投 稿 欄

(2020/5/9) 一読者W.M.さんの投稿 (Anonima) 

 本日「天国と地獄」安着いたしました。鎌倉FMの録音ともども真に有難うございます。また本日は演奏の真髄たる先生運指入りのバッハのプレリュード楽譜まで頂戴し、重ねて厚く御礼申し上げます。先生の演奏は、冒頭の駆け下りるパッセージからして、どんなチェロの演奏よりも感動的で、終曲まで一瞬の緩みもありません。どれだけ繰り返し聴いても褪せることがなく、心底からの敬意を抱きます。
 「天国と地獄」読了しました
 全編に亘って肯首することしばしばでしたが特に第162回「路傍の花・ギター音楽」は自分の中でずっとくすぶっていたギターという楽器、またその音楽がどういうものなのかという問いへの解がありました。
 バッハのポリフォニーをどんな楽器よりも豊潤に再生することができ、ささやかな民謡のワンフレーズにも、深い情感を与えることのできる楽器なのだということがすっきりと腑に落ちました。
 これからもギター音楽と巡り合えたことの幸いを大切にしてゆきたく思います。
 先生のポンセのアレグロの演奏、躍動するリズムにいつも命が鼓舞されるのを感じます。
 この疫病の最中、私の心が自然と拠り所にしようとしたのはバッハのマタイ受難伝と先生の演奏でした。バッハを(弾いて)学べ、とのご叱正をいただくことになろうとは思いもかけなかったことで、居住まいを正しました。
 ロンカリの曲に接すると、寄せては返す大きな波のうねりのような、セゴヴィア先生のパッサカリアの圧倒的な演奏がまず思い浮かびますが、同時に頭のどこかに、良くも悪しくもプジョールのことが思い起こされます。スペインの音楽の伝統の一端にギターを通じて触れることができることは幸いです。
(松田註−数日前に頂いた私のホームページ欄と天国と地獄の読者、W.M.さんからの投稿です。多くの私の音楽への賛同者の方と意気投合されるのではと思い、W.M.さんのご了解を得る事が出来ましたので、投稿欄に掲載させて頂きました。)

 

(2020/3/30) 悲劇の誕生1.(Anonima) 

 クラシックに特別対応した「クラシックピアノ」や「クラシックバイオリン」と呼称される楽器は存在しません。一般的にピアノは「ピアノ」であり、バイオリンは「バイオリン」と呼ばれ、様々なジャンルの音楽で演奏されます。その一方ギターでは、クラシック(古典)に特別対応した「クラシックギター」と呼称される楽器が存在します。
 現在、ギターと称される楽器は「クラッシクギター」、「アコースティクギター」、「エレキギター」に大別されます。大まかにいえば「クラッシクギター」は天才アントニオ・デ・トーレス(1817-1892)から現在まで続くスペイン系(今日ではスペイン以外でも製作されている)の楽器であり、クラシックとともにフラメンコのギターも並行して製作されています。ただし、クラシックのみの製作家も多数存在します。昭和の日本ではスティール弦のギターが一般的であったため、ナイロンガットのクラシックギターはガットギターとも呼称されました。「アコースティクギター」は今日19世紀ギターと呼称されるウィーンスタイルの名工ヨハン・シュタウファー(1778-1853)の弟子であるクリスチャン・フレデリック・マーチン(1796-1867)がアメリカに移住し、現地のニーズに合わせた改良を重ね、アメリカのポピュラー音楽の発展に貢献しました。「エレキギター」はスティール・アコースティックギターにピックアップを取付けた形から始まり、後に、スピーカーの大音量に共鳴緩衝させないため、中空の共鳴胴はやめて厚板のボディーに改良され、今日ではロックバンドには不可欠な楽器であり、ポピュラー音楽の中心に広い領域を占めています。
 ネット世界にグローバルに交錯し拡散融合し続ける今日の音楽世界では、ジャンルの境界が不明確さを増しています。古典楽器の「クラシックギター」も古典の境界を超えたポピュラー音楽にも利用されますが、その結果は、古典楽器としての存在価値が薄れていくように思えます。過去も現在も、ギターは常に民衆の中に在り、知性的音楽も享楽的音楽も分け隔てなく演奏されます。フランシスコ・ターレガ(1859-1909)は、ピアノの名手として将来を期待されていたにも拘らず、アントニオ・デ・トーレス(1817-1892)製作のギターを愛し、俗謡とは対極の古典演奏のためのクラシックギターに一生を捧げました。
 アンドレス・セゴビア(1893-1987)もまた、クラシックギターの演奏に一生を捧げました。ギタリストの道を歩み始めた青年セゴビアがバルセロナを訪れたとき、既にターレガは亡くなっていました。しかし、弟子のミゲル・リョベート(1878-1938)は青年セゴビアの非凡な才能を認め、楽譜なしの演奏で口伝し、グラナドスのスペイン舞曲5番と10番とトナディリャ、カタルニア民謡エル・メストレの4曲を10日間で伝授しました。後に、セゴビアはこれらの曲を感謝と尊敬をこめて演奏し録音を残しています。セゴビアはリョベートを通してターレガの奏法を学びました。このことにより、ソルとアグアド、アグアドの弟子の息子フリアン・アルカス、アルカスの弟子ターレガに続くスペイン古典ギターの最後の巨匠として活躍することになりなす。セゴビアは亡くなる直前まで、演奏活動を続けました。ある人がその理由を尋ねたとき、「クラシックギターを貶める悪い演奏をする者が多すぎる、それを是正するため火消しに世界中を回っているのです」と答えたそうです。(2015年12月30日 水曜日 18:36)
(松田註−非常に古いファイルを開けてみたりしていましたらこの文章が出て来ました。作者がわからないのでAnonimaとしました。もしよろしければお書きになった方は名乗り出て下さい。

(2020/3/31) 悲劇の誕生2.(Anonima)

 ギターは昔も今も民衆の中に在り、詩(うた)の伴奏を続けています。シューベルト(1797-1828)のリート(ドイツ歌曲)はピアノで伴奏されていますが、本質的にはギターの演奏表現が活かされています。彼自身は家を待たず、わずかな身の回り品とギターを一台持って、複数の友人宅に食客していたことがよく知られています。リートの吟遊詩人シューベルトのギターは、ギリシャ神話のオルフェウスの竪琴に例えられると思います。
 ホメロスに代表される古代ギリシャの詩人は「アオイドス」とよばれ詩を歌う「吟遊詩人」でもありました。ローマ時代には「ミンストレル」とよばれ各地を巡り、中世ヨーロッパでは教養ある騎士が「トリバドール」として宮廷に仕え、詩作しリュート伴奏で歌っていましたが、貴婦人を称賛する愛の歌を歌う「ミンネゼンガー」愛の吟遊詩人ともよばれていました。クラシックではありませんが現代の吟遊詩人の一人として、「ボヘミアンラプソディー」作詞・作曲のロック歌手フレディー・マーキュリー(1946-1991)があげられます。彼は東アフリカのタンザニア・ザンジバル島出身のインド系の拝火教徒です。リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)作曲の交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」のツァラトゥストラとはゾロアスター教(拝火教)開祖「ザラスシュトラ」ということです。「ツァラトゥストラはかく語りき」はドイツの哲学者フリードリッヒ・ヴェルヘルム・ニーチェ(1844-1900)の著作中の説話進行役の主人公です。彼の別の著作に「音楽の精神からの悲劇の誕生」があります。彼自身は、歌曲やピアノ曲を作曲していた時期があります。彼は「悲劇の誕生」の中で、古代ギリシャの悲劇が野外円形劇場(アレーナ)で上演される形態を推測し、ディオニュソス神に奉納上演された悲劇の根源的な精神を分析考察しています。悲劇舞台の正面には1~3名の仮面(ペルソナ)を着けた俳優が立ち、それに対峙し、掛け合いで叙事詩を歌い上げ劇を説明進行させる12名の仮面舞踊合唱隊(コロス)が群立します。ペルソナはパーソン(人格)の語源であり、コロスはコーラスの語源ということです。また、すり鉢状のアレーナ底面の円形舞台はオルケストラとよばれ、オーケストラ(交響楽団)の語源ということです。ニーチェはギリシャ悲劇の本質をアポロン的性格とディオニュソス的性格に分析し、相反する二つの融合により悲劇が誕生したのだ、としています。アポロンは建設的な太陽神で、知性、造形芸術(絵画・彫刻)、バランスの美、秩序、合理性などを象徴しています。それに対し、ディオニュソスはバッカス(酒の神)と同一視された破壊的な陶酔狂気の神であり、感情、非造形芸術(音楽)、アンバランスのエネルギー、無秩序、非合理性などを象徴しています。ニーチェはベートーベンやワーグナーなどのドイツクラシック音楽は、悲劇の精神を復活体現した最高芸術だとしています。芸術としてのクラシック音楽は知性と感情のバランスの上に立ち、ディオニュソスの陶酔や享楽に偏したポピュラー音楽とは一線を画します。ギターは情緒を色彩豊かに表現できる楽器ですから、情緒に浸り過ぎ知性の乏しい野卑な演奏に陥ることのないよう心掛けるべきだと思います。優雅さと知性と品格こそが古典美の真髄です。セゴビアはクラシック(古典)としてのクラシックギター演奏の模範を示し、戦い続けたのではないでしょうか。(2015年12月30日 水曜日 18:36)

 

(2020/2/29) フランスからのファンレター Philippe Gauthey

前略(手紙ー親書ーの前置き)
 CDを送ってくださりありがとうございます。大変光栄です。
 松田さんの演奏は、滅多に心を動かさないギター音楽通さえも感動させることのできる希少なものです。
 最初の数秒聞いただけで、私は「すごいな!」と思いました。「クラッシックギターの巨匠だ!」と呟いたほどです。「師匠のセゴビアを超えたぞ!」とさえ言っていました
 あなたがこれまで積み上げてきたことは、後世に残さなくてはならないものだと思います。松田さんはクラッシックギターのテクニックについての本や、基礎学習の概要などについてお書きになっているのでしょうか。
 最近は、クラッシックギターのテクニックはあまり教えられていませんから、テクニックについての本はほとんど出版されていませんし、あっても中途半端なものだったりします。マスタークラスだけが学習者が学べる唯一の手段ですが、誰でもが参加できるものではありません。
 私がクラッシックギター上達を目指してやっているのは、楽曲を数曲だけを選んで、その中のそれぞれのテクニックを部分ごとに分けて理解することです。
 松田さんほどのご経験があれば、ほんの数曲を例にあげてギター学習に必要なテクニックを説明することは簡単でしょう。あなたなら、難易度の高いテクニックと基礎練習の学習がどのように関係しているか説明できるはずです。何をどうしたらその高いテクニックを身につけることができるか、ということもです。残念ながら、このように深く掘り下げた教科書は今時存在しません。教科書と言っていながら、楽譜が印刷されているだけで、右手の指づかいはおろか、どの指を支軸にして動かすか、などということは書かれていません。左手についての説明もありませんし、肩の役割も何も教えていません。ここでは言いませんが、その他教えてもらいたい色々なことが全く触れられていないのです。
 私はプロのギタリストではありません。十代後半に独学でギターを学んだだけです。今は現役を引退して年金生活を送っていますが、ここ4年間、毎日3時間ギターの練習をして、さらに2時間論理の勉強をしています。道のりは長いのですが、上達するべく努力を重ねて楽しんでいます。
 私にとって、ギターを弾くのは祈りでもあります。テクニックの習得は、長い巡礼の最終地、サンティアゴデコンポステラを目指す私なりの徒歩での長旅なのです。

 

(2019/10/28) 芸術家 中森良二(札幌)
 芸術家はあくまでも芸術家である!芸術について考え抜かない者は、自分を芸術家と呼んではならない。(ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)

 スピルバーグは、とあるインタビューで、自分が宇宙に関心を寄せるようになったのは5,6歳のころ。スピルバーグ少年は真夜中に「さあ、今から出かけるぞ!」と父から叩き起こされた。有無を言わさず車に乗せられ、そして連れて行かれたのは、広々とした野原。すでに多くの人が集まっており、皆、横になって天を仰いでいた。そこに見えたのは美しい流星群がとめどなく輝いていた。そして「いつの日か宇宙の物語を作りたい」と切望するようになった。それから25年の歳月が流れ、彼の願いは「未知との遭遇」という映画によって成就された。
 「未知との遭遇」のクライマックス。地球人と宇宙人の「心と心」、「感覚と感覚」を通じ合わせる方法として、星の色彩と5つの音を使ったのだ。そして、その音と音の間には壮大なロマンがあるのだ。
 夜空いっぱい広がる満天の星たち、その一つ一つの輝きの中から、特に光り輝く10個の音が連なり、まるで心を持ったように、緩やかに下降してくる、やがてその光たちは地上で軽くバウンドし、余韻を残しながら芸術を奏でてゆく。
 
 松田先生のCD『Sound of the guitar 4』の一曲目、JS・バッハチェロ組曲第3番「前奏曲」である。奇跡のギター、トーレスと一体になり、松田先生によって奏でられるバッハは、宇宙そのものを表現している。夜空に広がる星たちの輝きは一つとして同じものはない。
 かつて、松田先生は『例えば二つの音があるとしよう。私は、このたった二つの音で無限に芸術を表現できる』と言ったことがある。『無限の芸術』それは・・・音と音の間に、如何に宇宙と人類の対話を表現できるかと言うことではないだろうか。だから、松田先生の奏でるバッハは、全ての音の間に壮絶なまでに言葉が入り込んでいる。そしてそのテーマは音の声による宇宙との交信である。松田先生によって選び抜かれた音たちには二つとして同じ音はない、それは人声が無数に存在するのと同じなのだ。これを、私たちは『芸術』という。特にバッハは難解である。したがって最近は、3つか4つの声部を無味乾燥で単一な音で並べる演奏が主体になってきているように思う。このような演奏を『芸術』と呼べるのだろうか。
 巨匠と言われた芸術家には、全ての音に無数の人声が聴きとれる。特に、松田先生の師匠であるアンドレス・セゴビアは同世代の芸術家の頂点に立っていた。

 そのことを評論家の河上徹太郎氏は自筆の著書『クラシック随想』の『来朝音楽家たちの横顔』の中で、『序でながら、その頃聞いたものの中で現在一番耳に残っているのは、ヴァイオリンやピアノではなくて、セゴヴィアのギターであった。中略・・・彼がかき鳴らすこの南欧の民族楽器は、その情緒からではなく、古典的な交響楽に劣らぬ精妙典雅な音調を以て、若い私を魅了したのである。』と表現されている。それは、セゴビアの奏でるギターが、ピアノ、ヴァイオリンなどの楽器だけではなく、どんなオーケストラにも勝ることを示唆した表現である。
 はたして、今、巨匠セゴビアの正統的な後継者、松田先生を除いて、他の楽器の巨匠と肩を並べ得るギタリストはいるのだろうか。一つ一つの音の間に、『無数の人声』と『星の輝き』を感じさせることのできる・・・。

(2019/10/1) 豊かな人生 (中村 征四郎)

 今から50年近く前、わたしが30代にさしかかった頃のある日、ラジオ(NHK-FM放送)から流れてくるギター音楽に、わたしは心が震えるおもいをいたしました。そしてその奏者が国際的に著名な松田晃演さんであることを知りました。当時、わたしが住んでいた倉敷に松田さんがときどきレッスンに来られると聞いて、それまでギターを手にしたこともなかったわたしでしたが、無謀にも直接松田さんにお会いし、レッスンを受けたい旨お願いをしました。松田さんはわたしの願いを快く聞いてくださり、その後5年余り、松田先生からギターの手ほどきを受けました。松田先生のレッスン、そして演奏会での優しく美しいギターの音色に耳を傾けると心が洗われ、明日へのエネルギーと力がわいてきて、日常生活においてもわたしの心が次第に豊かになっていくのを感じました。
 そのうち、仕事に忙殺される毎日が続き、ギターを弾くことをしばらく止め、松田先生にお願いをして、まだ小学生であったわたしのふたりの娘に先生のレッスンを受けさせました。小学4年生と5年生であった彼女らの手は小さく、指をいっぱいに広げて大きなギターを弾く姿は痛々しかったですが、ふたりともよく耐えて、1年後にはリンゼイの「雨だれ」やアルバの「ハバネラ」などを、また高校になったときには、タルレガの「アルハンブラの思い出」やアルベニスの「アストゥリアス」など難しい曲も、美しく弾くことができるようになりました。
 当時(1970年後半から1980年初めごろ)はピアノブームで、小さな社宅の多くの家にはピアノがあり、多くの子供たちはピアノを習っていました。そのような中、わたしのふたりの娘は、友達がピアノを弾けるのを羨ましがることもなく、松田先生にギターを習っていることを誇りにおもい、日々練習に励んでおりました。
 残念なことに、長女も次女も海外に留学することになり、松田先生からギターのレッスンを受けられなくなりましたが、これまで続けてきたギターへの自信と誇りは慣れない海外生活を過ごす上での心の支えとなり、大学で多くの貴重な体験をして帰ってきました。娘たちは今、50歳近くになり、仕事に追われて、ギターを手にすることができませんが、ギターを愛する心を失うことなく、日々、仕事をこなしております。
 最近、面白いことが起こりました。音楽が好きでなかった次女の息子(わたしの孫。中学2年生)が、松田さんのCDを聴いた後、音楽に興味を抱き始めました。毎日、野球部での練習と塾通いでクタクタになって帰ってくる彼に、わたしは「疲れがとれるかもしれないから」と、松田さんの“Listening to the guitar Etudes”のCDをプレゼントしました。今まで音楽に関心を示していなかった彼が松田さんのCDの演奏を聴いて、「クラシックギター音楽がこんなにすばらしいとは知らなかった」と、目を輝かせて、大興奮。後ほど彼に会うと、「他の演奏者のギター演奏も聴いてみたけど、ぜんぜん違った音楽に聞こえたわ。やっぱり松田さんの演奏の方がずっと美しい」と言っておりました。
 彼は毎夜、寝る前に “Listening to the guitar Etudes”のCDを聴くことを日課としています。心が癒され、一日の疲れがとれるのだそうです。そしてギターを弾く事にも興味を覚え、いまではリンゼイの「雨だれ」が自分で弾ける様になって来ています。彼がギターを弾ける様になった事で、すばらしい人生の伴侶が出来つつあり、わたしは本当に嬉しく思っております。
 (松田註−中村さんは、彼の多くのご友人達のみならず、当時まだ出始めのSNSを通してギター、つまり真のギター、クラシックギターに目覚めない投稿者達に私のCDを無料配布して下さった。この事は、私が中村さんに感謝しても仕切れない、そしてギター音楽への彼の大きな愛を感じている次第です。この事は普通では出来ないことです。
お孫さんはまさしくセゴビア先生のひ孫弟子です。私がまだ気力のある間であれば一度でもレッスンをして上げればAndrés Segoviaの孫弟子になられるのですが・・・)

 

松田晃演クラシックギターサロンコンサート

2019年6月1日& 8日(土)19;00より    於:姫路
コンサートの印象の投稿を頂きましたのでプログラムの後に掲載致します



Photo by Reiko Matsuda

                    プログラム

第一部
H.Purcell ヘンリー・パーセル 
Prelude、Andante、Ronde
前奏曲、アンダンテ、ロンド

J.S.Bach ヨハン・セバスティアン・バッハ
3Pieces from Suite for unaccompanied sonata for V.Cello
チェロのための無伴奏組曲三番より
Prelude、Sarabande、Courante
前奏曲、サラバンド、クーラント
第二部
R. déVisée ロベール・ドゥ・ヴィゼー
Petite Suite En Ré Mineur ニ短調小組曲
Prelude、Allemande、Bourree、Sarabande、Gavotte、Gigue
前奏曲、アレマンド、ブーレ、サラバンド、ガヴォット、ジーグ

Cataluñan song  カタロニア民謡
Song of the Bird、Plany
鳥の唄、プラニー

F.Tárrega フランシスコ・タルレガ
Pavana
パバーナ
第三部
M.M.Ponce マヌエル・マリア・ポンセ
Sonatina Meridional 南イタリア風ソナチネ全三楽章
ⅠCampo  ⅡCopla  ⅢFiesta
Ⅰ、広場 Ⅱ、歌 Ⅲ、祭り

H.Villa-Lobos エイトール・ヴィラ・ロボス
Preludio No.1、 Preludio No.3
前奏曲 第一番、 前奏曲 第三番

I.Albéniz イサーク・アルベニス
Sevilla、Asturias
セビーリャ、アストゥリアス(アストゥリア地方の歌)


松田晃演先生クラシックギターサロンコンサートを聴いて(6/25)

金原 宣彦

 知る限り、トーレス・ギターを弾きこなす世界唯一無二の演奏家ではないか。約百二十年以上前の楽器とは思えない、太くて芯のある音で多彩な音色(もちろん、松田先生の比類なき多彩なテクニックがあってこそのことだが)を奏でる名人である
• ※実は後日、youtube にてトーレス・ギターを歴史的な講義をしながら模範演奏をする外国の動画があったので興味深く見てみたが(話しの内容は英語のためサッパリ)、その演奏時の音色は、松田先生が弾かれた音色とは真逆の音でありました。(細く、薄っぺらい音で音色の変化は聴き取れず。)
こういう動画の怖いところは、初めて聴く人にトーレス・ギターはこの程度かと思われることではないかと思った次第。(銘器は名人を選ぶ。名人でないと銘器は鳴らない。)
◦ バッハ 「クーラント」
 アクセントの付け方の妙!どのような演奏解釈が成り立ち、あそこでのアクセントになるのであろうか?凡人にはとうてい思いもよらない解釈!(もちろん聴いた瞬間に背筋に電気が走る感動があった!)
◦ カタロニア民謡 「鳥の唄」
 先生のCDでこの曲を聴き、パブロ・カザルスのセロで聴くよりもギターの方がこの曲にピッタリと合っているのではないかと、と思った曲。 
 実際に生で聴いてみて、実に哀愁漂う名演であった!(鳥のさえずりがまたいい感じであった。セロではあのようには表現できにくいのでは?とさえ、思った。)
◦ フランシスコ・タルレガ 「パバーナ」
 曲自体は小品だが、その演奏解釈の内に「オーケストラ」を見た!(敢えて「見た」の表現です)旋律の内にオーケストラの各楽器が奏でる音を確かに聴いた!
個人的には、この夜の一番感動と印象に残った曲です。(アンコール曲としてリクエストしたかった曲)
 松田先生の著書「天国と地獄」に記されているように、本来「アンコール」とは、『退屈しない演奏、もう一度聴きたい、何度でも聴きたい』曲を演奏することではないかと思った瞬間でした。(アンコール用に別の曲を用意するのは、不要かと)
◦ マヌエル・マリア・ポンセ
ピチカート奏法の凄さ!私が知っているピチカートの音と異なり、遠達性のある音であった!(あんなに迫力あるピチカートは聴いたことがない)
※ 実はこのポンセはアンコールで先生が「第Ⅱ楽章は今ならもっと、本番より良い演奏をお聴かせ出来ます。」と仰って再演をされた。圧巻の演奏をされた後、「第Ⅲ楽章もこのまま続けて弾きます!」とのことで、さらに圧巻の演奏をされた!
 たった1本のギターで、これほど多彩な音色、リズム感、うねり、躍動感を表現されることに、驚きを感じえない。(作曲家ポンセの偉大さを感じるが、それ以上に松田先生の演奏解釈の凄いところであろう。ポンセも松田先生の演奏を聴けたらとしたら、そこまでのイマジネーションで作曲していたかどうか悩んだのではないでしょうか?)第Ⅲ楽章でのラスゲアードは、フラメンコ奏法とは異なるが(先生のタッチ表現を拝借すると、通常のラスゲアード=ゴルフタッチ、先生のラスゲアード=ホールドタッチ)、曲の流れの中で実に迫力があり、効果的に使われていた。        
▪(大変失礼を承知で言いますが、あのお齢で非日常的な指の筋肉の使いかたを出来る方は、先生以外にはまずおられません。・・・ラスゲアード奏法にあこがれて試した方はこの意味をご理解いただけるかと)
◦ イサーク・アルベニス 「セビーリャ」
 本当に何度も失礼ですが、あのお歳(85歳?)で、この曲を最後の部に演奏されるとは、全くもって驚きです! 
▪この曲も、聞いてあこがれて一度はトライされた方もおられると思いますが、出だしからいきなり挫折する曲です。しかも強靭な左手(もちろん右手も)の筋肉が作れていなければ、弾けません。
スペインの香りがする演奏(外国人演奏家であっても)を殆ど聴いたことがないのに、松田先生の演奏でスペインのリズム(空気・風)を感じるのはいったいなぜ故に? (当日のプログラムに感想を走り書きしたメモをそのまま記載したうえで、感想を徒然なるままに記しました。乱文、お許しください)

【私の想うこと】
 クラシックギターの演奏会ではあるが、「松田晃演」先生の生き様を表されたのではないか。
 クラシックギターを通して芸術を表現するとはこういうことで、そのために生涯をかけて追及している(未だ、完成されていないとのこと!)内容の「講演会」に参加したような気分であった。
 余談ではありますが6/1の松田先生の演奏会後、6/16に兵庫芸術文化小ホールにて、スペイン系フランス人で若手(25歳)男性ギタリストの演奏会を聴きに行ってきました。
 私が今習っているギター教室の先生(松田先生の直弟子(松田註−私の永年の弟子、猪子君、JR甲子園本通の喫茶店RIO店主でギター教室もしている))には、松田先生とアンドレス・セゴビア以外のクラシックギターの演奏は、聴かないほうが良いとアドバイスされているのにもかかわらず、性懲りもなく聴きに行った次第です。(松田註−少しでも音楽を理解しないで=つまり音楽が判らないままの演奏が耳に残っていると幾ら練習しても進歩がない)
 当日のパンフレットには、10代より数多の国際ギターコンクールに優勝してきたという経歴のいわば天才ギタリストとのことで、どのような音色で音楽を紡ぐのか期待して行きました。
 臨時の席が用意されて満席状態。(席数417+α)
 演奏曲目は割愛しますが、音色が・・・
 柔らかい音色なのですが、それだけの音に聴こえる。
 右手をブリッジ寄りと19フレット寄りに移動させて硬めと柔らかめに使い分けようとしているのですが、(松田註−ロンドン居た頃当時世界的に有名なフランス人のギターデュオ=プレスティー・ラゴヤがロンドンに来てそれをやっていて、私はセゴビア先生は殆んどそれをせずに音色が変化させられていたので、このデュオは音楽家としてはフェイクだ断じ、軽蔑する事になってしまっていました。勿論大喝采を博していたのですが。)いかんせん基本の音が、艶のない柔らか目の音色なので、最初から最後まで同じ音色に聴こえ、変化が感じられない。
 確かに、左手は滑らかに指板上を縦横無人に動き、早いパッセージも破たんすることなく弾いてはいるのですが、1曲終えるたびに印象が残らない。当然、曲の途中においても「ぞくぞく感」や「お~」と唸る(心の中で)ことがない。
 バッハの「シャコンヌ」が第一部の最後のプログラムであったので、行く前は楽しみではあったが、1曲目を聴いた後では、楽しみは消えていた。(結果は言うまでもなく・・・)

後日談:
 我が先生のお店(喫茶店経営・夜はギター教室)に松田先生ご夫妻が来られた夜(これまでに何度も来られて、プライベートに演奏されて帰られる)に「シャコンヌ」の冒頭の和音を弾いてくださった。(上述のフランス人ギタリストの話しを先生の前でした後に)
絶妙な「溜」の間によって、冒頭の和音に「生命」が吹き込まれた。
 真の芸術家(音楽家)は、音に生命を吹き込める者哉と思った次第。

【結論】
 より、松田先生の偉大さが鮮明になった。(だから、無駄なことはするなと言う、我が先生の言葉が脳裏によぎったが。)
 これも実際に聴いてみなければ、理解出来ない我が音楽性の低さからのものであり、痛い目に合わないと学習しない者の宿命だろうと思う。
 もう一つ、上述のフランス人ギタリストの演奏では音楽的変化のない静寂な空間で、唾を飲み込む音さえ憚れる雰囲気であったため、神経が異様に疲弊した。休憩に入ったとたんに、会場の雰囲気が一様にほっとした空気に変わった程だった。(ほとんどの聴衆の方が緊張してたんだなぁと思う)。
 それに反して松田先生の演奏会においては、いわば心地よい変化の連続でその音の芸術に惹き込まれているため、集中は高まっても緊張感を持つことはなかった。
 全体で心地よいのである。そして、語られる一節の中に煌めく音色に背中が「ぞくっ」とさせられるのである。
 自分が知らない曲であっても、退屈することはない。
 その音色に聞き惚れるからである。多彩に変化するフレージングに惹き込まれるからである。(所謂、関西弁で「気色いい(きしょくがええ)」)
 最後に、先生の著書「クラシックギター 天国と地獄 音の神秘」はクラシックギターを演奏する方は必読の書ではないかと思います。(プロ・アマ・講師区別なく先生の師であるアンドレス・セゴビアとの様々なエピソード、その他の関係の方々との交友録、先生の人生観そして、具体的なギター演奏に関わる技術的な解説!などなどてんこ盛りである。(松田註−「天国と地獄」はアマゾンに出して居ます。)
 但し、この本を読んだからと言って次の日から、演奏技術がすぐに上手くなるはずがない。
 だが、読むのと読まないとでは、クラシックギターへの取り組み方が異なってくるのではないかと考えている。(そのぐらい衝撃的ですよ。)
 本を読まれて後、松田先生の演奏会を聴く機会があれば、本に書かれているとおりのことを演奏により実践されていることが、より如実に分かるかと思います。
しかし、右手も左手も手の甲側の筋肉が演奏時にあんなに盛り上がるとは・・・(大体、手の甲に筋肉が付いている人を見たことがないです、何度も言いますが、あのお歳で。やはり松田先生は「超人芸術家」と言わざるを得ないでしょう。)
(松田註−金原氏の投稿を頂きまして、刺激を受けましたのでその内に「ギターと私」欄になにか関連の文章を書く気力が沸いて来ています)

 

私の音楽がCMに!

