている。(作成 2018年5月9日)

(273回)基礎練習のルール作り(2020/4/28


 何かのゲームが楽しい、流行っている、永年続いている、囲碁や将棋、野球やフットボール、バレー、バスケットの様にゲームとしての生命力の永いゲームは、何らかの意味で素敵にそのゲームに適合したルールが設定されているからだ。
 その素晴らしいルールは時代の変化に対応し常に改良され進化している。
 ギターの稽古にもそれぞれの人なりに、いいルールを考えれば楽しく練習が出来る。上達のための基礎練習を如何に考えつき、思いつき、それをこなすかと言う時のルールです。ノルマとも言えるが、自己の持つ能力の限界迄、又は限界を超えてテクニックを延ばす為のルールであり、ノルマです。基礎練習をゲームと考えるのは一つの上達法です。
ゲームとして必須のルールは各自が自分に課するノルマです。
 ルールの良否によってその人の上達が方向付けられる。そのルールは常に進化改善して行かなければならない。上達目標に最適なものであるかどうか、日々厳しく自己判断とそれを厳しく監督していく必要がある。
 ルールはその人の規律の持ち方、それらによって洗練されて行く。これが重要な点であり、はじめに言った永続するゲームの様に、何時迄も続けられる練習法を自分が発見した事になり、練習が遊びとしても飽きることがなくなる。
 1)音階とアルペッジョ・これらは少しギターを習った人、少し熱心な人は毎日の練習に取り入れている。日々の基礎練習としては、例えばセゴビアの音階練習、ジュリアーニなどのアルペッジョ等稽古したと言うエクスキューズとして取り入れている。
 2)どうしても弾きたい曲があり、ある程度は弾けるが、ある一部のみがネックになってその曲全体が弾けない。これにはその部分のために自分で工夫して日々の基礎練習のスケデュールとして自作のなにかを作らねばならない。そしてその部分だけのレベルが上がるとその曲全体を弾ききる事が出来る。自分で工夫した特別な練習は自己判断が簡単に出来る(ある困難な部分が引ききれるかどうか)ので誠に有用である。それを何日か、または何ヶ月かしているとその弾ききれなかった曲が見事に弾けるようになっているか居ないかで、特別な練習の効果が良いものであったかどうかを簡単に評価出来る。
 そこで私の考えた事は、名コーチの必要性である。しかしそんなものは存在しないし、し得ない。名コーチはすなはち、名演奏家である。名演奏家は若者(若くなくても真に上達を希求する練習生)に、その者に最適な基礎練習のレシピを考えてくれるかもしれない能力の持ち主ではあるが、その方が真剣に若者の上達を考えて、指導して下さるなんて事は夢のまた夢である。そこで各自は自分が自分の専属のコーチである事を自覚し専属のコーチのレベルアップを自分の責任において頭脳を使ってしなければならない。
(2019年5月8日 原案)
 因みに次項の時とは物には時があるとは旧約聖書の「コヘレトの書」に出ている。ソロモンの言葉を集めたものではないかとも言われている。スペイン語のcogerは確か集めるでは無かったか、ソロモンが人々を集めて話をしたとの伝説よりこの書名が名つけられたのかも?(浅学の松田註−)

 

(272回)練習の時 (2020/4/20)

 練習さえすればギターは上手くなる。
 昔神戸新聞のKCCで教えて居る時不思議なくらい上手くならない生徒がいて「少しでも家で練習して居るのか」と聞くと全然、と返事が帰ってきて私は驚いた。その次のレッスンでは見違えるように上手くなっていた。
 物には時がある。
 新型コロナウィルスの今、ギターの練習生は随分上手くなるだろうと私は期待している。練習の時です。

(271回)人口問題、地球温暖化、食料問題 (2020/4/8)

 大した事はない。地上の人口が今の100乃至は1000分の1になれば、もっと言えば0になれば全てが解決する。全て悪の根源は人間の数の多さである。(作成日2019年8月10日 )

(270回)絶滅危惧種 (2020/4/7)

 自然界で絶滅危惧種を見付けるのは難しい。
 絶滅した種が絶滅していると証明することは不可能に違いない。何故ならば、絶滅しているからである。絶滅危惧種であれば見つけて保護すべきである。
 悪いことに絶滅危惧種は人に見られる事を嫌う。
 さてAndre´s Segoviaの音楽が絶滅危惧種の音楽であるとすれば、それを奏でる音楽家は絶滅危惧種である。
以上

(269回)ギターとピアノ(2020/4/1)

 何年か前、アメリカでピアノを勉強している若者(日本人)が、僕のCDのギター演奏を聞いてギタリストに転向したいとの意志があると僕は人伝に聞きましたが、いつの間にか転向は諦めたらしく音沙汰は途絶えています。
 昨日、投稿欄に古い投稿を掲載しましたが、そこに興味深い記述がありました。それはTarregaはピアニストを志していたがギタリストになることを決心した、と言う点でした。。
 Tarregaさんはギタリストになる事を諦めませんでした。何故なら彼はギタリストになるべく稀な才能の持ち主でしたから。そして、実は、真の理由は・・・・トーレスでした。(私の考え)Tarregaは優れた楽器に魅せられたのでした。

(268回)音程とテンポ(2020/3/28)

 遂に音楽ファイルの音程とテンポを自由に調整できるソフトが出現しました。音楽ファイルのピッチやテンポを簡単に変更できるソフトです
 音楽演奏を読み込み、「ピッチ」、「テンポ」スライダーを調整するだけで好みのスピードと音程で、再生や保存ができます。
 これは何を意味するか。音楽の新時代到来です。
 音楽性があればその人の演奏可能なスピード、納得出来る音楽解釈で演奏しておけば、後で必要なスピードにする事が出来る。
 次に楽器。
 ある音程に合わせると(A=ラの音を440ではなくて少し高く、又は低く合わせた時)その楽器の持っている思わぬ美しい、個性的な音が出始める事があります。もしその状態で録音をしておいてA=ラの音を440のピッチにして再生出来るなら完璧な音楽が保存出来る。
 私は全く興味を持たなかったが、ギターによっては最善の音程に合わせると全く想像しなかった、再度言いますが思わぬ美しい、個性的な音が出始める事があります。
 私の持っているAntonio de Torresは音程を下げると全く違った楽器のような音がし始める。冷静に考えると、A=ラの音を440にするとは誰が言い始めたのでしょうか?誰が決めたのでしょうか?トーレスの時代には私がギターに興味を持ち始めた頃の様にナイロン製の弦は無かった。もっともっと切れ易く但し柔らかい音のする弦を楽器に張って演奏していた。ギタリストと製作家はその様な音楽を胸に描いて楽器に接していた筈である。
 超絶的に高速で演奏された音楽に感心しなくて良くなりました。
 ギター音楽に新時代到来です。(2018年2月6日作)

(267回)演奏とその記録 (2020/3/28)

 こんにちの常識として、演奏は記録される。記録するのが演奏目的と言う事になってしまった。では何を演奏してどう記録するのであるか?
 結論は絵画である。絵画は記録する事が目標である。
 絵と音楽の違うところは、写真が発明された頃、画家はいなくても良い、絵よりも記念に残しておきたいものが写真によればもっと写実的に完璧に残せると、ある種の画家に恐慌を与えた、と聞いている。それに反して音楽は、被写体が楽譜であるため演奏がそのまま完璧に実演と同じに記録(レコード)されても、それほど演奏家は脅威に感じなかった。それは何故か。お考え下さい。

(266回)螺旋階段(2020/3/28)

 音楽演奏の上達は螺旋階段状になされる。チェロのカサルス氏の何かの文章で、目に止まって私の心に残っている。
 それは、音楽演奏の表現力は音楽的内容が成長するとそれに対応したテクニックが必然的に要求される。その芸術家である個人の演奏家の中においてである。逆にテクニックが成長すると芸術性のある音楽演奏が出来るようになる。芸術性のある音楽演奏が進むと更にテクニックの不足の情報が演奏現場(ソリストの場合は各指達)から上がって来る。そこで弛まぬテクニック習得、向上の為の工夫と修錬が行われる。
 音楽的内容の成長なくしてテクニック習得は無意味であり無駄な努力と言うべきかも?音楽的内容が豊かになって来て音楽が頭の中で美しく鳴り始めると別に苦労して弾かなくてもなんて考え始めるかもしれません。しかし、相応のテクニックを手に入れて身に付けていないとその境地になれないと思われます。ある程度のテクニックを身につけているとそれ相応の音楽が頭の中で鳴らせられます。それがテクニック習得の情熱の起動力になります。
 ギター音楽においては、特に音色の向上は不可欠で、それは機械的なスピードがテクニックであると誤解されがちであるが、スピードがなくても美しい音が出せるか出せないかは奏者の価値であり、表現力の源でもあります。美しい音を出すこともテクニックの一つ役目である。
 音が綺麗に出せて、その美しい音で必要な時にはスピードが出せる。そのスピードで美しい音が出ないとなれば、それは真のテクニックとは言えず、その段階で美しい音を追求する、これが螺旋階段を登って行く音楽演奏の上達である。ギター演奏では特にその上達方向は不可欠であり必須である。
 私が昔からよく言っていましたが、名人に悪い音の人はいない。名人は当然テクニックを、個性的なテクニックを持っている。機械でもそうですがどこか不調なところがあると悪い音が出る。指に譬えれば、悪い音が出る時は効率が悪く不必要な動作をしている筈である。(2018/1/18-作成)

(265回)音色の変化 (2020/3/23)

 ロンドン時代(1960年頃)私はプレスティー・ラゴヤのデュオ(2重奏)コンサートがあると言うので、ウィグモアホールに聞きに行った。
 イダ・プレスティーは私がギターに興味を持ち、ギター演奏を習い始めた頃、フランス美人でありSPレコードには美人ギタリストとして彼女のSPレコードでのソロは著名で、評判の高い女流ギタリストであった。実物を見るのはこのロンドンでの時が始めてであった。御主人のラゴヤ氏はある程度名の知られたギターリストで音楽学者でもあった。彼らは2重奏で名をなしていた。同じようなフレーズが二度現れると「右手をブリッジ寄りと19フレット寄り、またはその反対に移動させて」変化をつけていた。その方式は、今でも流行っているらしいが、私がずっと弟子達に指導して来、あるいはこのパソコンのエッセイで述べて来た右指の使い方とによる音色に変化の付け方とは全ったく異なる。天国と地獄ほど、あるいは天と地、程異なる。セゴビア先生は機械的なこのようなことは決してなさらなかった事を覚えている。機械的である事は、ロコモトと仰って無視、侮蔑、軽蔑と幾ら言葉を並べても並べたりない位唾棄して居られたのではないかと、私は勝手に信じていた。この二人の2重奏のレコードは驚いたことに当時の最も優れたディスクであると、さる著名なギター教師、作編曲家、が「音楽のない島に1枚だけレコードをもって行けるとしたら、このプレスティ・ラゴヤの盤だ」と言っていたのは私の耳に焼き付いている。この一言は「馬鹿笑いに箔をつけた」と言うべき典型ではないでしょうか。
 このようなギター演奏が理想であり目標であると言う時代はいつ迄続くのでしょうか?
 私は今にして思えば「右手をブリッジ寄りと19フレット寄りに移動させて硬めと柔らかめに使い分け」等の呪われたギター音楽不毛の、フェイク表現法を排除して、真実の音楽表現法をギター音楽演奏及び演奏解釈に取り入れるために、命がけになっていた。
 私は自身、ギターでそれが出来ないなら死のうと思う位の人間である。

(264回)ポピュリズム (2020/3/14)

 政治指導者が大衆の一面的な欲望に迎合し,大衆を操作することによって権力を維持する方法。大衆迎合主義。
 クラシック音楽をもっとポピュラーにという風潮は真逆の流れだ。あってはならない。
 ギター音楽の場合は特別にそうである。ギター音楽が全くポピュリズム の泥沼に落ち込んでいたのを、クラシック音楽をする楽器である事を大衆から取り戻したのが、我がAndre´s Segoviaであり、その事実の重大性を夢忘れるな!
 ギター以外の楽器奏者が、クラシック音楽がポピュラー化しないと、と焦って居られるのは私ギター音楽をする事でクラシック音楽に生涯を掛けている芸術家には賛同出来ない。芸術は大衆のものではないはずです。

(263回)音痴 (2020/3/13)

 絶対音感とは?
 これの持ち主はつまり器械がなくても音の振動数がわかる人であり、音楽、音楽家の適性を持っているかどうかとは別の問題である。絶対音感がないから音楽が解らないという短絡的な事は思わないで下さい。
 音の振動数は色で言いますと色彩の分析された数字です。絵画とは何の関係もありません。インクを練り合わせる時に必要な数字です。
 つまり絶対音感が無くてもあっても音楽ができるし、音楽家になることも出来る。
 私は音痴だから音楽が解らないという人は、人生において大きな損失=音楽を楽しめない=を抱えている。3月一日作成

(262回)上からの目線(音楽学生は何処まで(2020/2/20)

 芸術家がある域に達すると、その域より下の、芸術家にならんとして居る者が、どのような位置にいるかが見えるようになっている。
 一例をAndre´s Segoviaに置くと、ギタリストのみならず、全ての音楽演奏家の演奏が目の下に見えておられたらしい。ギターを始めた頃には、初心者の目から見るとあらゆる著名な音楽家は、全て雲の上の人であった。その中でセゴビア先生はどのような位置に居られたのか計り知れず想像すら出来なかった。セゴビア先生は世界に生きている全ての音楽家が下に居るので、上述のごとく非常に細かい段階別に評価を下す事が出来て居られたらしい。その現場を私は目にした事がるが、私の地位からするとどうして先生はあの人を適当にあしらわれる事が出来るのだろうと思った事もあります。
 音楽演奏とはどのような物か、それは「音楽を何処まで理解して演奏しているか」の一言に尽きる。
 私が初めてセゴビア先生を日本で見たとき、私は未だ大卒の、ギターを始めてギタリストになろうとしていた未だ日の浅い一般人であり、先生を雲の上の人と眺めていた。大阪で大フィルとコンチェルトをされた時、リハーサルを終えて、オーケストラのコンサートマスター(松田註−オーケストラの中で最も偉い演奏者)のホッペタをパタパタと叩かれた。オーケストラの団員からすれば、私共初歩の音楽家、特に一般音楽家は一段下に見られていたかも知れないし、ギタリストからすればオーケストラの団員は立派な一級の音楽家とも見なすべき音楽のプロであった。それを子供扱いとでも言う如く、当たり前の様に上からの目線で、子供にする様に、しっかりやれよーとでも言う様にホッペタをパタパタとは・・・
 これは1959年の事です。今から思えば古い時代の大巨匠と、音楽後進国の東洋の果ての日本における1事件です。今では見る事も聴く事も出来ない古き良き時代の、大巨匠の振る舞いの一つであった。
 今でも昔でも言える事でしょうが、ある一線を越えた上に居る技術者、中でも芸術家はその芸の一部始終が手のひらの上においたと同様に見えているらしい。上下関係では微分積分の様に細かくハッキリと、どちらが上で何方が下かが判って居る。上下関係とはその芸に於ける理解度、練達度の深さ、才能の度合い等である。その方の成して来られた途方も無く果てしない追求の成果でもある。
 手が速く動く動かない、等の小さな事ではなく、そのかたの芸術における理解度(達成度)を理解(あるいは想像)して、その上に居るかたを尊重(respect)しなければならない。偉そうにしている等とは露思わないこと。
 その偉大な芸術家が上にいる人であるとしたら、その方は、下にいる人が何処まで芸術を理解しており、何処まで登って来れるのかはその人の努力次第で、異なる次元に居る事だけは確かであると、・・その下にいる人のそのままでは登り切れない崖、あるいは横たわる深淵を見ている。(2018年10月1日作製)

(261回)進化(2020/1/15)

 進歩は進化ではありません。ここまでになりたいという目標(見本)が存在してその目標に一歩でも近づく事を進歩と言う。そして目標に到達する、あるいは近づく。それは、非常に周りから評価されまた評価して上げなければなりません。
進歩の先に進化が行われます。目に見えなかった所に行き、今まで人が知らなかった所あるいはそれが出来なかった、あるいはしなかった事が出来るようになるのが進化です。
 長生きしていると(若くても熱意=パッシオン=があれば)人間であれば進化して行く。頭と指を酷使してするクラシックギター音楽の演奏を、この世で最も複雑で高度な知識と運動神経を使ってする事は、よほどのクラシックギターによる表現の可能性についての信念と信頼そして、跳ね返されても跳ね返されても挑み続ける執念を持っていれば、進化する事が出来る。頭に描くクラシックギター音楽を、そのまま、今までこの世に存在しなかった音楽を現実の音としてこの世に生み出す。
 進化は、進歩以上に非常に周りから評価されまた評価して上げなければなりませんが、その最たる評価がノーベル賞です。その賞を受けた人の喜びは、全く他人には判らない過去に於ける努力の結果であるので、素直にご一緒に喜んであげるべきです。
 私が今思うのは、あの優れた画家ゴッホがノーベル賞を受ける事が出来ていたらどんなに良かっただろうと、人類の愚かさを思い知らされます。(作成ー2019年6月6日)

(260回)音楽の未来永劫の生命 (2020/1/9)

 音楽作品は演奏によって存在を証明出来る。こんにち、音楽演奏はデーターとして永遠の生命を与えられました。
 未来に向かって、真の命を与えられて、何光年、いや何千光年先まで旅を出来る芸術作品は、この地球に生まれた人類の芸術文化の中でも音楽演奏のみかも知れない。音楽はデーターになってしまったので姿も形も無く、重量もないので、最も優れた音楽とその演奏が選ばれて何光年、いや何百何千万何億光年先まで(何時かは・・)旅をする。
 世界の最も優れた音楽家による芸術的演奏が時間と空間の束縛を超えて、遥か彼方の知性ある生き物に地球の文化の精髄を聴かせる。Andre´s Segoviaがその候補ではあるが、何百何千万何億光年先までのオーディエンスを想定して勉強している人は少ないように見える。
 何百何千万何億光年前の知的生命体が居たとしたら、神のような(例えばバッハ)音楽家が居た(あるいは居る)筈であるから、何らかの形で音楽データーを送って来ているかも知れない。
 私は地球の今と何百何千万何億光年前の、今地球から見えている惑星の生命体はこの今の瞬間、同時に存在していると考えている。そして何百何千万何億光年後の生命体とも今同時に存在しているのだと想像出来る。
 あとで考えるとDVDもデーター化されます。

これをお菓子にたとえよう。
 お菓子のレシピが楽譜、そして名匠によって創られた世界一のお菓子はAndre´s Segoviaの演奏です。そこで名匠によって創られた世界一のお菓子は音楽と違って永遠には保存出来ない。音楽の名演はデーターとなれば未来永劫の生命を得る事が出来る。データーとなって了えば名演は名演である。2019年9月4日 作成

令和元年=2019年
6月1&8日コンサートこのコンサートのプロと演奏についての感想と写真を投稿欄に、英文はTO-EnglishのG&Iに掲載

(259回)退屈−Boring (2019/12/28)

 易しく単純な曲。それを演奏するのは退屈だ。聴かせられるのも退屈だ。
 芸術家はある意味、単純で退屈に見える曲を変化に富んだ複雑な曲に仕上げる事も出来る。ギター音楽演奏においては尚更です。
 先日NHKの脳科学者の茂木さんの番組で面白い事を言っていた。付き合う相手が退屈(Boring−ボーリング)になると言う事は、自分が変化向上すればそうでなくなる、と。相手の好い所を見出す事が出来る人間に、自分がなる事であろうか。音楽に置き換えると、私がいつも考えている事で、当たり前のもっと簡単な事実であると理解出来る事でした。単純で技術的に易しい曲目は退屈(Boring−ボーリング)な曲とも思われがちであるが、上記のごとく「自分が変化向上すればそうでなくなる」とは音楽家の為のサジェスチョン(示唆)である。
 音楽の楽譜は自然のような存在で、単純にみえる楽譜も、例えば名も無い路傍の花がよく見ると着飾った人間の着物よりも複雑で美しいのと同じであり、よく見ないから路傍の花の価値を見過ごすのです。それはあたかも、人間業では如何に単純な楽譜が死ぬまでかかっても美しい音楽として仕上がらないのと同じで、自然の路傍の花にはどうしても勝てないのです。つまり自然に存在する路傍の花は、人間には絶対に創れないと言う意味です。(2018年1月16日 火曜日 22:39作製)

(258回)ギター音楽の指導者 (2019/12/14)