ここをクリックして私の音楽(1971年録音)がCMになった所をご覧下さい。
http://www.audrey-sendai.com/
2つ目のプリエール(園の紹介の画像)をクリック。私のお弟子の経営する保育園です

コンサート評(2018/12/2)

 まつだ あきのぶ氏は久々に極小のコンサート(20人収容)を開いた。これは『天国と地獄』完成記念の小パーティーの一部として行われた。
 そこで私は彼の演奏の大きな変わり様に驚かされた。テクニックが完成し136年前に製作されたAntonio de Torresは弾き込まれ彼の手に入り込んでいた。彼の永年にわたる努力とトーレスの魅力が協調して音色が自由自在に音楽の表現に奉仕していた。私は彼の著書「天国と地獄」の第4回 La Guitarra (P7)のトーレスの賛美を読み、トーレスはどのような楽器で本当はどのような音がするのだろうと大きな興味を持っていた。当夜の演奏によってトーレスは不死身である事が真実である事が証された。

 曲目
ルイージ・ロンカッリ  ガヴォットとジグ
Luigi Roncagli      Gavotte & Gigue

ヨハン・セバスティアン・バッハ チェロ組曲第三番より    前奏曲とクーラント
Johan Sebastian Bach        Prelude & Courante  
     from unaccompanied V.Cello Suite No.3

フランシスコ・タルレガ    ラグリーマとパヴァーナ
Francisco Tárrega     Lagrima & Pavana

第二部
マヌエル・マリア・ポンセ     古典組曲よりプレリュードとジグ
Manuel Maria Ponce         from Suite Classica Prelude & Gigue

エイトール・ヴィラ-ロボス    前奏曲第1番
Hector Villa-Lobos    Prelude No.1

イサーク・アルベーニス     グラナダとアストゥーリアス
Isaac Albéniz       Granada & Asturias

第三部

プラテロと私(ホアン・ラモン・ヒメネス作)より朗読(広田章三)とギターソロ

マリオ・カステルヌオーヴォ=テデスコ     子守唄(子守りの少女)
Mario Castelnuovo-Tedesco      Alluradora-Lullaby

アンコール
ブラームス     ワルツ
スペイン民謡       Lo Noi de la Mare(聖母とその子)

 前古典の作曲家、ロンカッリのガヴォットとジグ。多くのギタリストの演奏家にはなかった、驚くべき多彩な音色の変化をみせた。
 バッハでは、クラシックギターでなければ表現出来ない各部分の陰影、それらを支えている強弱。その必然性を持った強弱は、音と音の間を明確に区切って、只(ただ)の2つの音の間をもフレーズとして形成させ、その存在を際立たせている。そして各フレーズは実に滑らかに繋がって、音楽を構成している。今回久方ぶりに彼がステージに載せた「クーラント」は考えつく限りの工夫によって考案された驚異的な左手の運指が工夫され、右指の絶妙なタッチの駆使によって、音楽のすべてのフレーズがそこにあるべきであるとの必然的な主張を示していた。それらの運指は、楽曲の構成を表現する為には、それ以外には絶対に不可能かも知れない極限まで煮詰められていた事は脅威的と思われた。バッハのクーラントはかくあるべきであるとの、世界で最初の驚くべきサンプルであった。シャポー!
 タルレガの2曲は、タルレガがトーレスの楽器を演奏していたからこそ啓発され作曲された、ギター音楽の滑らかな流れを表出していた。タルレガと同時にトーレス讃歌。ブラボー!
 ポンセのプレリュードとジグは彼が中学生の頃(第二次大戦直後)78回転のSPレコードを入手してAndrés Segoviaのギター芸術(セゴビアの偉大さとギター音楽の表現力の無限性)の力を知り、その事に感銘を受けた最初の曲目であったと聞いている。彼はそれを知ったことが因縁となり生涯をギター音楽に捧げようと決心した曲であると言っていたが、その決意が間違いでなかった事をここで証明してみせた。
 Villa-Lobosは彼の得意中の得意。
 アルベニスはグラナダのロマン性、アストゥーリアスは85才の今になってもあのスピードが出せると言う主張?とスローテンポの中間部では情感豊かなスペインの情緒を余す所無く表現する事によって聞く者をトーレスの音で酔わせた。
 最後のテデスコの「子守り」は炭焼きの少女のあの美しい歌声が「プラテロと私」の作者ヒメネスの住んだモゲールの森の梢に鳴る風の音のまにまに聞こえて来るようであった。
 アンコールのブラームスのワルツ、スペイン民謡のLo Noi de la Mare(聖母とその子)は実にAntonio de Torresと言うスペインの至宝の持つ無限の可能性と魅力を余す所無く我々に展開してみせた。

 評者のごとくコンサート慣れした聴き手に取っては、松田晃演はAndrés Segoviaが述べた様に、自分の翼で高く見事に翔ぶ事が出来るようになっていることを容易く推察する事が出来た。並大抵の才能と努力では成し遂げられない。それは奇蹟でさえある。条件が整えば彼の真に高く自分の翼で翔ぶ姿=演奏解釈を今後もずっと見させてくれるであろうし、その機会が近く、しかも多くある事を願っている。
 彼の才能と努力の成果を見させて貰ったことを心から感謝する。Andrés Segoviaが、あきのぶ自身が自己の才能を開花させる努力を永遠に続ける事が出来る弟子としての可能性を見出していた慧眼にも、一驚させられた事を告白しなければならない。
評者=庵堂誓悟 (コンサート、2018/11/28、評論、2018/12/2)

(2018/10/21) 天国と地獄への投稿 塩谷宏太

 後世へ語り継ぐべき著作が、ひとりの芸術家の創造的な営みと活動を経て、無事、刊行に至ったことを、私ごとのように嬉しく思います。
 あこがれを抱く者のみが、ここに書かれている真の意味へ、たどり着けるのでしょう。
 著者は、芸術家にとって必須である「世界」を持っており、 私たちは、その世界のルールや教養を、垣間見ることにより、どのような繊細な「成り立ち」でできているか、把握することができます。
 その世界は、住人の少ない小さな世界やもしれませんが、非常に繊細で、感受性の卓越した美しい世界に感じられます。
 美しい音を生み出し、聴くことによってしか生き長らえない、神秘な生命体のように、 「美」に生かされ、「美」のために生きている住人がいます。
 異なったプラネットの「代弁者」としての、著者の語りかけに耳を傾けることで、その内容が読者にとって「天国」であれ「地獄」であれ、多くの得難い体験を共有できるのではないでしょうか。
 私もできるなら、他のあこがれを抱く、後の創造者と同じように、この「世界」の住民権を得たいと、望む者です。

 純真で、真っ直ぐに語られた言葉には、すでに敬虔な生命が宿っており、今後、後世が盲目で、暗い雲に覆われた時、その上で輝く、温かな陽の在り処を示す一つのきっかけができた、といえるのではないでしょうか。
 また、そうあることは、育成と発展の上においても、有意義なことではないかと思います。
 著者のクラシックギターへの溢れ出た情操を、湧き水のように汲み、自らの力とすることのできる人は、「この本を抱いて寝る」か「ギターを抱いて寝る」か、いずれかの衝動を持つこととなるでしょう。
 それほどに、言葉には力があり、心を打つものがあると、私は思います。

 私の個人的に知る、松田晃演氏は、人間的にも優れた方です。
 著作の中では、厳しい言葉も見られますが、それは本当のことを伝える者が、必ず通らなくてはならない理でもあります。
 これらを理解して、著者の住む世界へ、遊びに行けば楽しいでしょう。

 この作品を読んだ人々により、クラシックギターと芸術が、より発展し、真実の力を得ることを願います。
 そして、最後に、この作品の生みの親である素晴らしい芸術家に敬意を表します。

 心をこめて。


2018年9月30日「クラシックギター『天国と地獄』:音の神秘」を拝読して 乾 雅祝

 2012年夏に松田先生に入門後は「ギターと私」が更新されるのを非常に楽しみに待っていました。
 この度、先生のエッセイが本に纏められ、それが市販されていないことを知り、レッスンの際に購入しようと申し込んだところ、すぐに郵送して下さいました。本を読み始めると、ホームページで読んだはずのエッセイもすごく新鮮で、3日で一通り読み終えました。先生のクラシックギター音楽・芸術への深い思いが言葉の端々から伝わってきます。今、本を繰ってもどこに書いてあったか探し出せないのですが、先生はセゴビアさんに認められヨーロッパに留学された際、テデスコのソナタを学ばれたとのこと。
 テデスコやポンセはもっと評価されていい作曲家であると書かれていましたが、私もそう思います。
 私は30年ほど前、セゴビアさんが1927-39年に録音した曲をリマスターした2枚組のCDを購入していました。1枚目の最後の曲がテデスコのソナタ「ボッケリーニ賛」のIVで、当時、タランテラぐらいしか知らなかった私には驚きの1曲でした。最近、ネットショッピングでこの曲の楽譜を入手し、IVの出だしの音符(アルペジオ)から録音された演奏を創造したセゴビアさんのものすごさに、再度びっくり仰天しています。
 曲名は書かれていませんでしたが、先生も若いころセゴビアさんの録音を聞かれて同じような経験をされたとのこと(これもどこに書いてあったのか探し出せていませんが)。本には貴重なお写真や資料もふんだんに載せられています。クラシックギターファンのみならず、音楽・芸術に興味のある人に読んでいただけたら、きっと心の世界が広がりますよ、と是非お勧めしたい一冊です。
乾 雅祝
  (註-by A.M.) -1961年のスペイン・オレンセにおけるセゴビア・スペイン・ギター・コンクールの課題曲の一つがマリオ・カステルヌオーヴォ・テデスコのボッケリーニ讃歌の全4楽章でした。その第4楽章が乾先生の仰る「ボッケリーニ賛」のIV上記です。ソルのグランソロ、ファリャのドビュッシー讃歌、等超難しい曲目の課題でした。これらを渡欧したばかりの私は一年間で猛練習。私は好演、パパス・プヤナ賞受賞。プヤナ氏はポンセのハープシコードとギターの為のAllegro Corenteのハープシコードをセゴビア先生との競演で弾いて居られます。著名なランドフスカ女史の一番弟子です。
「ボッケリーニ賛」のIVは荒廃した第二次大戦後(1945年=私、12才)の数年後、街のレコード屋さんの店頭にヴィヴォ・エネルジコの題名でメンデルスゾーンのカンツォネッタとのカップリングになっているヴィクターの赤盤の12インチSPレコード(1枚500円)は町にあふれていた。他では忘れもしない、ポンセのマズルカと小ワルツが10インチSP盤の名演で私の心を奪った。当時、手に入るのはレコードのみで、楽譜は逆立ちをしてもお目にかかれなかった。

2018年9月28日「クラシックギター『天国と地獄』音の神秘」を拝読して中森良二

 巨匠、アンドレス・セゴビアは、「私は、人類が造り上げた数多くある楽器の中で、最も美しいのは、ギターだと思う」。と言った。しかしそれは、セゴビアが奏でるギター芸術を前提とした話である。
 セゴビアは、酒場で奏でられる楽器であったギターを、他の楽器に勝るとも劣らない、芸術作品を奏でることができる楽器へと導いた。そして彼の指から紡ぎだされる音楽は、まさに『天上の音楽』と呼べるほどの美しさを持っている。
 また、彼は「ギターは私の人生の最も重要な道具です。一人の芸術家が完全に身を捧げれば、楽器は生命あるものに変わるのです。弦楽器の中で本当に多声楽器と言えるのはギターだけです。オーケストラを構成するすべての楽器がギターの中に入っているのです」と言っている。ギターに人生を捧げた一人の芸術家の壮絶な言葉である。
きっとセゴビアは、『芸術の在りか』が完全に分かり、自らの全人生をかけて彼のギターで芸術を、私たちに示した。ただ一人の巨匠であると思う。
 私たちが、心を打たれ、尊敬するのは『芸術の在りかを求め続ける人』。そう・・・セゴビアを除いて他にはいないのである。
しかし日本には、そのセゴビアから最も愛され、彼の『後継者』として存在感を持っている芸術家が、たった一人だけいる。それは私たち、本当にギターを愛するものから尊敬を集めている人。松田晃演である。セゴビア亡き今、彼こそギターを、『この上なく美しいオーケストラ』のように奏でることのできる唯一のギタリストと言えよう。断言できるが、残念ながら彼以外、ギターを『オーケストラ』のように奏でるギタリストはいない。したがって彼こそ、孤高のギタリストなのである。
 今回、彼は「クラシックギター『天国と地獄』音の神秘」というエッセーを著し発行した。この著書には、惜しげもなく、彼がセゴビアから受けついだ『芸術の在りか』、そしてギターを『極上のオーケストラ』へと導く手掛かりが、びっしりと詰まっている。
 50年ほど前、ギターを愛好した人々は、セゴビアによってもたらされた、最も美しいギターが奏でる音楽に憧れ、それを追い求めた。しかし今、セゴビアを知らない世代によって、ギターは『スポーツのような』また『自動演奏マシンのような』感動とは無縁の機械的なものになり果ててしまった。本物のギターを若者たちに伝える先人もいない。やがてギターは、ワグナーによって愛された、あの『ヴィオラ・アルテ』のように廃れるのではないだろうか。我々は、そろそろギターの存続をかけて、流れを転換する時期に来ているのではないだろうか。
 松田晃演の著書が、『美しいギター』の復興につながると確信を持って言える。一人でも多くのギター・・・いや、音楽を愛好する人々の目に留まることを願う。
 最後に、松田晃演の「サウンド・オブ・ザ・ギター3」を聴いて、クリストファー・ニューパン(イギリスでユダヤ賞を授与された、映像芸術家)のメッセージで締めくくります。
 松田晃演氏へ“音の詩人”の称号を進呈します。
あなたはセゴビアの価値ある後継者としてギターの詩人になられました。
私はこの録音を聴いて、あなたの演奏の音色の幅広さ、さらに高音域と低音域で、驚くべきことに同時に異なる音色で弾いているという事実に特に強く心を打たれました。
どんな分野においても、常に学ぶ心を持っているならば、その人はゆく道で、言葉では表現できないが、奥深く感銘的なな何かを学ぶのです。私はそのことをセゴビアにも、そして私の親友であるナタン・ミルシュタインにもはっきりと見てきました。あなたの演奏は偉大な芸術家たちが持っていた、あの資質を獲得してしまっています。ここに私は貴方に心から最高の祝詞を贈ります。
 ブラヴォー マツダ 音楽の巨匠 
クリストファー・ニューパン

 

2018年8月1日クラシックギター『天国と地獄』音の神秘・・発刊に寄せて中森良二

 2年ほど前、私は或るギター関係者の集まりの中にいた。その時、Mさんという若者と知り合った。彼と私は「いま世界の中で一番素晴らしいギタリストはだれか?」という結構ミーハーな話をしていた。彼は「今、一番素晴らしいギタリストは松田晃演さんだと私は思う」と言った。私は、若いMさんが、松田先生のことを知っていることにびっくりし、加えて、純粋にギター音楽を芸術としてとらえていると感じた。その後、松田先生の話で盛り上がった。Mさんの「松田先生が世界で一番素晴らしいギタリストである」という言葉に、あるギタリストが参入してきて、「あ~あ、昔は上手かったね」と言った。それに反発するようにMさんは「いや、昔も今も一番素晴らしいです!」と言い返した。
 (A.M.註1)昔上手かった人はアスリートで言えば今も金メダリストです。
 Mさんは永いことロックギターを弾いていたそうである。それからクラシックギターの魅力に取りつかれ数年前からクラシックギターに切り替えた。ロックギターでは速弾きを追求し、より難しいフレーズやフィンガリングを体に覚えこませたようである。
『ロックと言えば速弾き』が当たり前、どちらかと言うとスポーツ的である。だからロックギターを弾く人たちは、少々の速弾きや難しいフレーズを弾きこなしても、全然驚かないのではないだろうか。一方、今のクラシックギタリストは、音楽というより『速弾き』や『難しいフレーズを鮮やかに弾く』ことに素晴らしさを感じているような気がしてならない。例えば、プロ、アマに関わらず、良くプログラムにのる曲で『タンゴ・アン・スカイ』という曲がある。音楽的に優れているものではなく、感動とは別次元のものである。言い換えると「凄く指が動くね。パチパチ!」といったたぐいの曲である。にも、拘わらず、プロのクラシックの演奏会でよく弾かれる。テレビなどでも人気ギタリスト(音楽家ではなく人気ギタリストである)が登場する場面では必ずと言っていいほど弾かれている。
このような現状を、私は、「クラシックギターの危機的な状況」ととらえている。なぜなら、セゴビア先生が血のにじむような努力の末、ギターを酒場の音楽からステージで演奏出来うる楽器へと・・・そして他の楽器と同列の地位まで引き上げた。にも、拘らず、この努力を全く無視する形で前述のような曲が大手を振ってコンサートのプログラムに載っている。クラシックのピアノや他楽器のコンサートでは決してあり得ないことである。近年、クラシックギターはポピュラー系統の音楽にすり寄って行っているような感じがしてならない。クラシックギターという定義すら危ぶまれている。
 (A.M.註2)昔ヨーロッパでの事、ある著名なギタリストが「あのじいさん(old man・・・half satisfaction=半満足」とセゴビア先生のことを評していた。
・・・1929年来日のセゴビア先生の演奏に就いて音楽評論家河上徹太郎氏は、当時の全ての来日演奏家に勝る印象を、Andrés Segoviaは音楽演奏によって私に与えたと言って居られる

 前述のMさんのようなロックやジャズのギターを弾く人。速弾きや難しいフレーズを弾くことが当たり前の人たちが真の『ギター芸術』を理解しているのではないだろうか。
 今回、松田先生はホームページ上に永年書きためてきたエッセイを本にして発行する。
 「天国と地獄」というタイトルである。この本が、今のギター関係者に読まれ、クラシックギター界が、正しい方向性に軌道修正できることを切に願っている。         

2017年12月22日クラシックギター界への警鐘 古田中 利章(東京)

 私(松田晃演)が私の古いメールメッセージをフと読み返していましたら、以下の文が目に付きました。
『こんなのが何故か埋もれてもれているのが見付かりました。それは2007年10月29日 20:30:02の古田中君からのE-Mail Messageのことです。
 名文であるのにホームページに出すべき投稿を頂いたのに出なくて失礼の段お許し下さい。
 少々、あるいは、少しだけ書き直して再度投稿してくれませんか?貴君の意見に全く同感ですので・・・
 私の最近の思いはオーケストラで聴けばいいのにギターで弾かなくてもという演奏・・・・、もっと厳しくはセゴビア先生の演奏を聴けばいいのに恐ろしい程、程度の落ちるギター演奏をクラシックギターは何たるかを知らない大衆に届けるなどはもってのほかです。
 で・・・、お年寄りの繰り言は何時迄も言っていても仕方がありませんので未だ若い貴殿にバトンを渡します。
 演奏は人に依って、時によって絵画の様に傑作も生まれます。それを残しておけばいい。セゴビア先生のそれは天にも聳えるものです。ただ録音物は日が経つに従って塵の様に扱われる嫌いがあります。
 録音物も絵画の様に、金縁の額縁に入れて飾られてしかるべきです。良い勝れた演奏は、です。演奏にもその人のマスターピースがあり、讃えられ、保存されて行くべきです。
 いうなれば野球ではなくギター(又は音楽)の殿堂みたいなものが作られそこへ出かけて行くと聞いた事のなかった美しい音と・・・・・・
 等々、貴殿の言葉でご投稿お願い申し上げます。
 久方ぶりに』
 これは私の2017/12/22の古田中利章君へのメッセージ。古田中君は私が不慣れなP.C.界に足を踏み入れる事に貢献をし、後押しをして呉れた第一の人物です。彼が居ないとこのホームページは実現しなかった可能性もあります。読者諸兄は古田中君に感謝して頂きたいと思います。
 以下は古田中利章君からの書き直して下さった投稿の本文
クラシックギター界への警鐘
 さて、松田先生の日記で「宇津保物語」読んだとき、色々考え、書きたい事もありましたが、書き込むべきか悩んで今まで来てしまいました。HP改修記念と致しまして、文章を送らせていただきます。
 インターネットが普及したことによって、より個人が自分をアピール出来るようになりました。回線の高速化や、コンピューターの機能の強化などにより、さらに様々なコンテンツを作り、発表することが出来るようになりました。
 素人(ここでは高度な専門的な知識がないことを指します)の作ったコンテンツがネット上で有名になり、それを知った出版社などが商品化し、多大な売上を生んだという話がよく出てくるようになりました。これらのことは大衆文化ですし、それもいいのかなぁ、とも思うのですが、ハイカルチャーとなると話が別です。

 例えば、you tubeなどで指だけは動く素人がクラシックギター曲を演奏した動画をアップし、それがネットで評判になり、より世間に知られてしまう、このようなことは確実に文化の衰退に繋がってしまいます。適当に演奏したものが、クラシックととられてしまうのですから。そうでなくても、素人が弾いた音楽と比較され、大した事ないと思われるのも危険だと思います。
 残念ながら、最近では、ただ指が回っているに等しいギタリストが多いのではと思います。そうだと上記のことが現実になってしまうのでは、と危惧しています。
 そうならないためには、当たり前のことですが、クラシックギターに関わる一人ひとりが、芸術に対し真摯に取り組むことが大切です。一曲一曲を大切に弾くべきです。
 クラシック音楽は過去から未来へと受け継がれる「文化遺産」だと著書に書かれていますが、当然、演奏法もそうなるべきです。その蓄積があって、進歩するものなのだろうとも僕は考えます。勉強は大切ですね。
 松田先生の日記、「宇津保物語」を読んで思うのですが、よくファンタジーと現実は区別されますが、芸術においては区別をするべきではない、むしろ、ファンタジーを目指さなければならないという考えも僕は持っています。「人間の考えること、思いつくことは実現できる」という言葉もあります。より高みへ、と日進月歩の精神で進歩しなければなりません。そうして、クラシックギター音楽の魅力を色んな意味で体験できるのだと思います。2017年12月22日

 

2018年6月8日(金)「芸術」とは「人生の儚さを補うもの」 中森良二(札幌)

 「そうだったのか・・・」ある日私は、松田先生の「バッハのチェロ組曲第3番のプレリュード」を聴いている時、言葉に出して表現ができない、「そして曰く言い難い」感情が体をすっぽりと覆っているのに気が付いた。
 それは、シンプルで奥の深いギターの音の中から、実際には楽譜に書かれてはいない、複雑で何とも言えない美しい音が聞こえてくるのだ。ある時は旋律の隙間に隠れるように、また、ある時は、堂々とした分厚い和音として、様々に形を変えて、聞こえるはずのない音が私に迫ってくる。そう、一言で言うなら「人生の儚さ」と言ったら表現があてはまるのではないだろうか。
 自分の人生を考えた場合、若い時に持っていた「夢」や「憧れ」・・・。それらを叶えることができないまま、道端に捨て去らざるを得なかった事情。そして捨て去ったことへの「嫌悪感」と共に、失ったもの、諦めたものに対する郷愁である。また、輝かしい時代のことも記憶の彼方から顔を出すときもある。
 人生は、得たものより、失ったもの、諦めたもののほうがはるかに多い。そして、失ってしまったものの多さに、堪り兼ね、時として立ち止まったとき、先生のギターの音の隙間から楽譜に書かれていない音たちが現れ、人生の儚さを補ってくれる。私は、先生の音楽に身をゆだねて、過去と現在、そして未来を行き来する。
 以前、先生は、「楽譜に書かれていることをそのまま弾くということは、試験の答案用紙を『白紙』で提出することである」。と著書で語っていた。そして、先生のギターによって導き出される回答は「人生そのもの」ではないかと私は考える。その音楽は、自分から逃避することを拒み、あらためて真正面から自分自身の人生と向き合うことに気づかせてくれる。多くの失ったものを、そっと音として差し出し、心の隙間に深く入っている後悔を優しく包んでくれる。
 先生が発する音は、一瞬にして私たちを、青春の輝かしい日々や苦悩、人生の様々な場面に導いてくれる。そして、時には叱咤し、また、時には、過去の苦悩や後悔を優しく包んでくれる。今、楽譜に忠実に弾くことが音楽であると勘違いしているギター弾きが沢山いる。芸術とは、人々の「人生の儚さを補い優しく包み込む」ものであると私は考える。音楽が鳴っていないにもかかわらず、聴く人によって、様々な音が聴こえてくるものである。そして、その音が聴くものの心に響いたとき様々な感動となるのではないだろうか。実際に松田先生のCDを聴くと実際に聴こえるはずのない様々な音楽が聴こえて来る。

 

 

(2017/11/25) 正福寺の演奏会(塩谷宏太)

松田様

先日の《正福寺》(註-1)での特別な演奏会は、聴衆の耳を大いに楽しませることで、終わりを迎えました。
このささやかながら開催された、美しき演奏会について、賛辞の花を言葉にて添えます。
注目すべきは、トーレスによるこの建築空間での音の反響です。
トーレスを愛し、トーレスに愛された芸術家が奏でる音の雫は、空間と豊かに協調し、どこからともなく響いてくる音のトンネルをくぐりぬけた感覚を、聴衆に与えました。
松田さんの精神に後押しされた音の詩は、始めこそ様子を伺い、多少のぎこちなさを見せるも 、2番の『ソル』で空間と友となり、3番の『J.Sバッハ』で翼を得、自由に翔びまわり始めたのでした。
アンコールを含む計10項目の演目は、詩的で、かつオリジナリティを失っておらず、80代を迎えてもなお、芸術家が芸術を行う自然な営みに、驚きをもって酔いしれることのできる充実した内容となりました。
この”建物”は、このようなピュアで繊細な音を聞いたことがなかったでしょう。
私たちは、改めてここに芸術の存在を認めるのでした。
美しき魂と技術は、いまだ衰えることを知らず、芸術家のみ有するコトバで、私たちに話しかけたのです。
こういった演奏会が再び、開催されますことを願います。
そして、松田さんの思索の跡として書かれた集大成の本(註-2)が、無事刊行されることを願います。

もっとも身近で、素晴らしき芸術家に敬意を表して
シャポー!
(註-1)−正福寺は姫路市内のお寺です。
(註-2)ー「クラシックギター、現代のポエットリー」と題しましてもう少々で刊行の運びになりそうです?

曲目は

S.ヴァイス ロジー伯の死に捧げるトンボー
F.ソル メヌエット 作品11~6
J.S.バッハ チェロ組曲第3番より 前奏曲
J.S.バッハ-ポンセ チェロ組曲第1番より 前奏曲
ガリシア民謡 聖母とその子
I.アルベニス グラナダ(スペイン組曲より第1楽章セレナータ)
H.ヴィラ・ロボス 前奏曲第1番 ホ短調

アンコール
ロンカリ ガヴォット
ブラームス ワルツ
正福寺

 

正福寺−2

 

(2017/10/3) 「トレモロ」の補遺 (中森良二)

 毎日のように松田先生のCDを聴いています。その時、決まって同じことを考えてしまうのです。それは「芸術って何だろう」ということです。

 私は、松田先生の演奏、特に音色から『永遠を見つめる「憂い」と「儚さ」』を感じます。それを、ある人は「音の詩人」との表現を使って表します。しかし、「音の詩人」という表現もふさわしいのですが、私の感じるのは、例えば、山の中の人跡未踏の地にある湖の深みのある透明感。雨上がりの空から射し込んでくる太陽の得も言われぬ光。そして、そのたびに、自分の魂を何処か遠いところに持っていかれるように感じるのです。その時、脳裏を独占するのは言い知れぬ「強烈な郷愁」です。一度でも松田先生のレコードなりCDを聴いた人は「強烈な郷愁」を感ずるはずです。この気持ちを何とか表現(文章で)できないだろうかとずうっと考えていました。私のような平凡な素人が芸術を語ろうなどという無謀な試みを行うわけです。気持は焦るものの、いたずらに時だけが過ぎ去ってゆきました。

 何日か前のことでした、先生の演奏する「先生への捧げもの(テデスコ)」をCDで聴いていて、最初の一音が「ぽ~ん」とあたりにある空気を震わせた瞬間、突然、今まで、心の中にあった芸術への門が開きました。(・・・と感じました)それは、私の脳裏を漂っていた得体のしれない「もやもや」が一点に収束され、糸を引くように私の心を自分の過去へ、そう「16歳の時、ある喫茶店で、初めて先生のレコードを聴いた青春時代の輝きへと強引に連れていかれたのです」そして、恥ずかしながら、いつしか涙があふれていました。

 これが「芸術の正体」ではないかという、「おぼろげな確信」となったのです。
そのことを文章にして投稿しました。それが「トレモロ」です。

 ここ何十年も思い出したことがなかった、ギターと出会ったあの時の瞬間。霧が晴れるようにはっきりと思い出すことができました。それは16歳の多感な時期、田舎にある「赤い屋」という喫茶店で、初めてクラシックギターの存在を知りました。そのギターは、喫茶店の壁に掛けてあったのです。「これ、ちょっと触らせてもらえますか?」と店主に言ってから恐る恐る「ミラレソシミ」と開放弦をバラーンと弾いたときの心地よさ。そして、最も重要な出会いである、店主が聴かせてくれた、「禁じられた遊び・アルハンブラの思い出、演奏:松田二朗」という一枚のEPレコード。これが、芸術を感じるスタートだったのですね。

 今、松田先生が奏でる「アルハンブラの思い出」「禁じられた遊び」は、「聴くギター音楽入門CD」で、いつでも、簡単に聴くことができます。一日に2度でも3度でも何度でも。とりわけ、「アルハンブラの想い出」の上質な鈴を幾重にも重ねたようにせつなく聴こえてくる「トレモロ」は、美しい詩情をもって心に迫ってきます。
 しかし、私にとって困ったことがあります。それは、最高のものを聴いてしまった後、「自分はどう弾けばよいのだ」とギター愛好家の私は思ってしまうのです。(笑い)

 そろそろまとめます。松田先生が「ギターと私」の中で語られている、音楽を奏でるもの、愛するものに「プロとアマの区別はない」全くその通りだと思います。プロはお金を得るため(生活を確保するため)に自分の考え方を曲げなければいけない。逆にアマチュアは、他で生活の糧を見出しているので、音楽を純粋に追究することができると思います。

 そして、それを超えた「無」のところに「芸術」が存在すると私は思います。16歳の時、あの喫茶店で松田先生の美しい「トレモロに出会うことがなければ」・・・と考えながら拙文「トレモロ」の補遺とさせていただきます。(妄言多謝)

 

(2017/9/21) 「トレモロ」(中森良二)

 1966年という人生の節目に、その衝撃はいきなりやってきた。田舎の純粋な高校生が小さな喫茶店で聴いたEPのレコード。鈴を転がすように憂いを秘めて流れる美しいメロディー。それをそっと支えるように響く低音の伴奏。それらが一体となり音楽は進行していった。
 「アルハンブラの思い出」という曲と「トレモロ」というギター独特の奏法を知った衝撃の大きさは今でもしっかりと脳裏に焼き付いて離れない。まさに「この世のものとは思えない美しさ」で少年の心をあっさりと奪ってしまった。以来、学生時代は、特別な事情のない限り、朝、学校に行く前に、学校から帰って来てから、寝る前と3回は毎日のように聴いた。それだけでは無い1966年に録音されたこのレコードの持つ意義は大きい。それ以後の日本のクラシックギター界に、とてつもなく大きい影響を与えたのである。
 レコードのタイトルは、禁じられた遊び・アルハンブラの思い出、演奏は松田二朗であった。
 それ以来、松田先生のレコード、CDは全てと言っていいほど購入して聴いている。聴くたびに思う、「芸術とは、いったい何か」という事である。松田先生のギターを聴くと、その数千種類の音群は、全て憂いを秘めており、人生の儚さを感ずる。なんて儚いのか。まるで冬の夜、窓ガラスについたくもりに、そっと指で描いた絵の線が下に流れて形を崩してゆくような・・・。そして、聴くもの、少なくとも私を、一瞬にして過去の楽しかった若かりし日々に連れて行ってくれる。「恋人と喫茶店の隅で肩を寄せ合っていたこと」、「父や母、兄弟と一緒に過ごした数々の楽しかった日々」、「友達と人生について語り合ったこと」・・・ゆっくりと感性が開いてゆく。
そう、「芸術」とは、聴く人の感性に、直接働きかけ、一瞬にして、その人間が行きたいと思っている「心のふるさと」へと連れて行ってくれることではないだろうか。
 60代を超えた人間にとって「本当のギター音楽」が心に届かなくなって久しい。やたらと複雑な構造を持つ内容の乏しい低俗な曲。指は動くけれど、何ら心に届かない演奏。そこには、感性に訴える何物も感じない。
 ある人が「今の時代、聴くに値するクラシックのギター音楽や演奏家がいるの?」と言った。そして、「いるのだったら教えて欲しい」とも言った。
 そんな時こそ、松田先生のギター音楽にそっと耳を傾けて欲しい。聴いた瞬間から「過去の素晴らしい日々に」あなたを連れて行ってくれると思う。
 これこそ「先生の贈り物」である。
                     2017・9・21(中森良二)
投稿欄もどういう訳か一年半近くご投稿が頂けず寂しい限りでした。ギター音楽発展に資する言葉を発信して下さるお志のお在りの方、勇を賭して何かお書きになりご投稿下さい。
セゴビア先生、ジョン・ウィリアムスの薫陶を受けて帰国した数年後、勇を賭してコロムビアなるレコード会社に出向き、お願いをしてレコードを出して頂いた時の事を思い出させられました。Akinobu Matsudaの思い出の一言・・・。

(2016/2/6) 世界に発信されるエッセイ「ギターとわたし」中村 征四郎

 先生のHPのエッセイ集「ギターと私」の今年の2つ目、1月18日に上梓された「ギター音楽」(No. 162) はギター音楽の神髄を述べられた年頭にふさわしいお言葉で、拝読しているときに ”Listening to the Guitar Etudes”(聴くギター音楽入門CDレコード)の美しいメロディーがつぎつぎと心に浮かんでまいりました。
 英語に一部翻訳されてUpdateされたHPを拝見いたしました。
 日本が誇れる最高の芸術家のお一人である松田先生にHPを通じてまるで目の前でお話を伺うように接することができますこと、私たち日本の読者はなんと幸せだろうと常日頃からおもっておりました(今までそのようなHPにはあまり接したことがありません)。このたびHPに掲載されました「ギターと私」の英語版によって読者が世界に広がっていくことをとてもうれしく存じます。先生のご執筆になる英文のエッセイは日本語を翻訳されているのではなく、先生の頭の中で直に英語で語っておられるようで、ギター音楽界にたいする先生のお嘆きが直接に読者に伝わってまいります。
 上梓されたふたつのエッセイ、「The Song of the Bush Warbler and the Song of My Lament」と「Otto Klemperer」は先生の身近なご経験から文章が始まりますので、読者はエッセイの世界にバリヤーなくスーと引き込まれていきます。うまく唄えない鶯のお話はとても面白く感じました。
HPを通じて先生のお考えに共鳴する世界の音楽愛好家はたくさんいるとおもいます。彼らが先生のエッセイから真のギター音楽がいかなるものかを学び、先生のYouTubeやCDの先生の演奏を聴いてギタ-音楽の美しさを実感することを心から願っております。

中村征四郎

 追伸: 年末に先生から送っていただいた「Sound of the Guitar」のNo. 3 とNo.4を大学の友達に送ったところ、今までギター音楽を聴いたことがなかったという彼は、「クラッシクギター音楽がこれほどまでに詩情豊かで奥深いものであるとは知らなかった。驚いた!」といってきたので、わたしは「それは松田先生が演奏されているからだ」とよく言って聞かせておきました。先生のすてきなお写真も載っているのでHPをよく見ておくようにとも申しておきました。先生のすばらしいHPを通じて世界の音楽愛好家がひとりでも多く先生にコンタクトしてくることを祈っております。

 註=A.M.わたしのエッセイ「ギターとわたし」を英語にしようとしたのはギタリストがギター弾き(音楽家ではなくてギターを弾く人)で、知性も教養も無いと評価を低くしているのではと、少しではあるがギタリストは論理的に知的に音楽全般を分析理解している事をそして、欧米人には理解出来ていない音楽世界を理論的に展開しているのだと解って欲しいと思ったからです。
「CD+LP欄」へ行って頂きますと贈呈版について私のお願いを載せています。


 

(2016/1/18) ひとつの音が存在する意味 (中森良二)

 2ヶ月ほど前のことである。あるクラシック音楽が大好き(特にギター音楽)というマスターのやっているバーに友人と連れ立って行ってきた。マスターの所有しているギターが2台置いてあり、バックバーの真ん中にはDVD用の大きなブラウン管、その両サイドには、かなり質の良いスピーカーを備え付けてあった。そのマスターが自信を持って聴かせてくれた曲・・・。それは、何十年か前に行われたパリコンの実況録音の音源であった。優勝したギタリストが11弦のアルトギターで奏でていたのは、バッハの「プレリュード・フーガとアレグロ」。透明な音が淡々と各声部を弾き進んでゆく。音は単色であり、抑揚も乏しいと感じた。件のマスターが、したり顔で「この演奏に文句を言ってはいけないよ」といった。たしかに、何種類かの音列(音の線)が、離れたり、近づいたり、交差したり、と無機的に進行していて、どの音も美しく透明で、しかも整理されていた。しかし、それだけのことで、この音楽に喝采を浴びるだけの価値があるのだろうかと考えてしまった。聞くところによると、その会場にいた観客は総立ちで喝采を浴びせたとのことである。私は、心の中に違和感を持ちながらそのバーをあとにした。

 翌日、日曜日ということもあり、松田先生のバッハ(チェロ組曲第3番の前奏曲)のCDをかけて、ソファーに腰をうずめた。ポーンという最初の一音を聴いた時、背中に戦慄が走った。そうだこの音だ・・・。昨日、違和感を持ってバーを後にした解答がそこにあった。芸術と音楽の違い・・・。若い頃、始めてもらったボーナスで母に指輪をプレゼントしたことがある。「どの宝石がいいの?」という私の問いに、母親は「オパール」と即答した。なぜオパールなのか?「オパールは、見る方向や角度によって色や輝きが変わる。どのような物事も、見る角度を変えると違ったように見ることが出来る。これからの人生、ひとつの方向から見るのではなく、角度を変えて見ることが大切だ。」と教えてくれた母の言葉が鮮やかに蘇ってきた。「ポーン」と鳴った一音は、まるでオパールのように見る(聴く)角度によって様々な色彩を見せてくれる。まるで人生をも表現しているといって過言ではない。

 マイルス・デイビスという天才ジャズトランペッターの自伝を読んだとき、解説に、マイルスは、その辺にあるたんなる石ころを、彼の発するトランペットのたった一音で、宝石に変えてしまう。という名言が心の隅に残っていた。ギター芸術とはこうでなければならない、松田先生が発する、たった一つの音が、道端にある石ころを、宝石に変え、見る方向や角度により様々な人生を表現してくれる。一言・・・「なぜ、その音を聴きたい、聴かなければいけない・・・という音楽好きが・・・いや、もうよそう」

(2015/8/3) 振り子 乾 雅祝

 ガリレオ・ガリレイが振り子の等時性を見出したことはよく知られていますが、振り子時計をだれが発明したのかはあまり知られていません。放っておけば止まってしまう振り子をゼンマイ仕掛けでタイミングよく揺することにより、振動を持続する振り子時計に仕上げたのは、実は波動に関する有名な業績「ホイヘンスの原理」を提唱したホイヘンスで、1600年台半ばのことだそうです。音は波動の一種ですし、振り子時計はメトロノームにも繋がりますので、ホイヘンスが音楽にこのような貢献をしていることに驚きました。ところで、腕の長さで往復に要する時間を調整できる、振り子の単純な運動をきちんと説明することは、意外と難しい問題です。高校物理では、振り子が止まった状態からほんのわずかだけ動かして往復運動させる微小振動という運動を扱いますが、それでも高校の範囲ではきちんと説明できません。このような場合、教科書では、たとえ話のような説明の仕方になるのですが、執筆者の好みにより、説明の仕方にバリエーションが出てきます。一方、大学レベルでは、振り子の微小振動という運動に限れば、きちんと説明することができ、説明の仕方にバリエーションが現れることはありません。こんな話題を投稿しましたのは、松田先生が「ギターと私:モウドリ」で紹介されたセゴビア先生の生徒に対する指導のエピソードに似たところがあるのではないかと思ったからでした。最後に、モウドリの結び「・・・。思わぬ綺麗な解釈になったり。以下の結末はどうか自力でお考えになって頂きたい。」を自分なりに解釈すると、知識や証明を積み上げて高みを目指す科学とは違う、芸術の奥深さを暗示しているように思われてなりません。

(松田晃演註)乾先生は広島大学の教授で高校の物理の教科書の作成に協力をされているそうです。
このご投稿に刺激を受けてわたしはギターでの表現力について重大な点に思い至りましたので一言私見を付け加えさせて頂きます。以下です、
 どうも先日来クラシックギターによって如何に詩情を表現出来るか、どう弟子につたえられるかを考えていましたが、スイング(振り子、又はブランコ)を取り入れれば上手く行く。スイングではUターンをする時に一時停止状態が必然的に有りその一時停止状態が私が何時も言う「溜め」なのだと説明すれば表現に困っている音楽家全て(ギターに限らず)の助けになるのだと私は膝を打ちました。
「溜め」がスイングの一時停止状態でありそこに詩情が音楽の流れのなかに忍び込む余地を与えるのだという事です。
 なお、自力でお考えになって頂きたい事は他にもいっぱい有ります。(為念)=は念のために、という事は溜を念を入れて言ったつもりです。

やっぱり音楽なんだよね・・・。2015年6月2日 些少な部分ですが訂正しました(2015/7/28) 中森良二(札幌)

 その男は、こう言い放った「若いときより、今のほうが苦しいほう(アルトサックスのリードを選びながら)を選んで演奏をしているよ」「歳を重ねた分、体力的に辛いから楽な方法で演奏しているんだって、馬鹿を言っちゃ行けないよ!音楽を進化させるためには、あえて辛い方法を選んでいるんだ。音楽ってそんなに甘いものじゃないんだ。」最近の演奏家についてだって?「確かに指は動くし、何でも簡単にやってしまうんだ。でもね、音がね・・・。肝心の音楽がね・・・。あんまり僕が言っちゃうとさ・・・。」と言葉を飲み込んでしまった。今年の1月25日、NHK・BSプレミアムで放映された“渡辺貞夫スーパービッグバンド~81歳、音楽と走り続ける”のインタビューの一部を要約したものである。渡辺貞夫は、日本のジャズの黎明時代から活躍し1962年にはアメリカに留学し、それ以来、世界のトップアーティストとして君臨している。今でも、バンドを率いて海外ツアーを行い多くの観客に感動を与え続けている。
 
 この番組を見て、松田先生のことを思い浮かべてしまった。その番組が終わったあと、「マッサン」こと竹鶴正孝の名前がついたニッカウヰスキーの「竹鶴17年」を開封したあと、チューリップのように口の開いたグラスに3分の1ほどと同量の水を注ぎ、両手でグラスを温めグラスに鼻を近づけた。グラスからは複雑な香りのハーモニーが聴こえてきた。それは海草であったり、あるいはドライフルーツであったり、深く霧の立ち込めた森林だったりと様々な香りである。まさにオーケストラであった。「これでステージセットは出来上がった」グラスをそっとサイドテーブルに置きアンプのボリュームを小さくして、松田先生のSound of the guitar4をかけた。バッハのチェロ組曲第3番前奏曲、それは「ポーン」という一音で空間の空気を支配した。たった一つ音の中に、宝石を散りばめたように輝く夜空に帯を引いて流れる流星、地平線のかなたからやって来る夕焼けの切ない光、奇跡的に出会うことのできるブルームーン・・・音楽とは・・・芸術とは、かくも儚く美しいものなのか。松田先生は、何を考えこれらの音をアントニオ・デ・トーレスから引き出してくるのか。「若いときより、今のほうが苦しい方法で音楽を表現しているよ・・・一音を出すだけで大変なんだ・・・。」先生の音楽と、渡辺貞夫さんの吐き出した言葉とが重なった。何時だったか、松田先生は「私は、歳とともに音楽を進化させている。そして、そのことを実際の演奏やCDで実証している」「まさにそれは並大抵の努力ではない」・・・と語ったことがある。そう、音楽とはそんなに甘いものではない!使い古された言葉であるが、真の芸術家とは「これができる、あれもできる」という人ではない。「これもできない、あれもできない」と自分自身を分析できる人である。だから、歳を重ねても芸術を完成させるために「新たな芸術の発見」を求めて日々苦しみながら音楽を、そして芸術を進化させ続けている人なのである。やっぱり音楽なんだよね・・・芸術なんだよね。
 註−「サウンド・オブ・ザ・ギター」シリーズ−3、4、5は未だ在庫があるそうです。ARMレコードソサエティー(matsudaguitar@oregano.ocn.ne.jp)にアクセスして手に入れて、ぜひお聞きになって頂きたいと思いますきっとギター音楽の持つ素晴らしさが分かり、更には人生観も変わると思います。

芸術開眼 (2014/12/27) 塩谷 宏太

 松田さんに影響を受けた人は、これを読むうちにも多くいるでしょうが、何ら音楽にゆかりをもたず生活する人が、啓発され、刺激をうけ、時に励まされ、この清らかなものを生活の糧にしようと感じたわけですから、私の立場は、他の影響を受けた人とは違って稀有なものといえるのではないかと思います。

 私は正直言って、音楽のことはわかりません。
 音楽を普段の生活で聴くこともありませんでしたし、もちろん、音楽を体系的に学んだことや師と仰ぐ人に習い、耳と感性を育てたこともありません。ただ、自身の心情と判断に従って、心地よいものと心地よくならないものを分けていたというに過ぎません。
 音楽とは、所詮そういうもので、人の心を育て、啓発するものではないと安易に決め、それについて立ち入って考えてみることも行っていませんでした。

 松田さんの詩的な音楽を聴いたのは、神戸のコンサートが最初でした。
 抱え込むようにギターを弾く松田さんの姿は印象的で、音を弾いているというよりかは、音を生み出しているといった方が的確であり、ギターの弦の振動が音になっているというよりかは、松田さんの心や清らかな魂が音という形を借りているといった方が、その状況を説明するにふさわしい表し方に思いました。
 そのコンサートの中には、世俗的なものはありませんでした。
 世俗的なものは、会場の厚い扉の前においてきても、何も支障はありませんでした。
 後は、自然と聴こえてくる音に身を任せるだけでその世界を堪能することができました。
 美しく、なめらかで滞りがなく、甘く、終わった後も余韻を楽しむことができました。 
 そこには言葉はありませんでしたが、どの言葉以上に、言葉らしい言葉がありました。そして、人間の生き方を暗示していました。

 生きているうちには、硬いレンガで頭を打たれることは何度となくあるといいますが、もちろん良い意味で、小さくない衝撃を受けました。そして、今まで見えなかったものが一気に開けて見えるようになり、そこに壁があると思っていたものが、壁でなくなるといった感じに包まれました。
 これが、いわゆる『芸術開眼』なのだと後で知りました。
 うっぷんとした感情がはけ口を探し求めるように、芸術に傾倒するようになりました。

 このような形で松田さんに関わり、影響を受けた人は少ないと思います。

 私は、これまで芸術をわからないものと思っていましたし、「その世界だけは…」と、一般の人が芸術について抱きがちなあの感情をもって生きてきました。それが、成人してから、幼いころに芸術的な教育を受けたわけでもないのに、目が開けたわけです。
 人生のユニークさと人間の運命的な出会いの素晴らしさを思わずにはいられません。

 最近は、松田さんご夫妻にお会いできておりませんが、お二人の出会いによって人生の転換を迎えた者の語りとして、この度は投稿させて頂きました。
 
 今後とも、さらなる発展をお祈りいたします。

教室に入門して3年目を迎えます (2014/12/22)乾 雅祝

 2012年8月に入門して2年少し立ちました。
 私が松田先生のことを知ったのは、You-Tube-2 Ponce Akinobu Matsuda / Allegro Non Troppo "Prelude" (Ponce)を耳にしたときで、入門する1年以上前だったと思います。これはすごい演奏だと感動して、2か月以上の間、毎日1回は聞き入っていました。姫路で教室を開かれていることはすぐに分かったのですが、遠いこともあって躊躇すること約半年、とりあえず「聴くギター音楽入門CDレコード」とその楽譜の購入を申し込みました。そのとき、毎日練習するといいですよ、とジュリアーニのアルペジオ練習の楽譜も一緒に購入することになりました。
 その後もしばらく、私が入門を躊躇したのは、この方は絶対に厳しい方だという、確信があったからで、入門したら、やっぱりその通りでした。しかしプロ、アマに関係なく、芸術に少しでも関わるつもりあれば、厳しさがあって当たり前のことだと思います。初めてのレッスンの時、弦を手首で弾くことを教えられました。オルゴールの爪のように、指の動きは出し入れすることに専念して、ドラムの回転に相当することは手首が担当する。こんな弾き方は全く想像もしていなかったことで、巷の教本では見たこともありません。これをマスターすると音が劇的に良くなる理由を私なりに考え、水島新司氏の野球漫画「あぶさん」の“ものほしざお”に行き当たりました。長いバットでホームランをかっ飛ばすような奏法です。それに加えて、手首を起点にすると指の筋肉は自由にできる。つまり欲しい音色を指の固さや柔らかさで制御するわけです。
 入門したてのころ、セゴビアスケールを手首奏法で練習していて、i、m、i、m、・・・ときちんと交互に指を入れ換える意味はなんだろう(レッスンで間違えると即座に注意されました)、と不思議に思っていました。手首で弾くのだからi、i、i・・・と人差し指で弾き続けても別に構わないわけです。前回のレッスン時、音の長さを制御するため、弾いた後、次に弾く指で音を止める、と先生に言われて、ようやく指を入れ換える訓練をする意味がわかりました。imの一動作で音を出して止める、次の音はmiで同じようにする、これは、歯切れ良くメロディーを表現するための一つの方法です。
 私は、ギター歴約35年のほとんどを中の下レベルで過ごしてきましたが、レッスン10回に満たないのに、2年前に比べて格段に上達したのは間違いありません。
 今後もギター音楽の高みを目指して、少しずつでも進んでいきたいと思っています。

 

真のクラシックギター演奏Part 1(2014/12/17)佐藤真理   
松田晃演先生との出会い

 私のギターとの出会いは、学生時代のギタークラブです。その後、30年位ギターを弾くことなく過ごしました。あるきっかけでギターをまた弾きたくなったのですが、ギター教室をどうして見つければ良いか?問題でした。恥ずかしながらクラシックギターの知識は、唯一アンドレス セゴビアがクラシックギターの先駆者ですごい世界最高の演奏家と言うくらいでした。そして自宅から通えそうなギター教室を検索していましたら、姫路にお住まいで、夢のようなあのアンドレスセゴビアと一緒に写真に写られている松田晃演先生を目にしました。無知な私は、自宅近くにアンドレスセゴビアの愛弟子である方がおられることに驚きました。でも、その様な格式高い教室の門を叩けるわけも無く…でした。
 ある時、姫路に美味しいパスタの店(La Latini)があると言うことで、その店に行った時のことです。今まで味わったことの無い、情緒豊かで心に響き、迫力のある優しさに溢れた演奏の「聖母の御子」がBGMで流れていました。耳を澄ませていると心に染みてきて大変感動して聴き入ったのが印象的でした。そして店長に「このCDの演奏家の名前を教えて頂けますか」と聞きましたら、なんと!松田晃演先生の演奏だったのです。それまでクラシックギターのCDは色々聴いてはいましたが、、、下手な私にも、こんなにも演奏が違うんだな、と理解できました。その後、遠回りしましたが間も無く幸運にも、松田晃演奏先生に教えて頂ける次第となり、それはとても大感激でした。

真のクラシックギター演奏Part 2(2014/12/31)佐藤真理

 神戸芸術文化センターで松田晃演先生のコンサートが開催された時のこと、そのコンサートのお手伝いができることになったのです。
 プロの演奏家の舞台裏を見られるということにとても興味があり嬉しく思いました。 まことにミーハーですみません。  ^^;  
 松田先生は、演奏会の前夜コーヒーが原因?であまり睡眠が摂れなかったそうです。当日、控え室で練習しておられるご様子、麗子奥様の繊細なお気遣い、そばで拝見しているだけで、私も緊張してしまいました。
 私はその日初めて、松田晃演先生の生のギター演奏 を聴く事ができました。綺麗な音色の変化、そして迫力のある優しいリズムの演奏を目の前で聴く事ができたのです。私の頭の中で「はあ〜、やっぱりすごい音の広がり!」と感動しました。
 そして何日か経ち、体験レッスンの様な形でみて頂くことになりました。その日からは、それはそれは大変緊張していました。
あまりにも緊張して、何かの曲を弾いて見て頂いたのですが、その日は、緊張のあまり、めまいで椅子の後ろに倒れそうだったのを覚えております。
 でも先生の笑顔は100万ドル!と言いますか、かもし出されるギターの音色 と同じで、とてもお優しく、緊張感はあっても和み深い暖かい雰囲気を感じてお話しできました。そして先生のユーモアに溢れた、それはそれは面白すぎるくらいの体験談を聞かせて頂ける時は、大変楽しいです。
 それにしても 念願のレッスンに通える様になって一年未満後、私は原因のよく分からない症状、足と手の強い炎症に突然見舞われ、この一年間、ギターの練習は禁止となり、安静状態でした。その間、先生や麗子奥様の細やかな暖かい励まし、手を温める方法、健康になるための助言もたくさん頂きながら、何とか平常心を保つことが出来ました。「治らない!」と嘆き暴言に耐えて下さった専門医のご指導、足の先生のリハビリ等により、段々歩ける様になり、もうすこし経てば多分またギターを弾けそうに思えるまでに回復致しました。2014年、辛かったですが、松田先生御夫妻様そして沢山の方達から暖かさを受けられた感謝の一年でした。
 そして、手首を使って弾くこと…、乾様!  先日の投稿欄では、松田先生の奏法を分かりやすく文章にして頂きまして、ありがとうございました!投稿欄ていいですね(^-^)
 また松田先生から教わりながら少しつづ頑張ってみたいと思います♪
 先生の体験談・非常に面白いお話は、また機会がありましたら。。。
 皆様 良いお年を!
…つづく (・・?)
松田晃演註=一言=何時でしたか、佐藤さんは私がお譲りしたハウザーを抱えてレッスンに来てハウザーらしい音で和音を弾かれました。その時お褒めしたのが悪かったのか練習をされ過ぎて手や足までも悪くされたのかもと気にして居ました。無理しなくても私の云う通りしていれば必ずギターは上手く弾ける様になります。

音と言葉その1(2014/12/16)渡辺潔

 メンデルスゾーンのピアノ曲「無言歌」には二つの舟歌があり、そのうちの一つ、作品19-6はセゴビアの名演が残されています。私は二十歳を過ぎたころクラシックギターに興味を持ち、ギター曲を聴くために45回転ドーナツ盤(EP盤)レコードを購入しました。初めて購入したのがイエペス演奏の「禁じられた遊び」のサウンドトラック、次に購入したのがセゴビア演奏の「アルハンブラの思いで」でした。名演でした、これ以降はイエペスのレコードは聴く気になれず、いつの間にか紛失してしました。インターネットも無く海外旅行も少ない30年以上前のことですから、アルハンブラ宮殿の情報はあまり無く、モノラル再生のレコード・プレーヤーから流れるメロディーに想像の翼を広げる日々でした。後に、夏の盛りにグラナダのアルハンブラ宮殿を訪れ、アラベスクで繊細に飾られた柱廊や天井の美しさに感嘆し、フェネラリーフェの庭園で、いく筋も糸に連なる真珠玉のように滴り落ちる噴水の音を聴いたときには、ターレガのアルハンブラ宮殿での印象の主題がこの噴水であり、その音がトレモロの名曲を生み出したように思いました。
 「アルハンブラの思いで」の裏面が「無言歌」作品19-6でした。これを初めて聴いた瞬間、深淵に吸い込まれるように魅了されました。夢の中だけで奏でられるような音楽が現にあるのだ。このとき、クラシックギターに魅了されてしまいました。二つの「舟歌」のうち、作品19-6はピアノ演奏よりもギター演奏が次元を超えた繊細な美しさで、より優れているように思います。私個人としてはギターの音色であればこそ、次のような情景を思い描くことができます。「青白い月の光に照らされ、静かな水面を滑るように漕ぎ出したゴンドラの櫂が、漕ぐごとに白銀に輝く波紋をリズミカルに残し、それに合わせてソプラノとテナーのデュエットが小波のように繰り返され、やがて幻影のごとく消えてゆく」。
 なぜ「無言歌」は言葉の無い歌なのでしょうか。私は、以下のように想像します。メンデルスゾーンの祖父は経済学者で、父は銀行家であったため、彼は裕福な環境で騎士道的な教育を受け文武の才能に恵まれ成長しました。そのため生業とする必要がない、いわば趣味的な作曲で身を立てることが出来たということです。唯一、ユダヤ人であることが社会的な負い目になりましたが、後にキリスト教に改宗することで問題解決がなされました。メンデルスゾーンの楽曲は「ソ」と「シ」をぬいたユダヤ音階が使われることで知られています。ユダヤ教新年際の夕べの祈り(コル・ニドレ)は、カザルスのチェロ独奏の美しい旋律で有名な、ブルッフ作曲の「コルニドライ」の元歌といわれています。シナゴーグ(ユダヤ教会堂)で詠唱される典礼歌は歌詞よりも旋律が主体となるそうです。このことは、TVのあるドキュメンタリー番組で、アメリカのブロードウェイで活躍するザルメン・ムロティック氏が実例を挙げ解説をしていました。彼は指揮者レナード・バーンスタイン(ウェストサイドストーリーの作曲者)の弟子で、彼の父は杉原千畝の「命のビザ」でナチスのホロコーストから逃れたということ、そのことで必然的な親日家です。
 以上のことから歌詞(言葉)と旋律(歌)の関係性を例えると、無言歌は「言葉の消えたその先に、旋律だけが翼を広げ飛翔し歌い続ける音楽」といえるのではないでしょうか。