 先ず誇りを育てる
 ギタリストを目指していて、自分の進む道の難しさと厳しさに、道に倒れ込むようになっていた人が、「セゴビアは駄目だ」と言う言葉=悪魔の言葉(毒液)を耳に注ぎ込まれ、それに耳を貸そうと思う時があるかも知れない。この人がと思うような人からそれを言われる時がある。
 ギターの演奏法を公の場で人に教えている、または教え始めた人が往々にしてこの悪魔の言葉を発する。何故ならセゴビアに心服している人に、ギター音楽を指導したり教えたりする事、いわばはセゴビアに心服している人を心服させる道は誠に難しい事であるから。それ故に、セゴビアに心服している人の耳にこの悪魔の言葉を注いでおけば教え易い。その教える立場に立った人が、実は元々セゴビアに心酔していて、しかもそれを自分が正しく理解して達成出来ずに絶望しているからでもある。それ=Andre´s Segoviaの奏法、を弟子に伝える事は不可能に見える。自分にも分からず、理解達成出来なかったのであるから。
 教える立場の人は、セゴビアの表現していた音楽を演奏する仕方を理解出来ていない為に、セゴビア心酔者に教える術を持たない。それはその先生に出来なかった事柄であるのがその主たる原因であり、先生になった方はその方の土俵に=分かり易く説明が付け易い理論=論理の場に入門して来た者を引っ張り込もうとする。
 ある時絶望し道に迷っている私の耳に「セゴビアを目標にしないように」とキッパリと言った人がいた。その人は著名なギター音楽作曲家であるが、後に私が気がつくことが出来たのはその人は、その少し前に何処か東欧のギター音楽未開国に招かれ、マスタークラスの講師をし、コンクールの審査員になった直後であった。単なる偶然ではない。公開の場でギターを教える立場になると言う事は、その人の思考にそれほど顕著な変化をもたらし、世に害毒を流す。
 ではどうすれば良いのかと言うのはまた別の問題だ。(初稿2017年1月13日)

ギター音楽の指導者-2
 今にして思えば、私の先生、藤井紫朗さんは「マツダ君はその曲をどう弾きたいかが聴くものに伝わって来る。君がどう弾きたいかがよく解る」と言って下さっていた。
 これは大切な事で、藤井紫朗さんは私に一度も弾いて見せてくださらなかった。ただ今にして思えば、私が弾いている曲によって何を表現したいか、どのような音楽を演奏したいかが分かって下さっていたのかも知れない。

 

(257回)もう一人の先生アリリオ・ディアス (2019/12/8)

 アリリオ・ディアスさんの事を第6章回想録に追加しないとと思い以下を書いた所でした。そう思ったのが彼のなくなる日の辺りでしたのでまったく驚いています。
 私のもう一人の先生としてアリリオ・ディアス氏の思い出を付け加えなければ成らない。
 セゴビア先生の招待を頂いてヨーロッパに行った私の最初の目的地はイタリアのシエナでその年にはセゴビア先生は来られないと知った。そこではベネズエラ出身のアリリオ・ディアスさんがセゴビア先生の代教として教えておられた。
第1回目のレッスンでアリリオ・ディアスさんの甘ったるい音に驚かされた。アルベニスのサンブラ・グラナディーナを、実に見事に弾かれた。
 私の驚きは、芳醇な葡萄酒の香りが一杯の音楽演奏、クラシック音楽でそれが許されないのではないかというほどの、驚くべきとろける様な音色は、私には少々疑問を感じさせる位凄く、想像を絶するものであった。葡萄酒の芳醇な香りが部屋一杯に、周りの人々はくらくらに酔っぱらってしまうのではないかと、クラシック音楽の範疇を完全に簡単にはみ出してしまったこのラテンのギタリストは、恐ろしいと僕は圧倒された。
 カルチャーショックと言ってもいい。
 その前年大阪のフェスティヴァルでAndre´s Segoviaがグラナドスを弾かれたドイツの名工、ハウザー1世の音は私の耳から離れない。その同じ作家のハウザー1世で、このように酔っぱらいのスペインの音楽が演奏出来るのか・・・・。と言ってもあのサンブラはあの時教室に居てあのサンブラを聴いたのは2、3人で有り、どう思っても、稀代の不思議な演奏であり音楽であったとしか言い得ません。後にも先にも、あの様なギター音楽を聴いた事が無い。あの様なギター音楽の存在すら知っている人は少ないのではないか。
 その後アリリオ・ディアスは日本公演に来られ、凄いテクニックを見せられた。カモシカの足の様な指でギターを弾かれた。流石に、ベネズエラの国宝とも賞賛されるギタリストである事は間違いないと思いました。
 彼の滞日中、私のコンサートが神戸であったので、東京から新幹線で一緒に行こうと聴きに来て下さった。東京への帰りの車中非常に良く覚えている会話がある。「君はMaestro Segovia のあの音を知っているか?」(セゴビア・トーンの事だ)私は「勿論」。彼「その出し方を教えてもらったのか?」私「NO」
 私が70才の時、何となくディアスさんと話したくなってローマに居るだろうと思って電話をした。私の年を聞かれて70才だと言うと彼は自分は80だと言われた。で彼は今93才で未だ活躍していられるらしい。Maestro Segovia より永く演奏生活をされるつもりらしい。
 もう一つイタリアの教室でソルのグラン・ソロを弾くと彼は「それはセゴビア先生に習いなさい」と。またTa´rregaの曲のレッスンもして下さったが、次回のレッスンはここへ来なさい、と”アルベルゴ・何がし”という彼の泊まっているホテルの名を書いて下さった。指定された日にそのホテルに行くと彼は綺麗に磨き上げた靴を、ハウザーのケースの上に新聞を置いて足台にして、ギターを弾いていた。暫くするとエミリオ・プジョールさんが部屋に入って来られた。ディアスさんは私にフランシスコ・タルレガの曲を弾くように言われた。
 Ta´rrega直系のお弟子、プジョールさんから、Ta´rregaの曲のレッスンを直接受けさせて下さったこの粋な計らいを、プジョールさんの適切なアドヴァイスとともに(私はTa´rregaの曲を弾くたびにそのアドヴァイスが頭に浮かぶ)私は生涯忘れない。(2016/9/11)

 後記ー頭書の「私のもう一人の先生としてアリリオ・ディアス氏の思い出を付け加えなければ成らない。」としてこの文章を書いたのが2016/9/12でしたが奇しくもこの日にアリリオ・ディアス先生が亡くなられた事を古田中利章君が今日E-Mailで知らせて来た。何と言うコインシデンス!!!(2016/9/18記)

(256回)クラシックギター音楽保護 (2019/12/7)


 絶滅の危機にある動物が、生存して生きている姿を見つけた時の自然保護官の喜び。
 何故、わたしはギターを弾いているのだとの意味はそこにある。クラシックギターで表現出来る音楽の、人間の、思い付く限りの美しい音楽の姿を、思い描いたままの姿で生きて居るわたしの身の回りに、現実の音として響き渡らせる事、それこそ、私の生きて来た目標であり心の震えるような喜びでありその瞬間である。
 私のコンサートはその喜びを会場に来て下さった方と共有出来る短い時間です。
 其の行為の為には、普通の人々には想像出来ないほどの時間と労力を費やしている。普段の稽古、それは考えられる限りのたのしくも苦しい山登り(の練習)にも例えられる。
 自然界には保護しなければ絶滅してしまう種が何千何百とある。それぞれが生存の必要に迫られてか、逞しく、美しく完成の域に達して繁栄して来た。それぞれが異なる種としてその種族の完璧な姿を完成し受け継いで来ている。
 ギター界は、クラシックギター界に限って言えば、クラシック音楽を主として演奏する演奏家は世界に充満しているのではないか。人類の、音楽家の、ギタリストの、クラシックギター演奏者が世界各地に棲息している。それらのそれぞれが自然界の様に「逞しく、美しく完成の域に達して繁栄」していく為には、何が必要とされているか?判り切った事であるがそれは美しい個性であり種々の美が密かに棲息し、進化発展し環境に適合して来た証である。環境が美を求めない時その種の持つ希有の美は消滅する。聴きたい時に探し求めてもこの世に存在しない。環境がその美を求めなかった報いである。
 日本人の私はまず、一つの種として日本人である事。如何なる美を理解しそれを求めてあらゆる手段を講じて、自分の個性にしようとするのであるか。四季の変化、和歌、俳句、武士道精神、日本刀(天下の名刀)、陶芸、茶道、能楽、歌舞伎、三味線、長唄、浮世絵、等等等々数え始めるとキリがない。それらを何の苦もなく体で感じ理解し日本人でなければ出来ない判り方で表現(あるいは鑑賞)していく事が出来る。それらを背景に持った日本人芸術家ギタリストが音楽界においての、いわば自然保護団体から推奨されない理由はない。
 クラシックギター音楽の開祖はAndre´s Segoviaである。技術の完璧さは他に抜きん出ている。その抜きん出たテクニックの元に、美しい音楽演奏解釈がなされている。この人から何を学べば良いのか。人々は混迷の位置に居る。
セゴビアはセゴビア種の頂点に居る。そこで我々はギター音楽の演奏に於いて何をもってこの世に存在意義を掴む事が出来るか。「個性」の2文字がそれをさせる。私にとって日本人である事。
 謙虚に偉大なる先人をRespect(遵崇)する事から始める。セゴビアさんはクラシックギターすべてに於いて超絶的に抜きん出て居る。小人はそこで絶望する。その上、馬鹿はRespectしないで攻撃を始める。
 比較するのもおこがましいが、テクニックについてはセゴビア先生は演奏の中で、並外れて美しいと言えるテクニックを駆使して演奏して居られるが、その部分と他の種のギタリスト種は比ぶベクもない。他は超劣る。音色・・・超劣る。演奏解釈・・・超劣る。・・・(セゴビア先生の絶好調の時の絶好調の演奏と比べるべし)しかし別種のクラシックギター種はそれなりに良い所がある。個性豊かな演奏解釈は其の環境に於いては、ある意味では必然の様式を備えている。音楽演奏の背景に存在する心の襞は、其の個人の育ちかた、生きて来た環境を磨き上げれば他に類を見ない、新たな種として主張出来るある芸術的に固定された新種とも言うべき、個性ある音楽を造り出す事が出来る。
 幾らかでも相手が優れている種であると認識した時、自然界では相手の種をリスペクトする。リスペクトしなかった時自然界では何が起こるか。リスペクトしなかった時、優れた種によってリスペクトしなかった種は滅びる。
 音色然り。美を求める芸術家の選ぶ音色には必然的に個性がある。テクニックも同様。それらは工夫しなくても自然にその個性に付属して付いて来る。
 作成日=2019年1月4日 金曜日

(255回)「ギターは小さな星のオーケストラ」(2019/12/3)

 ご存知か?オーケストレイションをする事の難しさ、重大性を?
 Andre´s Segoviaの演奏つまり演奏解釈はオーケストレイションがなされている。
 ギターのための音楽、にはオーケストレイションの完成した楽譜は存在しない。書けない。書く方法がない。ここに全ての音楽において、上達をしない人と上達する希少な人、つまり完成した楽譜を持たない人と持っている人の差の秘密があります。
 重要な事ですので説明しましょう。
 オーケストラの総譜をご覧に成った方は多いでしょう。オーケストラを書く作曲家の頭の中にあるオーケストラで弾いて貰ったら一応音楽に成る筈の楽譜がその総譜です。Andre´s Segoviaはギターの為に書かれた楽譜を受け取ると、オーケストレイションをすると言っておられます。なにをどうされるかは窺い知れません。ただ彼の演奏はそのオーケストレイションをされた結果である。オーケストラで言えば、総譜に基づいてした演奏です。ギターのための音楽にはオーケストレイションの完成した楽譜は存在しないと言いました。譜面に書けないのです。でもAndre´s Segoviaの演奏がオーケストラであるギター音楽の総譜であり、演奏解釈を表現した演奏である。演奏が楽譜を兼ねていて、オーケストラの総譜であるとは、不肖私以外には誰も今日まで気が付かなかった。
 これは何を意味するかと言えば、Andre´s Segoviaの演奏を耳で聞いて真似る事が、Andre´s Segoviaのオーケストレイションを済ませた貴重な楽譜を見させて頂いているのと同じだと言う事です。どこまでが猿真似で何処からがAndre´s Segoviaの演奏から引き出した総譜に依る演奏であるかは判然としないが、私の場合はAndre´s Segoviaの総譜から私自身の音楽解釈を含んだ新しい楽譜を見ているのであるとお教え(お伝え)出来るでしょうか?そこから先に能力の在る指揮者の仕事が待っている。
 嬉しい事実、ギターが音楽演奏楽器の王者であると昔からギターファンはそう言って喜んでいたが、その確固たる証しをここに見つけ出す事が出来た。クラシックギターに反して、ピアノ、ヴァイオリンはオーケストラではないので楽譜は楽譜、演奏は演奏、つまり楽譜をオーケストレイションする作業は殆んどしない、出来ないと言う事実。人々は、特にクラシックギターを弾く人達は音楽を学ぶにあたって、ピアノやヴァイオリンの僕(しもべ)になって来た、その永い時間的(音楽教育の歴史的時間の)経過が気が遠くなるような時間の流れる間に、いつのまにか紙に書いた楽譜が、金科玉条になってしまった。人類は口伝に依る音楽習得の本流を、何故本筋であるかを、忘れ果てたのである。
 あわれな真面目なギター音楽学習者は、遂にはギター音楽にはオーケストラのような総譜が目の前に存在するのだと言う事を完全に忘れ果て、気が付かないでいた。あわれなプロの演奏家、ギター以外の独奏楽器の奏者も含めて、に至るまで悪魔の言葉の呪いに依ってそれを忘れ果てた。そのなれの果てがギタリストに限って言えばアンティ・セゴビアの穴に落ち込んだあわれなギター演奏家=私が名付けるギター弾き(ギタリストと自称するのはおこがましい)である。アンティ・セゴビアとは、総譜ではなくて楽譜を元に演奏しようと言う流派である。
 ギター演奏を学ぶにあたっては、上の理由に依って正しくギター音楽を理解していて、音で見本を示す事が出来る先生が必要である。今にして思えば、精薄に近いある一人の私の弟子が音楽的に上達したのは、彼が楽譜を読めなかったからである。彼は1拍2拍3拍と言う概念が生涯理解出来無かった。名手の演奏を聞いて演奏、つまり総譜を元にする演奏しか出来なかったのだ。
 以上が私の新発見で「音楽ノーベル賞」があればそれを頂くに匹敵する音楽論である。私がアメリカのネット誌に書かれたようにAndre´s Segovia亡き後、私の右に出るギタリストがいない真の理由はそこにある。

 『総譜を見て=聴いて弾け』

付記!
 忘れては不可ない事がもう一つ。ギター音楽演奏に於いては、ギター音楽は多声的であるべきことです。セゴビア先生は私の演奏について多声的であると言って下さいました。単旋律であっても多声的に弾く事が出来る部分があります。
 ギター音楽の演奏のための楽譜が存在しない、存在出来ない。その訳は或るフレーズがある楽器から別の楽器に動いて行く事を、楽譜によって現す事は難しい。ギター演奏においては、1つのフレーズにおいてある楽器から別の楽器の音に動いて行く事が出来る。
 シュモクザメかある種の蛇が、誰にも見えない獲物を、その発する微弱な電気とか温度を感じる事が出来るように、音楽が持っている微弱な美しさを感じる事が出来るだけのセンサーを持つ為の、日頃の訓練が必要である。
 (初稿2016年1月24日 日曜日 12:51)

 

(254回)新回路 (2019/11/25)

渡辺 潔君に
 昨日君との電話で、回路と言う言葉を聞いて僕は驚きました。僕は実は新回路を造っていたようです。
 僕にはギターが弾けないということは死を意味します。
 昨日お伝えしたメトロノーム(本欄237回)を利用して、いままで行(おこな)った事のない新しい基礎練習を考案(発明)し何日か続けました。発明であるから秘密、と言ってもなかなか普通の人には出来ない複雑な新しい基礎練習で、頭を使ってそれぞれの人が自分のした事が無く新回路と命名するに相応しい基礎練習を発明し、メトロノームで半速、目標が100なら50・・・以下は「メトロノーム」の項に書いてある。
 (松田の追加の註−頭脳に取っての回路は壊れる事があるという事らしいです。修復不能であるとすれば、新しい回路を作れば良いということらしいです。その為には指を動かすための命令系統の回路が修復不能であるので新しい回路を作れば良いと言う話です。修復しようと言う努力は無駄であるという提言です)
 その新基礎練習はどこかの本に書いてある普通の基礎練習でも構いません。ただあなたが今まで過去に一度も使った事のない基礎練習であればそれを使えば新回路が開けるかも知れません。何週か何月かしていると「これこそは」と言う感覚が沸いてくる。「これこそは」と言う感覚が沸いてこないとそれは新回路による有効な基礎練習では無かった事になる。「これこそは」と言う感覚が沸いてくるとその基礎練習はあなたの宝物です。
 本当です。
 そこに至ると先日上梓した投稿欄の記事のような演奏が出来るようになる。努力は「天から大きな報いを頂ける」「天の恵み」
 私がギターを普通以下にしか弾けなくなっていると感じている人たちが、何処かに居るかも知れない・・・残念です。実はある時期 Segovia先生はそういう時期をお持ちになっていた事があったと聞いた事があります。あの人は僕と同じ心境でお在りになっていたと僕は感じています。
 新回路と言う言葉を貴殿からの発祥であるとして、この文を私のH.P.に発表します。
 僕は期せずして新しい自分なりの回路を発見していたのを、昨日貴殿との会話から気付かされましたので、興奮しています。
 以上冗長になりましたがお許しを・・・・
 ギター音楽発展を何時も常時祈っているー松田晃演

      新回路−2
 新回路と言うのは、ギターを學び始めた頃身に付けた技術ではなく、これは出来ないと諦めていた技術、つまり回路を一度も作らなかったテクニックの習得をすると言うことです。上手くすれば、簡単に脳味噌が回路を開いてくれるかも知れない。サボって居た訳でもなく、何となく自己の能力の評価を低く見くびっていただけのことに気が付かねばならない。60歳、70歳になってしかもギター演奏に再挑戦しようとしている方々への私のささやかな言葉での贈り物です。
 ギター演奏が昔よりも下手になってしまった、と絶望している方の為に書きました。
作成=11/04

 

(253回)最新上達法(2019/11/13)

 今までずっと弾いてきたが、ある点で進歩が止まってしまって居る曲を、少しでも進歩させたいと熱望している方の為のヒント。(ギター演奏に限らずです)
 進歩とは演奏解釈も含めてです。演奏解釈の深化のこと。
 メトロノームを使ってみる。
 このH.P.のメトロノームの項第237回参照されたい。
 熟読されると、日々の練習に充実度が増すかもしれない。

(252回)河川の氾濫(2019年大災害に一言)(2019/10/26)


 河川の氾濫で多くの人が亡くなっている。そして、耐え難い苦労を人々は強いられておられる。第二次大戦で身の回りで多くの人が亡くなったのを目撃した私にも、この災害には目を覆わせられる。
 自然が怒っているとしかわたしには思われ無いが・・・・
 解決法はただ一つ治水工事有るのみ。
 川の幅を広げる事、河川敷を削ってでも、人の住むところや田畑を少なくしてでも。そして、河の深さを深めること。堤防を幾ら高く強くしても追い付かないと見える。堤防を高く強くして天井川にして行こうと思っているらしいが、昔からある天井川はその場凌ぎの、人の浅知恵であるとしか思え無い。
 第二次大戦では何の保証もして貰えなかったし、ボランティアなんて言葉もなかった。少4の子供であった私どもは耐えて偲んで眺めているしか無かったのであった。

(251回)8月6日 (2019/10/16)

 1945年の夏、8月6日、新型爆弾を落とされたと言うニュースが何処かから耳に入って来た。もう駄目だと言う感覚で・・・。広島。
 父は九州の特攻隊に居たが、主計少尉(経理、被服、烹炊=食料調達などを担当する)であった。7月4日に姫路の生家は焼夷弾に焼かていた。もう駄目だと言う感覚だという絶望感。戦争に負けたら命は多分ないとの絶望感は感じていた。
 私12才。今の私は、原爆を落としたアメリカを恨むのではなく日本の対処の悪さを強く心に刻んでいる。何故もっと早く降参してくれなかったか????庶民の叫び!!!!!(8/7作成)

(250回)私の流儀 和魂洋才 (2019/10/13)

 「夢幻流」と名付けました。無限の横8の表記法はギターを横にして膝に置いた姿です。
 我が音楽の流儀を名付けるなら「夢幻流」または「無限流」です。ギターの6本の弦に因んで。
 ギター「夢幻流」。Very Goodではないですか?

 前回6月のコンサートについて金原氏の投稿欄に寄せた感想文で、私の演奏する右手の手の甲に筋肉が付いている、と言う記述があり、考えていましたが、この事実は多分私が右手のタッチの面で右手首を使って演奏している結果であると思いました。金原氏の観察眼の鋭さに感心している次第です。演奏家本人の気の付かない事に気が付かれたのはまことに鋭い。 右手首の使用は音に関係しているとは今でも思っているがその事は全くホールドタッチ、とスイングタッチ=ゴルフタッチに起因する。(9/16作成)

(249回)佐藤しのぶ(2019/10/5)

 9月29日、ソプラノ歌手の佐藤しのぶさんが61歳で亡くなった。軽みのある美声でありながら、ビブラートには聴く者をひきつけずにおかない独特の凄(すご)みがあった。ストーリーを知らなくても、歌詞の意味がわからなくても、声の力で作品の神髄を届けることがきっとできるはず。芸術の世界の前に、誰をも排除しない。そんな信念を感じさせる芯の通った舞台姿が、クラシックという枠を超え多くの人々の心に触れた。(朝日新聞)
 このスタンスは歌詞のないクラシックギター演奏にも通じる。
 彼女は、クラシックから縁遠いが、本当は芸術を必要とする人々のために歌いました。徹底したセルフプロデュースを自らに課しながら。紅白にも4回連続で出演して居られたとか。これ(紅白に出演)は僕のスタンスとはぐっと違うのだが。
 兎に角tvで見て(聴いて)珍しく大阪まで聞きに行った事を思い出します。ご冥福を!!!

(248回)ただそれだけだ (2019/9/29)

「ただそれだけだ」物事を貶す(あるいは善悪を知らしめる)ときの絶妙な用語。芥川龍之介の短文。
243回「ギターはスックと立つ大木」(2019/7/8)にそれを上手く援用している。我ながら感心、感心。

(247回)音楽は言葉(2019/9/15)
無限の心理、情感に対応する

 言葉は感情表現に関しては全く不備で、日常必要な用語以上には殆んど進化しない。ある感情を表す言葉(A)とそれに似た感情を表す言葉(B)の間に適切な言葉はない。外国語を少しでもしていると、ある事柄に対して日本語でのAとBと言う言葉の間にCという言葉が在る事があります。でもその外国語にはAと言う言葉もBと言う言葉も存在しない事がある。
 ただしヨーロッパ語は声の抑揚、音色でそれを補っているが日本語は話す時、極度に抑揚を押さえる。その為日本語の方がニュアンスの機微を言葉で表現するのでは上だと私は思うのだが・・・。これは全く外国語を熱意を篭めて勉強しなかった私の感想です。
 無限の心理に対応とはエドガー・アラン・ポー曰く、最も純粋な感情は喜びではなく哀しみであると。その悲しみは一つではなく、感情の襞は言葉では現しきれない。音楽の美しさの陰にある哀しみは無限である。全ての音にフッと哀しみを感じ、表現して行く事も、ギター演奏の修行の中に組み込んでみては?何時か言葉の語彙に不十分さを感じ、知る事になるでしょう。音の詩人に成る。セゴビア先生の作品に日々の練習として「ポンセの魂に−−祈り」があるが、哀しみの表現を日々の練習に取り入れる事も必要である。
 ただしこれらの感情表現は優れた楽器ギターでないと発達して来ない事もあり得る。その事+微妙なタッチを学んでそれを自分の物にしている事が要求されるのではないか。楽器選択眼(優れた聴感覚)の所持者になり、優れた楽器を入手する。
 人間、年を重ねるとその持つ感情は無限に微妙化される。山か川に住む仙人がそのような常人離れした、何処かに魅力を備えた、人を惹き付ける伝説の住人が居る。仙人のような若者は見た事が無いが、仙人に憧れ、私淑し、道を見出して大成してゆく常人離れした詩人音楽家は居るかも知れない。吟遊詩人に出会った事は無いが、何処かに居るのでしょう。その様な人物あるいは生き物は現代の索漠とした社会には存在出来ない(生きて行けない)のかも知れない。

 しかし・・・わたしは、言葉を使ってその音楽のその部分の意味の深さを練習生に伝える事が出来る事もあると知っている。何となく判り、理解しその周辺を表現し掛かってくれる弟子を見つける事があり、それはそれで言葉の便利さであり、音楽開眼に向けて一人の人間が歩み始めるのを眺める事になるのは事実ではあり教える事の楽しみの一つである。

 

(246回)或るファンよりのメールへの返信(2019/8/21)

 数論に喩えるとセゴビア先生の version (演奏解釈を基調とした指使い、強弱、=いわゆるギター音楽演奏による発想)はもっとも美しい証明です。楽譜が数学で言えば、定理の予測とすればセゴビア先生のversion(正しくは演奏によって示されたversion)はその楽譜が正しいと言う証明=演奏であり、もっと美しい証明が出るまでは、知性ある人はセゴビア先生のversionの跡を辿って楽しむ事が出来るのです。
 もっと判り易く言えば真に美しい演奏、演奏解釈が出るまではその曲(その楽譜)は音楽としてこの世に生まれていないとも言えるのです。存在していないのです。公理として万人にみとめられていないのです。
 名演とはそれだけの価値があるのですが、いい加減な基準で名演とは言わない、名付けないこと。

(245回)ギター演奏は本当に難しい (2019/8/13)

 ギター演奏は本当に難しいなぞとギタリストの私が言うべきではないでしょうが、その事がハッキリとした。
 6月初旬にポンセの南のソナチネを久しぶりにコンサートで弾いた。
 非常に多くの箇所、そして新しく改変をして弾いたので、この曲の今回のあたらしい運指等の細部を忘れてしまはないために、楽譜にメモとして書き残して置こうと、新しく変更した結果を楽譜に書きこんだ。昔から使っていた楽譜はそのメモがないと今の演奏解釈からはほど遠い音楽になってしまい、楽譜には正しくは書けないが非常に多くの変更がある事がわかった。
 ある時期から私は昔弾いていた曲が簡単に弾けなくなっている事に気が付いた。手=指が年を取ってしまって、しかも頭が悪くなり、若い頃の様に軽く動かないのであると思いこんでいてがっくりと絶望的になってしまっていた。このポンセにしても新曲を弾くような努力を強いられた。つまり私は何時でも弾けると言う位の軽い気持ちでこの曲目を取り上げたのであるが、これはなんと難し曲なのだと、指達は「こんなの弾いた事がない、弾ける筈がない」とでも言って居る様であった。事実は、楽譜をほとんど見ないでコンサートの為の練習をしていたので、こう弾きたいと言う衝動が(決定的な仕上がりの絵が)楽曲として頭に浮かんで来てしまっていたのだと言う事に、楽譜に書き込む事によって気が付けさされた。
指に取っては、知っている、ファミリアな曲ではなくなってしまっていたのだ。
 それをしも「方正化」の功罪であると言えるのかも知れない。つまり全く別の曲が脳みその中に巣食っていてそれを弾かねばならなかったのであった。

 「ギターを奏くのは本当に難しい」その第2部。
 ギター演奏は勉強すればする程難しくなる。ギター演奏を止めてしまおうかと思うくらい難しくなる。心に浮かぶ音楽に忠実に弾こうと思えば思うほど・・・・・
 待って下さい。よく聞いて下さい。規模の大小に関わらずその事は誰にでも起こっているのです。「start again」という発想はその事なのです!エウレカ!!!!
 あなたがオーケストラの楽団員で、あなたの気が付かないまま、ある時突然指揮者が変わってしまっている事があるのです。あなたに何の相談も無く。相談をしてくれていたら未だ良かったのですが、指揮者が勝手に変わっていたので、ギター演奏を止めてしまうと言う不幸が訪れる事もあるらしいのです。ですから「Start again」をすればそれだけで済む事なのです。もっと言えば良い指揮者があなたの頭(脳みそ)に来てくれたのですから喜ぶべき事で、盛大なお祝いをして下さい。
ギター音楽演奏、演奏解釈上達法。それは音楽、音楽演奏、音楽演奏解釈への飽くなき探究心がないと失格である。必死の想い!!!!

 前に言ったが、突撃する先、目標とするところ、向こうが壁の向こうであれば、壁をぶち破った後にいる場所、つまりあなたが今立っている所は壁をぶち破る前と同じ平面である。ところがそれが崖であればそれを攀じ上った先は以前とは違う平面(高さ)に立っている事を感じる様になる。崖はまた崖で、幾つの崖を登らなきゃならないか判らない。

 

(244回)方正化(2019/7/26)

方正化(216回)(2018/7/21)の補足
 わたしは昔昔、ギターで音楽を綺麗に弾こうと考え始めた頃の事、風呂に入ってか、トイレか、布団に潜ってか、ある曲目の一フレーズを頭に浮かべて、空中で仮想のギター演奏をやっていたが、恐ろしい程素晴らしい音楽を耳に思い付いた。ただちにであったか、翌日であったか、後々かは覚えていないが、その思い付いた部分(フレーズ)をギターで弾いてみた。私のギターからでてくる音楽は頭に描いたあの美しい音楽とは似ても似つかない、いわばあの世の物ならぬ、この世の物であった。この世の物ならぬ、あの世の物は何故出来ないのか、全く見当もつかなかった。あまりにも違うと、気も狂わないし、頭は働かない!
 絶望。
 でもわたしは若かった。何らかの希望を、胸の何処かに仕舞い込んでその後何10年か、音階練習に、アルペッジョ練習にと取り組んで来た(様だ)。何も考えないでギター音楽の可能性だけを信じて毎日ひにちギターを弾いていた。
 馬鹿。
 馬鹿でないとあれだけの努力はしないだろうと思う。
 ご参考迄に!
 名指揮者は、名手の集まるオーケストラでないと名演奏は出来ない。でも楽団の全員が、頭にあの世の音楽を頭に描けているかどうかは別の話。
方正化とは
 この世の物ならぬ、あの世の物を頭に描く事、それが出発点です。あたまに描く事が出来ると、それを詩人の心で、心に保ち続ける。日々稽古する事で、日常の自分の作る音と音楽に慣れ切ってしまわない。何時かは出来ると信じる。いい加減な、名ばかりの演奏家の演奏を貴方の耳に入れない。折角描けた(描く事が出来た)天からの贈り物つまり、この世の物ならぬ、あの世の物である美しい音楽が頭に現れた姿が消えてしまう。
 この世の物ならぬあの世の物を、音楽として実現させるには、超絶技巧が要ると言う事でもある・・・という事を知り、あの世の物たる音楽を心に抱き続ける。その事を基調に永い永い時間が基礎練習による技術向上に捧げられる。
 余談ではあるが、わたしの想像する所、楽器製作に於いてもその事は言える。この世の物ならぬ、あの世の音が製作家の頭の中に鳴っていると、真のギター製作家であれば何時かは頭に描いている音楽があなたの製作した楽器から出る。製作家はその楽器を試奏する事が出来る為の努力、つまり音は如何にして出すか、出せる様になるかの努力はしない。あるいは名手に試奏してもらう事が重要であるがそれは中々難しい事である。不可能かもしれない。努力もしないし、音楽の美も心に持たない人に出来上がった楽器を持って欲しくない、とだけは思っていただきたい。
 余談の蛇足−−−ドイツのハウザー氏のお宅を訪れたとき、彼らの家宝とも言えるハウザー家先祖代々の銘品を、次々と持ち出して来られた。私は嬉しくて、それら全てを弾き続けた。私の前には、いつの間にか彼ら家族全員がずらっと並んで私の演奏を一心に聞き入って居た。
 天国と地獄掲載の方正化に追加文(作成ー2019/4/30)

 

(243回)ギターはスックと立つ大木(2019/7/8)

 樹は1本でなければ大木にならない。
 哀しい事だ、と言うニュアンスで「樹が2本並んでいて何れかを切り捨てる。それがコンクールだ」とカサド先生(Gaspal CasadoはCasalsの高弟で、最も才能の優れたチェロリスト、芸術家です)は、私がセゴビアコンクールに出場する事をお伝えした時におっしゃった。それは1961年夏のセゴビアコンクールの直前、サンティアゴ・デ・コンポステラのドゥオモと王の宿舎ホテルの前の広場(カンポ)を歩きながらであった。その意味がはっきりと理解出来る様になったのは、最近である。コンピュータに入れて計算してみると、おおーー、58年も経っている。
 それは勝った人の生涯と負けた人とのその後の大きな違いを、カサド先生は大きく拡大してお感じになっていたのかも知れない。スックと立つ大木と刈り取られる隣の木の運命を私に話されたのかも知れない。セゴビア・コンクール・・・とは言っても、そんなに人生を左右するような大事件だ等と、その時点では下部組織に居た私は一雫も感じたり深刻には考えていなかったのだが。
 木が2本並んで生えている時、1本は切ってしまう。多くの無数の花が咲き乱れるお花畑は全員が生き生きと花咲かせるがそれらと、平原にスックと立っている大木とにはそれぞれ心を打つ美しさが違う。オーケストラ、あるいはオペラあるいはミュージカルは、お花畑のようで非常に楽しめる。百花繚乱であれば人は圧倒される。それらはすごく楽しめるがただそれだけだ。
 ギター音楽愛好家よ!「ギターは大きく育つ為にスックと立つべき大木の要素を持つべく運命付けられているのだ」と言う宿命的な運命を常に、日常的に自覚していなければならない。特にクラシックギタリストよ、強くあれ!スックと立つ、その為には樹木であれば大人になるのに実に何百年、時には何千年とかかるのだと言う事を知っておかねばならぬ。
 まあ、そこいらの野菜でも間引きと言う事をする。健康で、生き生きとした美味しい野菜を育てようとすればひ弱な者は淘汰する。
 クラシックギターには、健康で生き生きとした生命を謳歌する音楽の姿を心に描いて接する。
 大木になるには何百年、時には何千年とかかると言った。しかし人間には頭脳があり、それをフルに回転、活用すれば、50年100年で大木になる。時には1年でも・・・少し健康に気を付ければの話。ただ、その為に(大木になる為には)1本化しなければならない。家族も友人も切り捨ててその道一本で生きて行く、それはキリストの使徒達の様な覚悟が求められる。しかし其れもこれもこのギター音楽への愛があればこそ可能である。1本化した木は雨にも負けず風にも負けない強い意志があればの話です。
 楽しめるがただそれだけだと言われない為に!!!!
 (松田註−この文は前出(第162回)「ギターは野の花」(2016/1/18)で展開した私の持論と、正反対の極論になっている。それはそれでギター音楽の奥の深さ幅の広さを示している 。ただしその直前にのせている第156回「罪悪的な時間つぶし 」(2015/9/20)とは見事に呼応している。なおこのH.P.には第210回 「落語の持ちネタ」(2018/2/23)以前のエッセイはあまりに大部になってしまったので整理してある。

(242回)ものを考える(2019/7/7)

 私はこの頃、練習を終えてぼんやりとものを考える時間があると、パソコンの前に座ってエッセイを書いたりしている。ケツガクサイ、これを早口で言って見て下さい。「哲学者」です。
 セゴビア先生の時代にパソコンが今の様に発達していたらどんなに良かっただろう、としみじみ感じます。先生が練習を終えられて、気分的にも寛がれているとき、あのマドリッドの先生の練習室で一言でも良いから、何か発言されるのをお聞き出来ただろうにと・・・・。七夕の夢!

新規な教本の作成=何時の日か?
私はギター音楽=音楽を理解した上に、上達のヒントをこの「ギターと私」欄のエッセイに書き綴って来ている
これらを真面目に読めばギター音楽演奏、演奏解釈は全て判ってしまう
このエッセイを克明に読めばの話ですが・・・
そこで新規な教本の作成に多くの努力と貴重な時間を費やす必要を感じなくなっているのが現状です

(241回)トーレスとその奏者 (2019/4/22)

 トーレスの凄さ、それはトーレスを理解し尚且つ、音楽解釈に優れた奏者の存在が必然的に不可欠である。(近年トーレスで誰それ作曲の音楽であるとか言ってCD,DVD,ユーチューブ等に公開している演奏がありますがそれを聴いての私の感想です。はっきりと言えばトーレスの音が出ていない、出せていない演奏では、トーレスが泣く)
 Antonio de Torres(1817年6月13日 - 1892年11月19日)はクラシックギター製作の天才であり、ギターのストラデヴァリウスと賞賛されているクラシック音楽演奏楽器としてのクラシックギターの形状を最初に確定、確立させた人である。
 私の若い頃、ミゲール・リョベート(フランシスコ・タルレガの高弟・1878年10月18日 バルセロナ - 1938)がトーレス作のギターによる演奏をSPレコードに録音をして居り、その魅力的な(ギターらしい)音が私の頭(耳)にこびりついた。音楽解釈に関してはミゲール・リョベートの演奏はクラシック音楽としては立派とは言えないが。
 私にはトーレスの音はリョベートの演奏によるものでしか頭に浮かばない。それは真のギターの音として、私の子供心に刷り込まれてしまっている。(ミゲール・リョベートの出すトーレスの音を私と私の先生、藤井紫朗さんは『ククミ音』と名付けていた。私はトーレスを持っていてトーレスの音を出せれば好いのだと覚醒・・・(しつつある)。真のトーレスの音が出せないとトーレスを所持する者はトーレスに、ひいてはギター音楽に大きな屈辱を与えているのである。
 ギター奏者は何か大きな考え方の忘れ物をしている。それは何か?
 ギター製作家が求めていて、ギター奏者の忘れ果てている事、それはAntonio de Torres。ギターの楽器製作家は、トーレスを模造してトーレス(トーレスの音)を求めているにもかかわらず、ギターを弾く人達はどうしてそれをしないのか?演奏家は製作家のする事に無関心である。それともギター音楽演奏家は耳が悪いのか、頭が悪い馬鹿なのであるのか?製作家に対しても一言、つまりトーレスモデルを作ってもトーレスの音を出せる演奏家は居ないかもしれない。トーレス(の音の出るギター)が存在したとしてトーレスの音の出せるギタリストが居なかったらトーレスモデルを作ってもナンセンスではないのか。
 その意味で奏者は(どの製作者のギターで弾くにしても)楽器製作家と同様に、Antonio de Torresの音を、目標にして弾くのがギタリストの任務なのでは?。
 楽器製作家は、トーレスモデルを作れば売れるのかも知れない。売れてもトーレスの音が世に充満して来ず、真のギターの音が世に充満しないのであれば、ギター音楽の隆盛は訪れない。ギタリスト=ギター弾き=は楽器製作家のしているようにトーレスモデルの音を出せば良い。どの製作者のギターで弾くにしてもトーレスの音が出せれば大売れにうれること間違い無し。ギター音楽隆盛の立役者、Andre´s Segoviaの前任者ミゲール・リョベートの様に売れに売れる!!!制作家がトーレスモデルを作りさえすれば売れる様にギター音楽演奏家はギターという楽器でトーレスの音さえ出せばその人の演奏は売れる。私の確たる予言(PREDICTION)! =ギター演奏家として食って行ける!!!???
 思い出すのは、私、若い頃、ギター演奏さえ上手くなれば、ただそれだけで演奏家として生きて行けると思っていた。それはそれほど確かな未来ではないと今では思っている。そのこと自体はギター演奏のどの部門が上手いかどうかで決まる事である。少々ポップス系に流れていけば生きていく事は容易い。
2018年8月3日作成

(239回)ヴィクターの赤盤 (2019/4/20)

 昔売られていたヴィクターの赤盤(ラベルの色が真赤)は、クラシック音楽演奏の優劣の判断を、音盤供給側からしていて、私共一般大衆はそれを素直に信用してレコードを買っていれば良かった。あの重いSPレコード盤の時代であり、ギターではAndre´s Segoviaのみがヴィクターの赤盤に入っていた。それ以外、セゴビア以外の演奏家はヴィクターの赤盤に入れてもらえていなかった。どうしてそうなっていたのか、そのシステムの由来は年少の私には伺い知る事が出来なかったし、今でも判らない。民主主義が浸透していなかったからか?
 ヴィクターの赤盤に録音をしている音楽家は、西洋音楽の存在をようやく知り始めた第二次世界大戦直後の日本の若者には、西洋音楽の演奏家、遥か彼方の西洋の音楽家の中でも傑出した、神様のような存在であった。昭和20年8月に日本は戦争に負けたのであるがそれは1945年であり、そのようやく4、50年前に録音技術が開発され、人類は、中でもクラシック音楽愛好家はその恩恵にあずかり、世界的名手の演奏を身近に聴く事が出来るようになったばかりなのである。
 私の今思う事は、昭和20年代の蓄音機から出る音は、何だったのかです。つまり今売り出されているSPレコードの復刻盤の音は昔のSPレコードから出ていた音とはほど遠い。技術の進歩とはこの程度なのかと、わたしはがっかりしている。どうして僕の若い頃に聞いた世界的な奏者、真の芸術家が、人に与える音楽による感動をさせないで、味噌も糞も一緒と言う意味の、民主主義的な音楽ばかりで、恐るべき鬼才の演奏家の血のにじむ音楽家の感動を才能を再現演奏は極限まで与えてくれないのか????出来の悪い演奏が流通界からどうしてはじき飛ばされないのでしょうか???
 セゴビア先生は1980年の滞日中、先生の録音盤からの音、音楽は「あれは私の陰である」と言い切って居られた。本当にそうで在るような生の演奏を出来る奏者はそうは居ない。SP、LP、CDの何れの録音の再生音をとっても生の音の方が優れていなければならない。いまやもう少しでAIに負けそうな囲碁、将棋に倣って録音の音の方が生より好いと言われて、顔色も変えず平気な音楽家が増えつつあるのではと、私は危惧する。
 地球の反対側からでも聴きに来る演奏家が居なければ不可ない。真実。私は弟子共を連れて日本から遥かヨーロッパまでAndre´s Segoviaの音楽を聴く為に2年ごとに3回もセゴビア旅行を主催した。それはLPレコード全盛期であり、セゴビア先生は生でないと聴く事が出来ない音を出して居られたからである。
 次の項ではプロとアマがどう違うかを分析したので書いてみたいと思っている。