音と言葉その2(2014/12/16)渡辺潔
直後に差し替えました(2014/12/18)

 メンデルスゾーンの「無言歌」は歌曲ではなく器楽曲です。言葉が無い、パントマイムで演じる無言劇に類似しています。既にトーキー映画がはじまっている、そんな中あえて、チャーリー・チャップリンは無声映画の形式で、「街の灯」など不朽の名作を残しています。言葉の尽きた先に、言葉の限界を超える映像を制作しました。彼は音楽教育を受けていませんが、独学でピアノ、チェロ、バイオリンを左利きで演奏し、自作映画のためにロマン派的な作曲も残しています。シューベルトの歌曲伴奏は歌詞の背景を見事に創作表現していますが、チャップリンの映画音楽も作品主題の背景を見事に演出していると思います。
 ドイツの大指揮者ウィルヘルム・フルトベングラーの著書「音と言葉」では、楽曲の中で表現媒体としての歌詞(言葉)と旋律(音)は、本質的には同じであるとの趣旨を述べています。その例として、ベートーベンの第9交響曲の最終楽章の出だし部分を示しています。合唱の口火を切るバスのレシタティーボ(歌唱とは言い難い、一本調子な語りかけ)は楽章冒頭のオーケストラの旋律が先行して作曲され、その後に旋律に合わせた歌詞が付け加えられたと述べています。クラシック音楽では歌詞は二義的であり、旋律が優先して楽曲の主題の本質をイメージとして創造しているのだと解釈できます。話がややこしくなりましたが、私自身が例示できる具体例として、有名なバッハ・グノーの「アベマリア」が思い浮かびます。キリスト教の「受胎告知」のラテン語祈祷文を歌詞として、グノーが旋律を作曲しましたが、和音進行にバッハの平均律クラビーア曲集第1巻冒頭のプレリュードの分散和音を歌の伴奏にしています。バッハの音楽的なイマジュネーション(霊感)に触発され、バッハが作曲したアルペジオ(分散和音)の連なりの上に、グノーが歌詞に合わせた旋律を載せています。楽曲の本体である「霊感」は、人間だれしもが共通して感じる感情を誘発する知性的な存在です。言わば、その曲の素になる思想や感情が持つ感覚的イメージと言ってよいのかもしれません。
 知的な「霊感」を感じるための「知性」は認知科学のモデルでは、単体の知識が網の目状に寄り集まったネットワークで構成され、その「知識の網」に新たな事柄が捕えられ言葉や感覚などとして新たな知識単体へと合成されネットワークに付け加えられるとしています。「人の知性」は長い年月の間の経験によって成長し熟成されることが、このことで説明されます。音(旋律)は言い表し難い抽象表現で感覚的に感情に働きかけ、言葉(歌詞)は具体的な具象表現で理性に語りかけ、それぞれ「知識の網」ですくい上げられ鑑賞されます。旋律が優先し歌詞は二義的とすれば、クラシックの演奏表現の真髄は「言葉(歌詞)の尽き果てたその先に、なおも音(旋律)だけが翼を広げ飛翔し歌い続ける」音楽であることではないでしょうか。
 優れた楽曲には素晴らしい「霊感」が盛り込まれているはずですが、楽譜から演奏に移行するときに作曲の「霊感」をどれほど伝えられるかは、演奏者の知性と力量に応じるでしょう。アンドレス・セゴビアの演奏が比較にならないほど誰よりも優れているのは、「霊感」を感じ、その「霊感」を表現できるイマジュネーションの豊かさに要因の一つがあるように思います。セゴビアの楽曲に対するイマジュネーションは、彼の個人的な人生経験の中から生まれる感覚に触発されているのでしょう。それと同じに、そこから紡ぎだされる美の世界は、聴衆の知性や人生経験に応じてそれぞれ享受されます。セゴビアの演奏はシェークスピアの戯曲のように幅広い階層の人々に、それぞれに応じた段階での感動を与えてくれます。そこには、時代を超えた普遍的な「美」が存在しているからだと思います。

 

マッサンと松田晃演の考察(2014/11/6)中森良二

 10月からNHKの朝の連続ドラマで「マッサン」が開始された。「マッサン」とは、「日本のウイスキーの父」と呼ばれた竹鶴正孝をモデルにして創作されたドラマである。まがい物のウイスキー(アルコールに色をつけただけのもの)が横行していた日本において、彼は、本物のスコッチウイスキーに出会ってしまった。その素晴らしさに感動し、単身本場のスコットランドに渡り、ウイスキー作りの技術をマスターし、帰国後、日本初の本格スコッチウイスキーを作り上げた。その後、より本格的なスコッチウイスキーを目指し、大日本果汁(現在のニッカウヰスキー)を起こした。1962年、イギリスのヒューム副大統領が来日した際、“1人の日本の青年が万年筆とノートでウイスキー技術の秘密を全部盗んでいった”という発言をしていったといわれている。もちろんこれは竹鶴正孝に対する賞賛である。
 1959年、来日したギター音楽の巨匠アンドレス・セゴビアを歓迎する食事会のとき、1人の若者が歓迎演奏を行った。それを聴いた巨匠に「貴方のような若者がヨーロッパに行って音楽を勉強すべきだ。」と認められ、セゴビアの弟子になり、翌年渡欧する。そして、初日のレッスンで、セゴビアから「Japan now has a guitarist」と評価された。この若者こそ、当時の日本のギター界の中にあって、初めて世界に通用するギター音楽家となった、松田晃演である。1961年、彼は本場スペインで行われたセゴビアをチェアマンとする国際コンクールにおいて、並み居る強豪を抑えパパス・プヤナ賞を獲得する。また、彼は、華々しい演奏活動に加え、後進の指導にも優れた才能を発揮し、優秀なギタリストを数々育てあげている。言い換えると、彼から、日本のギター音楽はスタートしたといって過言ではない。
 竹鶴正孝によってもたらされた一粒のウイスキーの種は、日本の勤勉な秘術者に受け継がれ、今では、ISC(インターナショナル・スピリッツ・チャレンジ)やWWA(ワールド・ウイスキー・アワード)など、数々の国際的コンテストで賞を受賞し、本場スコットランドをも凌ぐ勢いである。しかし、80年代のウイスキーは、冬の時代を迎えていた。そんなときでも、彼らは休むことなくウイスキーの未来を信じ、研究・開発を続けていたのである。これが見事、花が咲き、今や、日本のウイスキーは世界中のマーケットを席巻している。
 一方、日本のいや世界をも含めたギター界は、松田晃演が華々しく活躍していたときを最後に、ポピュラー音楽と融合したり、低俗(純粋音楽ではない)なギタリスト兼作曲家の作品に嗜好が傾いたり、音楽とは関係のない早弾きに現(うつつ)を抜かしたり、悲惨な結果を余儀なくされている。尤も、プロのギタリストたちがそのことに気づこうとしない現状では、致し方のないことではあるが、あまりにも悲しいことといえないだろうか。今一度、心を無にして、松田晃演のCDに耳を傾けてほしい、それは、全ての人間を感動という世界に誘ってくれるだろう。そして、今こそ、ギターの未来を信じ、純粋に、そして真剣にギター音楽を追及する時期ではないだろうか・・・。

51秒を刻む真理」(2014/5/30)中森良二

  松田先生にお願いして特別にAntonio Vivaldi作曲「Andante」を、送っていただいた。そのCDに刻まれた5分1秒(拍手も入れて)は、私にある種の衝撃を与えました。「なんて切ないのだろう・・・。」という5分1秒だったのです。松田先生がこの曲の一音一音にこめた(言葉で表現するには難しい感情ですが)、郷愁・儚さ・切なさ・憂い・青春の輝きと悩み・・・がぎっしりと詰まった時間だったと感じたのです。悲しみを真正面から受け止め、それをこらえ、振り払うように、新しい明日に向かって歩みを進める・・・といった物語を感じてしまいました。言い換えると、男が背中で表現する人生の悲哀とでも言うのでしょうか。

 もう、何十年もこんな気持ちになったことはなかった。人は誰しもが経験することではないだろうか。胸の引出しの奥に仕舞いこみ、二度と思い出したり語られることはないはずであった若かりし日の初恋の恥じらい。しかし、うっすらとセピア色に染まった青春の一ページをそっと取り出し、薄暗い蛍光灯の明かりの下で、はかなくも切ない感傷に浸ることになってしまった。

 あの録音を聴き終わった後は、しばし呆然としてしまいました。そして、数分後、「はっ」と我に返った時、忘れかけていた遠い日の郷愁の思いが私の心に去来し、深いため息とともに、ソファーに深く腰を沈めてしまいました。目の前のサイドテーブルに目をやると、CDを聴く前に腕から外して置いておいた愛用の腕時計のか細い群青色の秒針がジーッ・ジーッと時を刻んでいるのに気がつき、「こんなに、か細い秒針が、一時も休まずに永遠の時を刻んでいるのか。」と、思ったとき、音楽とともに、大げさに言うと、「人生の切なさ」すら感じてしまいました。

 スピーカーから流れてきたギターの響きは、一音一音、生命を宿し、一定の時間だけ現れては優しく尾をひき・・・はかなく消え去ってゆく、そして、消え去った音の魂だけが部屋の空間をみたし、その密度を大きくしてゆく。その時、なんと表現したらよいのだろう・・・例えば、胸が締めつけられるような初恋の“やるせない切なさ”とでも言おうか、目頭に熱いものを感じた。Antonio Vivaldi作曲「Andante」、何度も聴いたことがあるこの曲が、こんなにも、はかなく、切なく響いたことはなかった。憂いを含んだ無数の「音のたましい」が松田先生とお弟子さんの指先から優しく紡ぎだされた5分1秒のことである。

 サイドテーブルの上には、あのジャック・マイヨールが1983年、55歳のとき、素潜りで105メートルの記録を出したときに左腕につけていた、オメガ・シーマスター120の群青色の秒針が静かに時間を刻んでいた。5分1秒・・・なんて切なく儚い時間だったのだろう。ジャック・マイヨールが一時も離さずつけていた時計・・・きっと、彼は、何度も何度も、一人、孤独な海に素潜りで挑戦し続けたのでしょう。いったい何のために?誰のために?・・・その答えを真に理解してくれていたのは、イルカたちだったに違いありません。

 ジャック・マイヨールは、その前人未到の快挙を成し遂げた時、たくさんのイルカたちが、彼のそばを離れず、守ってくれたそうである。そして、彼は、イルカを友とし、たくさんの話も出来た。きっと、ジャック・マイヨールの生涯にわたっての友はイルカたちだったのだろうか。一方、松田先生が音楽を奏でるとき無数の天使たちが音符を手のひらに抱え空間を飛び回る。そして、その時、儚く美しい芸術を誰しもが感じることだろう。

 松田先生が音楽を生涯の友としたときから、その楽器が奏でる音の一つ一つに無数の天使が宿り、聴くものの心に染み込んでゆく、ある人には「切ない郷愁を・・・」また、ある人には「喜びを・・・」また、ある人には「深い感動を・・・」を与えてくれるのではないだろうか。音楽や絵画などの芸術や数学など、人類の発展になんら寄与することはないが、その真理はなんと美しく儚いものなのであろうか。

 松田先生が、彼のHP「ギターと私」(エッセイ集)の中で書かれている「純粋音楽(106回)」を読んだとき、大きな衝撃と感銘を受けました。そして、このエッセーから、私は、「拍手喝采を求めて、また、それを得るために、作為的な演奏解釈をし演奏をしてはいけない。真に(純粋に)心の純粋な部分に耳を傾け音楽を解釈し表現したとき、その結果として、国境を越えて人々に感動を与えることが出来る・・・。」と受け取りました。また、350年前にフェルマーによって予想された「フェルマー予想」、イギリスの数学者、アンドリュー・ワイルズによって1994年に証明されました。彼は、名声や名誉のために11年間も研究を重ねたのではないでしょう。真理に対する強烈な憧れと完成への衝動があったのでしょう。

 ジャック・マイヨール、アンドリュー・ワイルズ、そして、松田先生・・・共通するものは、名声や名誉ではなく、「真理にたいする強烈な憧れ」の心だと思いました。その心が奏でたAntonio Vivaldi作曲「Andante」を、私は、前述のように感じ取り感動したのです。それは、私、個人の歩んできた人生から私が感じたことです。きっと、聴く人によって、様々な、それこそ国境を越えた人々の感じ方があるのではないでしょうか。「純粋音楽」・・・なんと美しい響きなんでしょう。 中森良二(札幌)

 

純粋音楽(副題=手首で弾く) (2014/4/6)今城尚志

今城です。
 本日、偶然に某楽器店で横浜の木下さんとお会いしました。良い音で手首で弾いている方がいたので、声をかけてみたら木下さんだったという次第です。思いもかけず、再会できてラッキーでした。松田先生からマヌエル・ラミレスを購入したといっていました。マヌエル・ラミレスはセゴビアが若いときに使用していた楽器の製作者ですよね。
 純粋音楽について、考えていることがあると以前にお伝えしましたが、以下に少し書かせてください。私は理系科学の教育と研究を職業としています。科学はこれまで人間の暮らしを豊かにしてきました。医学は病気を治し人を助けますし、工学では役に立つ製品をつくります。ただ、私は理学部に所属しており、人を助けるため、何かの役に立てるために研究をしているわけではありません。純粋に新しい知識を得たい、自然の仕組みを知りたい、それだけです。純粋理学とでもいえましょうか。「真理へのあこがれ」が研究を推進する原動力です。先生の純粋音楽の文章を読ませていただき、音楽と科学の違いはあれ、同じ方向をめざしているのだと、妙に納得してしまいました。3月20日に私の勤め先の大学の卒業式がありました。同日の卒業記念パーティーで私は学科長として、卒業生に以下のような祝辞を述べました。「前略  皆さんはこれからも理学部卒業生として勉強を続けて下さい。そして、なぜ勉強しているのですかと聞かれたら、おもしろいからです、と答えられるような人になってください。   後略」
 卒業式のあとで先生のエッセイを読ませて頂き、大変感銘を受けたという次第です。
今城

松田晃演註=木下君はわたしのずっと古くからの弟子です。「マヌエル・ラミレスはセゴビアが若いときに使用していた楽器の製作者」とも云われています。
      純粋音楽についての私の文は106回の「ギターと私」欄にあります。

ヒストリーチャンネル(スカイパーフェクト) (2014/3/16)松田晃演

昨夜、(今朝早く)テレヴィを見ていると
ヒストリーチャンネル(スカイパーフェクト)で「驚くべきカオス理論」その続きに「万物と無の謎に挑む」~アルカリーリ教授のサイエンス・レッスン~EVERYTHING AND NOTHING
と言うのを放送していた。
私には高級過ぎてしっかりと理解出来ないかったが何とも云えず深い内容で結局朝の2時45分から5時15分まで見てしまった。
以上です。
最近はどうも投稿欄への投稿がないので最近の出来事を近況報告として書かせて頂きました。

 

曲 目 解 説 (2013/12/20)古 田 中 利 章

J.Ph.Rameau   Menuette   .Ph.ラモー メヌエット
ジャン=フィリップ・ラモーJean-Philippe Rameau (1683年9月25日 - 1764年9月12日)
青年時代をイタリアやパリにすごした後、父親の足跡に続いてクレルモン大聖堂の教会オルガニストに就任しました。
その後1723年よりパリに定住、当時のフランス楽壇の指導的作曲家になっていたと言っていいでしょう.
ラモーの作風や音楽理論は、また音楽現象の合理的な把握と知的で明晰な楽曲構成の追究という側面は、
19世紀になってサン=サーンスやポール・デュカスらにより再評価されました。

V.Galirei 4 Pieces V.ガリレイ 四つの小品
ヴィンチェンツォ・ガリレイVincenzo Galilei, (1520年頃 - 1591年7月2日)
イタリアのリュート奏者、作曲家、音楽理論家であり、有名な天文学者・物理学者ガリレオ・ガリレイ、の父である。
後期ルネサンス音楽の重要人物であり、バロック期を開く音楽的革新にも深く関わっています。

J.Brahms  Waltzer  J.ブラームス ワルツOp.39-15
Johannes Brahms, (1833年5月7日 - 1897年4月3日)

この作品を書いた頃、世はJ.シュトラウスのウィンナーワルツ全盛期。ウィーンで作曲家として新たな生活を始めて
3年目の年でした。シュトラウスやショパンのような華やかさはなく、素朴なワルツではありますが、
緻密さや落ち着いた趣をもった魅力的な作品です。特に最後に現れる分散和音にのった上昇していくメロディーは
雲の上に連れて行かれるような美しい演奏です.

J.S.Bach Prelude from Unaccompanied V-Cello Suite No.3
Courante from Same Suite

Johann Sebastian Bach,(1685年3月31日 - 1750年7月28日) 
無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調 BWV1009 その大部分はケーテン時代(1717年-1723年)に作曲されたらしい
前奏曲
主音から舞い降りるように順次下降する旋律がスケール大きく展開されます。
後半の波のような分散和音の連続から重音の連続に至る過程は圧倒的な高揚感があります。
クーラント
勢いよく急下降する主題が多彩に展開されます。1982年セゴビア先生が来日されたとき,
松田先生はある曲のレッスンを受けられたとき「ポリフォニーだね」(複数の独立した声部からなる音楽)
とセゴビア先生から評されたそうです,まさにこれらのBachの曲は,松田先生は運指を工夫して,
いままでの聞いたことの無いポリフォニーにあふれた演奏になっています.

J.S.Bach-Ponce Prelude in D J.S.バッハ=ポンセ編 前奏曲
ホームページに先生は書かれています.
私はポンセがバッハ賛歌としてこの前奏曲を作曲(編曲ではなくて)したのだと奏くにつれて信じる様になってきたし
何度か主張してきました。そしてポンセの他のもっと複雑な曲もこの前奏曲を含めて 原初的な混沌から
秩序を得ていく風景を何時も私に連想させていて、私はそのように解釈して弾いている。

Short Intermission 中 憩

Spanish Folk songs スペイン民謡(カタルーニャ民謡=バルセロナのある地方の民謡)
Lo Noi de la Mare 聖母とその御子
セゴビア先生はコンサートの際アンコールの最後によく弾かれていました
Leonesa レオン地方の歌
Plany プラニー
1982年NHKでのギター教室「ギターをひこう1982.4月~9月」の講師として出演された際のテーマ曲でした

F.Tárrega Adelita F.タルレガ アデリータ
Pavana パバーナ
F.Tárrega(1852年11月21日 - 1909年12月15日)
最近CDが発売されました.タルレガは「MARIA ガボット」一曲を弾いています
〈タレガと高弟たち、その門下生~『セゴビアとその同時代人たち』第12集〉(DOREMI)
タルレガは最初のトーレスギターをセヴィリアで1869年に手に入れました。
 タルレガは後に、
1883年と1888年製の2本のギターを手に入れました。
最初のトーレスは裏板と横板が火炎模様のメープル材で作られていたそうです。

F.Sor Theme by Mozart & Variations
F.ソル モーツァルトの魔笛の主題による変奏曲
F.Sor(1778年2月13日 - 1839年7月10日)
セゴビア先生はギターの曲に馴染んでいない作曲家に,曲を依頼するときに,この変奏曲を渡して研究してもらって
いたようです.それほどこの曲はギターの本領を発揮するすばらしい変奏の数々です.

I.Albéniz Granada グラナダ
Asturias アストゥリア地方の伝説
I.Albéniz(1860年5月29日 - 1909年5月18日)

《スペイン組曲》作品47より
  〈グラナダ(セレナータ)〉 1885年(マドリッド)作曲  
アルベニスは自分の名前にAlという文字がついている事から自分にイスラムの血が流 れていると信じていたようです.
グラナダはイスラム人たちの住んでいた町ですので、アルベニスはきっとスペインから 追われていったイスラム教徒たち
への思いをこの曲に表現したのでしょう。 この曲について彼は「小夜曲という言葉では表現できないほどの、
何よりも強く胸を引 き裂くような嘆き」と語っています。グラナダには大変有名なイスラムの城・
アルハンブラ宮殿があります。なかでも、ジャスミンの花々に囲まれたアラハンブラ宮殿の離宮・
ヘネラリーフェの 中庭にはアーチのような噴水のトンネルがあり、光を浴びた噴水がまるで宝石のよう に輝き、
その美しさはまさに楽園といえます。 

  〈アストゥリアス〉は、スペイン 北部の地方をさします。作品232 1891年作曲。
アルベニスは放浪癖のある人でしたが、この曲は、結婚してから放浪 をやめてロンドンで暮らしていた1891年に
作曲されました。リズム主題が、次第に高まりをみせ、神秘的な雰囲気をもつ中間部へ。


松田先生の歩まれている道
深く,極めて,突き詰めて行く,突き詰めて行けば行くほど,もっとその先に奥があるので,また
その奥を探ってみたい.そういう中に,まだまだだって気持ちがあるので道となっているんですね.

パガニーニ:ロマンス(カデンツァと共に)(2013/12/9)投稿=中森良二(札幌)

 朝のまどろみの中で、きっと、彼は、夢を見ていたのだろう。雨上がりの空に美しい虹が架かっていた。虹の足元を目指して、何処までも走っている。走る途中、時たま身体が空中にふわりと舞い上がり虹に近づいていく・・・そして、遂に、彼は、美しい山の麓の虹の足にたどり着いた。雨上がりの空から七色に輝く美しい光が、木漏れ日のように筋を創って山の麓に反射している。「ここは何処なのだろう。」なんともいえない懐かしい郷愁が彼の心に広がって行く。忘れかけていたふるさとの山の美しさが日本人の情緒と共に蘇ってきた。その時、その山の頂上から例えようもなく美しい6本の糸の響きが微かに聞こえてきた。響きがだんだん近づいて彼の目の前までやって来た時、緩やかな朝のまどろみから目が覚めた。西洋音楽を志しているはずなのに、消すことの出来ない日本人の美しい情緒がほんの少し心の中に忍び込んできていた。そうだ、私は、今、生涯をかけてクラシックギターの音楽家になるためロンドンに居るのだ・・・と、彼は、強い口調で呟いた。
 ジョン・ウイリアムスの大阪での引退公演があった。彼は、ジョン・ウイリアムスのもとで学んだ若くて希望に燃えていた遠い日のことを思い出していた。ジョンが新聞で探して見つけてくれた、クロイドンの郊外の住居からロンドンの彼のフラットへと、クラシックギター音楽家になるために、週に一度、レッスンに通っていた。東洋の島国から一人でやってきた彼は、当時、西洋の音楽に夢を託し、血の滲むような日々を送っていた。十時間を越す練習に明け暮れする日々、身も心も美しい西洋音楽への憧れは日増しに強まるばかりであった。日一日と西洋音楽がわかりかけてきたある日、消すことのできない日本人の詩情が、突然、心の片隅に蘇ってきたのだ。「この気持ちは、いったい何なのだ・・・。」夢の中で見た美しい虹は、何だったのだろうか。雨上がりの空から山の麓に放射される、七色に輝く美しい光を感じた時の安らぎ、なんとも言えぬ郷愁・・・・。彼は、日本人としての情感が見事に心から湧き出ていることに戸惑いを感じた。彼は、傍らにあるギターをそっと抱き寄せ、パガニーニのロマンスを静かに奏でた。やがて甘いメロディーと美しく響くハーモニーが部屋の空間を静かに満たしてゆく・・・。そして、曲がカデンツァに差しかかったとき、雷に打たれたように、突然、ふるさとの美しい山や日本人の情感を映し出す、例えようもない美しいメロディーが即興的にうかんできたのだ・・・。その時、彼は、日本人として芸術家への確実な一歩を踏み出したことを確信した。そして、彼はこの曲にさりげなく「カデンツァと共に」と付け加えた。彼が、彼の演奏に、日本人としての詩情あふれる表現を加えたのは、後にも先にもこの曲だけである。
 芸術を心に秘め美しく表現できる天才的な芸術家を育てるためには、彼らが育った美しい環境の存在が極めて重要な要素である。なぜなら、美しい環境は彼らの素晴らしい美的感受性を育て「美」を極限にまで表現できるからではないだろうか。彼が見た、美しい虹の夢をふるさとの山々と重ね合わせたのは、それらの環境が彼の美的感受性を育んだことに他ならないからである・・・。全ての芸術は究極の美しさを求めているから・・・。

 松田晃演=註  この曲、パガニーニのロマンスは僕の中学生の頃、ギター曲で唯一(ゆいいつ)人前で弾ける曲目でした。それは学芸会で弾いたりして居たので70年近く前の事になります。若き日の情熱をこの曲の演奏を聴いていると感じます。カデンツアはずっと後になって弟子の北岸君に書いてもらった。カデンツアのヒントは僕が出したのかナと思っています。彼は作曲家の石田一郎さんに作曲を習っていて、「日本の唄」を私がLP録音する時にコロムビアの会社が石田一郎さんを編曲者に選んだ事で偶然北岸君が習っている事を知った。

 

生涯最初のギターレッスン(2013/11/2)投稿=長幡文雄


 高一時代にアンドレス・セゴビア氏のギターの音色に魅せられてクラシックギターにはまってしまい、大学卒業まで一心不乱にやりましたが、卒業してからは仕事と家庭を両立させながらでは、まとまった時間が出来ず、いつのまにかギターから遠ざかり、あっという間に定年を過ぎてしまいました。
 あまり長くない余生を再び大好きなクラシックギターをやろうと思っていた三年前、松田先生のYou Tubeに偶然アクセスしたとき、まるでセゴビアみたいであるが、良く聴いてみるとやはりどこか違うサウンドを聴き、なつかしい昔に引き戻された思いでありました。ホームページを拝見すると、姫路でギターを正しく広めるための活動をなさっていることを知り、しかもなんと私の憧れのセゴビア氏の弟子であり、ジョン・ウィリアム氏の指導を受け、ジュリアン・ブリーム氏とも親交があるという、なんともうらやましい経歴をお持ちでまた、輝かしい実績をお持ちであることを知り、早速全てのCDと教本を購入しました。電子メールを通じて私がギターを再び始めたい旨を申し上げますと、スタートアゲインという言葉を頂き、「絶対に弾ける様になることを信じて、あきらめずにやりなさい」、という励ましのお言葉を頂きました。私は誰からもギターを教えてもらったことがなく、また何処のサークルにも参加したことがありません。完全一人学習でした。
 うれしくなって、いつかは松田先生に、教えてもらえればいいなと思い、それを目標に三年間、時間の許す限り練習してきました。1日に2時間から多いときで5時間。当初はそうではなかったが、ここ2ヶ月は毎日練習しております。
 いよいよ松田先生に入門のお願いをし、10月24日ということになりました。池の上の白い瀟洒な松田家の玄関に立ち、チャイムを押すと松田先生自ら、にこやかな笑顔で迎えて下さり、少しホットしました。中は重厚な作りで、おそらく防音処置が施されていると思われるスタジオに招き入れられて、厚手の絨毯(おそらくセゴビア邸にあるものと同じものでは?と思いあとでお尋ねしましたら、やはりそうでした)の上でギターを取り出しました。最初なので私の経歴とかギター関係の取り留めない(しかし私にとっては初めてで興味深い)話から初め、それからギターのレッスン(というほどまでは行かなかったが)。先ずびっくりしたのは、私の右手の使い方に対する指導であります。いままでは手首をやわらかくして右手全体をしなやかにという意識は持っていましたが、手首を中心に手甲を上下に動かして弦をはじくことという指導を受けました。また音符の行間を読む音楽的表現についてもご指導を頂きました。これらはどんな教本にも記載されていなく、全くはじめてのことでありました。これで一度に身体がこわばってしまって指が震えていました。私の脳ミソの神経系統にはこんな演奏法回路はありません。切り替えるには時間がかかりそうです。この日は最後に3曲の簡単な曲に絞って、これを集中的に練習することという指導を下さいました。
 この手首の動かし方を家で実践練習しておりますが、ふと、セゴビア氏の右手を思い出し、ビデオを観ましたところ、まさにこの通りではないかと思えます。セゴビア氏の弾き方を教えて呉れたということは、光栄の限りであります。
 当日あまり気持ちの上で余裕が無かったので、松田先生の手の使い方についてもっと良く見ておけばよかった、と今にして反省しております。それにしてもトーレスから発する音は重厚で柔らかく、非常に美しい音色でした。
 先生の仰るスタートアゲインというのは単にお蔵入りになっている昔のギターを引っ張りだして、再度はじめることではなくもっと深遠な意味があるようです。お付き合いを重ねて、本当の意味のスタートアゲインを体験したいと思っています。
 今回松田先生に、初めは恐る恐るでありましたが、気持ちよくお目にかかれて、本当に良かったと思っています。最後には麗子奥様もご一緒にコーヒーを飲みながら、いろいろなお話を聞かせてもらいました。また私の爪についても奥様から良きアドバイスを頂きました。私には全てが新鮮な話しで、時間を忘れて至福の一時を過ごさせて頂きました。今後時々、お邪魔してこんな時間を持てれば、私の住んでおります京都から姫路なんて2時間ちょっとなので、全く苦にはなりません。含蓄のある有効で貴重な指導を頂けるなら、お安いものです。
 松田先生、奥様、ありがとうございました。

(京都府在住、66歳。年金生活者)

クラシックギターとそうでないギター(2013/10/26)投稿=松田晃演

 クラシックギターとそうでないギターを区別すべきである。わたしは何年も前からその事の必要性をを強く感じていた。
 いま阪急グループが素材偽証で世間を賑わせているが、私は何年も前からその犠牲を強いられて来た。
 音楽と音楽家においては産地が正しくても製品が正しくない場合が有る。ウイーン生まれの音楽家がポピュラー音楽と変わらない精神でクラシック音楽を演奏していたりすることもある。厳密に言えばそうなる。
 事の重要性はアマテュアの方がギター音楽を誤解するばかりではない。若い方が真のギター音楽に感銘を受けて生涯をギター音楽に賭けようとした時、目標とするギターによる音楽、音楽演奏、演奏家、そして評論家、批評家を見誤らない様にしてあげないと不可(いけ)ない。世に流布しているCD、LPなどの選別の仕方、クラシック音楽の演奏、演奏家、演奏解釈は素材偽証である場合が多いので正しく評価して指し示してあげないと不可ない。安心して心に強く印象付けるべき音楽演奏はこれだ。逆に言えば、君のそう思って聴いている音楽は少々ポピュラー的な心で演奏されているよ、等の信頼出来るアドヴァイスをしてあげないと彼等の迷いは可哀想に死ぬまで醒めない。(私のお坊さん先生はまさしくそれをわたしの為にして下さっていたようだ。)註ーアマテュアでないとそれを指摘出来ない事情が在る。(2013/11/2ー加筆)

(2013/10/13)投稿=松田晃演

 昔、生徒さんに弦の張り替えを手伝って上げた事がある(らしい)。先生に張って貰ったら良い音がしていた、と言っていた。
 セゴビア先生の来日中、弦の張りかえを手伝っていたが、先生が弦を張り替えられるときには必ずわたしを呼んで下さり、わたしは喜んでお手伝いをしていた。わたしの張り方が先生のお気に入りだったのかも知れない(思い違いか?)と嬉しい思いをしている。
 弦の銘柄をがたがたと訊ねる事はしなかった。それも先生がわたしを気に入っておられた理由かも知れない。

詩は真理ではなくて快楽(2013/8/11)投稿=松田晃演

直接的な快楽は科学 間接的な快楽は芸術 明確な快楽はロマンス 不明確な快楽は詩
これらは多分エドガー・アラン・ポーの言葉ですが、少々判りにくいですが重要な意味を持っているようです。

レオポルド・アウアー著「ヴァイオリン奏法」(2013/8/9)投稿=松田晃演

 19世紀のヴァイオリン奏者で教授(彼曰くプロフェッサー=普通の安物の先生ではない)がヴァイオリニストを目標とする若者の為に書いた本です。ずっと前にこの世に出版された本であるので手に入れる事が出来るのではと思います。
 ギタリスト志望の若者にも読んで欲しい。現代のギタリスト志望の若者達はこのような精神で音楽家に成ろうとしていないのではと、わたしは思った次第です。

松田先生のエドガー・アラン・ポーに関連して(2013/8/2)投稿=乾 雅祝

 松田先生のエドガー・アラン・ポーに関連して投稿させていただきます。
 大学教員をしている乾と申します。専門は物理学ですが、教養教育では、自然との共生や環境問題を念頭に自然科学一般を講義しています。その中で、熱力学から誕生した’エントロピー’(’乱雑さ’としばしば訳される)を話題にするため調べていると、栗本慎一郎氏の’精神のエントロピー’という考え方に行き当たり、さらにマイケル・ポランニーという科学者・哲学者が提唱する「暗黙の知」という概念を知りました。
 「暗黙の知」あるいは「内知」とは、私たちが無意識のうちに行っている脳の活動のことで、何か新しい発見を思いつくことにも「暗黙の知」が大いに関与しているようです。脳科学によれば、脳の活動で意識に上るものはほんの一部でほとんどの活動は無意識のうちに行われている、ということなので、「暗黙の知」は脳にとっては当たり前のことなのかもしれません。
 さて、知識とは、言葉で表現された伝達可能な概念で、意識の世界の事柄です。それに対して精神力は、脳の無意識の部分へ意識から働きかける強さではないかと、ふと思いました。私は、エドガー・アラン・ポーの「モノスとユナ」については全く知らないのですが、松田先生が引用されている言葉は、脳の無意識にはたらきかけることの重要性を指摘している、と解釈できるのかもしれません。ギターの演奏で例えるなら、知識を本当に生かすためには、脳の無意識をも動かす、ある種の意志の強さが必要である、という感じでしょうか。このようにして「暗黙の知」を刺激することが、新しいものを生み出す原動力として不可欠なことなのだと思います。

 マツダ註ー私としましてはエドガー・アラン・ポーを読んでいてちょいと借用しただけの話でして恥ずかしいことであった感じています。ギターをする人、ギターを愛する人達の精神が成熟して来る日が来る為の刺激に成ればと思ってずっと以前に書いた文を載せました。先生のお言葉をわたしの投稿への反響として載せさせて頂ければ注目度が増すのではと思いました。判り易く解説をして頂きまして感謝です。「モノスとユナ」はずっと以前に読んだ二人の死者の会話です。

エドガー・アラン・ポー(2013/7/27)投稿=松田晃演

知識ハ精神力が幼稚な状態にある人にとっては不必要であると言うはっきりとした暗示。(「モノスとユナ」より)

双葉山(2013/7/27)投稿=松田晃演

 先日姫路では三ツ山大祭と言うのがあって白鳳さんが来ていた。わたしは今では全然相撲に興味をもっていないが昔は相撲は子供達の間でも大人気であった。子供の頃は駄菓子屋で相撲取りのブロマイドを売っていた。このブロマイドをやり取りするのに何らかの勝ち負けの規則があってそれで子供達は、誰それ何貫、誰それ何尺等とお相撲さんの体重と身長を知っていて勝敗をつけていた。
 子供の頃(第二次世界大戦の始まる前)姫路城の下に大きな公園が在った。まだ5、6才であったと思うが一人でそこをぶらついていた。その公園の大きな木の下に小さな公民館風の建物があり、ふと窓から中を覗くと双葉山がたった一人でこちらに向かって座っていた。辺りを威圧するごとく威風堂々と、あぐらをかいて。
 双葉山の威風堂々とした姿は今でも目に浮かべる事が出来る。今の日本人力士は何と情けないのだろうと思っています。日本人頑張れ! 

松田先生傘寿おめでとうございます(2013/6/30)木下敏雄

松田先生がお元気で賀寿の傘寿をお迎えになられましたこと、本当におめでとうございます。門下生の一人として、心からお喜び申し上げます。
お若い頃より、世界に通用する当代無比のギタリストとして、内外でご活躍され、傘寿をお迎えになられました。                
 今なお、お元気でギター音楽の芸術性を高めるべく一日もおろそかになされず、日々の研鑽を重ねていらっしゃることは、リサイタルやCD・レッスン等を通して、誰もが知るところです。その音楽に直に触れることができる私は何と恵まれていることか。
 このことは、師である巨匠アンドレス・セゴビアの精神、つまり芸術性の高いギター音楽の追求と伝道を身をもって実践されてきたことに、ほかなりません。言葉をかえると、セゴビアの弟子として認められてから、求道者・伝道者としての長い旅路に出ることを自ら課されたに違いありません。終わりのない旅路に貴重な足跡を残されていらっしゃいます。
 音楽を言葉では簡潔に表現出来ませんが、先生の音楽は今や世界中のギター奏者の誰よりも深く・美しく・格調高く奏せられ、聴く人に一時のやすらぎや感動を与えてくれます。芸術家の使命はそこにあり、私共はそのことの実際を不世出の松田先生から体感できるのです。
 巨匠セゴビアは4回来日していますが最後の来日時の年令は89才でした。当時のセゴビアよりも先生はずっとお若いので、先生のますますのご活躍が期待できるわけです。
 これからも、お元気で一つ一つ貴重な足跡を残されることを切望してやみません。

 

溢れ出るギターへの深い愛情(2013/6/4)(中森)

 インターネット上のホームページで何かを表現し発信することは、その人(発信者)が生きてきた証として核心を持って何かを伝えたい、否、伝えなければならないと思うこと。また、それが正しいと心より感ずる人が心の支えとして共感し自己の精神的な成長を得るためにそのページを開くことに他ならないと思います。そのためには、受け手は、発信した人の真意を汲み取るための感性と洞察力を磨かなければならないのではないでしょうか。

「このページが読者に何を伝えようとしているのか焦点が定まっていないとの批判・・・」
・・・と松田先生のトップページに掲載されていたのを見て、憤りを感じました。このページを心の拠り所としている読者としては、黙っているわけには行かず、一言発する必要を感じ、拙い声を発することにしました。どんな、表現でも発する側の思惑が受け手に正確に伝わるとは限りません。言い換えると、受け手が100人いると100通りの受け取り方ができるということになります。然るに「何を伝えようとしているのか焦点・・・」とは自分か感じ取って自分の内面で消化することができない・・・ということができるでしょう。ましてや、単なる情報の発信ではなく(情報の発信も在りますが)、そこに啓蒙(良い意味で)なり、方向の間違った(私が思っているだけですが・・・)現状を何とかしたいとの強いエネルギーを発信しているのであれば、受け手の側にも、ある程度、否、かなりの勉強が必要になってくるはず。不勉強による感性や洞察力に乏しい人には、このホームページ全体を優しく包んでいる「溢れ出るギターへの深い愛情」や、また、現代のギター界の抱えている(自分がそう感じるのかもしれませんが・・・)問題や不安または杞憂などを理解し得ないのではないでしょうか。勿論トップに「ギター好きの必見サイト」と書かれている通り、真にギターが好きな人なら、先生が何を伝え、何を残したかは一目瞭然のはずだとは思いますが・・・・。

 どの世代の人間でもその世代だけ、単独では高度な芸術を創り出すことはできない。ギターで言えば、ソルやアグアド、フランシスコ・タルレガ、ミゲル・リョベート、アンドレス・セゴビア、そして、その高弟である松田先生と脈々と流れるギター芸術の本流の上に立ってこそ将来のギター界の発展がある。昨今のギター界を見渡してみると、支離滅裂な他分野とのクロスオーバーを試みるアクロバットの一派が台頭したり、先人を疎んじたり、批判したりすることが日常的に行われている。特にアンチ・セゴビアなる身の毛もよだつことを平気で口にするギター弾き・・・・。もはや、ギターという愛すべき楽器の存在すら危うくなってきている。こんな時こそ、ギターが最もギターらしく輝いて響いていた時代を振り返って見直すことが必須ではないでしょうか。今のギター界は、アンドレス・セゴビアという天才が出現した上に成り立っているということを、くれぐれもお忘れなく。
私は、このホームページからこんなことを感じ取っています。 

ギターは手首で弾くものだ 今城尚志(2013年5月1日

 ギターを手首で弾くというのはどういうことか。アコースティックギターをピックで弾く、エレキベースのスラップ奏法のようにギターを弾くということだろうか。
 私が言いたいのはクラシックギターの奏法についてである。私は趣味で40年あまりギターを弾いてきたが、手首で弾くという説明をギター教本等で見たことはない。最近、縁あって姫路在住のクラシックギタリスト、松田晃演先生に指導を受けたとき、最初に 習ったことが「ギターを手首で弾く」ことだった。
「弦に触れる指を入れ替えることはあっても、弦から音を出す動きは手首で行う」、「手首の力を常に抜いて柔かく使うことが重要」というものだ。そのようなやりかたでギターが弾けるのだろうかと思うのであるが、目の前で確かに手首を動かしているように見える奏法で、この世のものとは思えない美音が生み出される。
 使用楽器が名器アントニオトーレスであるということもあるが、手首で弾くことにより生み出される音色と音楽表現を目の当たりにする と、これまでの指での奏法を捨て、手首を使う奏法に切り替える決心をせざるを得ない。
 手首を使う奏法に切り替えてはみたものの、これまでとは全く異なる奏法であり、レパートリーがゼロになった。何も弾けなくなってしまったのだ。
 40年もギターを弾いてきたのに、全て水泡に帰してしまった。この喪失感は筆舌に尽くしがたい。失ったものが大きければ得られるものも大きいにち がいないと自分を励まし、手首を使って音階練習を試みる。初心者に戻ったようだ。ただ、時おり良い音がする。その感じを忘れないようにしながら、 1ヶ月程経過した。もう、手首は自然に動くし以前より良い音がいつも出る。自分のギターが別の楽器に変わったようだ。奏者が変わればギターもそれ に応じて良い音を出してくる。良い音が出てくると、奏者ももっと良い音を出すように工夫する。いちど、正のサイクルが回りだすと止まることはな い。レーザーが輝かしく発振するように、ギターから輝かしい音が生み出されるのだ。
 ところで手首を使うというのはなぜだろうか? 私なりの解釈を述べたい。ギターはバイオリンやチェロと異なり、弦の横振動を縦振動に変換して表 面板に伝達する機構(バイオリンの駒のこと)を持たない。ギターでは直接爪で弦を弾くことで表面板に縦振動を誘起させるのであるが、手首を使うこ とでこれが有効に行われるらしいということだ。また、指を動かすための筋肉量と手首を動かす筋肉量を比較すれば、明らかに手首の方が多い。松田先 生の音色には芯がある。おそらく弦の振動エネルギーが他の奏者よりも大きい(音が大きいということではない)のだろう。音色は表面板の振動周波数 分布により決まり、手首を柔らかく使用することで、指で出す音よりも幅広い周波数分布を実現でき、また、それを制御できるのだ。
 手首を使用する奏法はアンドレスセゴビアにより発見された。松田晃演先生はセゴビアにより発見された奏法を今に伝える数少ない音楽家の一人である。この奏法を会得するにはいくつか肉体的条件が必要らしい。手首が軟らかいこと、爪に強度があること等。また、これらの条件を満たすことはそれほど簡単なことではないようだ。なぜなら、現在のギター奏者、ギター教師のほとんどが手首を使う奏法を使用していないからである。手首を使う奏法を行うのに必要な条件を持たない人間でもギターを上手に弾きたいという要請からカルレバーロ奏法等、現代ギター奏法と呼ばれるものが出現した。多くの人間がCDに収録されるようなギター曲をそれなりに弾けるようになるという点では、ギター人口を増やすということで意味はある。ただ、手首を使用しない奏法から出てくる音は、ギターから発せられる最高の音ではない。最高の音を駆使してこそ、最高の音楽表現が可能になり、ギター音楽を芸術に昇華させられる。
 もし、将来ギター奏者になろうとしている若者がこの文章を見ているとしたら、諸君にお願いがある。おそらく君達の先生はセゴビアもイエペスも忘れて、現代奏法を会得し、コンクールに入賞することを勧めるだろう。ただ、それはファミリーカーで最高時速120km/hのレースに出場しなさいといわれているのと同じだ。どうせならF1を駆り最高時速300km/hのレースで勝負してほしい。全員とはいわないが、諸君のうちの多くは手首を使う奏法が可能な条件を揃えているはずだ。1回で良いから、姫路まで行き、松田晃演先生の演奏を間近で見てほしい。そして、手首をどのように使うかを習って欲しい。その後で手首を使う奏法に切り替えるかは諸君の自由だ。
 私のような趣味でギターを弾いている方々にも、手首を使用する奏法ができる方がいると思う。いちど、姫路まで行って自分の可能性を確かめてみてはいかがだろうか。残りの人生を全て費しても足りないくらいの楽しみが待っている。
 セゴビア奏法を正しく伝える音楽家はもしかしたら世界中で松田晃演先生ただひとりかもしれない。そのような人物と同じ時間を生き、同じ国に生活している幸運を無駄にしていけないと思う。

 今城尚志=東北大学理学部卒業後、東京工業大学大学院にて理学博士取得、現在はレーザー分 光を用いた量子化学の研究に従事。大学教授。

 

塩谷君からのE-Mail (2013年4月13日

ご無沙汰しております。
塩谷です。

 毎日のように、松田さんのCDを聴いています。
煩雑な世の中であっても、「美しいものはいつも存在している」…ことを噛みしめています。

 「美しく素晴らしいものが、ある」ということが、僕の気持ちや感情の少しばかりの支えになっている気がします。大げさなようですが、そう思えることがあるのです。

 もしこの世界に、考えられた「思想」や「情感」、「詩情」なんてものがなかったとしたら…、考えるだけでゾッとします。あまり想像したくない世界です。

 松田さんの音色を、せわしない日々の中のどこかで聴くと、まだ「大切な何か」を失っていない自分に気がつきます。

 松田さんの音色の中に、僕自身にとって大切な、失ってはいけない「思想」や「情感」があると感じています。だから、それを確認するかのように、毎日、何度も聴こうと思うのです。

「まだ見失っていない…、まだ失っていない…」と。

 これからも、変わらないご活躍を期待しております。

 

謹啓 コロンビアレコード様 「プラテロと私」再発売嘆願委員会代表(2013年4月8日(月) 中森良二

 どんな人にでも、もう一度、聴きたくて聴きたくてたまらないレコードがあることと思います。ましてや、そのレコードが輝かしい青春のひとこまの重要な1ページとなるものであれば、尚更の事ですね。
 その作品が小さなサロンで何度か演奏されたのを某ギター誌で知ってから、聴きたいという願望がまるで風船玉のように膨らんでゆきました。そして、遂にその作品が、レコードとしてコロンビアより発売されたのです。

《「プラテロと私」の思い出》

 プラテロと私【ギター、松田二朗(現晃演)・朗読、木村功】が某ギター専門誌のレコードの新譜案内に掲載されたのを見たのは1970年。早速、レコード屋さんに飛んで行き、注文をしてきました。2週間くらい後、真新しい件のレコードは私の手の中にありました。逸る気持ちを抑え、レコードをステレオのターンテーブルに乗せ、出てくる音を待ちました。スピーカーから流れ出てきた柔らかいアルペジオに次いで「プラテロは柔らかい・・・」という木村功さんの優しい声に思わず涙腺が緩んでしまいました。待ちわびていたレコードだけにその感動も大きく、裏面の「憂愁」や「モゲールの空にいるプラテロ」にたどり着いたときは、もう、涙で、顔がぐしゃぐしゃでした。この素晴らしいレコードの感動を独り占めにしてはまずいと思い、当時のギター仲間を4人(私を含め)集め、私の家で、試聴会を行いました。私の思惑が的中し、皆、顔を涙でぐしゃぐしゃにしました。女の子は、泣くことに慣れていますが、男の私は照れくさいやら恥ずかしいやら・・・まだ若かったのですね。感受性が強かったというか・・・。それ以来、このレコードは何度私の部屋と心をあたためてくれたのでしょうか?自分の持っていたレコード再生回数のナンバー1として君臨しました。しかし、田舎を離れる時、試聴会にゲストとして招いた3人の内の一人Mさんが、どうしても「このレコードが欲しい!」といい出し、遂には私から奪い取ってしまいました。懐かしい青春のひとこまでした。それ以来、「プラテロと私」は聴いておりません。拙い文ですが私の青春の1ページでした。

 松田先生が先日投稿されていた「cafe RIO(松田先生命名)」の文中で、プラテロと私が聴けると知り、再び「プラテロと私」が聴きたい症候群に襲われています。コロンビアさん何とかしてくれ・・・・。

 

雪彦温泉 投稿=松田晃演(2013/4/8)

一昨日近くの温泉に行って来ました。途中の川岸に桜が満開の様相でした。
珍しく写真を撮って来ました。
sakura,seppiko

 

sakura,seppiko-2

 この温泉には時たま、行きます。何故なら、この湯に浸かって帰って来ると−−何と−−ギターが、ギターの音が何とも云えない好い音が出るのです。

 

Cafe RIO 投稿=松田晃演(2013/4/1)
追加加筆あり(2013/4/12)

この間僕の熱心な弟子の一人が開いているカフェに行くと、このホームページを見て来て下さるお客様が増えているとのこと。店主は非常に嬉しそうにして居ました。このカフェの名付け親としてわたしは時たま顔を出している。もうすぐRIO DE JANEIRO(ポルトがル語で1月の川)でオリンピックが始まるのでRIOとしました。ここでは常時「サウンド・オブ・ザ・ギター」が鳴っており、在庫もしているので、結構売れている。サンプルとしては「プラテロと私」(コピー不可)も預けております。たまには、アンドレス・セゴビアも鳴っています。
 道順はJR甲子園を南に、駅を背にして右側の「本通商店街」を2ブロック程の右手です。コーヒーを飲みながら自身の演奏を聞くのも乙なものです。昔は、荻窪駅(東京)だったかの近くの「アランフェス」と言う喫茶店で、セゴビアさんのLPレコードを聞いて楽しんで居たのを懐かしく思い出します。
 Cafe RIO の電話は0798-64-5971。喫茶は6時まで、夕方6時以降はギター教室です。休日は無し?

クオリア投稿=松田晃演(2013/3/5)

音楽を演奏する時はその作品の全体像を把握しなければならない。詰まり、数字、比率、色彩の説明、等々等、あらゆる説明を拒絶、拒否した所から始まる。全体像の把握です。
  雲を掴む様に、音楽の仕上がった姿を掴むのです。雲には寸法も比率も在りません。
 こう話して来ますと、最近言われている「クオリア」と言う言葉に思い至ります。
 クォリティー、とクォンティティーの違いでしょうか。

(2013/3/3) 音階練習の意味−私の体験 乾 雅祝

1月のレッスンの後、ご無沙汰しております。2月、3月と意外と忙しくて次はいつお伺いできるのか、自分で不安になっています。
今日、メールしましたのは、ホームページの投稿欄の先生の文章に触発されて、私自身の体験を投稿欄用に書いてみました。
 採用されなくても気にしませんので、ご一読頂けると幸いです。
 音階練習の意味−私の体験から松田先生のレッスンを受け始めて1年にも満たない乾と申します。実際、まだ2回しかレッスンを受けていません。松田先生のご投稿を読んで、皆様に何かのご参考になるかもしれないと思い投稿しました。私自身、音階練習の意味について何かわかっているということではありません。
 あくまでも私の体験談です。私のギター歴は、大学で初めてギターに触れ、そのあと弾いたり弾かなかったりしながら50歳を前に日曜ギタリストに復帰し、数年たちました。
 さて昨年8月に初めてレッスンを受け、先生の美しい音を初めて直接聞き、これはすごいと改めて実感しました。プロの方のレッスンを受けるのは初めてですと申し上げると、アポヤンドの仕方から丁寧なご指導を受け、これまで自分で行っていたことと全く違っていたので、またびっくり仰天しました。そのあと音階練習の注意点について教えて頂きました。レッスンの後は音階練習をするのが楽しくなりました。以上です。
 これでは少し味気ないので若干補足します。たとえ話にして書道家の方には失礼かもしれませんが、字を習いに行ったら、先生から君はすり方が間違っているからその墨ではきれいな字は書けないよと言われて、字はあまり教えてもらえず墨のすり方を重点的に教えて頂いた、というところでしょうか。でもそれで将来きれいな書が創作できるのであれば、何の疑問も持たずに楽しみながら墨すりの修行に励む人もいるはずだと思うのです。

松田晃演註——音階練習をする事でギターの演奏が楽しくなって来られたとは嬉しい事です。音階練習で音が奇麗に出せるようになると墨では無く、ヨーロッパ製の上等の美しい絵の具が手に入ります。その先には好いタッチが手に出来るはずです。それは幾ら使ってもなくならない魔法の絵の具です。その上わたしの発想、音楽的発想は指(タッチ)が悪いと伝えられない。もう一言タッチについて。タッチとはギターの音を出すとき弦に振動を与える行為です。行為には通常心が着いて来ます。優しさ、楽しさ、激しさ、哀しみ、嬉しさ、思いやり等々。

音階練習の意味 投稿=松田晃演(2013/2/28)

何故音階練習をしなければならないかと聞かれて何故音階練習をしなければならないかが判る様になる為だと答えていた事がありました。
 そして今、何故音階練習をしなければならないかが少々判って来たのでは、判ったと閃いた様な気がするのですが、間違っているかもしれないので、このことはこれ以上説明し、推薦する事はしないでいようと思います。
 何故音階練習をしなければならないかが判る様になる為だと答えてからもう4、50年になりまして矢張り音階練習をせめて2、30年されてから判るのが好いのではと思いました。
 その上音楽解釈に充分苦労をされてからでないと深い意味が分かって頂けないのではと思いました。
 しかし永遠に判らないままになる事の方が多いでしょう。

弾けないと思って弾きなさい!−1渡辺潔(2013/02/4 & 2/8一部削除)

25年ぶりにクラシックギターの練習を再開して、1年近くが過ぎました。ようやく、指が弦に馴染み始めてきた感じです。
松田先生から久々のレッスンでご指導頂いたこと、技術面でのこまごまとしたこと以上に、芸術としての演奏を磨き上げる姿勢をご指摘頂きました。師曰く「弾けないと思って弾きなさい!」禅問答のようにも思えます。弾けないと思ったらブレーキがかかり、なおのこと弾けなくなるのでは?いやいや、後ろに退かず前に進んで再考しましょう。

25年前のレッスンで常にご指導頂いたこと、「いくら遠くに航海しても、必ず港に帰りなさい!」。常に技術を見直し基本に立ち返り、その上に立ち演奏技術を磨き続け更新しなさいということでした。レッスンは今と変わらず、アマチュアであってもプロであっても生徒自身が希望する自由選曲の他にF.ソルなどからの初歩的な曲がレッスン課題として毎回指定されました。また、一般的なギター演奏にありがちな甘ったるい表現は廃され、むしろ端麗な詩情豊かな表現をラミレスIIIまたはハウザーIIで模範演奏し教授されました。
アマチュアに対しては今と変わらず、我慢強く優しく指導をされておりましたが、プロに対してはかなり手厳しかったようでした。
さて、話をもどし、「弾けないと思って弾きなさい!」を自分なりに考え稽古で実践し始めました。また、レッスンを受けた後日に次のような補足的な激励のメールも頂きました。

焦らない事。
スタート・アゲインは実にいい言葉です。
初心に帰れとは何も弾けない自分に帰れという事です。
積み上げた経験を進歩の為に最大限に利用して、
どうすれば芸術の為に役立てるテクニックを身につけられるか。
テクニックは不可能に見えても必ず身につけられます。
全力で(全知能を使って)方法を探せ!!!です。

「弾けないと思って弾きなさい!」を実践して得られたことは、稽古に対して心に曇りが無い率直な気構えで集中することです。その結果は・・・。皆さんご自身で試されることをお奨めいたします。「弾けないと思って弾きなさい!」は先生ご自身のギター演奏に対する真摯な、心を虚しくした厳しく静かな心構えのようにも思えます。

弾けないと思って弾きなさい-2(2013/02/06)渡辺潔

「弾けないと思って弾きなさい!」は生徒に対するご指導でありながら、松田先生ご自身のギター演奏に対する真摯な、心を虚しくした、厳しく静かな心構えのようにも思えます。また、稽古を行う上での極意とも思えます。世阿弥の風姿花伝にある「秘すれば花なり」は芸道の奥義(極意)を表す言葉として有名です。古来より日本の武芸や技芸には流派があり、秘剣、秘技、秘曲など他流に対する優位を保つため、口伝など一子相伝で奥義を守秘する習慣があります。秘曲はヨーロッパにもあります。システィーナ礼拝堂の門外不出の秘曲(グレゴリオ・アレグリの9声部のミゼーレ)を幼少のモーツアルトが聴き、その場で暗譜してしまったことは有名です。また、バイオリンの鬼神パガニーニは、コンサートの始まる直前に自作協奏曲の伴奏パートの楽譜をオーケストラ席に配布し、自身の演奏が終わると即時に回収したと伝えられます。また、名バイオリニストM.エルマンは、エルマントーンと呼ばれる魅惑的音色を際立たせるパフォーマンスとして、演奏が佳境に入ると瞬間的に後ろを向き、運弓や運指を隠したそうです。
セゴビアトーンはクラシックギターの伝説として、一般的に秘曲のような謎めいた語られ方をされがちです。しかし、セゴビアご自身は決して秘密主義ではありません。数多くの演奏映像や録音、なおその上に、左右の運指を書き込んだ楽譜を惜しげなく多数出版しています。運よくセゴビアの生演奏を聴かれた方は五感を通して秘跡のセゴビアトーンを味わえたわけです。セゴビアトーンはいわば「秘すれば花なり」の花そのものです。生演奏を聴かれた方にはこの意味が十分お分かりと思います。
西洋クラシック音楽の演奏法も「花」は師匠から弟子への口伝です。セゴビアは多数の生徒にレッスンを与えましたが、「花」を悟り得た(口伝された)ギターリストは極々わずかであることは事実です。松田先生が、かつて参加されたイタリアのシエナでの公開レッスンでの逸話として、セゴビアが「演奏には10の霊感が必要だ!」と説いたところ、「マエストロ、それは10ではなく1の間違えではありませんか?」とアメリカから来た生徒が質問したそうです。セゴビアはそれには答えず、黙って口元に笑みを浮かべただけだったそうです。
M.ポリーニは18歳で第6回ショパン国際ピアノコンクールに優勝したのち、初心に帰り暫く演奏会をひかえ、巨匠ミケランジェリに師事し研鑽をさらに積んだことは有名です。ポリーニのような思慮深い若手ギターリストが現れるのを期待したいものです。国際的な音楽大学を首席で卒業し、国際コンクールで優勝し箔をつけた後であっても、遅くはないはずです。「スタート・アゲインは実にいい言葉です」と松田先生は勧めておられます。1980年「芸術家として、また、友人として彼(松田)を愛する」とセゴビアが認めた唯一の日本人の下で、「花」の口伝を求めないギターリストや愛好家は不運としか思えません。