(240回)プロとアマ (2019/4/21)


続ヴィクターの赤盤
 プロとアマは芸術においては区別されない。しないが良い。
 著名な画家に於いてはあの人はプロでこの人はアマだ、等との評価は聞かない。
 強いて言えば、時間切りで絵を描く人、例えば肖像画家はプロか。ゴッホはアマかプロか?
 音楽演奏家は他人の為に音楽演奏をするのはプロで、自分の為に音楽演奏をするのはアマであるのかも知れない。昔、若い頃アメリカで演奏した時、マツダ は自分の為に音楽、あるいはギターを弾いているようだとの批評を貰った事がある。
反対する人も多いかも知れないが、言えるのは、私が芸術至上主義者と思われたかも知れないとの危惧であり、じつは芸術至上主義はひとつも恥ずべき事ではないのだが・・・。芸術家が、一般大衆を喜ばせる為のエンターテイナーになってしまったのでは元も子もない。entertain は機嫌を取る、人を喜ばせるの謂です。

(238回)金メダリスト(2019/4/12)

 金メダルを獲った人は今でも金メダルリストである・・・事は事実。
 金メダリストは尊敬され尊重(リスペクト)される。
 音楽演奏の異常に上手い人は金メダリストである。音楽の優れた演奏、演奏解釈(深い内容を伴った演奏)は今では科学の果てしない進歩発展(録音技術の発達)により絵画の様に現実にちかく目の前で聴く事が出来る(ようになる可能性がある)。
 若者がクラシックのギタリストとして名をなそうとされるなら、それを凌駕すべく静かに努力するべきです。
 演奏作品のCD、DVDは真の芸術作品であれば今後、人類の歴史が続く限り金メダリストの作品としての地位を保ったまま保存され続ける。アスリートの金銀のレコードは、その記録が更新されてしまうと多少色が褪せる事は事実であるが、それに反して音楽演奏芸術家の残した録音=達成したレコード(記録)は金として永遠に鑑賞可能である。音楽演奏は現代では優れた建築物、あるいは絵画作品の如く、それらよりなお永い生命を得る事が出来る作品になりつつある。ほんの少し前には、音楽演奏はその演奏される場に居合わせた人達のみが鑑賞しえた芸術であり、最も短い生命を持つ芸術であると言う宿命を担っていたが、永遠の命を保つ事が出来る芸術に進化しつつある。例えば、録音された鑑賞出来る音楽としてヴァイオリン演奏の偉大な音楽家、Jo´zsef Joachim がある。彼は1832年生まれで、晩年に録音技術が発明され貴重な演奏記録が残されている。ドイッチェ・グラモフォンの分厚い片面盤が残って居り、私は秘蔵盤として所有している。この盤が一枚あれば他の盤は何も要らないと言う貴重盤である。そしてCDレコードの音は未だ追いつく事が出来ていない、と言う実証盤でもある。
 真に金メダルに相応しい録音物を後世に残して行く。こういった芸術作品は私の町の姫路城よりももっと広く、世界の津々浦々、何処にいる人々にもそして時代を超えて届き鑑賞される。録音物はデーターとして、大した手間ひまを掛けずに一瞬にして世界を駆け巡る。その上録音物はデーター化されているので、その事(録音物はデーター化とその再生技術の究極の進歩が在れば)永遠の生命を付加されている事も事実であるのかも知れない。
 金の演奏よりも優れてい(あるいは比肩出来)るCDやDVD演奏(または実演者)が出現しても金と目されていた元の演奏は少しも色あせない。芸術は永遠であるから。
 「芸術家は子供を残さない」これはボードレールが残した言葉?(初稿2018/7/5)

金メダリスト補足(2019/4/13)

 アスリートの金メダリストは記録上での新記録保持者が殆んどではあるが、それを追い越した人は金メダリストになり前の金メダリストはそれでも金メダリストのままである。
 芸術家の金メダリストは真の意味では追い越される事はない。
 追い越す事は不可能である。追い越さない。追い越されない。追い越そうと思わない。当然の事として。何故なら、人それぞれの異なる個性を持ち、その個性でもって芸術家としての金メダリストになっているのだから。
 追い越す事が出来ると思うのであれば、その、そう思う人は芸術家にはなれないし多分、金メダリストにもならない。
 ゴッホはレンブラントを超えようとは思わなかったし、超えられるとは思わなかったし、生涯追い越せないと信じていた・・・・・らしい。
 優れた絵画を音楽録音の様に、デジタル化して完全に残す事が出来る様になれば、絵画作品は音楽の録音の様にもっと違った評価を得る時代が来る。絵画の原画はそれほど貴重な物とは思われなくなる。画家はその時、音楽演奏家の経済的な苦しみ(名演奏が殆んど無料で、つまり只で聴かれてしまう)を正しく知り演奏家の悲哀をしっかりと理解する様になるに違いない。
 音楽芸術家の金メダリストは、後進を作る必要はない。Andres SegoviaをRespectし理解し追従するとしても、Andre´s Segoviaの録音物を超えた物を作る、製作する事が出来ない。名画と同じである。(作成2018/7/5)

 

(237回)メトロノーム (2019/4/6)

ギター独習者(独学者が一人で学ぶとき)の為に
何か一つでもお役に立てば・・・・
なお一般音楽愛好家はこの項は飛ばして頂きたい

 その一つ、実務的なメトロノームの使い方をここに記しておく。
 基礎練習(音階練習とかアルペッジョ練習)にはメトロノームの使い方が、難しい曲を学習するときと同様、必須の知識となる。
メトロノームに刻まれている目盛りは、ほぼ等比的で、次のようになる。
 40 〜60は(2刻み)、60〜72は(3刻み)、72〜 120は(4刻み)、120〜144は(6刻み)、144〜208は(8刻み)となっている。
(註)(2刻み)とは40,42,44,・・・(3刻み)とは60,63,66・・・と目盛りが上がって行くことを意味します。
 40、60・・・等と言う数字は1分間に、幾つ打つかと言う数字でM60とはメトロノーム60と言う事で1分間に60回、つまり60秒に60個の音を出すと言う事です。
 新しく曲を学ぶとき、きちんと弾けないのに何時までもそのまま、その曲の終わり迄弾くのは無意味です。そして何度やってもいい加減な演奏になっているとき、慣れ切ったスピードを少し落し(幾らか遅くし)て弾く事は、意外とし難いのでメトロノームを利用する。車でいえばスピードリミットをかけると、そのリミットをかけた速さ以上にはスピードが出せないのと同様。(註)
 徹底的に、曲の隅々迄調べて演奏したい時・・・スピードをゆっくりにするには曲の正常なスピード(目標とするスピード)の半分位の遅いスピード(現在の市販のメトロノームで16目盛り)に下げれば良い。メトロノームで半分位の遅いスピードにすると、想像以上にゆっくりになる。車で言えば時速100キロの所を50キロで走る。今迄見えなかった風景が見えて来る。また新鮮な気持ちで、弦に対する各指のタッチの姿も見えて来る。ゴルフタッチ、ホールドタッチ等。オーケストラに例えれば、指揮者が各パート全ての奏者がどのようにして音を出しているかが見えて来るような状態。ゴマカシをしているやつ(それは貴方の左右の手のどれかの指)が何をしているかが浮き彫りになり、ハッキリと見える。貴方が、名指揮者になった瞬間です。
    (註)何度やっても上手く行かない時はもう一つ大切な手立てがある。それは運指を考え、工夫する事である。ポジションの変更、弾く弦を変える、押さえる指を変更してみる等も一考すべきです。それもスピードを落としたり変える事によって気が付く事が多い。
 なお、初心者には音階練習又はアルペッジョ練習の時にメトロノームを使う事をお薦めする。目標のスピードを決めて綺麗な音で、その半分位の遅いスピード(ゆっくり)で弾ける様になるまで稽古をする。目標がM(メトロノーム)92であれば、半分のM46で練習(弾く事)を始める。そのスピードで綺麗に弾ける様になると+8+5+3等と目盛りを上げて行くと合計16目盛り上げた事になり当初目標のM92のスピードに達する。それで完璧に弾ける事になる。それには難しい曲目では半年、1年2年と掛かる事もある。
 なおゆっくり弾く時の注意点は、音の強弱を中くらい、つまりmf(メゾフォルテ)又はmp(メゾピアノ)、そして絶対正しい位置(メトロノームと寸分違わず同じタイミング)で音が出せているか否か、注意深く耳を働かせて監督する。これは思いのほか重要な技術養成に必須の能力を養う事になる。
 ジュリアーニのOP.1の120のアルペッジョ練習(No.111から120は練習課題から除外しても良い)を例にとれば、これは110の全ての拍を同じ速さで弾く事が出来る速度をメトロノームで設定する。先ず自分が今弾く事が出来る限界を知る事です。それよりも少し落として、又は1/2のスピードでの練習を続ける。途中で止まらないでお終いまで弾き切る事が出来るスピード。目標は大体90以上。
 なお、目標とする曲目の或るパッセージがどうも弾きにくい、指が思う様に動かせないと言う時には、そのパッセージの為に自分製(自分流)の特別な基礎練習を作成し練習する事も非常に有効な上達法である。出来る限りの知恵、頭脳を使って考え、捻り出す。上述の(註)も参考に!
メトロノームの計算法は以下。
 3連符(1拍に3つの音)をM=60で弾くと言う事は1分間に60X3=180個の音を出している事になる。4連符で同じ速さで弾くとすれば180を4で割れば45であるからM=45で弾いくと同じ速度で弾いているのと同じになる。つまり、1分間に幾つ音を出しているかを計算すれば良い。そしてそれを1拍に音を幾つ弾くかで割ればメトロノームの数値が出る。
 数字は理解し易く、目標を設定する事で、練習にメリハリが出る。その上それは練習の楽しみを倍加させる。M60でしか弾けなかった部分が80で弾ける様になれば、それなりに幾らかの達成感を味わえる。
 道理は、8分音符4つを1拍としてM60であれば(60×4=240)で1分間に音は240個出せている。8分音符3つを1拍として弾いて同じスピードで弾くには240÷3=80、つまりM80で弾くと同じスピードの指の運動速度で弾いている計算になる。
 再び言うが、ギター演奏の上達(クラギに限らず一般の音楽家)に欠かせないメトロノームの利用法、それはある曲の理想とされる最終演奏スピードがM160として、その曲が幾らやってもうまく弾ける様にならないとき、半分位の遅いスピードで稽古を始める。半分位の遅いスピードとはM80であり、それは易し過ぎる位の速さである。そのスピードで難なく弾ける様になると、M160でも弾けるが、M160をM80にするとき、メトロノームの目盛りを16段落として80にしているので、先ず8段上げて(M112)弾いてみる。次ぎは5段上げ(M138)最終的にに3段上げると元の理想のM160になる。結果として1曲に4回の練習をする事になるがそれによって弾けなかった曲が完璧に近く弾ける様になるので、先ず労を厭わない事である。この4回の練習を毎日繰り返す。
 ゆっくり弾く事でその曲の持っている新たな、速く弾いていた時には見えなかった詩情とでも言うものが見えて来るかも知れない。
 なぜこのような大切な練習方法、上達法を公開しているかと言えば、世界に充満している酷いギター音楽演奏を一つでも減らせるかも、1ミリでも向上出来るかも知れないと言う儚い希望を持ってである。諸君の音楽性の大小如何によってどの曲も名曲になる可能性がある。
 音楽の品質は、作曲の良否のみではなく、演奏が、超絶的な名演が、関わっている事をお忘れなく!!!!!超絶的な名演によってある作品が名曲になっているのです。
 夢疎かに、作曲さえ、あるいは作品さえ良ければ貴方の拙演は許される、楽しめる、感激を聴者に与えられると思う勿れ。それは元々名演奏をされて名曲の地位を得ていた音楽だから少々下手に、そして無理解に弾いても名演奏になっていると錯覚してしまっているのです。
 最後にメトロノームの落とし穴をひとつ。 
 メトロノームに頼りすぎて音楽の美しさ、美あるいは感情表現、もっと言えば精神的内容表出が最終目標である事を忘れてしまっている演奏家=またはその卵もいる。要注意!!!!! (作成2018年4月12日)
  2019/4/16日=古田中利章君の指摘があり「倍のスピード」は間違いで「半分位の遅いスピード」が正しいですので訂正しました。

 

(236回)短文(2019/4/3)

時たま電話やメールで!

 何年も休んで居る昔の弟子から電話があり、興奮した調子で先生のポンセは凄いと言って来る事があります。精一杯としても、フランシスコ・タルレガ位にしか興味を持てなかった人です。
 もう少し発想に関してのタッチについて、私の新境地をお伝え出来ればもっと私は諸兄から理解されるだろう。・・とわたしは近頃思っています。
 それはそうと昨日、自身のユーチューブを開いて見てその下にある、演奏に対する凄いお褒めのご投稿の言葉を頂いているのを見て、感激した。
 わたしはまだまだこれらの自分自身の演奏に負けない様にと努力を惜しまないで生きている。

本の反響

1)新刊の「天国と地獄」と合わせて本を何度も読んでいる。
2)本を読んだのでCDを聞きたくなった。
3)松田晃演のポンセの凄さが何十年にして始めて判った。
4)本を何度も読んで上達法を箇条書きにして譜面台に載せ、「start again」をしている。
等々の反響を頂いている。
(作成2019/11/20)

 

(235回)万葉集 (2019/4/1)

 新しい年号は令和
 令和は万葉集より梅の花に由来する
 私の万葉集は桜です
 深山木の、その梢とも、見えざりし、花は桜に、匂いけるかも
 これは10才前後の私に、父がただ一つ教えた万葉の和歌です
 何故か私のギター音楽の精進の行方を暗示していたのかもしれません
 もっと具体的に言いますと、その梢とも、見えざりし花が、今こそ咲いているのであろうか、それなら嬉しい、とのわたしの感想です
 私の新年号は「桜梢」ーオウショウーです
 桜梢元年、何をわたしは成すべきか?

(234回)エウレカ (2019/3/26)

 エウレカと叫ぶ事があれば素晴らしい。
 エウレカと叫ぶ前に、どれほどか判らない程の努力と解決への渇望があった。演奏テクニックに関して言えば、エウレカと叫んだ後は、再び永遠に近い努力が要求される。ただ叫ぶ前の努力は何の結実も結ばない努力であった事は明らか。エウレカ以前の努力は、判らないままの努力であって何の実も結ばない努力であるのは致し方のない事である。
 エウレカとはご存知ギリシャの天才アルキメデス(弟子の一人、乾先生のご指摘によりピタゴラスより訂正)が風呂に入っていて風呂に溢れた水の量がその物の体積であると判った時、「エウレカ!」=判った=と叫びながら裸で町に走り出したとの事。
 不肖私も何度かエウレカと叫んだ事がある。勝手な言を弄せば、それはノーベル賞に価する発見であったことも多い。あるいは新発見、新発明の類いであった。
 今まで誰も気が付かなかった事に気付いた時人はエウレカと叫ぶ。

(233回)イチロー引退 (2019/3/24)

 イチローが引退した。
 前に言ったが、Andre´s Segoviaは私より40才上だ。イチローは40才若い。ゴッホはセゴビア先生より40才上。
 イチロー引退に私は思わず大きなショックを受けた。が・・・・
 イチローは45才、従って僕は85才。引退すべきか?私には相談する人が居ない。
 結論・・・・・。継続!!!!!。
 理由。芸術家にはプロもアマも無いから。
 僕は何時の頃からか、ギターの好きなアマとして生きて来ているので、プロとしては引退しているのかもしれない。
 私を前にしてMaestro Andre´s Segoviaの独白
 ーーー『カナリアはマネージヤーが居ないと啼かない』ーーー
 どういう意味でしょう???

(232回)夢は枯れ野を・・(2019/3/9)

 今朝、Luigi Roncagli のGigue(ロンカリのジーグ)を弾いている夢を見て目が覚めた。私の指達が弾いているのです。 驚いて目を覚ました。旅に病んでいないし、枯れ野に臥している訳でもないが、直ぐ目に浮かぶ様に指がAntonio de Torresの黒い指板の上を駆け巡っている姿が目に浮かび、飛び起きた。
 数ヶ月前、同じ事がバッハのチェロ組曲3番のクーラントでも起こった。その時も指板の上を指が駆け巡っていた。それはそれは、超絶的な演奏であった。私のエッセイ集の読者にお教えしたあの「モウドリ」(妄想ドリブル)そのものの音楽が頭の中で鳴り響いていた。
 芭蕉は、頭の中であの俳句が鳴り響いたのではなかったか?
 「旅に病んで、夢は枯れ野を駆け巡る」巡ったのではなかったのか、と想像が膨らんだ。駆け巡った挙げ句出来上がった句その物が、あの句ではなかったのか。
 それとも私は死期が近いのだろうか?老いても私の指は枯れ野を駆け巡っているらしい。

(231回)パコ・デ・ルシア (2019/3/4)

 先日パコ・デ・ルシアの映画の放送があった。彼の言葉 “自分が良いと思った演奏でなければ聴衆の評価を気にしない、 自分で満足出来ない演奏であれば当然満足はしない” と言った意味の事を言っていた。同感!!!
 パコ・デ・ルシアは最も著名なフラメンコ・ギタリストの一人です。テクニッシアン。
 パコのギター演奏はクラシックギタリストには参考にならない。私が説いて来たクラシックギター音楽演奏の真髄、タッチの神技とはほど遠いのである。それはゴルフタッチとホールドタッチの使い分け、微妙な音の無数の変化、無限の心理に対応した左右の指の微妙な弦に当たるときの心の揺れ等・・・・・
 もう一つ重要な発見、それはパコの左指の動きが非常に大きく、それでも演奏にスピードが出ている。ウェスモンゴメリーの左指の動きが相当小さい事で知られている。指が指板から高く離れない、またコード移動の時に判り易く言えばそれぞれの指が次ぎの位置に最短距離で各指が独立して指板の上を滑る様に移動していく。これはウェスの左指の基本的ないし基礎的訓練の目標がそれであった事を示している。それと比べれば、パコの左指はは非常にばたばたと大きく動いていた。

(229回)Roses (2019/2/21)

 名手のギター音楽の演奏は潤爛と咲く大輪のバラの花のようだ。
 一体、バラは、綺麗になろう、綺麗だなと見る人に言って欲しいとは思っていない。
 ギター音楽演奏も、綺麗に聴こえる様に、綺麗だと言って褒めて欲しいとは思っていない。学習者はその事を思いその事を忘れてはならない。
 この曲はこう弾くべきだ、こう鳴るべきだ、聴く人が喜ぶかどうかは関係はない、と奏者は考え、こう鳴るべきだと思い付けばそうやってみる、その作業は永遠に続く。死後もその作業を引き継ぐ人が出る、必ず。それは進化ではなく深化である。
 沢山のバラを同時に沢山咲かせると綺麗。一つ一つは適当な美しさでも良い。その事実は、オーケストラの美に対応する。多くの花が同時に開花すれば聴衆を圧倒する事が出来る。
 その圧倒的な美に匹敵する美を、ただ一つの楽器で実現させねばならないのはla Guitarra の演奏だ。出来る可能性を持つのはクラシック・ギターただひとつである。それは至難の技であるが芸術の真髄でもある。
 ところが心得ておくべきはバラの木でないとバラは咲かない。人が、「わたしはバラではない」と気付いたとき、その人の人生に於ける最大の危機が来る。その危機は、バラではない自分が、恐るべき多くの努力の結果、世界中の誰もが認める「最も美しい花、バラではないが美しい」をギター演奏によって咲かせた時、その危機を脱した時だと言える。
 その音楽は潤爛と咲く大輪のバラに匹敵する。(2017年7月4日火曜日 0:13初稿)

(230回)7月4日 (2019/2/21)

 私は7月4日の事は何時迄も忘れない。
 その日、昭和20年7月4日、米軍の爆撃で祖父は死んだ。1945年わたしは満12才、祖父は裏の2階建ての離れに祖母と住んでいた。祖母はかろうじて逃げ出して来たが、姫路の町の中心からすこしはなれていた我が家にまで米軍による焼夷弾の猛爆を受けた。
 48才の父は召集を受けて九州の知覧の航空隊にいた。被災の数日後に帰って来て裏の離れの敷石に私と二人で並んで腰掛け「爺さんは何処に居るのだろう」と瓦礫の一部が畳の藁のみの燃えかすになっている盛り上がっている所を手で払うと、祖父の骸骨が生きていたままに綺麗にそろって横たわっていた。父は無造作にその一部の頭骸骨を敷石の上に置いた。
 前項、「Roses」の作成日が7月4日になっていたので、強烈に12才の夏の日の出来事を思い出した。私がギターのギの字も知らなかった日の事である(2019/2/21初稿)

(228回)河上徹太郎 (2019/1/30)

 知性と感性豊かな音楽評論家、河上徹太郎氏が戦前(大正昭和初期、第二次大戦以前の)全ての来日クラシック音楽演奏家の中で心に残ったのは、Andre´s Segoviaのステージのみであったと河上徹太郎氏は『クラシック随想』(河出書房219ページ参照)書いて居られる。非常に勉強に成るので是非お読み下さい。この本は今でも入手可能です。
 それは私が生まれる前に来日演奏されたセゴビア先生の音楽演奏についてであって、今の若者達がこれこそはギター音楽でございと、臆面も無く世間に恥をさらしているギターによる音楽演奏では決してない。
 将来、ギタリストに成るのはギブアップと思う様な、特別優れたギター演奏家、この世の物とも思えない比類のない演奏をする演奏家が現れるかも知れないと私は思うが、その為には真に優れた指導者の出現が待たれる。
 河上徹太郎氏については私の近著「天国と地獄」の同じ219ページに出している。何と言う偶然でしょう、同じペ−ジ数である事を今発見して私は何らかの因縁かも知れないと感動し、不思議に思っています。
 ご参考までに河上徹太郎さんの文で私の面白いと思った所はピアノのコルトーの項目でした。コルトーの演奏がお好きでないと言う事、(私は実を言うと彼コルトーは喋りすぎる・理屈ばかり言う・と思っていた)が、間違いでもなかったとか、色々思い当たるところが多くあった。(2018年7月22日初稿)

(227回)音楽とテクニック (2019/1/27)

音楽(一般音楽演奏家)就中(なかんずく)ギター音楽の奏者、クラシックギター音楽の愛好家への話

 音楽として表現したい事柄が音楽的に頭に浮かんでいる何かしらをお持ちのとき、演奏テクニックをもたなければどうしようもありません。音楽的に頭に浮かんでいる何かしらをもたないとき、あるいは持っていても稽古をしている間に大切な初動のパッションを忘れてしまった、テクニック獲得の間にテクニック習得が難しく、大変で、何をどう弾きたかったかを忘れてしまったとき、持てる力(テクニック)をもてはやされて頭に血が上ってしまい、音楽表現の目的を見失ってしまっているとき、テクニックを弄してギター演奏をする事は何もかも忘れさせてくれる、とテクニック中心の演奏の楽しみにハマってしまった時どうするか?つまり、貴方が馬鹿になってしまった時、そうなったと気が付いた時どうするかと言う事です。
 貴方の演奏内容に就いて貴方自身が満足出来ないのであれば問題(事件)です。頭にしっかりとその音楽が鳴っている時、その音楽を明確に理解していて、それを音にする方策を熱心に求めればその演奏法、表現法は発見出来る。
 一例として音色。音色を変化させ音楽的内容を表現しようとする事。これは難しい。あなたの指が多くの音色(ねいろ)を作る能力を持っていれば、それらを駆使して音楽表現に奉仕させる。気持ちが自然に音(音色)として現れる。
 音楽的内容。これは貴殿の音楽的成長に合わせて変化する。ギター演奏は幼稚園的な音楽演奏から芸術家的あるいは哲学者的思考、また詩人としての音による表現まで可能です。
 ここに至って、人間のする芸術作業の至高の楽しみが発生する。
 クラシックギターは何処までも貴殿の成長に合わせて受け入れてくれる変化可能(変幻自在)な容器(ツール)である。
 音楽を言葉として話す(つまり思考内容ないし感覚的に感じている事を音として表現する)事をもたない、話したい事柄をもたない人がテクニックを弄して指を動かしている事は空しい。無理をしてギターにしがみつかなくてもとの強い思い。何も言うことのない時には話をしない。
 音楽は音による芸術である。美しい音でなければ音楽は美しくない。しかし美だけでは済ませられない事柄もある。知的思考の痕跡を残す事も等閑に付すべきではない。(2019/1/14作成)

(226回)音楽評への感謝と私の追加文 (2019/1/14)

 昨年末の極小コンサートには素晴らしい音楽評を頂いた(投稿欄参照)。私はこの演奏で何を感じ、何を発見したかを聴者及び読者にお伝えしておきたい。
 この会場での奇蹟は、音の美しさであった。あの場所で弾いてみた感触は、実にこの世に存した過去の如何なる音楽の音にも優るものであったとの私の感想。
 私の飽く事のないギター音楽への尽きない遥かなる探勝の目標は、ギター音楽の存在価値である。ギター演奏は他の器楽器では出来ないクラシック音楽の表現力を持つ事である。
 あの音の美しい音の演奏は私の生涯をギター音楽に捧げた天からのご褒美であったのか。

2018年

 本日私の小さなコンサートへのご批評を頂きましたので投稿欄に掲載させて頂きました。投稿者は庵堂誓悟氏。ご興味をお持ち下さるなら是非ご一読お願い申し上げます。

(225回)(2018/12/5)

 崖がある、その先は台地です。
 人は何かを目標としてそれを達成しようとする時、障害がありそれを壁にぶつかると言う。それは壁ではなく崖でなければならない。崖の上には別の世界が展開しているが、壁と考えるとその向こうには今の自分と同じ平面でもがいている人達が居る。崖の上は別世界でありいわば台地であり広場である。その崖の上の世界を目指して、全力=全ての持てる知識、知恵、頭脳を使って崖を攀じ上る。助けを求める事も恥とはしない。
 攀じ登ると広々とした楽園が、しかしその広場の彼方に新たな崖が見えるかもしれない。意を決してその次ぎの崖にも挑戦する。
 さて次々と新たな崖が出現するかも知れない。でも最終的には己しか居ない広場に到達する。そこで、最初に設定した何かを目標としてそれを達成すればそこは天国である。そう気付いた時は別の目標があるかも知れないので新たな挑戦をする。最初の目標の設定に於いて、不可能と見えるところを目指す。
 音楽解釈の世界に於いてででは、或る所までたどり着いた時、以前見上げていた人々が、自分より下の広場に居るのが見えるかもしれない。もっと上に見えるかも知れない。その時貴方はもっと上の人を心から(PROFOUNDLYに)尊敬し、RESPECT(尊重)する様になっている。
 上に行くと、以前仰ぎ見ていた人々の立ち位置がはっきりと見えて来る。面白い程はっきり見えて来る。この世に無数に居た偉い人々がそれぞれの順位の位置にハッキリといらっしゃる。(それはそのジャンルに於いて、上の段階にたどり着けた時のみに限って見える)
 音楽愛好家(趣味の方)の理解度の崖も、同じ仕組みになっている。沢山の既に買ったCD、LPの著名なアーティストの順位が見えて来る。音楽作品の位置も見えて来る、音楽評論の正否も見えて来、最後にはある楽器の演奏家の順位の最高位はただ一人になってしまう事もある。例えばCD、LP、SPは一枚またはただの一人の盤で済む様になるかも知れない。もっと先にはすべての楽器の演奏家の演奏解釈の上下、順位、正否など見えて来ると中々楽しい。勿論その順位、正否などはその人の厳しい基準によるが、その基準が揺るがず確かな事は間違い無い。
 実際にはなかなか最後まではたどり着けない。そこで自己と同位置、又はそれより上の方が残された遺産(録音物)を楽しむ事になる。貴方のたどり着いた広場が広いか狭いか????人数は多いか少ないか????

(224回)まだまだタッチ問題 (2018/11/28)

 タッチの問題は奥が深い。
 前著までに口を酸っぱくして説いて来たが、私の見る所、古い弟子も新しい弟子も真に理解して真にタッチを正しく使いこなしている者はまだ少ない。せめて、ゴルフタッチとホールドタッチ(註)の違いを理解して使いこなさないと、ギターを正しく演奏出来ないと言う事に気付いていない人は多い。この二者を弾き分ける事が出来てこそ、クラシックギターを演奏していると言える。
 ゴルフタッチとホールドタッチを、アポヤンドとアルアイレ程度には言葉としてだけでも普及して行かなければ。そうでなければギター音楽、ギター音楽解釈が、他の楽器に対して永遠にヒケを取ったまま時が過ぎて行く。
 A)アポヤンドB)アルアイレ及び、C)ゴルフタッチD)ホールドタッチの4種類を使いこなし、意識して演奏に用いるのは至難の技である。なぜなら以下の4種類のタッチを習得し使いこなさなければならない。A)によってC)またはD)、そしてB)によってC)又はD)となる。これらを使いこなすことは実に複雑であるが、心して修業する事はギター音楽解釈を完成させる為には吃緊の習得すべき項目である。
 その前にその技術を習得する為には、手首を柔らかくしてギター演奏に当たらなければならない。
 トーレスでタルレガの曲を弾いていますと言っても、心を打たないのはそれらタッチを知らない為である。(トーレス以外の楽器であっても上記の2つ(正しくは4つ)のタッチを知り尽くしていて手首が柔らかければ、クラシックギターを正しく弾いているといえる)その様な演奏であれば、むかし或るピアノを勉強していた外国に住む日本人のピアニスト志望の少年が、私のギター演奏を聴いてギタリストに転向したいと叫んだ事も理解出来る。(その彼は、そのままピアニスト志望を変更出来なかった。その訳は、ギター演奏を正しく指導する事が出来る先生が居なかった為なのは明白である。あるいはピアノの先生が言葉巧みにピアノを弾き続ける様にしむけたかの何れかである)別の見方をすれば、この私の名付けた2つ(あるいは4つ)のタッチの存在すら知らないでギター演奏をしたり教えたりしているからであり、その平面に生きている限り永遠にギターが楽しめない。
 もう一つ別の思い!
 ギターのための弦の製造の問題。弦の製作者は、上記のタッチに付いて全く無関心で無知であり(世界中)かれらはギター演奏法の原理を知らないし、ギターに弦を張って正しく音を出す事に関しては全く無知、無能である。それでは好い弦を製作して演奏家に提供する事はおぼつかない。これではどのような弦を張って演奏しても音楽にならないと言ったレベルの演奏が横行しているのも当然だ。
 私のアドヴァイスをしなければならない責務は、クラシックギターと言う楽器で心を打つ、美しくて精神的な高みを目指して音楽を表現したいと言う事に大きな関心のある意欲を持つ人間に対してである。
 (註)私の造語である。ゴルフタッチはゴルフのスイングの様に右指を振って弦に振動を与える。それはあまり感心出来ない。音に意思を伝える事が出来ないからであり、個性も出せないし、自己の持つ多彩な情感も音にする事が出来ない。でも殆んどの多くの自称ギタリストはゴルフタッチonlyで過ごしている。
ゴルフではゴルフボールにタッチしている状態(ホールドタッチ)では球は飛ば(せ)ない。多くのギタリスト達はゴルフタッチでポンポンとボールを飛ばす様に弦をヒッパタイている。音は遠くまで飛ぶのかナーーー?最大、『I,M,交互でやれば』ゴルフのクラブよりも圧倒的な高速で球(弦)をヒッパタく事が出来る。

(223回)万博 (2018/11/26)

 万国博覧会が大阪で開かれる。万博と言えば何時も私は20世紀の初めか19世紀の終わりのパリ万国博覧会の記事を読んだ事を思います。
 そこにはスペイン館でミゲール・リョベート(註1)が演奏をしていた。それを聞く為にプホール(註2)氏が来て居られ、プホールはリョベートに教えを請うたところ、タルレガに紹介してあげるからと、プホールさんはタルレガの弟子になった。
1960年の夏、わたしはイタリアのシエナでセゴビア先生不在の間、代教のアリリオ・ディアス先生に習っていたが、ある日先生は彼の宿泊している所にギターを持って来る様にといわれた。先生のアルベルゴ(旅館)に行くとディアス先生はギターケースに新聞を載せて、その上にもの凄く上等の靴を履いて先生得意の南米のギター曲を弾いて居られた。そこへプホール先生が何食わぬ顔をして入って来られた。
 タルレガを弾け、とのディアス先生の指示で何曲かのタルレガの作品を弾き、私はタルレガの孫弟子にして頂いた。
(註1)ミゲール・リョベート1878年10月18 日 バルセロナ - 1938年2月22日はタルレガの高弟
(註2)エミリオ・プホール1886年9月10日 スペイン La Granadella-1980年11月21日, スペイン バルセロナ

 余談だがマエストロ・ディアスは生涯始めてのヨーロッパ遊学の私を驚かせた。教室で、聞いた事もないギターの美しい音でアルベニスを弾いて居られた。ギター音楽はあんなに甘ったるくワイン漬けの様な発想で弾いても好いのかなと、当時のわたしは疑問に思ったほどである。かれは恐ろしく素晴らしい音色のハウザー1世を超絶的なテクニックを駆使して弾いて居られた。(11/24)

(222回)テデスコやポンセはもっと評価されていいNO.2 (2018/10/20)

 テデスコやポンセを楽しめる様に調理しテーブルに提供する事は殆んどのギタリストにとっては難事業です。ポンセの生地、メキシコではポンセは少しも評価されないのはその為です。テデスコやポンセの音楽をこれが素敵なテデスコやポンセですよといって普通の能力の演奏家によって提供、演奏されても、音楽が好きで音楽がなんたるかをよく知っている人、また一般大衆にとっては、その演奏が不適切な演奏解釈によるものであればある程好まれない。いわば正しく調理されたポンセを一度も食べさせて貰った事がないのでテデスコやポンセはつまらないと思われて終う。感動して食べさせる事が出来るシェフは中々見付からない。
 わたしはと言えば、第二次大戦前に録音された(であろう)Andres Segovia演奏のSPレコードを第二次大戦後の焼け野原に、荒廃した人々の心を慰めるべく西洋の音楽が次々と輸入された。私の手に入れる事が出来た音楽(SPレコードの録音物)の中にAndres Segoviaの演奏するマリオ・カステルヌオーヴォ・テデスコのヴィヴォエネルジコ、その裏面がメンデルスゾーンのカンツオネッタ、その次にポンセの小ワルツ、とマズルカ。これらは今私が言って居る名人のシェフ=Andre´s Segoviaの演奏による物であった。私はこれらのSPレコードを手に入れて聴き、大いに感動した。ギターでこういう音楽を弾けるなら、自分の一生をギターに捧げよう、と。私の言葉で言えば、profoundly(心底から)moved (感動した) 。
 後で判るのですがそれはつまり、音楽は奏者の意思が最も大切で、それこそは奏者のレゾンデトール(存在の意味)である。ギター音楽は演奏されて初めて息を吹く。実物となる。(10/02)

 

(221回)テデスコやポンセはもっと評価されていい作曲家 (2018/10/13)


 乾先生の天国と地獄拙著出版についてのご投稿に刺激されました。(投稿欄参照)
 もっと高く評価されない理由を考え少し判りました。
 演奏が難しいからです。楽譜と考えて評価せずに、演奏=演奏解釈と考えて評価すれば自ずとハッキリします。優れた演奏、演奏解釈でポンセやテデスコを耳に届けて頂くと理解し感激するのは簡単な事です。料理に例えれば、レシピは完璧なのですが、食べてもまずいとしたら、そのレシピは流行らない。レシピは完璧、だがその料理のプレートに載せられた完璧な料理を提供された事がないとすれば。完璧な料理の為にはレシピ(=テデスコ・ポンセの音楽の楽譜)から完璧な料理を頭に描いて調理する事が出来る名人のシェフの存在が必須である。
 少なくとも好い演奏を探してお聴きになる事をお勧めします。良い演奏であればテデスコやポンセは必ずお好きになられると思います。

(220回)トレーナー (2018/10/12)

 音楽演奏にはトレーナ、多くの指達それぞれに付けるべきトレーナーがそれぞれにあるべきが本当の姿です。
 ギターがオーケストラであるとすれば、各楽器の名手、あるいは名教師が育てた楽団員が不可欠である、と言う事に準ずる。
 それは考えるだけでも複雑で不可能に見える事である。
 と言う事に準ずるとはそう言う意味で、一人の奏者が多くの指達=多くの人=奏者達を所有している事に変わりなく、クラシックギタリストがそう言う作業をしなければならないと言う事は、宿命であり、しなかったらその奏者は、クラシックギタリストでは居られないとしたら????

(219回)知的好奇心(2018/9/30)

 なんであんなんで、なんでこんなん。
 ギター演奏で上手(うわて)の演奏を聴いて自分の演奏について関西弁ではこう感じる。
 そこで出来るだけ多くの知識を得るべく探索が始まる。これをして知的好奇心と言う。
 なんであんなんで、なんでこんなん、と感じない時には進歩は無い。

(218回)私がギターを習ったお寺 (2018/9/16)

 私がギターを習ったお寺は姫路の正覚寺です。(そこでギターを習ったのは、私ただ一人です)
 昨夕、姫路のイタリアン、ラティーニに行きましたところ、先客の方が先日の同窓会での私の演奏を聴かれた方で、面白い事をわたしに話して下さった。
 私がギターを習ったお寺、正覚寺は、元は今お城の建っている姫路の中央の丘、姫山の上に建っていたが、私が習った頃にあった所(河間町ーコバサマチョウ)=私の生家の隣が小学校で、その2、3軒置いて隣が正覚寺=に秀吉によって立ち退かされ、移転させられたのだとの事。
 
私は生まれて初めてその事を知った。
 その所為か、住職さんが頻りに、ギターで有名な武井守成さんは姫路城の家老で、ドイツのボンからプレクトラム楽器の図書館を丸ごと買われたのだとの話、等々。
 私のギターの先生藤井紫朗さんのお寺、正覚寺と姫路城、姫路城の家老の武井守成さん、それらが何らかの係わりがあるらしい事が判り嬉しく思いました。

(217回)プロ(2018/8/28)

 凄いギター演奏を耳にする。初めての経験。これなら自分にも出来る、出来そうだ、やって見たい・・・・となる。
 ギター音楽に興味を持った時、何を目標にするか?
 ギター音楽の藪の中に踏み込む。上達のために暗中模索が始まる。
 何人かの先輩そして先生に出会う。
 先輩そして先生はギター音楽に関して色々と知識を伝えて下さる。
 私のギター遍歴はいつの間にか深い藪の中に入り込み、努力と偶然、幸運と不運に巡り会い、ある一つの形を形成し始めた。そのある時、可成りギターと音楽についての専門家であると私には見えた方が「ギターが上手くなりたいならプロに成るしかない」と言われた。私はまだ大卒直後であった。それは一般論として言われたのだと私には聞こえた。若く単純な私には誰でもギターが好きなら、音楽が好きならプロに成らないと上手くならないと聞こえた。その考え方は多くのギタープロを世に生み出し、送り出しているのかも知れない。
 彼ら(多くのギタープロ達)の特質、特徴は、正しくは、自分が上手くならなければとの一点に集約されている。
 芸術に目覚める時が来る。上手くなる、「上手い」の定義は如何?音が正しい位置で出せるか?それらの音は強弱、緩急が付けられているか?自己の演奏はギター音楽として魅力を持っているか?聴衆の心を強く動かせるか?等々永遠の課題を克服して行かねば成らない。
 それはプロでもアマでもない世界に足を踏み入れる事であった。
 この初心者からプロ、そしてプロでもアマでもない世界にギター音楽愛好家は、ゴマンといる。いらっしゃる。その何処に自分はいるか、自覚を持って進んで行かれたい。分かり易く言えば、芸術家と、単なるプロとの中間である。真の芸術家をリスペクト出来るようになれば一人前ではないかと私は考える。芸術家をチョロい言葉で侮蔑している間はその人は一人前ではなく数としては浜の真砂の様に存在する単なるプロの一人です。そして「真の芸術家」は滅多にいない。そこら辺りには見当たらない。
 プロは芸術家(滅多にいないが)の演奏を聴いて、どこかでミスをしないか探す。芸術としてまたプロとしての欠陥はないか探す。何らかの不備が見付かると鬼の首でも取ったように喜ぶ。芸術的発想に出会ってもそんなに感心しないし、心に記憶し(焼き付け)て家路に就かない。     2018年7月11日 作成