松田晃演—註=若い頃「或る音の強さを倍にしようとすれば、弦に当る強さは10倍にしないと不可ない」と言う原理を直感(発見)して弟子にそう言っていたことがあります。それは人間の感覚的な強さはLOGに比例するのだという事です。最も注目すべき事は半分の音量には1/10のパワーを弦に与える事が出来なければならない、そう言うテクニックが要求されるのでしょうかね?私の頭脳は本来的には理科系でした。最近LOGに比例すると言う事実は物理学会で証明されているらしい事を知りました。

 

「ギタリスト、松田晃演さんとの対話」
~エピローグ~ 著:塩谷 宏太(2013/1/20)

電車に乗るのは、ほぼ毎日のことですが、乗っている最中、ケータイを触っている人をみるのは、もうすっかり当たり前の光景となりました。
どれだけケータイに没頭していても、自分が降りる駅にくれば、何事もなく降りられるのですから、現代人が身に付けた素晴らしいスキルだと思います。
先日、駅のフォームで電車を待っていたら、横に座っている人、みんながケータイを熱心に見つめていました。電車が来るまでの空いた時を、ケータイを触って時間を埋める。
年齢、性別、職業もバラバラであろう人達が、みんな同じことをしている光景は、その時ケータイをいじらず、ただじっと電車を待っていた僕を、不思議な気持ちにさせました。
僕は、あまりケータイを触ることをしないのですが(年齢にふさわしくないと言われます)、少しここで立ち止まって考えてみてください。
電車が来るまでの十数分の間、じっと座って待っている僕と、ケータイを触っていた数人の人達。どちらが「時間を有効的」に使えているでしょうか。
ただ、ぼっとしていた僕でしょうか。いいえ、違いますね。
ケータイを触って空いた時間を埋めていた多くの人達です。
現代人は、時間を埋めるのが上手なのです。(たいていの人は)
何をしたらいいかわからないといって困ることはありません。ケータイを開いて何かをすればいいわけですし、音楽プレーヤーを耳に差し込んで、好きな歌を聞いていればいいのです。
とても、効率的に時間を使っています。そして、とても効率的に生きています。

怒られるかもしれませんが、あえて言わせて下さい。
僕は、現代人のもち物で最も不要なものは、「効率化」だと思っています。
これだけ、「効率」「効率」とどこへ行っても言われている時代に、「効率化」に疑問を投げかけるのですから、風当たりはやさしくなさそうです。
「効率化の有用さ」というのも十分噛みしめています。恩恵も至るところでうけています。
それを踏まえた上で、もう一歩進んだ有用な話をしたいと思うのです。

いったい効率的に生きてどうなろうというのでしょう。
効率化から、どのような大切なものを得るのでしょう。
そんな教科書に太字で書いてありそうな生き方をして、「これが私の偽りのない人生です」と胸を張っていえるでしょうか。
そして、なぜ効率を求めている人ほど、同じ過ちばかり起こしているのでしょうか。
なぜ、いっこうに上達せず、同じ位置で足踏みしているのでしょうか。
今回は、レッスンや努力する以前の、気持ちの在り方、考え方についてのお話です。

「“ポー”の話をどこかでしたら、『また、ポーに関することを紹介して下さい!』と言ってきた人がいた」

少し、語気を強めて言いました。ポーというのは、小説家・詩人のエドガー・アラン・ポーのことです。松田さんが書かれているエッセイにもたびたび、その名前がでてきます。松田さんの好きな詩人のひとりです。
彼の著作は難解で、人物や批評される作品、または背景などを理解していなければ、なかなか読むのに苦労します。僕も松田さんの思考の後を辿ってみたくて、以前手にしました。どうやら最初に手にしたものが特に難解なものだったらしく、読んでも、その意味するところを捉えることができませんでした。

「僕は、セゴビアから、なんとか“何か”を引き出そうと話を聞いていた。引き出せたものがあったら、それは自分を成長させるものだと思って大切にした」

松田さんがそう言うように、例えば一人の人物の名前がポンっと出たのなら、一度自分で調べてみなくてはいけませんね。日を改めて松田さんに語らせようとするのではなく。
貪欲に何かを吸収しようと、自分の足と頭を動かさなくてはいけません。
必死に学ぼうとしない姿勢に対して松田さんは不快感をあらわにしたのだと思います。
一つ言葉をもらえたら、一つ成長する種をもらったのだと考えましょう。
二つ言葉をもらったら、二つ成長できる種をもらったのだと。
それは種に過ぎませんが、そこに水をやるよう自分をしむけられたら、いつか何かの花が咲くでしょう。そうやって自分の世界を広げていくものではないでしょうか。
たとえ、「今の自分には、難しくてわからない…」と結論を出すことになっても、その姿勢そのものが人を成長させる“中心”になっているのです。
けっきょく、効率よく立ち回ろうとしても、ダメなのです。
本当に努力し、真剣に自分と向き合って生きてきた人からみると、そんな浅はかさは簡単に見抜かれてしまっています。必死になろうとしない、芸術に対していい加減な気持ちをもって関わろうとする考えでは、いつまでたっても上達しません。
現状以上の成長や自分の殻を破って次の展望をみることはできません。

ここで先ほどの効率の話に戻りますが、
効率よくやろうとするのは、もしかすると全く成長していないという危険さを孕んでいます。
効率よくやろうとすることそのものが、その人の言葉を借りれば、効率の悪いことをしているのです。

人生というのは、そもそも“非効率”なものです。
それを丁寧に畳んで、腰のポケットバックに入れ「効率化しました」と大きな声で言ってみても、何も生み出していない現実に気づきます。永遠で無限、深遠で身近なものを、小さくまとめ、わざわざ自分から狭い世界に入っていかなくてもいいのではないでしょうか。それは洗濯物をかろうじて干せる程度の庭で、“ベースボール”をやろうとしているようなものです。窮屈すぎます。

効率など、しょせん真剣に向き合えない弱き人間の発想にすぎません。厳しいことを言っているのは承知しています。
心から真剣に、本当に真心からその対象に向き合っていれば、「効率」なんて言葉思いつかないでしょう。
真剣ではないから、楽にする方法を考えるのです。松田さんの師セゴビアとの向き合い方は、まさに「必死」そのものだ、と話を聞いていて感じます。この必死さを持っている人が、少ないように思います。物が溢れ、情報が増え、満たされた社会で生活をすると、人は何も無くて不便だった時のあの必死さを忘れてしまうのでしょうか。難しいことはわかりませんが。

“必死になって生きていますか”
改めて、現代に強い輪郭と実体性を伴って、この問いが僕たちの前に迫ります。
必死にレッスンに参加していますか。
必死に自分と向き合っていますか。
必死に成長しようとしていますか。
松田さんがそうであったように、必死になってやらなくてはいけないのだと思います。

「効率」の反対の言葉は、“非効率”ではありません――。
「効率」の反対の言葉は、「必死さ」です。

電車が来るまでの間、一生懸命ケータイを触り時間を埋めていた人達をみて、「自分は必死に生きようとしていたか」と、考えている自分に気が付きました。

***
表現者が絶対的にもっているもの、それは“あこがれ”だと僕は思っています。
師へのあこがれ、美へのあこがれ、創造物へのあこがれ、そしてまだ決して現れない自分の中にある“何か”へのあこがれ。
具体的な実体として感じるものもあれば、抽象的で極めて感覚的なものとして感じるものもあります。
あこがれをもつ限り、芸術家は芸術家であろうとするし、表現者は作品に自分なりの色を与え続けようとするのです。
あこがれを失えば、芸術家は芸術家ではなくなっているでしょう。
表現者は表現することを、「楽しい!」と迷いや戸惑いのない笑顔で答えられるようになっているでしょう。
それは、明確な変化として、誰の目にも見て取れることもあります。
「『芸術の扉を開けてあるのに、気づかず通りすぎてしまう人もいれば、わからず出て行ってしまう人もいる』。セゴビアがそう言っていた。有能な人であっても、芸術の門から出て行った人がいる」

出て行く――。それは、つまり商売の道具として、身に付けたスキルや技能を使用するようになったという含みです。そういう人も過去にいたのだそうです。

松田さんにとってのあこがれは、セゴビアでした。
セゴビアに認められ、渡欧するまでの1年という短い時間で、現地の言葉を話せるようになっています。
「その1年の間、日本語が話せないスペイン人にスペイン語を英語を使って教えてもらっていた。彼は日本語は出来ないのに月謝を訊ねると『三千円』だけは、しっかりと日本語で返って来た」
こう面白く、当時の話を聞かせて下さいますが、1年で現地の言葉を日本にいて身につけるというのは、並大抵のことではありません。松田さんの話は、時としてユニークな雑談と、簡単に聞き流しそうになることがあります。
でも、よく考えてみるとサラリと話す話題の中から、膨大な“努力”の後がにじみ出ているのです。
意図して、こういう話し方をしているのか、それとも単なるクセなのかはわかりませんが、“直接的な言葉”は、あまり使っていないように思います。
それは、何重にも紙にくるまれてなかなか姿をあらわさない、外国のチョコレート菓子のようです。ですから、聞き流さずしっかりとらえ、幾重にもくるまれた紙を丁寧にほどくように質問を続けないと、それが何を意味するのかわからないままになります。

「けど、1年間で現地の言葉を話せるようになるのは、ふつうではありませんね。何か秘訣はあるのですか?」
「セゴビアの言葉を、一つとして聞き逃したくなかった…」

これだろうなと思いました。言葉を取得するのに、それなりの努力が必要であったわけですが、その努力を実現させた松田さん自身の中にある“何か”は、簡単な言葉でまとめると、「あこがれ」だったということです。

ところで僕たちは、いつからこのあこがれを胸に秘めなく、または秘めにくくなったのでしょう。
子供の頃は、ずっと大事にしていました。まるで、神様が世に出て行く子供に「これはずっと持っておきなさいよ」と教えたかのように。
いずれ社会を知り、身近にいる大人を理解するようになると、「これは重たい荷物だ」と言って、旅路の途中でわざと置いていくのです。

「初めて日本でその演奏を聴いた時、驚き過ぎて死にそうだった」

それ以来、セゴビアが94歳で亡くなるまで、約28年もの間、弟子としてキャリアを磨き深めていきました。
あこがれがあったから、戦後の荒廃し「無力感」と「敗北感」が重い雲のようにのしかかる日本から、強い気持ちをもち、ヨーロッパへ行く事ができたのだと思います。

「不安より、あのセゴビアの元で学ばせてもらえる歓びの方が大きかった」

松田さんは、以前あこがれについてこのように語ったことがあります。

「初めて空に舞い上がった“始祖鳥”は、飛ぶことに対して、強力な意志と憧れを持っていたに違いない。……そして、それさえあれば必ず空を飛べると彼らも信じていたに違いない。……そのような強烈な憧れ、美に対する憧れが芸術家には必要である」(「ギターと私」より)

間違ってはいけないのは、あこがれというのは「子供だからもてるもの」ではないということ。
現に松田さんも、師セゴビアへの想いを持ち続けていますし、大人になってから強い好奇心と深い探求心をもって、新しい価値観や新しい発見をみつける人もいます。
「子供だからできたこと」と割り切るのは、大人の明瞭さではないのです。ただ意識を閉ざし、あこがれの代わりとして握った“もの”に慣れ親しんだだけでしょう。
芸術家や表現者は、あこがれを持っていなくてはいけません。
それをもたない人の成長は、困難を極めるでしょう。

もちろん、それさえ持っていたら、盤石かというとそうではありません。
それだけでは成立しません。十分条件ではありませんから。
ただ、あこがれは“必要条件”でしょう。

***
今さらという気がしないわけでもありませんが、「テーマ」を決めてのぞむことは、上達する上で大変必要です。

“テーマを決める”というのは、つまり課題をもつということです。
自分の中に、もう一人自分を作り、今の未熟な自分について語らせるのです。
未熟な自分について、なぜダメなのか、何が必要なのかを語らせるのですから、辛いこともあるでしょう。耳にしたくない、向き合いたくないと思うのは、仕方のないことなのかもしれません。
それを乗り越えられる人にしか、一つの山を越えた者にしかわからない「達成感」はありませんし、あいまいな言葉ですが“幸せ”になれないのだと思います。

“弱い人間は悩まない”
逆ではありません。
悩むのは弱いからではなく、自分に対し課題をもち、乗り越えていこうとする姿勢があるから悩むのです。その素直で、どこまでも向上したいと思える態度は、強さゆえでしょう。
弱い人は、いつまでも自分の非は認めないでしょうし、結果、課題も生まれないので、悩むことがないのです。
課題をもち超えていこうと考える“強い人”は、少なからず悩みます。
その悩みや葛藤は、むしろ歓迎すべきものです。
本当に避けなくてはいけないのは、自分に対して何も嫌うことがない、何も憂いるものがない状態ではないでしょうか。

自分への内省をもっと頻繁に、そして深くしていってください。
自分の芸術に対する姿勢を、批判的にみてください。
完成された人間がつくるから、作品は多くの魅力を兼ね備えるわけではありません。
“未完の人間”が最高を求めて表現するから、作品は芸術性を帯びるのです。

「音楽の演奏(練習)をしていて、世界で誰も知らなかった美(新しい美の形式)を発見すること。……過去において誰も知らなかった美(美の形式)を発見すること。それこそは芸術を完成させる道であり、芸術の神髄であり、演奏家の楽しみの一つでもある。でも、それは容易なことではない」(「ギターと私」より)

この話から、美というのは永遠に求めていくものであることがわかります。発見して表現しても、また求めるのです。またさらに素晴らしい美を、自分の細胞が欲するのです。
完成された人間は、それ以上は求めません。未完の人間が最高を求めて表現するから、作品は芸術性を帯びるというのは、つまりそういう意味です。

人間は、どこまでいっても完璧にはなれません。
「完璧になれないから、努力したって一緒じゃないか」と考えますか?それは、違うでしょう。
未完の人間が、完璧なものを求めていく姿勢が、“芸術”そのものである気がするのです。

***
昨年末と今年の初めの二回に分けて投稿した『ギタリスト、松田晃演さんとの対話~ゴッホのゴミ箱の中~』。
二回に分けてありますが、便宜上の読みやすさから二回にわけてあるだけで、実際は同じ時、時間の会話(京都へご一緒した際の車内の会話)を収録したものになります。分けずに一度にまとめて書きあげたものです。
いかがだったでしょうか。
反応がわからず、不安な気持ちもありますが、またみなさまのご感想お聞かせ願えますか?
下手な文章はいつものことですが、なにぶん芸術や音楽に対して、うとい人間が書いた文章であるだけに、期待に応えられなかった面もあると思っています。
ただ、そうであるからこそ、松田さんの話を素直に聞けたとも思っています。
また、弟子ではないので、失礼を省みず、聞けた質問もあったでしょう。
芸術について違う角度からみる良い機会となったのであれば、幸いです。

最後のあいさつができていなかったと思い、また、できればつけ足しておきたかった文章が少しあったので、この度、新たにこういう場を設けさせて頂きました。
僕は、先ほどもいいましたように、芸術についても、文章を書くことにおいても、誰にも習ったことがなく初心者同然です。
では、なぜ、松田さんのホームページに投稿させて頂く「意味」や「権限」があったのか。
それについて、最後に書いて本投稿の締めとさせて頂きたく思います。

今、世の中にはたくさんの“答え”が氾濫していますね。
以前は、「情報が増えた」と書いたと思うのですが、事実は“答え”が増え、ネットやテレビで氾濫しているのです。
先日、『抽斗』という漢字の読み方がわからなくて、ネットで調べました。「ひきだし」と簡単に答えがでてきました。
その前も、「エドガー・アラン・ポー」の生涯について、ネットの『ウィキペディア』で調べました。
「あれは、何だったかな?」と思えば、情報空間にアクセスし、必要な情報を必要な量、知ることができます。
「情報」というのは、つまり「答え」とイコールなのです。
そう思うと、僕たちは、たくさんの「答え」に囲まれて生活しているわけです。とても便利です。知らないことはありません。どこにいても、すぐケータイなどでアクセスすれば、「答え」がわかるのですから。

はっきりしていることがあります――。
今、僕たちが本当に必要なものは、「答え」ではなく、自分にむかって発する「問い」の方であるということ。
ロシアの劇作家アントン・チェーホフは、「小説家とは、問題を解決する人間ではない、問題を提起する人間である」と言いました。

これまで僕が書いてきた文章は(小説ではありませんが)、芸術に対する「答え」ではないということです。
僕は、書きながら「問題を提起」していったのです。
何も自身に対して湧き起こらず、すんなりとこの文章が受け入れられてしまう方が、問題があると思っています。

良質な「問い」は、クオリティの高い「答え」をうみます。

今の時代に必要なのは、「答え」ではありません。「問い」の方です。テーマを掲げ、課題をもってのぞむというのも、詰まる所「問い」をもつ大切さをいったにすぎません。
これが芸術について深く知らない僕が、これまで多くの文章を書けた「意味」と「理由」だと思っています。
答えは出せません。でも、問題提起はできるのではないかと考えました。

「この間、車での話し合いで貴君が興味があると言っていた芸術についての話を、まとめた文章が出来れば実に面白いと思います。……何か芸術についての“問題提起”ができるのではないかと思いました」

今回の件で最初に頂いた松田さんからのメールです。“問題提起”という言葉を使っていますね。
僕は、その役目をしっかりと果たせたでしょうか…。

これからも、レッスンに芸術の勉強に頑張って下さい。
いつかお会いできる日を楽しみに待っています。
それでは。


塩谷君の文章を読んで思う事が幾つか有りました。(2013/2/2)松田晃演

 スペイン語に関しては、マドリッドの空港から夏期講習の行われるサンティアゴ・デ・コンポステラへの機内で、偉大なアンドレス・セゴビア、カサド氏、そのご夫人(原智恵子さん)、ジョン・ウィリアムス、と私5人が並んで座っていた時セゴビア先生が一杯のコーヒーをスチュワデスに注文された時、先生がスペイン語で早口で言われた時に全部聴こえて来た事です。「セニョリータ。Por favor. Tiene Ud.la bondad de traer mi una tasa de café?」=発音=ポル・ファボ−ル(恐れ入りますが)。ティエーネ(お持ちですか)・ウステー(貴女は)・ラ・ボンダー(好意を)・デ・トラエール(持って来る)・ミ(わたしに)・ウナ(一つの)・タサ(カップ)・デ・カフェ?
 セゴビア先生は、いい加減な音楽を美しくない精神で弾く人にはその人に応じた指導しかされなかった(又は出来なかった)と思います。100点満点の音楽演奏、音楽解釈を知っている先生にとって30点の演奏をする生徒に30点分を若し教えても60点にしか成らない。その様な人が「私は偉大なアンドレス・セゴビアの弟子です、偉大なアンドレス・セゴビアに習った」と言う訳で、もしその人がセゴビア直伝の楽譜だと言ってそれらを出版したならば、一般ギター学習者、愛好家、そしてギタリストは勘違いをして、本気にし大変な迷惑を蒙ってしまいます。下手をすると僕がセゴビア先生直伝の音楽解釈と運指によってする演奏を、学者先生や評論家先生が松田晃演は間違っている、アンドレス・セゴビアの出版された楽譜と照らし合わせても全然違う、などとの批判を浴びせられかねないとも限りません。
 昔30点の人に20点を教えて50点に成ったかもしれない弟子がわたしのコンサートを聴いてまつだ先生は何も教えてくれなかった、と叫んでいた事がありました。その頃のわたし自身は必死で演奏していたが。
 エドガー・アラン・ポーについては、わたしがずっと芸術に関する事柄にどうなんだろうと疑問を持っていた事にスッキリとした答えを書いておられた。わたしが付け加えて言う事は一つもなかったし、わたしごときが解説の出来るような安物の詩人ではポーは無いのです。この場合解説すれば全て誤りになった筈です。
 直ぐにウィキペディアに頼るなでは、中学生の頃英単語の意味を辞書で引こうとしていたら、父に「よく考えてから引け」と言われました。考えたら意味が分かるかも知れないし、意味を知ろうとする気持ちが大切なんだと。

 

“ギタリスト、松田晃演さんとの対話1~2「著:塩谷宏太」”
を読ませていただいて。(2013年1月18日)(金)中森良二(札幌)

 昨年末と昨日、松田先生の投稿欄に掲載されていた、塩谷さんの「松田晃演さんとの対話」をパソコンからダウンロードし、家に持ち帰り、何度も読ませていただきました。本当に塩谷さんは24歳の青年なのですか?文章の素晴らしさもさることながら、今まで、CDを通じてしか先生の芸術を理解できていなかったのですが、松田先生の芸術に対する厳しい姿勢、詩情・・・それにもまして、人となりが鮮やかに表現されていてびっくりしました。先生の話された何気ない(先生の人生経験から熟考して話された、問に対する真理の解答であると思いますが・・・)言葉から、その奥にある芸術の世界、人生観や現代社会の闇の部分に対する憂い・・・などを、深く洞察され「芸術とは?」「人生とは?」と力強く書き綴った文章に心から拍手を贈ります。

 昨夜は、塩谷さんの文を読みながら「早く夜が明けないかな!」と眠れませんでした。少しでも早く先生のCDを聴きたかったからです。
 「同じ一音でもその光景を想い浮かべ、詩情を感じて弾くと全く違った演奏になる」たとえば、遠い大陸から・・・と独自の文章を引用して、情景、物語が伝わるから芸術との考察に、「ひょっとしたら、私は、未だ、松田先生の本当の芸術を理解していないのではないか!(私ごときが先生の芸術を理解できるはずはないのですが・・・。)と感じました。今日、朝から先生のCDを「詩情」「物語」を心に抱いて噛みしめるように聴いてみました。そこには、私が感じ、感動して先生に投稿した「セビーリア」「究極のダンディズム」「27年の時を超え・・・」などを書かずにいられなかった解答がありました。先生の紡ぎだす一音一音が情景や詩情、物語を伴って美しく、そして、力強く迫ってきます。今、先生の人となりが、塩谷さんの論文から感じ取れ、今までにもまして先生のCDを聴く楽しみが増えました。そして、ほんの少しですが「自分が成長した」と感じることが出来ました。

 形だけの民主主義、他人に責任を擦り付ける無責任な「衆愚政治」、資本主義の崩壊・・・人の心は荒廃し、語る言葉は軽率で空っぽになってしまいました。口をつくのは他人の批判や中傷・・・。こんな時こそ、傷ついた人の心を癒し、力強く、明日への勇気を与えてくれる「松田先生の音楽」が必要なのではないでしょうか。そして、その先に、ゴッホの芸術が理解できる、本物の心が見つかると本当に素敵ですね。

 

ギタリスト、松田晃演さんとの対話 2
『ゴッホのゴミ箱の中』
著:塩谷宏太
(2013年1月17日)

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本当に感じて言った言葉は、伝わる。
言霊なんて今は信じない人の方が多いかもしれませんが、本気で感じて発した言葉は必ず相手に響くものです。
これは何も言葉だけに限らず、音楽においても同じことがいえます。

「同じ一音でもその光景を想い浮かべ、詩情を感じて弾くと全く違った演奏になる」

たとえば、遠い大陸から冬を越えて戻ってきた一羽の鳥が、雨に濡れて一人寒さをしのいでいる詩があったとして、それを想い浮かべ心の底から湧き出る情感をもって弾くのと、何も考えずに弾く音では、全く意味も内容も価値も変わります。
何も感じずに弾いた音を“無の演奏”――機械的演奏と呼びますが、これは聴くに値しない演奏です。楽譜通りに弾けば誰にでも同じ音がでるのですから。それなら、わざわざその演奏家の元に行って聴く必要はなくなります。
もちろん、芸術的とは到底呼べません。
同じ楽譜を見て弾いていたとしても感じるものがあって弾いた音楽には、音に生命が吹き込まれています。楽譜に演奏解釈がなされています。演奏家としての人格が音にのって表れています。
こういった音楽は、聴いている人の心に強く印象付けられます。先ほどの音とは、全く似ても似つかない芸術的な感性に近い音楽です。
「この音は、なんにも考えずに弾いている」
指を上に指し、その時喫茶に流れていたポピュラー系の音楽を評しました。松田さんは、こういう音を心の底から嫌い、軽蔑します。
「耳の汚れ」
「無価値」
「うるさいだけ」
あまりにもボリュームが大きく不快なときは、ウェイトレスを呼び小さくするように言います。
「弾いている本人は、こんな音をずっと聞いていて嫌にならないのだろうか…」

曲目の解釈について、以前こんな話をしたことがあります。

「楽譜に沿ってきちんと弾くことができる人は優秀でしょうか?」
「楽譜通りに弾く人を、ぼくは『白紙の答案用紙』を出した人と言っている」
「白紙の答案用紙…ですか?」
「楽譜というのは、『答え』じゃない。『問い』の方。問われて何も答えずに出したということ」

作曲した本人が、優秀な演奏家にその曲を弾いてもらい、これはこういう曲だったのかと知ることもあるといいます。それだけ曲目の解釈は単純な答えがあるわけではないということですが、楽譜通りに弾いても音楽として成立していません。
楽譜の解釈、深い音楽的な教養、高い技術、そして感受性。それらがあって初めて音になるのです。
何も考えずジャカジャカと弾いても、本当の意味での「感動」はないのです。
たとえ世に出回っている商業的に売られているCDであっても、何も考えず何も伝えようとせず演奏されたものはたくさんあります。
「これは…本当にお金のこと(売上)だけ考えた音楽や」
何も考えず弾いている喫茶のジャズを指して、そう締めました。

松田さんの話していることを聞いて、音楽に関わったことのない僕が妙に納得できたのも、松田さん自身が感じて本当に確信していることを話しているからなのでしょう。
本当に感じて言った言葉は伝わる。
「感じて、表現すること」――これは何かにつけて大切だということを体感を通して理解できたのでした。

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お金を稼ぐのはとかく難しい。日常のどんな悩み、壁、問題も突き詰めて考えていけば、結局単純に考えるとお金の問題であったりします。
「車が欲しい」と思ってもお金が足りない。「買える車がたくさんありすぎて、悩ましい」という理由で悩むことはほとんどありません。
愛する人とケンカをする。理由を探っていくと、持っているお金を全部使ってしまう夫の生活観のなさが事の発端であったりします。
悩みを突き詰めていくと、必ずどこかの部分でお金が絡んでくる。
どうして今ここでお金の話をしたかというと、芸術の世界を志す人にとって、もっとも現実的に深く問題になるのが、この『お金の問題』だからです。

「ギター弾いても、儲からへんで」

芸術家になって食べていける人というのは、ほんの一握りです。その中からまだ選別され認められた人だけがコンサートを開く機会を得たり、CDを発売できるようになります。
「セゴビアは、日本が初任給1万円の時代に、一回公演を開くだけで400万円貰っていた」
こういう人が何人かいたとしても、あまり夢を見すぎない方がいいでしょう。
ピラミッドの頂点に立つ人達の下には、多くの挫折し諦めた大多数がいることを忘れてはいけません。
実際は、セゴビアや松田さんのようにその世界で名を成さない限り、まともに生活なんてできない人の方が多いのが現状です。
いや!芸術家というのは自分の好きな世界を深く掘っていくことに快感を覚える人だ、お金なんて二の次三の次で関係ない!…と言い切れるでしょうか。
確かに芸術家は貧乏だった人が多い。
歴史に名を残した世界的な芸術家たちも恵まれない環境で作品づくりに没頭したことは周知の事実です。
でも、それはそれの話。足元の生活が危ぶまれている人が、果たして目の前の作品にすべての力を発揮できるでしょうか。注意が散漫な状態で良いものを創造できるでしょうか。
松田さんですらセゴビアの元で学んでいた際は、現地の通訳をする傍ら、先生のレッスンを受けていたのです。

「けど、僕は恵まれていた。認められたからお金の多くはセゴビアが面倒みてくれた」

松田さんのようなことが実際にあるとしても、まず芸術を志す人は、目の前の生活ができる程度の収入をどこか別の場所でもっていないといけません。
『二足のわらじ』というと言葉の聞こえはよくありませんが、そこができていないことにはビッグなスポンサー(お金持ちの親)がいない限り、芸術は続けることができなくなります。

「だから、ぼくは『きちんと食べていける仕事をまずやってから、ぼくの元に来なさい』って言ってる」

芸術だけをやって食べていける人というのは、少ない。
芸術は食べていくために始めるものではありませんが、芸術を深めるためには何より食べていかなくてはなりません。
世に芸大はたくさんあります。その学生達の進路先のほとんどは芸術関係の仕事になるでしょう。
では、その中の何人が自分の好きなものを表現させてもらえるでしょう。
多くが興味もわかない他人のアイデアの創作に時間と労力を使われて終えるのです。
そしていつかは芸術家の卵だった人が、ただのサラリーマン、ビジネスマンに変わっていきます。
芸術の世界はとても厳しい。超越した才能や光る素材がない限りその世界だけで認められることはありません。

「十年…、十五年くらいやって芽がでないのであれば辞めといた方がいい」

どの世界であっても厳しいのは確かです。でも芸術は『オンリーワン』とか『ナンバーワン』などという生温かい存在ではダメなわけで、その世界で唯一絶対無二の存在になれなくては、認められず、食べていくことすらできない厳しさがあります。
十年~十五年とわりと長めの期間を言ってくれる所が、松田さんのやさしさでもあるのだとその時感じました。 

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世間の常識や価値観が、いつも正しいとは限らない。
なのに、世間の常識や価値観がどうしても行動の基準を作ってしまうことがあります。歯向って「それはやはり間違っている」といえる気持ちはどこかにもっていたいものです。
“一度師事した先生を変えてはいけない”
これも一般的に受け入れられている世間の価値観でしょう。石の上にも三年。何の変哲もない石の上にだって三年はいる必要があるといわれるのです。自分より優れた先生の元で習うなら最低でも五年…、いや十年は習い続け、教えを受け続けるべきと考えるのは、至極ふつうの流れですね。
ですが、これは間違いです。

「大したことのない人に変なことを教わるくらいなら、何も習わない方がまし」

芸術とは、飛んでいる蝶を両手でそっと抱えたような、繊細で純粋な過程によって完成されるものです。この人に教わってもダメなような気がする…と感覚で思っていても、なかなか言いづらい。
我慢が足りない、根気がない、何をやっても続かない人、周りからそう言われるのはわかっているからです。確かな芸術を習うためにはやはり教えられる先生が重要であるのにも関わらず、新たな先生に変えようとすると、それは気合や根性が足りないからだと言われます。
雰囲気だけの精神論には付き合わず、きちんとした先生から学んだ方がいいでしょう。周りからのレッテル貼りにも負けず、勇気を出して、必要であれば先生を変えてみるべきです。

「生徒にも、先生を選ぶ権利がある」

先生を変えることは何も悪いことをしているわけではありません。契約書なんてレッスンに参加するだけで書かされたりするわけでもありませんし、月謝を払っているのは、レッスンを受けている方なのです。何も教えられなかった側に責任があります。

「一旦、習い始めたら絶対に先生を変えようとしない人がたくさんいる。若い時に間違った観念を一言教えられて、生涯その観念がついて回るということはよくある」

特に習い始めた時ほど何でも吸収しようとします。乾いたスポンジのように、教えられたことをスッと吸収しようとする知識欲、好奇心があります。この時期に出会った人によって、その後の流れがだいたい決まってしまいます。だから、教えられる先生をきちんと選ばなくてはいけません。
この話とは別のところで、こんな話をしてくれたことがあります。
「何かを始める時に一番上達する方法はなんですか?」と聞いた時のことです。
その答えは、とても簡単でした。
「その道の達人から、習うこと」
松田さんが、かの世界的な演奏家アンドレス・セゴビアを先生としたのと同様に、一つの超越した世界をもつ人から直接習うことがクラシックギターにしろ、ヴァイオリン、チェロ、ピアノなどにしろもっとも無駄なく上達する方法だといえます。

「その道の達人は、間違ったことを教えない」

では、初学者がどのようにして達人とそうでない人を見分けたらいいのでしょうか。
その答えは明確ではありません。一ついえるのは、本当に極めた人の作品は、直に接すると大きな衝撃を受けるということでしょうか。
何かが違う。その「何か」はまだその時にはわからなくても、教えを受けていると悟る時がいずれくるでしょう。
芸術家は、言葉で説明できることを表現したりしません。言葉やジェスチャーで表せない、とらえどころのない何かを表そうとします。それは永遠に言葉にできなくても、感じようとする人には感じられることがあります。
その「何か」がわからない衝撃を受けた時、もしその人が教える仕事をやっているのなら、勇気を出してお願いに行くべきだと思います。

最後に、先の『石の上にも三年』の解釈を言って下さったときの会話を載せて、この項を終わりにします。

「よく『石の上にも三年』と言われたりするじゃないですか。もし、自分の師事する人ではないと習っている内にわかった時、やはりせめて三年くらいは習っておいた方がいいのでしょうか?」
「いや、習わんでいい」
「そうですか。それだったら違う先生を探した方がいいということですね」
「『石の上にも三年』というのは、その道の達人に習って、言っていることがたとえわからなくても、三年は習いなさいという意味やと思う。芸術家の言っていることを理解するのは最初は難しい」

***
何も感じない人については以前お話ししましたが、その反対に感じすぎてしまう人がいるのも事実です。世の中にいる人のたとえそれが少数派であったとしても、その人はその人なりに苦悩と孤独を抱えて生きています。
感じない人から見ると「何でそんなことが悩む理由になるのか」と理解できません。
ある意味、鈍感で考えることをしていないから救われているわけですが、この苦悩というのは体験している人にとってとても大きな壁のように感じるものです。
超える方法がわからないのです。
永遠にこういったものと付き合っていかざるをえないという精神的な重さ、周りに話すことができない孤独、こういうのはいったいどうすればいいのでしょう?

何も感じないのなら芸術の世界はやめておいた方がいい。
けど感じすぎてしまうと気持ちや精神が深く暗い世界に落ちてしまい、上がれなくなる。
著名な芸術家で世界的に認められたのにも関わらず、その最期を「自殺」という悲しい結末にしてしまった人は一人や二人ではありません。
「バランス」というと何とも中立的で都合のよい言葉ですが、芸術家であろうとするがゆえの感じすぎてしまう苦悩に歯止めをかける方法はないものでしょうか。
いろいろな質問を今まで松田さんにしてきました。
質問した内容は必ずといっていいほど、明快に「僕はこのように思う」と答えて下さいました。実は、一つだけ明快な答えがでなかった質問がありました。
それがこの精神的な重さに対する苦悩についてです。表現する人間にとってこの難題は永遠のテーマといえるのかもしれません。

「何にも感じない人っていますよね」
「うん、おるなぁ」
「でも、その反対に感じすぎてしまう人もいますよね」
「おる」
「人が感じないことを感じるって苦しいじゃないですか…。感じすぎてしまうが故に生まれる苦しみ。こういうのは、どのようにむきあえばいいのでしょう」

ずっと聞いてみたかった質問でした。こういう精神的な側面から芸術をみるということはあまりされていないと思ったし、何より自分が知りたかったことでした。少し沈黙を置いて、松田さんは言いました。

「…それは難しい問題やなぁ。」

それっきりでしたが、はぐらかされたというわけではありません。
でも聞いてみてよかったなと思いました。
言うまでもありませんが、誰より感受性が鋭く人が感じないことを感じてきたのは、松田さん自身のはずです。その難しい問題に誰よりも真剣に向き合ってきたのは、今なお音楽家として数々の音を生みだす松田さんなのです。
それを踏まえた上でこの答えだとすれば、これ自体がもう答えなのでしょう。
だから、聞いてよかったなと思えたのです。なぜか救われたような気がしたのです。あぁ、みんな同じなのだなぁ、と。孤独の世界にて孤独ではなかったことを知りました。

感じすぎてしまうが故の苦しみとは、付き合い続けなくてはいけない。
答えが無い。これが「答え」です。

***
誰にだって「自分は天才だな」と感慨深げになるとき、瞬間があります。
小学生のときに鉄棒の逆上がりを誰よりも早くできるようになったとか、
愛人に詰め寄られた時についたウソが、とてもつじつまの合う素晴らしい説明であったとか、
投げたティッシュが一発でゴミ箱に入ったとか、
大きい小さいはあっても、自分の能力を良く評価することはあるものです。
たまには自分を良く評価してあげないと、生きていられません。
こうしてただ生きているだけで、誰かから「お前は役に立たない!」とか「俺の方が上手にできるよ!」とか、見せられたくない“いろいろ”があるのです。
大きなところで自分を誇示することはできないから、せめて小さなところでいいので自分に自信を持たせてあげたいなと考えるやさしさは、みんなあります。
松田さんは、音楽の世界で自身の力や作品を多くの人に見せてきたわけですが、いったいいつ頃、自分にはギターを弾く才能があるなと考えるようになったのでしょうか。
ちょっと興味があったので聞いてみたことがあります。
聞いた後、「ん~…」と考えてから、こう言いました。

「十年くらい前かなぁ」

御歳、80歳。未だ現役で一年の間にいくつもコンサートを開き、さまざまな職種の人たちにクラシックギターの良さや素晴らしさを教える松田さんが、ついこの間に才能がある、いろいろとわかるようになったというのですから、少し驚きました。でも、面白い答えだなと思いました。
「つい、この間じゃないですか!?」詰めよる僕に、先ほど笑って答えた表情とはうって変わり、真剣な表情で続けました。

「自分でわかったなんて思っているのは、まだ手前のことしか見えていないから。それは、何もわかっていない人達(関心を持たない一般人)と人間的にたいして変わらない」

芸術に、ここまでやればゴールなんてものはありません。確かにスタートをきれば、どこかに必然的にゴールが生まれると考えたくなります。
芸術家である以上は、自己の芸術に対する厳しい内省を死ぬまでし続けるべきであるし、「生まれでては死ぬ」人間の悲しく、はかない、それでいて崇高な運命を作品に暗示し続けるべきです。
ですから、部分部分でゴールを設けることはあっても、死ぬまでずっと掘り進めていく立場でないといけないのです。

それにしても、もっと早い時期の答えを期待していました。
初めてギターを弾いたときだったとか、コンクールで賞をとった時だったとか。
その期待を裏切り、このように答えたのは、芸術家とはそんな浅はかな人間ではないという強い主張があるからでしょう。
こういう所で、松田さんの音楽家、芸術家としての誇りや自負心を垣間見たような気がしました。

「芸術家は、一般の人達がわからないような、もっと先、もっと奥のことをやっている」

そうなのです。一般の人達が「これって、こういう作品だよね」「もうちょっとこうした方が良かったよね」とわかってしまうようなものは、芸術的な作品とは違う場合が多い。
それは、絵画でいうなら周りに見せて「わぁ、キレイな絵ですね」と言われて、それっきりという絵と同じです。そこから何も深まらない、時間をたっぷりと使った「落書き」です。
本来、芸術家の作品は一般の人にわかりようがありません。
本当の意味を正しく理解できているはずもありません。そこが芸術の奥床しさであり、醍醐味でもあるともいえるでしょう。
芸術家が内なる問いの答えとして示した『作品』と、簡単に内容がわかってしまう『商品』とは、似てまったく別のものです。
『作品』ではなく『商品』として置かれたものは、一般ウケを目的として作られたものです。それは仕事として、ビジネスを成立させるために置かれています。
だから、底が浅い分、誰にでも理解しやすいし、何だったら「こうした方がもっと良いのに!」とアドバイスの一つでも言えるのです。

芸術は、ビジネスではありません。
芸術には流行り廃りはありませんし、世間におもねることもしません。作品の中で、芸術家は王であり独裁者であり続けるのです。
芸術家の『作品』は表面的にみるとなんのことかよくわかりません。何を暗示しているのか理解しづらいものです。
実は、この所が多くの人に学んで頂きたい点でもあります。
いよいよ、この書もクライマックスへとむかいます。

***
―衆愚―
「“衆愚”って何ですか?」聞き慣れない言葉を耳にして、思わずそのまま聞き返しました。
「大衆の“衆”に“愚か”と書いて、衆愚と読む。もともとは政治の言葉らしいけど、これは政治に限らず、芸術においても言えること」
「一般の人は、愚かってことですか…」
ただ、うなづきました。
この部分だけを聞くと一般人の僕としても耳の痛い話だったのですが、芸術的な感性を磨く上では、避けては通れない道であることをその後の話から知りました。
最初のところで芸術は「みんながこっちだから良いもの」という発想ではいけないと言いましたが、これもここと関わってくる話です。松田さんの話を続けます。

「ゴッホが描いた芸術は、使用人には理解されなかった。ゴッホが死んだ後、使用人が『なんだこれっ?ゴミかっ』とポイっと捨てたものが、今じゃ一つ何億円として取引されている。使用人の目ではゴッホの芸術の価値がわからへんのや。俗世間が理解できないものを作る、それが芸術家や」

最後の言葉は特に力を込めて言われました。
なぜ、みんなが良いといっているものが本当はダメなものが多いのか。
もちろん、中には良いものがある場合もあります。ただ、えてして気をてらったものや流行らそうと主催者側がビジネス的に狙ったものが多いといえます。
そういう意識や目的でやろうとすると、芸術は死にます。
死んだものは、何も語りません。素晴らしい作品を世に残した芸術家は、死んで何百年とたった今でも作品を通じて語り続けています。個体は死んでも作品の中で芸術家は生きるのです。

一度ワッと煽られて、何だか素晴らしいような気がすると思わされた「みんなが良いと言っているもの」には、奥深さがありません。底の浅さが露呈し、主催者側のビジネスが不利にならないよう、奥深くみえるよう演出することはあっても…。
だから、またしばらくすると大衆が待ち望んだかのように、どこかから「みんなが良いと言っているもの」がミョキッと顔をだします。
あっちからも。むこうからも…。
大衆の心の欠乏感を表すかのように、ブームが生まれては消え、生まれては消えます。
いつまでたっても心の渇きは潤うことはありません。
たくさん消費するのに、何も生まれないのです。
たくさん所有するのに、何も活かせないのです。
そして、たくさん消費をしても心が満たされないとわかれば、『断舎離』がブームになる。
断舎離とは、物の執着を捨ててシンプルな生活をしようという今の世の中の気持ちを上手く捉えた生活術のことです。これも本質的な解決にならないことは結果をみても明らかでしょう。
違うのです。消費しないことが良いのではなく、「何を」消費するかの方がもっと重要です。

「良いものに出会ってないから、その価値がわからへんのや」

人間は良くも悪くも比較によってその素晴らしさ、その良さがわかるようになります。
もし、質の悪いものばかりが世に出回ることが多くて、手にするものがそういった品質の悪いものばかりであるのなら、きっと良いものをきちんと評価できなくなるでしょう。
そうすると資本主義が大手をふって歩く先進国の芸術家が生活できなくなる。芸術の芽が育つ前に光と栄養が与えられず、しおれ枯れてしまうのです。
本当に「良いもの」を消費しましょう。
たとえば、松田さんのギターの演奏を一度聴いてみるのも一つです。
「ぼくの音楽聴いたら、他の音楽が聴けなくなるで」

他のジャンル、他の芸術家の作品でも何でも構いません。良いものを消費しなければ、そのために力を磨き、人間を深めていった人達が浮かばれません。
僕は、こういう『商品』としてではなく『作品』として提供していった人達がもっと社会的に認められてもよいのではと思っています。
ゴッホのゴミ箱の中には、何があるのか?
大衆によって見捨てられた『作品』が入っているのです。
どうすれば、芸術がゴミ箱へいかず、多くの人に感動と人生の光と闇、生き方、全てを示すことができるでしょうか。
これは答えがでない問題です。一人や二人が理解して何かをしようとしたって変わりません。ですから、この話は保留にしておきます。
そんなことよりも、作品を作ろうとする人、それに関わろうとする人達が、より素晴らしい感動へ、より芸術的な作品へ変えていこうとする気持ちをもつことの方が大切でしょう。

ですから、芸術家であり音楽家である松田晃演さんの言葉を集め、この職種に関わる人達に学ぶ機会をと考えたのです。
この話を頂いたのは松田さんからでしたが、僕も松田さんの言葉を集め紹介することは最初にも言いましたように、大きな意義があると感じていました。
芸術家は大衆が理解できないものを作る。
大衆はまだ良いものを見た経験が少ないので、その意味で愚かだと考えていてください。それを教育し育てるのは、売上主義のビジネスマンではなく、やはり『作品』を創造する皆さまでなくてはいけません。

松田晃演、後記=塩谷君の文を読んでわたしは非常に感心しました。ここまで芸術を理解してわたしの話した事をまとめる力が有るとは想像して居ませんでした。彼に比べてみると24才の頃のわたしは何も考えていなかったのではないかと思いました。ギターひとすじのわたし。昨年末の彼の文章 (2012/10/15) (2012/12/31−ギタリスト、松田晃演さんとの対話 1) をもう一度読んであげて下さい。

 

「ギターと私」欄~第一人者に學べ~を読んで (2013年1月16日) 木下敏雄

 松田先生はぶれない人です。一流の人間は終始一貫しているのです。他におもねる必要など無いのです。ここで引き合いにだすのは不適切かも知れませんが、人気のある作家の中には、あまりにも消費者の心におもねていると思うような表現をしている作家がいます。きっと、本の中身も本心からくるものではないでしょう。
 昔から先生はレッスンの場でも、必ずコンサート用の楽器を使います。最近では銘器アントニオ・デ・トーレスです。可能な限り一番伝えたい音楽の魅力は最上の楽器で行うことの大切さを知っていたからだと思います。音楽を表現する上での多彩な音色、響き、技術等を我々門下生は先生の実演に接することで知らず知らずのうちに、更なるギター音楽に対する目標やあこがれを強く持つのです。最高のもの、すなわち一流のものの提供こそが重要であると、改めて認識させられます。 トーレスでの先生のレッスンは、それこそ例えようのない音をもって指導してくださるので、もったいないと思いながら受けています。
 信じられない程のふくよかで、なおかつ野太い低音、澄み切った透明感に溢れる上品な高音、両者が織り成すハーモニー、何と贅沢なレッスンを受けているのでしょう。セゴビア~ジョン・ウィリアムス直伝の、そして先生の解釈を経た門外不出の楽譜を使ってレッスンを受ける贅沢は幸運以外のなにものでもありません。
 年を経て進化している演奏・レッスンは驚嘆というほかありません。だからといって、過去の演奏・レッスンの次元が低いというわけではなく、その時代において最高のものだったといえましょう。天才性のある人は、同時代に価値ある何かを発信していると考えています。
 人間、高い境地に至ると過激になるのでしょうか。実は、そうではなくて、発言が真実な故に過激に感じるのです。インタビューなどによれば、巨匠アンドレス・セゴビアも過激な発言もあったに伝え聞いています。今回の先生の文章は、先生にとっては当たり前のことを述べたように思えます。
 世界の一流の人間に接し・学び、そして一生懸命に生きてきた優れた演奏家・教育者としての所感を述べたものと思っています。
 松田先生には演奏の進化と同様に、これからも世に問う発信をして頂き、我々を導いていって欲しいと強く願っています。

 

「ギターと私」欄~第一人者に学べ~を読んで(2013年1月15日) 三浦有加

 『過去の偉大な名手の演奏の録音を聴いていれば身に着く事が沢山在ります。
 詰まらない演奏家の演奏を一度でも聴くと頭が駄目になり耳が潰れます。
 詰まらない演奏家のお話、名演奏の出来ない方(学者先生)の説明を一度でも聴くと頭が駄目になります。言葉が巧みだから騙されてしまうのです。
 レベルの低い演奏家や音楽愛好家、音楽評論家達のなさる音楽の話は百害あって一利無しです。
 名人は間違った事は一つとして言いません。
 そしてそういう名人はその辺りにざらに居る人ではなく類い稀な存在なのです。』
 松田先生の書かれた上記の部分を読んで、何て私は「類い稀なる幸せ者」なのだろうと思いました。
 私の親は、私が中学生の頃から松田先生のところに毎週連れて行ってくれて(父親が良く車で目黒の教室まで送ってくれた記憶があります)ギターを習わせてくれました。
 ピアノをやめてクラシックギターを習いなさい、と私に強く勧めたのは母でした。
 それならば松田先生に習いなさい、と勧めたのは父でした。 
 両親のお陰でもって、若くして類い稀なる名人に出逢え、そのお陰で詰まらない害のある間違ったことは今の今に至るまで何一つとして聞かされなかったことになるわけです。
 先生のご指導の元で、ギターをずっと続けてこられたこと・・・それは本当に感謝すべき幸せなこと・・と改めてつくづく感じています。
 松田先生に出逢わせてくれた今は亡き<父と母>には心から感謝しています。

松田晃演独白=わたしは「第一人者に学べ」と題して激しく言い過ぎた、とひどく反省していましたが三浦さんのこの文を頂いて少し気持ちが楽になりました。私が今現在どのような形式で、またどのような方を対象に音楽をお教えしているか等、何時か項を改めてお話しなければと思っています。そして本人自身80才になろうとしている演奏家がどうやって再生しつつあり、その事によってどんなに元気を与えられているかもその内にお伝えしなければと思っています。それが激しく言い過ぎた事へのお詫びの一端になればとの思いです。

 

師匠を真似るということについて(2013年1月) 三浦有加

松田先生のギターレッスンが行われる芝公園の東京グランドホテルは宗教法人曹洞宗であることから、ロビーに禅の小冊子が置いてあり、その中に「師匠を真似るということ」についての文章が書かれている・・と、昨年10月の
レッスンの折、先生から伺いました。
早速持ち帰り読んでみたところ、そこには歌舞伎界で活躍する邦楽の囃子方仙波流家元の仙波清彦さんの仰った以下のような言葉が書かれていました。

『師の技能を受け継ぐには、師の技能を真似することが第一である。
 学んでいる過程で個性ということは考慮されない。
 むしろ、今ある個性を消して師に近づくことが求められる。
 しかし、師の技能をそっくり真似たその突き詰めた先に現れてくるものは、その人間そのものである。
 完全に真似ることができたと思っても、それは師とは全く同じ技能ではない。
 その人間にしか表現できない味である。』

わたしはずっとある疑問をもっていました。それは先生の演奏の真似ばかりをしていて良いのだろうか?
自分なりの解釈で演奏しなくてはいけないのではないか?といった疑問です。

そんな折りに、この小冊子の文章に出会い、その疑問は即座に吹き飛びました。

いくら師を真似ようにもその域に到達することは大変に困難なことではありますが、しかしながら、至上の芸術への憧れとギターや音楽への情熱を失うことなく、これからもいつまでも先生のあとを追いかけていかなければいう気持ちを失ってはならないという事です。

 

“松田晃演とジャック・ガウディー”についての考察(2013年1月5日) 中森 良二(札幌)

 彼は、製作されてから100年以上も経過している銘器「アントニオ・デ・トーレス(Phoenix)」を抱きかかえ、ステージ中央の椅子に座っている。満場の聴衆が固唾を飲んで見守っている中、遠い目を客席の空間に投げかけている。それは、恰も、彼の頭の中の引き出しに納まっている何千種類という音のサンプルから最初の和音に使う最良の音を探し出しているかのようであった。そして、選ばれた音が静かに「ロジー伯の墓に」の最初の和音を奏でたとき、聴衆の中から「うおー」という感動とも驚嘆ともつかない静かなうなり声が響いた・・・。彼によって選ばれた様々な音のエリートたちが、次々と現われては消え、その狭間で芸術の輪郭が形作られてゆく。まさに芸術が誕生する瞬間である。「ギターの音は、消え去って行く瞬間の儚さと詩情が最も美しい・・・。」とジュリアン・ブリームが話していたのを雑誌で見たことがある。本物の芸術とはかくも儚いものなのか・・・。彼は、絶対に「彼の中にある天才の部分」を語ったことはない。しかし、彼の頭の中の引き出しには、いったい何千種類の音が格納されているのだろう。音楽が音の芸術ならばそれを形成する音たちは磨き抜かれたエリートでなければならない。誰かが「ギター音楽では全ての音が美しいという必要性はない、フレーズの中で自然な流れが形成されるものであればよいのだ・・・。」と語っているのを読んだことがある。言い換えると、フレーズが自然であれば「全ての音が美しくなくてもよいのだ。」ということになる。ギターを音楽レベルで奏でるのであれば、それは、的を射た言葉であると言えよう。しかし、私は、ギター音楽芸術を創造するのであれば、「全ての音が磨き抜かれたエリート達でなければならないのである。」との考えを持っている。・・・であるから、ギターの演奏家は多数いても、芸術家は、今、殆どいない・・・といえないだろうか。そして、その数少ない芸術家の一人が“松田晃演である”と考えている。それを実証したのが、彼が昨年行った四ヶ所のコンサートであった。聴衆のほとんどが最近のギターのコンサートでは聴かれない「音楽芸術」に感動したと思う。まさに天才だけがなし得る業である。

よく語り継がれている話を一つ・・・。よく聞かれる話なので知っている方もたくさんおられることと思う。ジャック・ガウディーと言う伝説のブレンダーがいる。ある日、あるシングルモルトを入れたグラスにその伝説的な鼻を突っ込んで、眉をひそめたことがある。今まで嗅いだことのないアロマが混じっている。ウイスキーに草の香りは珍しくないが、この香りは少し変だという。ジャックは再びグラスのウイスキー《プルトニーPulteney》の香りを嗅ぎ、そして、光にかざした。その繊細なウイスキーは明るい黄金色に輝き、ほとんど緑に近い色彩を帯びていた。このこと自体に問題はない。それでも、どこか違う。しかも、ジャックはその正体についてある確信をもっていた。ジャックは電話を取って、社長のトム・スコットにこのことを報告した。トムもジャック同様その蒸留所の品質管理がいかに厳格かをよく知っている。「ジャック、《プルトニー》に野の花が入り込むことなんて、あり得ないことだ。」「悪いが、それがあり得るんだ」とジャックは言い、スコットランドではもはや忘れかけられている、ある植物の名を告げた。熱烈な園芸ファンのトムは笑いとばした。ウイスキーに花の香りは珍しくないが、いくらなんでも“サクラソウ”はあり得ない。その花は希少目で、目にしなくなって久しい。まして、それがウイスキーの中に混じることなどあり得ない。ジャックはスコットランド随一のブレンダー、そしてウイスキー業界の長老として、几帳面な彼はこの謎を未解決のまま放置できなかった。ジャックの頭の中には、何千というファイルボックスが並んだ記憶の貯蔵庫がある。各ボックスには、さまざまな香りの名前が書き込んである。ただちに調査チームが、蒸留所の周りを調べたがサクラソウは発見できなかった。そして、調査チームは、プルトニー蒸留所の水源を調べることにした。彼らは遂に水源から蒸留所までの水路で、その珍しいサクラソウが群生しているのを発見した・・・。【Ballantine’s Storyより】
ウイスキーは名だたる銘蒸留所の原酒を数十種類ブレンドし、心地よい味のハーモニーに仕上げることから、芸術品として最高のオーケストラに例えられます。そして、その芸術品に仕上げる人を、マスター・ブレンダーと言います。ジャック・ガウディーは銘蒸留所バランタイン3代目のマスターブレンダーとして数々の逸話とともに語り継がれる伝説の天才ブレンダーといわれる人物です。何千種類ものウイスキー原酒の香りを記憶し、飲料水の石灰分をPPM(百万分の1)単位で嗅ぎ分けるといいます。

音楽の世界の松田晃演とスコッチの世界のジャック・ガウディー・・・分野はそれぞれ違いますが、芸術を創造するということでは、共通することがあります。芸術とは天才によってのみ想像されるもの、また、天才とは一切の妥協を許さない共通性を有しているから“天才”といわれるのです・・・・。


《“松田晃演とジャック・ガウディー”についての考察》の補遺
(付け足し)2013年1月6日 中森良二(札幌)

 

 昨年の10月、庄野さんから電話で、松田先生の仙台のコンサートの素晴らしさについて報告を受け、仙台に行けなかった悔しさから、以前にもまして先生のCDを聴くようになりました。聴くたびに、毎回、現われては消えて行く美しい音に「いったい先生は何種類の美しい音を持っているのだろう?」ということを考えていました。たまたま、眠れない夜に古い現代ギターをパラパラと眺めていましたら、「セゴビアの音は全てが美しいわけではない・・・。美しい音はほんの1~2音しかない・・。」という文章に目が留まりました。これについて、「そんな馬鹿な・・・!」と否定をして見ましたが、気になって、あくる日、セゴビアのCDを聴いてみました。スピーカーから流れ出るセゴビアの音は、私には全て美しく聴こえました。そこで出た結論は、2~3音しか美しい音がないのであれば「天才の奏でるほんの2~3音は全ての音を美しくすることが出来る。」ということと「全てを美しく感じさせることが出来るから天才なのだ。」と言うことでした。それでは、松田先生は・・・?と考えながらCDを聴いてみると、「一音たりとも美しくない音はない!」ということに気がつきました。セゴビアは、2~3音で全ての音を美しく響かせることが出来るのに比べて、松田先生は「全ての音を美しく響かせることが出来る」と感じているわけです・・・。【巷にあふれるギター弾きは、「セゴビアがそうだから、自分も美しい音は2~3音で良い・・・。」と考えているようですが、「美しい音は2~3音しか聴こえない」となります。ひょっとすると本人達が考えている美しい音さえ美しいかどうか分かりません。】しかるに、先生の頭の中には、どのくらい美しい音の種類のサンプルが詰め込まれているのかと考え始めたのでした。きっと数千種類くらいかな?などと考えていた時、偶然、スコットランドのバランタイン蒸留所の伝説のブレンダー、ジャック・ガウディーの記事を眼にしたのです。それが今回紹介した文章です。このとき閃いたのが、松田先生の美しい音の種類の多さとジャック・ガウディーの4,000にも及ぶ香りのストックが結びつき、今回の雑文になりました。両者の共通性は、先生は「何千種類の音」を、ガウディーは「何千種類の香り」をそれぞれ組み合わせて、芸術を想像することにあります。先生のCDを聴くたびに感じる比類なき音の美しさ、バランタイン17年に鼻を近づけた時の複雑で様々な香りのハーモニーは両者とも素晴らしい芸術の世界を感じずにはいられません。セゴビアの天才性は、ほんの数音で全ての音を美しく表現できる素晴らしさ、松田先生の天才性は、全ての音を美しく響かすことが出来る素晴らしさ・・・と言えるのではと確信して雑文を書いたわけです。素人(評論家でもない)が書く雑文だけに、不適切な表現が随所にあります。そのところを差し引いて読んでいただけたなら・・・と思っております。

補遺の補遺by松田晃演
わたしはこの年齢に成ってようやく音楽に必要な本当の音が聴こえ始めました。それらをギター(の演奏)によって実在(実現)させるべく日々努力を重ねて居ます。Antonio de Torresと言う天才の創った楽器によると、比類の無い美しい音がします。このわたしのような非才の耳に届けてくれる天からの音に日々感謝しながら暮らしています。それにしても、この音を聴きたい、聴かねば成らぬ、と言うギター関係者、製作家、演奏家、愛好家達が何と少ないのだろうとわたしは不思議に思っています。
 ギターによれば信じ難い程の多くの音色を使いこなして音楽を作り上げる事が出来る。この事を希求し、自覚して演奏している演奏家はそんなに多くは居ない。何故なら世界に使用可能なAntonio de Torresがヴァイオリンのストラデヴァリウス程には作品数が残っていないため天才トーレスの協力を得て演奏出来る奏者も稀であるからであるかもしれません。そしてギターの音とはと信じている人々(奏者及びオーディエンス)も少ないのかも知れません。謙虚にそして静かな心でAntonio de Torresが醸し出す音に耳を傾けながら音楽解釈に没頭していると、仙人の様な心境にさせられます。
 わたしはそのような事は別としてギターを愛する人、ギター関係者の方々が中森良二氏の文章の様であれば素敵だなと思いました。それともアルコールでさえあれば酔っぱらえるし、楽しいのはたしかなのでしょう。
Brabissimo!!!!!!