(216回)方正化補足 (2018/7/21)

 わたしは昔昔、ギターで音楽を綺麗に弾こうと考え始めた頃の事、風呂に入ってか、トイレか、布団に潜ってか、ある曲目の一節を頭に浮かべて、空中で仮想のギター演奏をやっていた所、もの凄く、恐ろしい程素晴らしい音楽を耳に思い付いた。直にであったか、翌日であったか、後々かは覚えていないが、その思い付いた部分をギターで弾いてみた。私のギターからでてくる音楽は頭に描いたあの美しい音楽とは似ても似つかない、いわばあの世の物ならぬ、この世の物であった。この世の物ならぬ、あの世の物は何故出来ないのか、全く見当もつかなかった。あまりにも違うと、気も狂わないし、頭は働かない!
 絶望。
 でもわたしは若かった。何らかの希望を、胸の何処かに仕舞い込んでその後何十年か、音階練習に、アルペッジョ練習にと取り組んだ(取り組んで来たらしい)。何も考えないでギターだけを信じて毎日ひにちギターを弾いていた。
 馬鹿。
 馬鹿でないとあれだけの努力はしないだろうと思う。

 ご参考迄に!
 名指揮者は、名手の集まるオーケストラでないと名演奏は出来ない。でも楽団の全員が、頭にあの世の音楽を頭に描けているかどうかは別の話。
 馬鹿は天才。天才は馬鹿。

方正化とは
 この世の物ならぬ、あの世の物を頭に描く事、それが出発点です。描く事が出来ると、それを詩人の心で、心に保ち続ける事。日々の稽古で、日常の自分に慣れ切ってしまわない。何時かは出来ると信じる事。
 この世の物ならぬあの世の物を、音楽として実現させるには、超絶技巧が要ると言う事でもある・・・という事を知るべし。
 余談ではあるが、わたしの想像する所、楽器製作に於いてもその事は言える。この世の物ならぬ、あの世の音が頭の中に鳴っていると、何時かは頭に描いている音楽があなたの製作した楽器から出る。製作家はその楽器を試奏する事が出来る為の努力、つまり音は如何にして出すか、出せる様になるかの努力、は惜しまないで欲しい。あるいは名手に試奏してもらう事が重要であるがそれは中々難しい事である。不可能かもしれない。
 ドイツのハウザー氏のお宅を訪れたとき、彼らの家宝とも言えるハウザー家先祖代々の作品を、次々と持ち出して来られた。私は嬉しくて、それらを全て弾き続けた。私の前には、彼ら家族の全員がずらっと並んで私の演奏を全員、一心に聞き入って居られた。

(215回)ヴァイオリンとギター(ギター音楽関係者各位に) (218/5/16)

 最近(2014年頃)ヴァイオリンの愛好者の方々と話し合う機会が多くなっている。かれらは特にヴァイオリン(無伴奏)を通してバッハを愛好しておられる。それはつまり私がYou-Tubeにギターのソロでバッハを公開しているからかも知れないが、私はヴァイオリン愛好家の方とお近づきになる機会を得るチャンスが多い。ヴァイオリンによるバッハの演奏とギターによるバッハの演奏に大きな違いがあり、私のギターによるバッハ演奏解釈はヴァイオリンによってバッハを愛好しておられる方達の興味を強く惹き付け、刺激を与えているのかも知れないと思っている。
 彼らのおかげで再認識をしたのだがヴァイオリンには、実に多くのバッハの演奏家(非常に優れた音楽演奏家)がいる。バッハだけではなくクラシック音楽の世界ではギターには貧弱な演奏家しかいない事を思い知らされる。これでは、他のクラシック楽器の人たちにギター音楽のジャンルの人々は軽く(下に)見られても仕方がない。先日ある方がヴァイオリン奏者のLP所蔵リストを送って下さったが、実に多くの著名な名手達がずらりと並んでいる。ギターで傑出していると胸を張って宣言出来るアールヒーフとして誇れるのはアンドレス・セゴビアのみであるのは本当に寂しい限りである。たしかに偉大なアンドレス・セゴビアは他の楽器では表現出来ない美しいバッハをギターで表現しておられる。他の楽器の追随を許さないとも公言出来るくらいである。
 ギターの演奏家に見いだせるアルヒーフは貧弱な才能と知性しか関わっていないということは本当に悲しい事です。後世に誇り得る演奏芸術のアーカイヴ(重要記録を保存・活用し、未来に伝達することをいう。)として特筆出来る奏者は今のところヴァイオリンのように数多くはない。どうしよう?????
 考えられる要因は幾つかある。
 1)ギターによってクラシック音楽が真の意味で演奏されるようになってまだ日が浅い。せいぜい永く見積もって7、80年くらいかもしれない。偉大なアンドレス・セゴビアがその可能性を示した最初の演奏家であるし、そのAndres Segoviaに追いついたり追い越したりする演奏家はまだ出ていないのではないか。Andres Segoviaが最初で最後だなんて事にならないために我々後継者は何をすれば好いのか。そのため・・
 2)・・真に芸術をする事が出来る楽器が無かったし、作られなかったし、製作家に演奏家の要望が伝えられず、音楽演奏の明確な要請、つまり需要が低級であった(ポピュラー指向の需要)。一級の音楽演奏芸術家が楽器製作家に正確に要望しないと、一級の音楽を芸術的に演奏された時にその要求に応える楽器は出現しない。そのためか、ギターの名器の製作家、Antonio de Torresはストラデヴァリウスより何世紀か遅れて出現した。ギターの音楽的価値と評価がそれだけ遅れていて、それを取り返さなければというアンドレス・セゴビアの意図がまだ実現されていない。そしてトーレスを超えるギターの製作家はまだ出ていない。需要が低級であった理由の一例はギター作家は学生ギタークラブに所属する人達にギターの良否の判断をさせていた。彼ら(学生達)は暇つぶしに音楽をしていたし、一般的に言って彼らは音楽家としてはまったくのアマチュアであった。彼らがギター製作家の楽器販売先の優先人員であったから。芸術家である演奏家に楽器の判断をさせていなかった。ギター音楽の芸術家が滅多に見付からなかったし居なかったのも確か。
 3)1つにはセゴビアさんが偉大過ぎてあの人は別だという風潮が(=the MAN=という敬称をロンドンのギター仲間では奉っていた。the OLD MAN=名人=とは親しみを込めた愛称とも言えるかも。)でもおじさんとまでは言わなくてもおじいさん的な言い方で、却って低く呼ぼうとしていたのではなかろうかと、わたしはその頃ヨーロッパ(特にイギリス)人のセゴビア先生の呼び方に反発を感じていた。ギター仲間ではthe OLD MAN とはつまりセゴビアさんの事。やはり名人という意味に取らなければ。
 4)セゴビアは別だという“ギター弾き”達の風潮は決して歓迎出来ない。セゴビアのようにならなければという使命感を完全に捨ててしまっている(様に見える)。それよりも大切な事は、ギターでしか出来ないクラシック音楽の表現に挑む若い力が不足しているのではないか。若い力、若者のパワーを信じて育てる、若者に信じられて信頼と尊敬を得、尊重されて教える教育者が見当たらない。ヨーロッパまではるばると日本から出かけて行った事によって、本当の芸術的音楽の演奏なり演奏解釈を学んで来た人はまだいないようにみえる。その証拠に、ヨーロッパにもセゴビアを超えるまたは比肩できるギタリストが居るとは聞いた事がない。
 5)勇気を持ってセゴビアを超えようとしても、その努力の先には絶望しか待っていないのか?ギターは全く学術的に分析し解剖し理解して行く筋道はない?そのためか日本では学術の府にクラシックギターの超人的な指導者は採用されていなくて、ギター音楽の社会的地位の低さも影響していたかも知れない。セゴビアは「盲人象を撫ぜる」類いの偉大すぎる天才なのか?ギターはある意味で分析を拒絶している。腕、指、爪と脳から伝わる伝達が、百人百色なのは確かである。特に爪の状態、形態は毎日変わる。それらは同一人でも日ごとに変わるし、人が変わればまた異なる。気候によっても変わる。
 6)ギターまたは音楽においては、音が人によってどう聞こえているのかもあまりはっきりと想像出来(伝わって来)ない。図面なら分かるのだが三角に聞こえているのか四角形にか丸か楕円か?そしてそれらは直線的か、または平面に存在すると思っているのか、立体的に聞こえているのか、聞こうとしているのかさえわからない。またどれくらい小さな音まで音楽として聞く能力または聞かせようとする能力があるのか?音に色はあるのか、感じているのか?ギターはintimate な楽器である。セゴビアさんは「プラテロと私」を内容的に説明するのにロバは詩人のintimate confidantであったと紹介しておられた。こういう話になって行くと、実はセゴビア先生のギター音楽は次元が違うのです。何次元か、とにかく別次元の音楽にあなた方は挑まなければならない。だからセゴビアは別だ、と言うのは全く正しい見方でした。次元が違うと言えばそれは別のプラネット、地球で言えば別の島、陸地で言えば大きな裂け目、それとも高い塀のある向こう側の超えるに超えられないあちらの世界???

2014年6月18日作成

(214回)テデスコと小鳥 (2018/5/8)

 昨日面白い事がありました。
 ひさ方ぶりにテデスコ作曲の「プラテロと私」より「春」を熱心に弾いていました。ふと中庭に目をやると、山鳩がぐっと首を延ばして、窓の外からギターを弾いている私を、体をひねって覗いていました。
 ご存知でしょうか?ヒメネスの詩によるテデスコのギター曲「春」は小鳥達がたくさん庭に来て大騒ぎでピイピイと啼いて、ヒメネスに子供達が騒いでいると思わせ、目を覚まさせたというお話です。
 山鳩が飛んで来て「この家の中で小鳥たちが大騒ぎをしているらしい、何事だろう」と窓からのぞいていたのだとしたら、私に取っては非常に嬉しい事でした。
 私の録音したテデスコの「プラテロと私」よりの「雀」(Sound of the Guitar 4に収録)はこの「春」に類してスズメ達の楽しそうな動きが的確に表現され、描かれています。(註)「春」は日本コロムビアより木村功さんの朗読とともに発売しています。
 セゴビア先生はアンコールでよくこの「春」を弾かれました。テクニック的に難しい曲です。この曲に類する難曲でアンコールでよく弾かれていたのはVilla-Lobosの「エテュードNo.1」、テデスコの「タランテラ」等があります。これらの曲目が何時でも普通に弾けるのはさすがセゴビア先生。
(松田註−ずっと以前に書いていてお蔵入りをしているエッセイが100か200題程あります。それらの中の一つ(2017/10/4作)が今日目に付いたので取り出してみました。

(213回)細い線を描く(2018/3/18)

 ギリシャの昔ある著名な画家Aをある画家Bが尋ねたが不在であった。そこでBはアトリエにあった画布に1本の細い線を描いて帰った。Aが帰宅してそれを見て、その線の下になお一層細い線を描いた。翌日画家Bが再びAを尋ねたがAはまた不在であった。Bは改めてその線の下にもっと細い線を描いてAのアトリエを後にした。Aは後でその線を見て、chapeaux(だつぼう)・・・・

 

(212回)一つの疑問 (2018/2/27)

 ピアノの初心者の為の入門書の、名手によるヴィルトゥオーゾ的な録音盤が模範演奏としてあるでしょうか?いわゆる名手によるバイエルその他の入門曲集の奔放な演奏例です。あるのならば是非共聴いてみたい。
 私は和声学を学ぶ為にピアノをすこし習った事があるが、その様な演奏例を当時に聴く事が出来たとすれば、ピアノがもっと楽しく学べたのではなかったかと思います。

 

(211回)セゴビア先生の楽譜 (2018/2/26)

 アンドレス・セゴビアの残されたレパートリー、多くの録画、録音されている音楽が殆ど弾かれなくなっている事の真の理由は、楽譜が正しく発表、発売されていないからではないでしょうか。
 もしそうなら、わたしども弟子達にも責任がありそれは重大な事です。セゴビア先生の演奏からほど遠い運指付きの楽譜までもが、堂々と売られている世の中です。
 わたしがギターを学び始めた頃、そしてヨーロッパに渡った時、ギター関係の信頼出来る楽譜は(特に日本には)殆どなかった。レコード(SP)で聞くギター音楽の楽譜は殆ど日本には存在しなかった。楽譜さえ在ればこの美しい曲は弾ける、と愚かにも我々日本のギター関係者、ギター・ラヴァーはそう思っていた。何でも好いから楽譜を持っている方を先生と認めて入門したものです。
 最近気が付いたのですが、セゴビアレパートリーなる楽譜が市販されています。わたしが若い頃ショットのセゴビア版を入手して、それこそは絶対の楽譜であると信じて勉強したものです。ヨーロッパに留学して、アリリオ・ディアス、アンドレス・セゴビア、ジョン・ウィリアムスの方々のレッスンを受けるに及んで、楽譜は単なる手掛かりであり、常に流動的な物なのだと徐々に、ゆっくりと徐々に徐々に判って来た。それらの楽譜、信頼出来る楽譜は今でも存在しない事をわたしは迂闊にも気にして居ませんでした。
 実を言いますと、フッとセゴビア・レパートリーなる楽譜を目にした事が何度か在ります。セゴビアというものはわたしに取りましては「聖域」なので詳しく、念入りにしかも批判的にそれらの楽譜を「検証」しようとは思いませんでした。
 昔、ヨーロッパでセゴビア先生が手を入れられた楽譜を生徒仲間から借りる事が出来たとき、あんなに嬉しかった事は無かった。コピーとか出版とかデーター化等と言った、簡単に人のものが、人の内部(自分以外の尊厳なる他人の内部)が自分の物に出来る時代ではなく、借りた楽譜は大急ぎで、五線紙に書き写すのです。そこで同じ楽譜でもこんなに違うのだ、多分そうだろうとは思っていましたが、実際手にしてみると、その楽譜の有り難たさはこの上もなかった。宝物を手にしたようであった。

(210回)落語の持ちネタ-2018年の提言! (2018/2/23)

 私のファヴォリットな落語家は枝雀でした。かれは持ちネタを60にしていて、それらがお終いまで来ると初めにかえり、エンドレスに繰り返してまわしていたとか。
 ギター音楽演奏では持ちネタとは言わず、レパートリーであるが、セゴビア先生は持ちネタは無限だと言う風に感じられた。(エッセイ集の第28回 参照)これらの曲目は先生が日本に来られる時に、(日本公演の為に)プログラム作成用に用意されていた曲目で、約60曲が用意されていて、それらの中から10〜20数曲を選べば一つのプログラムが出来あがるので、先生がツアー(約1ヶ月間)に出られるときはその60の中から5つか6つのプログラムを選んで組み合わせ主催者に提供して弾かれる事にされていたようだ。
 私は初めヨーロッパにセゴビア先生のレッスンを受けるため約100曲位はなんとか弾ける曲目を準備して行かねばと頑張った。
 人によって違うと思うが私は時に、2、30曲を磨きに磨いてレパートリーとして持っているべきだ、又それとは反対に何時迄も、幾つになっても新しくレパートリーを増やして行かなければとの気持ちで焦りに焦っていた時期もある。ある時には1曲だけでもいいからセゴビア先生のように弾ければもうそれで良い、満足だと思っていた時期もある。
 持ちネタを限定して磨きに磨く事は全く正しい進歩の方式であると今では思える。芸術に関しては全くそうあるべきで、枝雀さんは芸術家だったのだ。そう言ったギタリストが居ても構わない、同じ曲目ばかり演奏している、そして聴き手もそれらの聞き慣れた音楽を何度聴かされても深く楽しめると言う世界である。正しく言えば、数回ごとにプログラムが元に戻ってそれが繰り返される。
 磨きに磨かれた音楽らしい音楽がギター音楽の演奏会場に響き渡る様になれば、ギター音楽の発展の為に輝かしい未来が待っているのかも知れない。レパートリーを増やして行かなければとの考えは正しいのかどうか、考え直してみるべきだ。
 2018年の提言!としておきましょう。

 

2017年

コンサート評―もしくは報告 (2017/11/27)

2017年10月28日姫路市で私の小さなコンサート(非公開)が近郊のお寺でありました。
それについての「評―もしくは報告」を投稿頂きましたので投稿欄に掲載しています。

1年半振りに投稿を頂きました。投稿欄を見たい方はここをクリックして下さい。!

2016年

 

(176回) 日記-6 (2016/8/24)

 ゴッホが生まれた年に日本に来たのがペリーでした。今日知りました。


日記 1 =2016年5月22

 

2015年

この様な文章を綴って皆様の前に公開する事は演奏家に取っては誠に勇気の要る仕事です。
何故ならそれらの言葉を演奏で実証しなければ成らないからです。
クラシックギター発展の役に立つかもしれないと勇気を振り絞って発表して参ります。
スペインの諺に「よく喋るオウムはとばない」とあります。その例外にならなければ!

掲載までもう数日お待下さい。(7月21日)
投稿欄の「振り子」(2015/8/3)投稿者・乾雅祝さんも見る価値があると思います。(8/5)

 

 

投稿欄には久々に投稿がありましたので、上梓しました。投稿欄もお読み下さい。
なお諸兄も奮ってご投稿下さいます様お待ち致します。(2014/11/12)


9)   真似

  真似をする事は非常に難しい。真似をする相手を完全に理解し、殆ど自分のものに出来てしまっていないと滑稽になってしまう。

(第119回)  短文集(2)(2014/9/21)

クラシックギターの敵

 クラシックギターを本当に愛する人たちには共通する大きな敵がある。それは一般大衆である。クラシックギターを本当に愛する人たちの集団は作れないが、クラシックギターを本当に愛する為の大きな波を起こさないと不可ないとはわたしは考える。

善人は孤独

 この間クリント・イーストウッド主演の「シークレットサービス」という映画を見ていたら「我々善人は孤独に生きて行くしかない。」と言う言葉がありました。

 

トーレス(フェニックス)

 アメリカのウエッブ上の雑誌にわたしの事が載っています。トーレス及び私に関する記事です。「ギターと私」欄(このペ−ジ)、第114回にその日本語訳を出しています。
 元のウエッブ雑誌(英語版)へはここにアクセスして下さい。
http://bencisco.com/wp/blog/2014/07/14/akinobu-matsuda/
 アメリカ人のTWITTER、この人はわたしをギターにおける歴史的に重要な人物として、クラシックギタリストで唯一のセゴビアの後継者のように書かれています。

生涯で2度認められて

 1)偉大なアンドレス・セゴビアは私の演奏を聴き才能を認められて日本からヨーロッパに招待された時。(日本ではヨーロッパに行って勉強すべきはこの人だとは誰も言っても、思ってもいなかった。)
 2)先日アメリカのtwitter誌で全てのジャンルのギターの代表はクラシックギターであり、そのクラシックギター演奏の第一人者は全世界において松田晃演であると断定された事。(世界の音楽界の中で誰も松田晃演はギターの全てのジャンルの演奏家の代表だと思っていない今。)註=上のトーレス参照
 松田註=私が感激しても当然でしょう。1)では私の知る限りの人は誰も私の事を日本では音楽の最高のタレント(才能)を持っているギタリストだとは思っていなかった。2)も私が世界のギター史において評価すべき第一人者だとは私も含めて世界中で誰も思っていない。

クラシックギターとそうでないギター

 投稿(2013/10/26)=松田晃演=投稿欄のこの文はぜひもう一度お読み頂きたい。

 

 


(第114回) Ben Cisco's World of Music (2014/8/10)

Rock | Blues | Jazz | R&B | World Music | Indie
Home  Music Under the Radar  Music Videos  About Music  Contact
このアーティクル(by Mr.Ben Cisco )は私の事を全然知らない人で、先日私あてに送って来られたものです。最後の段落に私との関連が取り上げられています。私の拙訳を掲載しておきます。

マツダ アキノブ
 日本のクラシックギタリストマツダ アキノブはアンドレス・セゴビア、フェルナンド・ソル、フランシスコ・タルレガの伝統を弛まず受け継ぎ続けている。
 多くの読者はもう既に気付いているでしょうがクラシック音楽は多くの他の、ジャンル、ロックやジャズも含めて影響を与えて来た。事実、クラシック音楽の影響はNeoclassical Metal(ヘヴィーメタルのジャンルの一つ)として知られているロックの分野に増え広がっている。イングヴェイ・マルムスティーン(Alcatrazz), リッチー・ブラックモア (Deep Purple, Rainbow), ユリ・ジョン・ロート(Scorpions) andランディ・ローズ(Black Sabbath)達はこのスタイルを世に広げた最初のギタリスト仲間である。
 それで、マツダ アキノブは注意を払って眼を留めそして耳を傾けるのにふさわしい日本の最高のギタリストであると思われる。
 松田は1933年日本の姫路市に生まれ14才でギターを弾き始めた。初めは近所に住んでいた坊さんにレッスンを受けるよう推薦された。たまたまお坊さんはクラシック音楽が好みで彼の弟子の興味を優れたクラシックギターの名手へと導いた。
 1959年松田はAndre´s Segoviaに出会った。Andre´s Segoviaはマツダ アキノブの演奏に非常に強い印象を受けたのでスペインに来て自分のところで勉強するようにと招待した。松田は翌1960年にヨーロッパに向かった。そこでは2年間セゴビアと他のクラシックの優れた奏者ジョン・ウィリアムスの元に学んだ。
 松田は音楽歴の過程において沢山の賞を授与されていて世界各地で演奏をして来た。彼は数枚のアルバムを録音し、ギターのテクニックに付いての教本も出版している。彼はギタリストとしての思いを2001年に出版したエッセイ集「ギターは小さな星のオーケストラ」に書き留めている。残念ながらそのエッセイは日本語でしか入手出来ないが、マツダ は何時か将来には英訳が企画されるでしょうと言っている。
 松田さんの愛器は1892作のトーレスです。Antonio de Torres Juradoは19世紀の最も重要なスパニシュギター製作家としてひろく認められている。Acoustic Guitarmagazineの2003年秋号の記事の著者Kenny Hillは次のように言っている。 
 19世紀の半ばAntonio de Torresはギターを再定義し考え直した。彼はあの時代の決定的な先駆者であり改革者でそれ以来のギターメイカーのギターを世界レベルにおけるステージ用またはコンサートホールのコンサート用楽器に成長して行くべき新しい進路を示す事にもなった。
 トーレスは1892年に亡くなっているので Matsudaの所有するトーレス製のギターは、このスペインの弦楽器職人の最後の作品の一つなのです。まことに貴重な秘蔵の財宝をお持ちです。そして松田さんの演奏は、この貴重な楽器の歴史と出来栄えを、充分に発揮させてくれ、しかも、松田さんの師であり指導者であったアンドレス セゴビアの偉大さを忠実に伝えてくれるのです。
 In the middle of the 19th century Antonio de Torres redefined the guitar. He was the deciding innovator of his time,bringing various elements of guitar making together in a new design that has shaped the work of every guitar makersince, and even shaped the growth of the guitar as a concert instrument on stages and in concert halls world-wide.
 De Torres passed away in 1892 so the guitar that Matsuda owns is one of the last made by the Spanish luthier. It is,indeed, his most prized possession and his playing does justice to the history and stature of this guitar and to his teacherand mentor, Andre´s Segovia.
松田晃演註=
私が知らない世界のどこかで私のギター演奏に歴史的な価値があると評価して頂いた事は私にとりましては非常に名誉な事だと思いました。最終のフレーズではギター音楽における歴史的重要人物と言うような意味での表現は私の全く考えても居ない事でした。一応その部分には原文を添付しておきました。
このウエッブ雑誌へは http://bencisco.com/wp/blog/2014/07/14/akinobu-matsuda/ ここにアクセスして下さ。私の写真、You-Tubeなど見て頂けます。

(第113回) 梶井克純先生 (2014/7/31)

 京都大学、大学院の先生が姫路の拙宅に来て下さいました。梶井純(よしずみ)先生です。
 バッハの無伴奏ヴァイオリンの歴史的名演の(多分)世界最古の録音盤を私共が所蔵していまして、それを聴くために来られました。それはいわゆる手回しの蓄音器での試聴でしたが、先生はそれはそれは熱心にお聴きになられました。
その後、数週間の後に先生は真空管のプリメインアンプをご持参下さいました。素晴らしい作品です。
 梶井先生へのアクセス
http://ultra-pure-sounds.jp/about.html

 先生の含蓄の深い真空管のアンプの事等の記事が書かれています。興味のある方はアクセスしてご覧下さい。
 今回お持ち頂いたアンプによって私共の今まで知らなかった再生音が私共の音楽室で鳴り始めました。セゴビア先生は録音は自分の演奏の陰だと云われましたが、この様なアンプによれば音楽はCDもLPも生に近い音がして居ます。目を開かせて頂きました。

 

第二次・エッセイ集

東京のミニコンサートに寄せられた感想及び評論2点no.3(2010/7/28掲載)

松田晃演ギターミニコンサート

「爽やかな風のコンサート、アットホームな雰囲気でトーレスの響きに浸る愉悦のひととき」

 

2010.6.12

三鷹沙羅舎B1「舞遊空間」

オーディオ評論家・林 正儀

 

三鷹駅から玉川上水に沿った「風の散歩道」の途中に、今日の会場はあった。沙羅舎「舞遊空間」だ。ミニコンサートと自然食を味わう会をカップリングしたお洒落な嗜好である。20〜30席ほどの小さなホールで響きがやや少なめだ。ステージとの距離も近いアットホームな雰囲気の中、愛器トーレスを抱いた松田晃演さんが登場。 いつもの白いスーツ、そしてリラックスした表情だ。プログラムは7曲で、確かにセミコンサート的なボリュームだが、まるで弾き語りのように軽妙なトークを交えながらのギター演奏に心が和む。

「慣れない場所は、弦が指にからまって外れなかったり演奏家にとっては大変なんです。また温度や湿度が変わると、音程が狂います。それほどギターはデリケーな楽器なんです。今日はよい部分が少しでもあれば楽しんで頂きたいと思います」。

静かに流れてきたのはバッハの「前奏曲とクーラント」。繊細で柔らかな響きだ。一音一音を慈しむように奏でる。余韻が空間に舞う。まるで小宇宙。爽やかな風がふくようなコンサートの始まりである。こうなれば松田さんのペースというもの。

ソルはお馴染みのメヌエット作品、そしてモーツアルトの主題と変奏が聞き手をとらえる。何と軽やかで楽しく響く旋律だろう。親しみやすさのなかに、さまざまに変容する音の色合いが生き生き描き出されている。

小休止をはさんでのタルレガとヴィラ・ロボス、ポンセ……の演目では弁舌が冴え、楽しそうに曲や楽器のエピソードを語ってくれた松田さん。「アントニオ・デ・トーレスはタルレガが使っていた楽器を作った人で、タルレガの発想はこのトーレスで生まれたものだと思います。このギターを持つと何となくタルレガの曲を弾きたくなるのですね」。うなずく私たち……。前奏曲5番とパバーナは、美しい音階が散りばめられた南欧風の明るさと力強いリズム。たくましさと軽やかさが印象深い。 ヴィラ・ロボスのプレリュード1番は、私のお気に入りの一曲だ。何度聴いても、深く沈む哀愁を帯びたメロディには泣ける。同じパターンのリズム音形は手叩きの太鼓を模したそうだが、強弱の起伏が激しく展開も大層ドラマチックで、このブラジル人作曲家の情熱と活力を松田ギターは余すところなく伝えて見事だ。たっぷりとためをつくり音楽に生気を与え、まさに音楽と一体になっているのだ。ポルタメントや重奏が多く、テクニック的にも難易度が高い。ギター一本でこんなことができるんだと感心しきりである。

続いてポンセの曲だ。「南のソナチネと訳していますけども、Meridionalというのは南イタリアということでして、“南仏”ならいいやすいのですが”南伊”って発音しずらい。難易度の高い曲なんです!」。一同爆笑である。

松田さんの師であるアンドレス・セゴビアの演奏技法を考慮して作曲されたといわれるものだが、濃密にして美しくコクのある響き。陰影をたたえときには激しく情熱的に荒れ狂う。リズムのキレと厚み、音色のゆらぎも絶妙といえるものだ。

「レオネーサ」はスペイン民謡の短い曲だ。松田さんがトーレスと出会うきっかけになったともいえる曲である。タレルガ直系の弟子、ミゲール・リョベートの演奏したレコードを昔聴いて、「この曲をいい楽器で弾きたい!」と思ったそうだ。願いは叶った。そんなエピソードを交えながらのトーレスの音色には、南風に誘われてうきうきするようなやさしさ、軽やかさがある。

最後はアルベニスの「セヴィーリャ(?)」だ。「グラナダ」と並び松田さんが得意とするプログラである。スペインに旅をされた風景を目に浮かべながらの演奏であろう。明るく陽気なギターサウンド。「生命を肯定する激しく踊り狂う町」と松田さんがいわれるように、輝くようなリズム、装飾音が散りばめられており、セビーリャの美しい町並みが目に浮かぶようだ。(演奏者、松田晃演の註=これは全くのわたくしのアナウンス・ミスでありまして、Granadosのスペイン舞曲第10番をアルベニスのセヴィーリャと言い間違えました。ただこのGranadosの曲はアルベニスのグラナダよりも、もっとグラナダ的ではあります)

アンコールの「鳥の歌」まであっという間の1時間だが、松田さんの飾らない人柄とトーク。そして何よりも誠心誠意トーレスの魅力を伝えようとする演奏家の心にうたれたコンサートであった。静かに拍手したい。

 

 

旅先の鹿児島で大橋先生の沙羅舎に於けるサロンコンサートに付いての評論を受け取りましたのでこのエッセイ集に掲載させて頂きました。

大橋伸太郎

かつて、クラシックギター演奏歴の長い知人に松田晃演氏のコンサートを聴いた印象を話した所、「え、松田晃演!?、死ぬまでに一度聴きたい人だ」という答が返ってきた、そういう演奏家が世界に何人いるだろうか。クラシックギターに限らず技術的に優れた演奏家はいくらでもいるが、人をしてこういわしめる境地に到達した演奏家は極めて稀である。楽器の垣根を越えて、松田晃演はその数少ない一人である。松田晃演が到達した境地とは誰も模倣ができない唯一無二の音色である。軽やかでいて神秘的。古雅でいて生まれたばかりのように清々しい。松田が愛器トーレスを弾いていると音楽の核心に住む妖精が姿を現し、時空と戯れている印象がある。
神戸在住の松田晃演(松田注=現在姫路市に住んでいます)は毎年関東圏の弟子のレッスンを兼ねて上京し東京オペラシティリサイタルホール等でコンサートを催しているが、今年の春は趣向を変えて、6月12日に三鷹市の個人運営のホール「沙羅舎」でファンとの交歓会を兼ねたミニコンサートを開催した。冒頭に紹介した、松田晃演を一度聴いておきたいという音楽ファンの「声なき声」に配慮したものと思われる。当日の演奏曲目は別記の通りである。
総演奏時間一時間程度の短いコンサートであったがJ.S,バッハの無伴奏チェロ組曲からの抜粋、ヴィラ-ロボスの前奏曲第一番など定番曲に加え、今回ハイライトに「南のソナチネ」を演奏した。M.M.ポンセはギター名曲の宝庫だが、その代表作の一つで「広場」「小さな詩」「祭り」の三楽章から成る、クラシックギターを志した者なら一度は挑戦したいギター音楽の精髄に触れる曲。この曲にもアンドレス・セゴビアの規範的名演奏があるが、セゴビアの直弟子である松田は、師同様に南イタリアの昼下りの神秘的な時間と鄙びた香気に満ちた夢幻的体験を聴衆の前に現前させた。
しかし、そればかりでない。この曲を演奏する上でのポイントであり難しさである無調に近い旋律と和声(えてしてつながらずバラバラな音楽になる)を軽やかな指捌きで無限に連続させ重層し、ポンセのギター標題音楽の中に潜む現代的な厳しい叙情空間を現出させた。1892年製造の楽器トーレスがその触媒。原曲の精神と密着した演奏者、楽器によって一曲の中に潜む「過去、現在、未来」の全てが立ち現れるのだ。音楽というものについて深く考えさせられる感動的体験を与えたこの日の一曲であった。

J.S.BACH
「前奏曲とクーラント」~無伴奏チェロ組曲第三番
F.ソル
メヌエット作品11-6とモーツァルトの主題と変奏
F.タレルガ
前奏曲第5番とパバーナ
H.ヴィラ-ロボス
前奏曲第一番
M.M.ポンセ
南のソナチネ
スペイン民謡「レオノーサ」
E.グラナドス
スペイン舞曲第10番

2010年6月12日東京都三鷹市沙羅舎舞遊空間

 

 

「松田晃演 トーレスを弾く!!」2月13日東京アイゼナハ・ホール
大橋伸太郎

    さる2月13、14日に東京神田小川町のアイゼナハ・ホールに松田晃演氏が登場、「トーレスを弾く!!」と題したコンサートが開かれた。クラシックギターの演奏界で巨匠の域にある松田氏は、ほぼ毎年東京でコンサートを開催しているが、今回は新しい試みに、比較的少数の聴衆を前にして、ミニコンサートと公開レッスンを行なった。そこでは、ギターを通して全てを語る演奏家・松田晃演氏と、ギター演奏と音楽の奥義と真髄を肉声で伝授する音楽指導者・松田晃演氏がいる。音楽愛好家なら興味をそそられる企てではないか。コンサート前半は松田氏単独の演奏で曲目は以下、演奏時間は約一時間だった。

2月13日東京アイゼナハ・ホール
曲  目
I. アルベニス   グラナダ          
L.ロンカッリ   ジーグ
         ガヴォット
F.ソル       モーツアルトの主題と変奏
F.タレルガ     パバーナ
J.S.バッハ無伴奏チェロ組曲第1番から
          プレリュード(ポンセ編曲)
M.M.ポンセ     ワルツ
          アレグロ・ノン・トロッポ
H.ヴィラ=ロボス 前奏曲第一番
スペイン民謡    愛のロマンス(間奏曲付)
Photo by Takasi Kotanaka
 


     アイゼナハ・ホールは、クラシックギターの名器販売で知られる「アンダンテ」の店舗ビルの3階にある小ホールで、この日は、松田氏の演奏を聴こうと詰め掛けた熱心な音楽ファン数十人が詰めかけて満員の状態である。天井高はかなり余裕があるのだが、氏が最近東京でのコンサート会場に使う東京オペラシティ・リサイタルホールに比べると遥かに小さくデッド(音を吸って響きの少ない状態)である。第一曲の「グラナダ」からこれまで親しんだ松田氏の演奏とは響きのバランスが違う。トーレスから紡ぎ出す音色は変わらず雅やかだが、響きの地肌と音色の芯が浮かび上がる。弦と指(爪)がコンタクトする多彩なタッチのバリエーションが鮮明に浮かび上がる。大きなホールでの豊かな残響を従えた奥行きの深いスケール感の豊かな演奏もいいが、こうした一音一音が誕生し演奏が綾なされていく時々刻々を間近に見つめるのも、得がたい清新な音楽体験である。現代ギターの原型として余りにも有名な楽器がトーレスだが、松田氏は完全にトーレスを掌中にしており、全十曲を楽器と一体になり各曲の芯を掘り下げ音楽の魂が息づく繊細な演奏を聞かせる。
     興味深かったのは、1892年に製作されたトーレスを操り、ポンセやヴィラ=ロボスの20世紀の楽曲から近代的な叙情と和声感覚を掬い取り掘り下げ、きらめかせることである。ポンセやヴィラ=ロボスがこうしたギターの至高の名曲を書いたのも、アンドレス・セゴビアという同時代の巨匠演奏家の存在に触発されてであった。松田晃演氏はセゴビアに直接教えを受けた直系の音楽家である。曲の佇まいが近代的に変わってもその奥底にあるギター音楽の真髄、魂を完璧に表出する演奏法を松田氏はセゴビアから受け継ぎ自家薬籠中のものにしている。松田氏の演奏によってこそ、ギター音楽の大河の中の近代曲の存在の本質が味わえるといっていいだろう。
     さて、今回非常に面白く目から鱗の落ちる体験をさせてもらった。後半の公開レッスンである。前半終了後休憩を経て、松田晃演氏の音楽に心酔し、大分県、石川県等からギターを抱えてはるばる飛行機で上京したアマチュア三氏がステージに代わる代わる登場し、日頃研鑽し仕上げてきた演奏を披露した。この日(23日)登壇したのは、

 A 氏   メヌエット(ラモー)
 B 氏   アルハンブラの思い出(タルレガ)
 C 氏   前奏曲第一番(ヴィラ=ロボス)

である。三氏共アマチュアとしては上級者だが、松田氏の演奏の後では失礼ながら音楽が平板で表情(ニュアンス)と生命感がない。それを松田氏が丁寧に指導し演奏に生気を生み出していく。ギター演奏の具体について指導しているのだが、松田氏の一言一言が結局音楽とは何か、という教えなのである。「ギターは指が直接弦に触れて音色を作る楽器だ。指のコンタクトで無限多彩な音色が生み出される。ピアノでそれが出来たら名手だが、ギターはそれが演奏者みなに開かれているのだ。固体をぶつけるような弾き方、液体をぶつけるような弾き方を演奏し別けてご覧なさい。」「自動車がカーブを曲がる時のスローイン・ファストアウトです。一つのパッセージの終わりはゆっくりテンポを落としていって、次のパッセージに入って向かう所が見えたらすっと立ち上がってスピードアップすること。」「終止形をイメージして音楽を演奏してご覧なさい。」「人間の手は会社のようなものです。一本一本の指、つまり社員というのは気を配っていないと、独りでにあらぬ方向へ行ってしまったりするものです。ちゃんと指示を出しておかないとね。」等々。私にとって何とも耳が痛かったのは、「前の日に練習したら、誰でも明くる朝はその分演奏が上達しているものです。もし、前と同じだったらそれは練習法が間違っているのです。」事実、数語の指導でアマチュア演奏家のギター演奏に音楽のふくらみが生まれる。
     音楽演奏も音楽教室も世に氾濫しているが、町の教室に、音楽を学ぶ一人一人に何が本当に必要かを的確に教え、上達の障害を取り除いてやれる師は少ない。この日、松田氏の指導を得られたアマチュア演奏家は幸せである。ステージ上の彼らの喜び溢れる笑顔にそれがくっきりと表われていた。


古田中 孝
松田 晃演先生
 子供の頃からアラビア風奇想曲は聞いていましたが,低音で半音下がる2つの音をライトモチーフといい,それを同じように弾くことで,いつも同じ気分が現れる事,同じ場所へ導いていく感じが出る事,それが曲を仕切っている事は始めて知りました,こんな風にアラビア風奇想曲を聞いたのは初めてでした.普通の演奏が芸術になった瞬間をはっきり分からせてくれたレッスンでした.

久保 茂
 今回、生まれて初めて公開レッスンを目の当たりにして、音楽のすばらしさを身体全体で受け止めることができました。とりわけ最後のレッスン者の方はとてもうまく、松田先生が何をいうのかな〜、果たしてレッスンをつける箇所はあるのだろうかと思っていましたが、いざ先生のギターを聞くとその音色、深さ、表現力に圧倒されました。比べてしまうとレッスン者の方は技巧に長けているけれど平坦で感情の表現がまだまだたりない。私は楽器は全くできず音楽も全くの素人ですから、ここはピアーノで(註1−松田)とか切るようにとかの先生の指導は分からなかったけれど、譜面に縛られず作者タレガの心に迫ろうとする先生の姿に心を打たれました。行ったことも無いスペインの風に触れるようです。
私にとって忘れることのできない1日となりました。芸術と人の可能性は無限なのだな〜と感じ入りました。ありがとうございました。(註2)
(註1)2つの音が在って、一方を強く一方を弱く(ピアーノに)すれば、それらの音に主従関係が生まれる。その同じ2つの音が、あるはっきりとした情感を示し複数箇所に現れ前回と同じ情感を聴者にイメージさせる事が出来るとすれば、それはライトモチーフと命名出来る。
(註2)この両名とも2日目のCapricho Arabeについて書いて居られる。
上の二文は東京のミニコンサートを終えて直ぐに頂いたメールメッセージです。有難うございました。

(マツダ付言)芸術作品に付いて世界で始めてある曲の一部の微細な部分に付いて解説(説明)をし、そのことが音楽に関係を持たない方にまで理解され、或る意味で感動を与える事が出来る、出来た、という事は快感であります。音楽での想いを文章化することは芸術を志すものに取っては至難の技でありますが、今回の様におこがましくも「マスタークラス」等と銘打って、公開レッスンをしたので上記の様な反応を得る事が出来、望外の喜びでありました。
   一つの反省は、わたし自身が当日に演奏した曲を用いて音楽がどのように演奏において構成されているか、表現に奉仕するべく利用されているかをお話しするべきであったということです。
   言葉ではなく音を使ってお話が出来るチャンスを逃したなと思っています。でも一応出席された方は或る満足を得て頂いた事を知って本当に嬉しく思います。

いつの間にか2010の年に成ってしまいました。楽しいお正月を過ごされた事でしょう。
   「Y君に」と題して書いた文章です。Y君はわたしの古くからの弟子です。年頭に当たってこんな事を表白してみました。

第41回 「Y君に」(2010)

   クラシックギターの世界には優秀な、図抜けた存在が1人、アンドレス・セゴビアしか居なくて、セゴビア先生の目指されたものを理解して発展させよう、と言う若者が全然いない様に僕には見えます。アインシュタインの様な人を、しっかりと追っかけて行ける人が無数に居る物理学等の世界とそこが違うのですが、ギター音楽の行き着くべき先を見通してセゴビア先生のされた事を系統的に、理論的に、論理的に(少し修正を加えながら)発展させて欲しいものです。ギターがクラシック音楽を表現するべくどう優れているかを、スペインの低俗な民族楽器が如何にしてバッハやベートーベン達の高貴で崇高な精神世界、そして世に優れた詩人の描かんとした情感を的確に表現出来る楽器に進化して行ったかを系統立て、説得出来ないと不可ない、説得すべきであり、説得出来ると信じて(感じて)しかも焦っています。僕の様な実践家、実践演奏家がその論理に筋を立てて、よしんば理論付けに成功したとしたら、今度は僕自身の演奏がその域に達しられるかどうか、まず不可能だろうと思います。
   その意味で、実践家として精進して行くしか無いと思っています。実践家として完成させるのが僕の第一目標であるべきです。
       (Y君がどのような手紙をわたしに書いて来たかは賢明な諸兄の想像にお任せ致します。)

 

わたしの言いたい事はこのホームページのこれまでの文章、そしてその前に出版したエッセイ集、「ギターは小さな星のオーケストラ」等で殆ど言い尽くしていると思っています。わたしの文章は独断と偏見に満ちているかも知れませんが、練習したあとの時間つぶしをしているのだと思って見て下さい。そしてわたしにメールメッセージを出して励ましと刺激を与えて下さい。
投稿

1)THE KING OF GUITAR MUSIC ART
2)時空を超えて、アンダルシアの空の下へ“セビーリア”
ギターは小さな星のオーケストラ

これ以前の文章はBack-nomber NO3, Back-nomber 2Back-nomber 1に移動しています

 

翌朝こんなメールメッセージを頂きました。有難うございました。
8月19日(水)
“セビーリア”の感想は、褒めすぎではありません。聴いたときの直感で書かせていただきました。本当に、アンダルシアの喧騒が聞こえてきたのです。それも、一瞬のうちにですよ。音楽的に云々は分かりませんが・・・。情景が一瞬のうちに浮かぶ音楽なんて・・・めったにありません。

ギターは小さな星のオーケストラ

中森良二さんから、こんなメッセージをメールで頂きました。
中森良二さんは最近になって「ギターは小さな星のオーケストラ」を購入されました。
その読後感をファンの方々にも読んで頂きたくてここに載せさせて頂きます。

 仕事の関係で、毎日、帰宅するのは夜の11時ごろです。最寄りの駅から自宅まで夜空を眺めて帰ります。四季折々の星座が、目を楽しませてくれます。不思議と子どものときから星座を見るのが大好きでした。よく兄と二人、星座のあてっこをして楽しんだものです。

 面白いところは、何度も読み返し、ようやく、先生のエッセイ「ギターは小さな星のオーケストラ」を読み終えました。そして、楽しみが終わってしまった憂いをほんの少し感じているところです。寝付かれない夜、そっと起きだし読みました。いっぺんに読んでしまうともったいないので、タイトルごとに3回は読むと決めました。ギターを始められたきっかけ、留学時代、練習方法について、セゴビア先生との語らい、そして、先生のギターへの思いを綴った「ギターは小さな星のオーケストラ」など興味深い内容(エッセー)がいっぱいあって・・・そして、どの行間からも先生のお人柄がにじみ出て本当に楽しく読ませていただきました。

 「そうだったのか?」先生の奏でるギター音楽はオーケストラだったのか!と分かりました。だから色々な音が宝石のようにちりばめられていて、人の心を和ませるのですね。このフレーズはバイオリン、ここはフルート、そして、ここはトランペットと言うように・・・そして、オーケストラに見立てた、その楽器(ギター)を通して、人生の喜び・哀しみ・怒り・大自然の情景やエネルギー・さらに大宇宙への畏敬(特にバッハで強く感じます)を表現していることが分かりました。結果として、他のギタリストからは聴かれない「音楽そのもの」を感じます。音楽とは、最も古いコミュニケーション手段であり、感情や情景を、美しく、逞しく伝えるもの。だから、先生の音楽は、聴くものすべてに、感動を与え、生きる元気や安らぎ(癒し)を与えてくれると感じます。先生が「癒し系・励まし系」ギタリストと言われる所以がここにあったのかと感じました。

 「作曲家が作曲する曲は、ピアノで弾かれるスケッチに過ぎない、そのスケッチをオーケストラに作り変えてゆくのが演奏家の役目である。」セゴビア先生の含蓄ある言葉ですね。本当に目からうろこが落ちました。先生の目指しているところがはっきりと分かりました。80年代ごろ主流を占めていた「楽譜に忠実に」はいかに的外れなものか・・・。

 やはり、ギターは小さな星のオーケストラですね・・・。

2009年8月7日(木)中森良二

スペインの詩人が「ギターは小さな星のオーケストラ」と言った時、「ギターは小さな星のオーケストラである、但し地球よりももっと小さな星のそして、もっと繊細な人々の住む星のオーケストラである」と言っています。 註―松田晃演

時空を超えて、アンダルシアの空の下へ“セビーリア”
中森良二さんから再度頂いたメールメッセージです。(褒め過ぎ、褒められ過ぎ??)
2009/8/18


   灼熱の大地、やせた土地、そこに這い蹲るように広がるブドウ畑、アルマセニスタにより代々管理されてきた貴重なアモンティリャードのデボガ。毎年、少量だけ瓶詰めされ市場に出回ります。減った分は、ソレラシステムにより古い樽から順に補充されます。ゆえに品質は年々熟成されて素晴らしさが増してゆくのです。札幌駅の近くにある東急デパートの洋酒売り場で「エミリオ・ルスタウ アルマセニスタ アモンティリャード」を見つけました。一口含んだ瞬間、行ったことのないはずの、アンダルシアの乾いた空気を感じました。

   スピーカーから流れてきた、先生の演奏する“セビーリア”は、最初のoneフレーズで、あっさりと、私の部屋をアンダルシアの乾燥した空の下、乾いた黄色い地面(スペインは行ったことがないので的外れかも知れませんが・・・。)の上に、ワープさせてくれました。空気も肌に突き刺さり、その土地から聞こえる様々な喧騒さえもスピーカーからはじき出されてきました。これほど、情景を鮮明に、そして見事に、創造させてくれる音楽はかつて聴いたことがありません。最初に聴いた“セビーリア”は、ジョン・ウイリアムス氏の若いときの演奏でした。そのときの感動は今でも忘れません。それ以来、ジョン・ウイリアムス氏の「セビーリア」が私の心に住み着いてしまったようです。色々なギタリストの「それ」を聴いても大して感銘は受けませんでした。(ただしセゴビア先生の「それ」は残念ながら聴いていません)今回の先生の“セビーリア”は、今まで抱いていた概念を根底から覆すほど私の耳にショックと驚きを与えてくれました。普通、すべての楽曲は、音楽(楽器の音)を通じてのみ、その表現したい情景や感情の模倣をリスナーに伝えてくれます。しかし、これほどダイレクトに、スペイン(アンダルシア)を表現したものはかつてあったでしょうか。空気の色彩・人々の語らいや営み・乾いた空気の温度感・大聖堂(カテドラル)の輝き・ドライなシェリー酒などなど・・・。すべての音が情景を鮮明に描写し・・・あるもの(音)は大聖堂のステンドグラスにぶつかり花火のように砕け散り、また、あるものは熟成したアモンティリャードのグラスを通り抜け七色の光に変化し、あるものは太陽に立ち向かい、撃退された光は地面に突き刺さり、それが“セビーリア”だよと伝えてくれているようです。

   私が思うには、先生の奏でる音楽は、一度、先生の頭の中で熟成され、機を見て聴衆の前やCDとなって世に出てきます。そして、少し減った分のアイデアは、ソレラシステムと同じように補充され、また、ある期間熟成され、今までより素晴らしい音楽として身を結ぶのですね。(またしても、生意気なことを書いてしまい申し訳ありません。私は、音楽評論家ではありませんので、この音はどうのこうの・・・と、言うことは出来ません。すべてCDを聴いた直感で書かせていただいています)

2009・8・18(火)中森 良二

わたしのホームページの愛読者の諸兄。
わたしのCDについて次の様なファンレターを頂きました。ギター音楽が衰退寸前であるとの認識をお持ちの、ギター音楽を真に愛する方のお考えでメールメッセージを頂いたものですので、この文章をわたしのホームページに掲載させて頂きます。
わたしは心在る方々に暖かく守られて、世間のことは考えず、雑念を持たずにギター音楽演奏の完成を目指して生きて来ましたが、今回は素晴らしい刺激を与えて頂きました。

2009/7/20松田晃演

投稿

謹啓
初めてお便りさせていただきます。
ギター暦はかれこれ45年くらい。(下手の横好きですね・・・。)今年からインターネットを多少いじるようになり、このホームページを見つけました。早速、サウンドオブザギター2を購入させていただき、毎日、出勤前と自宅に帰ってきてから、聞いております。本当に、安らぎますね。「ギターってこんなに美しく響くものなのか!」と再発見しています。特に、グラナダは、「松田二朗バッハを弾く」で聴いた感動が蘇ってきました。先生の演奏をレコードで聴いたのは、片面に「日本の歌」もう片面に「禁じられた遊びやアルハンブラの思い出」などの名曲が入ったオムニバス盤でした。ステレオから流れてくるギター音楽に、ギターを感じさせない「音楽」を感じ取ることができました。魔笛やアルハンブラでは背中に鳥肌が立つ衝撃を受けました。以来、先生の大ファンです。レコードは、木村功さんと共演している「プラテーロと私」は、何度も、それこそ盤が磨り減るほど聴きました。そして、バッハ・・・。こんなに優しいバッハを聴いたのは、初めてでした。また、ビゼーの組曲は「野をわたる春風」といった爽やかさを感じさせました。それから、色々なギタリストのレコードやCDを聴きましたが、特に最近は、強靭なテクニックで難曲を弾きまくる、といった感じで、確かに凄さは感じますが、音楽としては「?」がついてしまいますよね。音楽って、人間の生き方に勇気を与え、夢を与えるものだと思います。サブプライムなど金が金を生む、殺伐とした時勢の中、音楽こそ真実と考えております。先生の音楽に「ギターって、音楽って、こんなに素敵なものなんだよ!聴いてごらん・・・弾いてごらん・・・。」といったメッセージを受け取っています。私も、魔笛はぜんぜんだめですが、アルハンブラは、最近ようやく弾けるようになりました。音楽って本当に素敵ですね。何の脈絡も無いことをとりとめもなく書いてしまいましたが。ご容赦下さい。先生にぜひお願いしたいことがありますが「プラテーロと私」はCDになりませんか・・・?
最後になりましたが、お身体に気をつけて一日でも長くギターを弾き続けてください。

謹白
2009・6・9 中 森 良 二

THE KING OF GUITAR MUSIC ART

 僭越ながら、CDの感想を書かせていただきました。
昨日(7月5日)、久しぶりの休日でしたので、妻と次男と一緒に、車を走らせ、郊外の山までドライブしてきました。朝から、車(スバルのフォレスター)をぴかぴかに洗車し、爽やかな初夏の山から見る町は格別でした。先生なら知っていると思われますが、ツバメに良く似ていてツバメよりかなり大きい鳥が、山の頂上付近を、すばしっこく飛び回っていました。12時ごろ帰宅して、車を磨いていた私に、妻が「待ちに待ったものが届いているわよ!」と先生のCDの入った郵便物を持ってきました。このCDは私の宝物となります。
 アンプのボリュームをかなり大きく設定しました。長年愛用のジムラン(20代前半に買いました)から流れてきたバッハのプレリュード(第3番)に声を失ってしまいました。最初に聞いた先生のバッハから数十年、透明感と詩情あふれるバッハが更に深みと奥行きが加わったように思います。地響きのように響く深く迫力のある低音、水晶のような透明な中音、それから、天へと突き抜ける高音・・・。一つ一つの音が、まるで音楽を奏でる役割を背負いながら、音の魂となって有機的に結びつき、時たま、ダイヤモンドの輝きにも似たきらめきを加えながら、大きな音楽という芸術を完成させているようです。先生のギターで奏でられるバッハは、ガウディの未完の大聖堂「サクラ・ダ・ファミリア(確かこのように記憶しています)」を連想します。今回のCDで、ついに先生のバッハは神の領域に到達したと感じました。(若輩者の私が、生意気なことをかいて申し訳ありません)
「バッハはアルアイレで音の統一・・云々」「音の粒がそろっていなければ気持ち悪い・・云々」・・・。「セゴビアの奏法は・・云々」・・・。バルエコ、デイビッド・ラッセル、木○○などの無機的な音の羅列がギターの主流になって来た時、ギター音楽の鑑賞をやめました。某ギター雑誌も「現代のギター奏法・・・?」をとり上げ、音楽不在の曲芸奏法を推奨しました。それを「是」とするならば、セゴビア先生が命をかけて作り上げたギター芸術はいったい何だったのでしょうか?彼らは、はたして、本当の音楽を、そして、本物のギターの音を知っているのでしょうか。今回の先生のCDを聴いて改めてそう感じました。大袈裟ではなく、先生の奏でるギターは、ギターの王道、まさに「THE  KING  OF GUITAR MUSIC  ART」と言えると思います。
すべての、曲について、感想を書きたいのですが、バッハだけで胸が一杯になってしまいました。また、書かせていただきます。音楽を聴いて涙腺が緩んだことが2度あります。一度目は「アルバート アイラー」のラストレコーディングでした。そして、今回のCDで二度目です。今日も朝から2度もCDを聴いてきました。元気に頑張れます。

2009・7・6 中 森 良 二

 

音楽の素晴らしさを、再び伝えていただきました〜心より感謝いたします・・・。

アーティストの名前を出して批判するのは、本意ではありませんが。先生への思いと言うことであえて書かせていただきます。1980年代ころから、バルエコを中心としてギター界に登場してきたギタリストと称する人たち・・・。世の中は、まさに「右ならえ」的に彼らを受け入れました。私も最初は彼らのレコードやCDを購入して聴いておりました。最初は、難しいフレーズをあっさりと弾ききることに凄さを感じていました。しかし、2度、3度と聴くうちに、自然と私のスピーカーから流れなくなってきました。なぜか・・・?と考えるに「感心」はするけれど「感動」はしない。というところに行き着きました。音楽とは、人に感動を与え、明日から「頑張る」ことが出来る勇気を与えてくれるものと信じています。そして、そのことが聴くものの人生をより豊かにしてくれるものではないでしょうか。彼らの音楽には、全くとは言いませんが、それがないと感じました。

 彼らのギターに飽き飽きした私は、青春時代に聴きかじったジャズを聴くようになって行きました。20世紀に誕生したジャズも然り50年代・60年代・70年代で終焉を迎えております。ジャズのレコードは歴史的価値から名盤はいつでも入手でき気軽に聴くことができました。50年代・60年代のジャズにはノスタルジーを感じます。しかし、ギター音楽への思いは断ちがたく、巷で評判のCDを購入してはみましたが、買うたびに失望を味わいました。先生のレコード(バッハを弾く)は、20年ほど前、友人に聴かせたところ「これは凄い!」と持っていかれてしまい、プラテーロは、田舎を出るとき、ある女性にプレゼント、ホームコンサートも然り・・・です。手元には一枚も先生の音源はありませんでした。何度もCDショップへ行って、先生のCDを探したことでしょう。そのたびに、「どうしてないのだ・・・?」・・・となりました。
今年に入り、遂に、「サウンド・オブ・ザ・ギター2」とめぐり合いました。「本当に、これが聴きたかったのだ・・・!」という音楽がスピーカーから流れてきました。“バッハを弾く”も素晴らしい音楽でしたが、このCDでは、歳月の重みをどっしりと蓄え、円熟と言うより進化した先生の音楽に「両肩が脱臼する・・・?」くらい感動を覚えました。僭越ながら、先生の音楽(ギター)からは、あらゆる音が飛び出してきます。輝かしくキラキラと宝石のように輝いて光る音・重く深く迫力満点の音・天高く突き抜けるように舞い上がる音・・・などなど。それが渾然一体になって聴くものの心に直接、語りかけてくるようです。時には優しく・時には激しく・・・!最近の自称ギタリストからは久しく聴けなかった音楽でした。
音楽を愛する私に、ギター音楽の素晴らしさを再び伝えてくださり、心から感謝いたします。

2009・7・16 中 森 良 二


これ以前はBack-nomber 3 Back-nomber 2Back-nomber 1に移動しました

 

 


今後の予定

 アンドレス・セゴビアに認められ、初めてヨーロッパに行った事。最初のヨーロッパの地イタリアでの夏季講習会。歴史の古いイタリアの町シエナのキジ伯爵のお城でのセゴビア先生のレッスン風景、そこではピアニスト、コルトーや指揮者のチェリビダッケ、そしてカサルスにその弟子カサド、スペインのハーピスト、ザバレタ達もレッスンをしておられた。セゴビア先生の教室に、アメリカ大統領候補のスティーヴンソン氏が表敬訪問に来られた時、「Japan!」と指名されて私は1人目の生徒代表として演奏した事など。
 カサド先生のお宅はフィレンツェ市内の古い塔の中に在り、そこにはチェロの名器がごろごろしていたこと、またバッハの自筆の楽譜が額に入れカーテンとかけて飾ってあった事等。
 その夏季講習会で出会った16才のドイツ人が私の弟子になりロンドン(後で私の留学地になった)に家族全員で来た事。彼の父はドイツの演劇の演出家でリチャード・ウィドマーク主演の映画にも出演していたチャールス・レニエ氏で、彼の母はかの有名なヴェデキントの娘であった事、彼等の友人にあの有名な映画『赤い靴』主演男優であるアントン・ウォールブルック氏が居てその家に招待され、私はギターを弾いたり、ご飯を炊くところをぜひ見たいと言う事でデモンストレーションをしてあげたりした事等。
  ロンドンでのアルバイトの一つとして、写真のモデルを頼まれ、外国に住む東洋人としてBOACのタイムスのモデルになったこと。
 スペインでのコンクールでオスカー・ギリアと3位入賞を分け合った時の事。
 その後アメリカ演奏旅行に招待され、大西洋をサクソニア号(2万トンの英国客船)で渡った時のこと等、その船中でアメリカの有人宇宙飛行が始めて成功し船中でそのニュースを知った事、ニューヨークにつくと自由の女神が最初に見えて感激した事等。
 ニューヨークのカーネギーホールでの演奏会、ロンドンのウィグモアホールでの演奏等々思い出深い事柄もいっぱいあります。
 朗読とギター・ソロのための名作「プラテロと私」(これはノーベル文学賞を受賞したホアン・ラモン・ヒメネスの散文詩でプラテロと言う名のロバに作者が語り掛けると言う形式のお話で、その一部の章にテデスコがギターの音楽を付けた作品)の公演で競演していただいた多くの俳優さん、女優さん達、例えば岸田今日子さん、木村功さん(コロムビアでレコードになっている)、など、また影絵の藤城真悟さんと朗読は八千草薫さんでの公演、ロンドンではハンガリーの俳優との競演も思い出深い事柄です。
 アメリカ演奏旅行の徒次、ロスアンジェルスのビバリーヒルズのテデスコ先生のお宅でセゴビア先生がコンサートの後のパーティーに来ておられる事を知って、テデスコ氏宅を尋ねるとヴァイオリンのハイフェッツ氏がそこに居られた事等。
 その他、セゴビア先生が晩年に来日公演された時には滞在中殆ど一日おきにレッスンをして下さった事。その時セゴヴィア先生の愛息、カルロス君が柔道を是非とも講道館で習いたいと言い出してつれて行き、そこで彼は足を挫いてしまった。ホテルに帰ってその事をセゴヴィア先生に報告する事の辛かった事。
 これからギターを勉強したいと思っている方には、クラシック音楽は知的好奇心を持った方に大きな楽しみを与えてくれると思いますので、なにかお役に立つようなことがお話出来ればと考えています。