 

右指の訓練 投稿=松田晃演(2013/1/4)

明けましておめでとう!

右指の訓練法に付いて次のような質問がありました。「pとその他の指の関係をもっとつきつめて考えなければならないと思う 」

「私の返答」

考えて見ましたが、アルハンブラの思い出を半拍、M=60から初めて見ると好いでしょう。

これでPAMI、を平均に訓練出来る筈でしょう。

60の次は80、100等と上げて行きますが、毎日最初は60位から始めるのが基本です。余裕があれば116,132等と成ります。

或る程度満足が出来るまで2、3ヶ月は頑張って!!!全部で2、30分を割いて下さい。

トレモロは指は弦から遠くから(鉛直距離)とのイメージで。

日本の解説書、入門書は中身が薄いと言われています。

わたしは出来れば今年わたしの考えているクラシックギター上達の為の指標と成る様な指導書を発表したいと思っています。

ギタリスト、松田晃演さんとの対話 1
著:塩谷宏太(2012/12/31)

 

「芸術は、“10%”のインスピレーションと90%のパースピレーション(努力)を必要とする」

 現代クラシックギターの父、アンドレス・セゴビアは、アメリカの発明王トーマスエジソンの「天才とは、1%のインスピレーションと99%のパースピレーション(努力)である」という言葉を借りて、わかりやすく芸術をそう説明しました。
トーマスエジソンと違うのは、インスピレーションの比率の大きさ。
芸術は、やはりインスピレーションを重んじる世界であることはここでもわかりますが、それでも「100%の作品」を完成させるためには、90%の努力がなくてはならないという、のっぴきらない事実を示したものでもあります。
 これから芸術を深めたい、芸術に興味をもち少し学びたいと考える人には、目指す目標や目的はそれぞれ違うでしょうが、インスピレーションをこれまで以上に大切しながら、他者に負けない努力を続けてほしいと思います。
 そういう意味を込めて、このセゴビアの言葉を冒頭にもってきました。

ここでは、セゴビアの弟子であり今なお多くのコンサートを開催し、NHKの番組でギターの講師も務めたことのある芸術家・演奏家の松田晃演さんの言葉を紹介し、よい学ぶ機会にしたいと思います。
それぞれの立場、環境、ジャンルは違うでしょうが、何か得るものがあれば参考にして下さい。

***
 すっかり心は荒廃してしまいました。
 心の破壊、心の渇きによって、多くの人の言葉は軽率でからっぽなものになりました。言葉数は多くなったのに、何一つ語ることができない。何かを語ろうと自身の中に資源となるものを探そうとするのだけれど、何も見つからない。
 ますます人々の目は自分自身から離れていき、物質的な「物」や「形」を追い求めるようになりました。
 
今、ネット上の書き込み、自分の不安をさらすだけの会話が増えています。
そこには、目を覆いたくなるような破壊的な言葉が使われます。誰かを批判することを主張することと勘違いし、新聞やネットで書いてあることを話せば「頭の良い人」になれると考えている人が増えています。それでは、いけないのだと松田さんはおっしゃいます。
クラシックギター奏者の松田晃演さんと出会ったのは二年ほど前です。
僕が働いているコーヒー店によくお越しになられていました。ちょうど、そのお店で働き始めた頃の出会いです。その時のエピソードを今でもよく覚えています。

 「君は、ギターとか弾いたりするの?」両手でギターを弾くまねをしながら、カウンター越しに聞かれました。
 「いえ。音楽は疎いんです。お客さんは、ギターを弾いたりするのですか?」笑顔で聞き返しました。
 周りで聞いていた人達が慌てて「よく教えときます」と頭を下げました。まさか、目の前にいる人がギター演奏者の方だと知りませんでしたし、その世界で著名な方ということも知りませんでした。クラシックギターというものがこの世界にあるということも知りませんでした。
勉強不足が招いたことです。今当時のことを思うと、冷や汗ものです。

 「ぼくは、ちょっとだけギター弾けるんや」笑いながら、そう言いました。

松田さんの言葉は、情緒的であり時に哲学的でもあります。それは、コンサートを一度聴いてみるとすぐに理解できると思います。
抱え込むようにギターを弾く松田さんの音は、詩情豊かで、聴衆を深い音楽の世界へスッとひきこんでいきます。初めて聴いたはずなのに、心のずっと奥の方でずいぶん前から知っていたような、情緒的、自然的な音を奏でられます。
 そんな感性豊かな松田さんが考えた上で発する言葉なだけに、一度聞いただけでは意味をとれないこともしばしばありました。それでも話を聞きたいなと思い質問を続けたのは、今このように、「人」が壊れてしまいそうな社会の中で、何か明るい光の兆しが見えるような考え方、捉え方をぼく自身が知りたかったからです。
松田さんの言っていることには自分の経験やキャリアの中から抽出された確かな方法論があると思いました。話されていることは、けっしてどこかの本で表面的に知った中途半端な知識ではなく、全てが自分がやってきた根拠ある話なのだと納得できました。

世の中、人生には何もわかっていないのに、アドバイスする人が多い。人生の先輩だから。あなたより少し頭が良いから。そんな簡単な理由だけで、その人の心の奥の外からわかりようのない部分にまで入ってきて、「こうすればいいんだよ」とアドバイスする人が多数います。
ただ、アドバイスをして借りものの「上の立場」にいたいだけ。相手のことはどうだっていいのです。アドバイスしてあげているやさしい自分にしばらく酔っていたいだけ。そうやって大きな足跡をそこら辺に残して、「言ってあげたけど、彼はわかろうとしなかったよ」と置きゼリフを残して去って行くのが世の中の人というものです。
 
松田さんは、あくまで自分の体験、捉え方として話を始めます。
価値観を無理やり強要することもありませんし、相手の立場や気持ちについてよく考えてから言葉を発します。
この「考えてから言葉を発する」ということを、多くの人ができていないと思うのです。
何も考えずに受け答えをする。言葉に魂や感受性など入る余地はありません。
ただ言われたことにその場で反応するだけ。ですから、いつも話の行きつく先は、その場の「流れ」や「雰囲気」で決まります。
言葉がからっぽです。言葉が人を救ったり心を潤わしたりすることはありません。それができる人とできない人との分別は、はっきりさせておきたいと思うことがあります。
松田さんの言葉は、時に芸術家らしく辛辣――ぼくの芸術家のイメージです――なのですが、基本的には、とても温和な雰囲気で相手が理解できる言葉で話して下さいます。
 松田さんに個人的に興味をもち聞いてきたことを、この場を借りて書き残すことは、多くの人の人生や芸術を深めていく上で、大きな影響があるだろうと考えております。
 下手な文章は承知の上ですが、できる限り松田さんの発した言葉に近い意味で紹介していけるよう努めます。
 ここには松田さん自身の芸術やそこに関わる人への多くの批評が載せられています。時に厳しい指摘に繋がったのは、「芸術をその程度のレベルで捉えないでほしい」という危機感と願いからだと思います。
 芸術やその世界に興味をもつ、多くの人に読んで頂ければ幸いです。

***
 京都でのおいしいロシア料理を食べた帰りの車内、松田さんはこうおっしゃいました。

(松田註=今年、2012年11月初め、京都美術館にエルミタージュの絵を見に行きたくて塩谷君が車の運転を一部してくれるというのでいっしょに行く事になった。音楽、芸術等の話は彼には一度もした事が無かったが、車の中なので時間もたっぷりあるし、次々と彼が興味の有る質問をして来るので返事をしたが、質問の流れが面白かったので、その会話のまとめを、彼ならしてくれるだろうと思って書いてもらった。以下は彼独自の考えであり主張です。)

 「批評家は、詩人でなければならない」

 『批評家』と『詩人』というのが僕には全く繋がりませんでしたが、話を聞くうちに、「あぁ、なるほど」と思いました。
たとえば、芸術家がなんて素晴らしいのだろうと感じ、それを形にしようとする。形になったものを見る側が感じられない人であるのなら、正しい評価を下せるはずがありません。
しかも、批評をしているのか、ただ自分の中にある日常のうっぷんを晴らそうという動機の批判をしているのか区別のつかない人もいます。それだけに批評というのは、感じ、考えた上で言葉を発する人でなくてはいけません。

何もわかっていないのだけど、わかったような顔をして批評するのは、誰にでもできる簡単なことです。
批評する側に、哲学や人間力がなくても対象に対して「ここがダメ」「こういう感じだからいけない」と口だけなら言えます。言葉数を増やして、論理を積み重ねることは思っている以上に簡単です。
聞く側に問題がないともいえません。口が上手い人には容易くダマされますし、みんながこっちだからという単純な理由だけで流れにのってしまうこともあります。
後述しますが、芸術は「みんながこっちだから良いもの」というものではありません。それは、買い物をする時の思考であって、芸術的な思考ではありません。同じモノサシで測ってはいけません。
芸術とは、ある意味「流行」とは真逆に位置するものだからです。
 「偉い学者の本を読んで、わかった気になっている人は何も感じていない」
言葉数が増えるのは、感じたものが少ないからでしょう。
空虚なものほど多く語られる現実があります。
本当に美味しいものを食べたときほど何も語れないのと同じで、多くを感じ、感動し衝動を受けたときほど、言葉数が少なくなるものです。
 その少ない言葉の中からさらに、もっとも「この感情」に近い言葉を選ぼうとします。結果的に、話す言葉が洗練され、詩的なニュアンスに近づきます。
 「真の批評家は立派な芸術作品を題材にして批評をするのだけれど、それ(そのもの)が詩としての作品になり得る」

芸術とは、言葉にならないものを表現する作業です。
感じているものがあり、それを自分の外へ吐き出したい、でもその「何か」がよくわからない。葛藤と苦悩を経ることで芸術的な『作品』へと昇華されていくものです。
 「批評家は詩人でなくてはならない」というのは、批評をするのであれば、その人が感じたもの以上に、あるいは感じたものと同等程度のものを感じていなくてはいけないということになります。そういうことがあってはじめて批評をしたのだとしたら、そこで発せられた言葉は、詩的な響きが伴っているはずです。
 上辺(うわべ)だけの言葉を用いて評論するのであれば、「批評」するべきではありません。からっぽな言葉で周囲を惑わすべきではありません。
 何も感じていない人の批評は、『批評』とはよびません。
これは言葉の論理と積み重ねでできますが、本当の批評とは言葉の洗練と感受性がどうしても必要だからです。
同じ「ことば」を扱う者であっても、立場としては全くの逆、意味もスタンスも違います。
いずれにせよ、芸術に関わろうとする人は、後にも先にも「感受性」が必要になるということです。

*** 
何にも感じない人がいます。
誰かが一生懸命言葉にした「気持ち」を、世の中の常識や価値観だけで「それは、こういう風にすればいいんだよ」と言います。一生懸命生みだしたものも感じない人の前ではただの現象にすぎないのでしょう。川辺で石ころが転がっているのと同じようなものなのでしょう。
何も感じていない人ほど、世間の価値観や常識に抜きさし難い執着をもちます。
自身に拠り所とするものがなければ、世間や社会の考え方に頼る他ありません。その世間の考え方を自分の考え方だと思う厚かましさがなければ、柱のない家屋と同じように、脆く崩れて生きていくことができないのでしょう。
世間の価値観や常識は、生活をする上で大切であるのは言うまでもありません。
でも、そこに傾倒するばかりでは、オリジナリティなど生まれないものです。
 「芸術やギターのことを話そうとしても、自分の低いレベルのところまで下げて解釈しようとする。だから、ぼくは黙ってしまうんや」
みんな誰もが自分の解釈で話を聞きます。
自分のレベルや身の回りのことに置き換えて話を聞きます。ただ、それはいろいろなものを感じて話そうとした人に対して、失礼になることもあるのだと知っておかなければなりません。
 そうなる時というのは、たいてい話をきちんと聞いていないのです。
 相手を見てから誰だって話をします。わからないことを伝えようとはしません。きちんと伝えれば伝わるだろうと思うから、人は話すのです。
まだ歩き始めて間もない子供に、世の中の社会の仕組みや因数分解を話そうとは思いません。同じことです。伝わることしか伝えようとしないのです。
 
相手と自分は同じではありません。
大切にするものも違えば、大切にしたい理由も違います。相手と自分は同じ、と思うと本当にこの人の言っていることを理解できているかと止まって考える謙虚さが生まれなくなります。そうすると成長はできません。
感じないのは、それ以前に感じようとする気持ちが失われているから、ともいえます。松田さんがこんな話を以前してくれました。
 「新神戸駅ができたくらいの時かな。こっちに帰ってきた時に、駅前の工事現場を歩いとったら、その時歩道の木立の中からうぐいすの鳴き声が聞こえてきた。これほどゴミゴミとした中で一羽の鳥が鳴いている。ものすごくキレイな声だった。でもこんなに沢山の人が、誰ひとりとしてこの声に気付きもしないで立ち止まらず、いそいそと立ち去って行った」
 感じようとする気持ちは人の意識次第です。誰にだってできることなのです。
 「素晴らしいものに対して感じるレベルが、日本人は低い」
 しかも聴覚的な感性は特に低いといいます。ヨーロッパでギターを広場などで弾くと、周りに人が集まってくるそうです。そして楽しそうに聴く。周りにある家やマンションの窓が開けられます。「音」を「楽」しむと書いて『音楽』と書きますが、日本ではなかなかそこまでいきません。
松田さんが最近新幹線に乗っていた時、乗客がほとんどいなかったので、持っていたギターを弾きました。乗客が一人後方に乗っていただけでしたが車掌さんがやってきて「他のお客様の迷惑になりますので」とやめさせられました。
 文化や慣習は違いますが、日本とヨーロッパではこれほど同じ音色に対しても違います。
 貴重な時間やお金を割いてコンサートに聴きに行く人がいるものでも、感じようとする気持ちがない人にとっては、ただの「雑音」としか受け止めません。
この感受性については、芸術において特筆して大切です。
芸術において感受性は大切かと聞いた時、一言だけこう言いました。
 「メチャクチャ、大切」
 今まで強調して答えたことがなかっただけに、とても大切なのだと知りました。なんとも当たり前のような質問をしていると思われるかもしれませんが、ここを取り違えている人が多いのもまた事実なのです。
 作品の欠如した部分を感受性を深めることで補おうとすればいいのですが、表面的なテクニックや技巧ばかりに走ろうとする人がいます。それも大切です。ただ、表現者である以上は内なる発露の元に形にしていかなくてはなりません。無いものは無い。無いものを技巧で補って表現しようとしても、上達者から見ると簡単に見抜かれてしまいます。感じるものがないのです。
 「なかなか上達しない人がいて、その理由がわかったらしい。ぼくの指の動きばかり見てたんやって」
 表面的な技術に終始するのではなく、まずは感じようとするところから、芸術的なセンスを磨いていきましょう。

***
 生まれて初めてコーヒーを飲んだ人が、たまたま美味しくないコーヒーと出会ってしまった場合、もうその人はコーヒーを飲もうとしなくなるでしょう。
なんだコーヒーってこんな美味しくない飲み物なのか、もう飲む必要はないなと考えます。
逆に、生まれて初めて飲んだコーヒーが、びっくりするくらい美味しかったら…。

その人はこれからもコーヒーの美味しさや素晴らしさを求めて、何度も飲むようになるでしょう。
 一期一会の世界。だから何かを創り周囲に披露する機会のある人には、初めてその対象に出会う人もいるということ、そしてこれから先のその人の対象に向う気持ちも決めてしまう責任があることを自覚しなくてはいけません。
 「商業的に売られているCDがあって、それがたくさん売れていたとする。それを聴いた人がなんだ売れている音楽でもこの程度なんかって感じたら、もう音楽から離れてしまう」
 
仕事をしている人がもっている高い職業意識のことをよくプロ意識といいます。商売をしている人であるのなら、誰もが何らかのプロ意識をもっていないといけないと思います。
 サービスを提供し、もう一度利用したいなとお客さんに思ってもらうためには、高い職業意識がなければ本来アカの他人同士なのですから、繋ぎとめることなんてできません。
質の悪いサービスを高い価格で提供し続けているのであれば、お客さんはいずれ誰も来なくなるでしょう。
それは、当たり前のことです。自分が提供している質の悪いサービスを棚に上げて、社会や近隣の大型店のせいにしても本来は何も解決しません。

 では、芸術家にプロ意識は必要でしょうか。
 芸術家として作品に魂をこめ、自ら主張する作品を創っていくためには、自分は芸術家だという高い職業意識がないといけないのでしょうか。素人とプロの違いをこう説明して下さったことがありました。
 「“アマチュア”は、どうしてできないのだろうって考える。“プロ”はこうすればこうなるとわかっている。賢いビジネスマンのようだ」
何を始めるにしても最初は上手くいきません。
どうしてこんな簡単なことができないのだろう、もしかして自分には才能がないのかな、他の人はもっと上手くできるのに、と誰もが最初は悩みます。そこで諦めてしまえば素人のままです。そこを我慢し、レッスンに積極的に参加し、教えてくれる人の話を真摯に聴き練習していけば、いずれなぜできないのかがわかるようになります。
たとえば、座る姿勢が悪かったからとか、使っていた部屋の音の反響がよくないからとか、できるのに練習をさぼったからとか、理由がわかるようになります。
 「アマチュアの方が、“純粋”に芸術をみる」
 直接的な理由、間接的な理由いろいろありますが、こういったことが理解できるようになるのは、それなりに確かな技術と知識がついてきたからです。でも、これは次なるステップの一つの過程にすぎません。
 芸術家は、プロではないからです。

 「芸術家はプロとは違う。『なんて素晴らしいのだろう!』『なんて美しいのだろう!』『どうしてこんなにキレイのだろう!』と感じ、それを表現しようとする人である」

プロは、正解を知っています。
何が正しいのか、何が間違っているのかをよく理解しています。それは、「自分の中の正解」の模索に重きを置いているといえます。「答え」というのが自分の中のどこかにあって、それを探し形にすれば、過去の知識からこれだけの反響がでることを知っているのです。
 「プロになろうとすると、芸術ではなくビジネスになる」
芸術に「答え」はありません。
芸術には、学校の模擬回答のような型にはまった正解はありません。そんな『X×Y=XY』だということを知って誰が感動するというのでしょう。どうして感銘を受けたりするのでしょう。芸術家は、誰もがわかっている思考の範囲の「外側」へ連れ出して行ってくれるものでなくてはいけません。

 芸術家はプロ意識とは違う世界を持っている人です。プロであってはいけません。
 芸術家の卵は、アマチュアを経てプロになるのではなく、アマチュアから真の芸術家へと変貌していくべきなのです。
(続く)=乞うご期待

マリオ・カステルヌオーヴォ・テデスコの作品

投稿byAkinobu Matsuda (2012/11/25)
 若い頃の話です。
 夕方、薄暗い座敷に寝転んでいて、ふと壁に掛けた2人の巨人が雲の上に体をのり出して殴り合いをしているゴヤの絵に目が行きました。それは何処かの展覧会で買って来たエッチングのコピーの一つでした。これをギター音楽で表現するとどんな曲になるだろうと、頭に浮かんで来る音楽を考えていました。その数日後マリオ・カステルヌオーヴォ・テデスコのゴヤのカプリッチョの楽譜をみてこれだ、と思いました。わたしの様な非才がゴヤの絵の世界を苦心惨憺して音楽にしなくても、こんなに凄い音楽をギターの為に書いて下さった方が居る。わたしはギター音楽の演奏家なのだ、と言う自覚がその時に生まれました。
 因みにゴヤのカプリッチョスはセゴビア先生は演奏しておられない。不肖わたくしが「先生への捧げもの」をCD(「Sound of the Guitar 3」 )に、その他数曲は世界初演をしている。(2012/12/8-校訂)

無題(自分が上手いと思った事がない)

投稿byAkinobu Matsuda (2012/12/20)
わたしは自分が上手いと思った事は一度もない。その上勿論の事、自分以外のギター演奏も全く上手いとか凄いと思った事も無い。信じて欲しい。
 なぜか???
 自明の理です。セゴビア先生の晩年、来日中ずっとお世話をさせてもらいましたが、師セゴビアがあまりにも凄かったからです。上手さの次元が違ったのです。
 昔ジョン・ウィリアムスがこんなことを言っていました。Maestro Segoviaは1つのツアーで5つのプログラムと2、3個のコンチェルトを弾く事が出来る、が自分は1つのツアーで2つのプログラムと1個のコンチェルトを弾く事が出来ると。5つのプログラムと言いますと今夜はAプロ、明日はB、C等主催者の選んだ5つのうちどれでも何時でも完璧に弾けるという事です。
 さて上記は通俗的な話です。真実は、・・・・
 頭脳(頭)に指揮者が居てなお且つ頭脳の評論家が居て、それらの人々が、お前達は駄目だと言うのです。お前達とは奏者の指達の事です。
 何故わたしがこんなことを言うかと言いますと、指揮者は審査員でそしてトレイナーであり、評論家は詩人であるから気難しいのです。
 ギターソロをするとはそれほど難しい仕事なのです。

松田晃演クラシックギターコンサートを終えて、加藤守節(2012/11/19)

 先生のコンサートでいつも驚かされるのは、名器 トーレスから紡ぎ出る音色の美しさと豊かさ、曲に応じた音色の変化と絶妙のテンポです。これまでにもコンサートで同じ曲を弾かれた事がありますが、回数を重ねるたびに音色と運指、それとテンポが異なり、今まで何気なく聴いていたフレーズがとても美しくなる事が度々あります。
 このことにより、演奏が詩情溢れるものとなり、音楽に魂が宿り聴衆に大きな感動を与えるのではないかと思います。
 幾度となく先生のコンサートを聴かせて頂いていますが、今回のコンサート会場であるチャペルは、ギターの音色と響きが会場の隅々まで届き、今までに聴いた先生のコンサートの中で最高の感動を味わう事ができました。
 私は「松田晃演クラシックギターコンサート開催にあたって」の挨拶文の中で、松田晃演氏は作曲家が思い描いていた感情や精神が表現できる「芸術性豊かな唯一のギタリスト」と紹介させて頂きました。しかしなから先生の演奏は作曲家が思い描いた以上の美しさでその魂を表現しているのではないかと感じています。
 聴衆の皆様のなかには1982年来日された、アンドレス セゴビアのコンサートを聴いて感動し、30年振りにまた同じ感動を味わいたいという思いで、聴きに来られた方もいらっしゃいました。その方は先生の演奏が終わるたび、満面の笑みで感動を表していたのがとても印象に残りました。そのお顔を拝見しコンサートを開催でき、私自身とても幸せな気分にさせて頂きました。
 翌日には公開レッスンがあり、被災地にある名取北高校ギタークラブの部員の方々をご招待させて頂きました。最後の質問コーナーで一人の部員の方が「先生にとって芸術とはなんですか?」との問いに、先生は「芸術は命がけでやるもの」と答えていらっしゃったのが、とても印象的で心に残っています。
 先生は命がけでギター音楽芸術を学んでおられる。未熟者ではありますが、松田晃演ギター音楽芸術の継承するための私自身の努力が必要であり、また多くの方に広める努力も続けていかなければはならないとつくづく感じました。
 主催者としてはじめての経験で至らぬ点も多々ありましたが、公開レッスンも含め大きなトラブルもなく、無事に終了する事ができました。(松田晃演註) 開演直前にチャペルで蹴つまずき、床にドドーと倒れ込み関係諸氏に大変なご心配をかけました。大きなトラブルと言えばそれだけでした
 この経験を糧にして、継続して仙台で演奏会が開催されるよう今後とも精一杯努力して いきたいと思っております。

佐藤眞貴子2012.10.5によせて(2012/11/19)

 松田先生の「SOUND OF THE GUITER 4」のCDを持っておりまして、そのギターの音色の美しさに、拝聴するたび感動しておりました。
 その松田先生のコンサートが仙台で!! あの音色を直にこの耳で!!というので、10月5日をとても楽しみにしておりました。
 当日は仕事帰りという事もあり、場所も最高のシチュエーションのチャペル。そこに響く美しい音色… と想像するに、正直 あまりの気持ち良さに夢の世界へ行っちゃったりして…? と、 不安がちょっとありました。
 が! コンサートが始まり、先生の奏でる様々な音に聴きほれ、素晴らしい指さばきに見ほれているうちに、あっという間に終わりの時間が来ていました。目を開けていながら、夢のような時間だったように思います。
 時に荘厳で、時に軽やかに。一緒にいった友人も「すごいね! すごいね!」の連発でした。 アンコールにも何度も応えて下さった事も嬉しく最後には、先生にサインもいただけて、想い出に残る一夜となりました。
 また、このような機会が訪れますように。
先生のご健勝とますますのご活躍を心よりお祈りしております。素晴らしい夜を本当にありがとうございました。

仙台 川村裕一さん 2012/11/8


 情感がこもった素晴らしい音色に家族ともども感動いたしました。
 私共はあまり音楽のことは知りませんが、あたかもあの時スペインなど外国の地で、ギターを聴いているような、そんな感覚に浸っていたような気がいたします。
 会場がチャペルなのも雰囲気と音響の両方、効果がありましたね。
 松田先生が身近に感じられ、クラシックの魅力が最大限発揮されました。
 アンコール曲を何度もお弾きになられ、申し訳ない位でした。
 今はCDの音色に癒され、コンサートを思い出しております。
 また是非、先生の音色をお聴きしたいものです。 今後さらなるご活躍を期待しております。

横浜 ギター愛好家<Aさんから>


 松田先生の演奏会、とても心に残るすてきな演奏会でした。
 ご年齢にかかわらず、とてもアグレッシブな勢いのある演奏でとても心に響きました。すてきな演奏でした。
 本当に真摯にギターの芸術性を追求されている先生のお姿はこちらに強く伝わってきて、とても満たされた時間を過ごすことができました。
 曲の中で深い余韻のある単音がポーンと響くときの美しさは、ギター、トーレスの持つ特性と先生の表現のすばらしさとで感動の一言です。
 いつまでもお元気で、聴かせていただきたいです。

横浜 ギター愛好家<Aさんから>

 先日は、松田先生のリサイタルにお声がけ頂き、どうもありがとうございました。
 一番前に4人で陣取って聴かせていただきました。
 先生はとても79歳とは見えず、その溢れるエネルギーと情熱に感動しました。
 松田先生の演奏は、お年を経た貫禄というか、超越していますね。
 先日、私はギター発表会で、全然満足のいく演奏が出来なかったのですが、それに
 輪をかけて、打ち上げの時に先生から「あなたの演奏には何かが足りないんだよな
ぁ・・・。自分で、こういう音を出したいと思って弾いていない。人からこう言われたから弾いてます・・みたいなところがある。」と厳しいご指摘を受けました。「もっと人間的に・・・」とも言われ、落ち込みました。
 松田先生の演奏を聴かせて頂いて(僭越ながら)私に欠けているものってこういう事なのだろうなぁ、と思いました。
アンジェラス、とても素敵な曲ですね。夕映えの空に教会の屋根と鐘のシルエットが目に浮かびました。いつか私も弾いてみたいです。 
 合奏と、独奏ってまったく別物ですね。独奏はとても難しいですが、自分を少しずつ表現できるように、頑張りたいと思います。
(松田晃演註—独奏では1音1音に心を込めて弾く事が出来ます)

横浜 クラシックギター愛好家・松田晃演氏弟子<三浦有加>より

 一音一音聞き逃すまい!と全身を耳にするかのごとくに聴かせていただきました。 体と魂の深いところにまで先生の演奏が染み渡るかのようでした。
同じ曲を演奏なさっても、いつの間にか以前とはまた違う次元へと上昇し、進化を 遂げられていることに毎回新鮮な驚きと深い感動を覚えます。
 今回つくづく思ったことは、生演奏でないと絶対に伝わらないものがたくさんあるということでした。 言葉では到底説明し尽くせないような魅力的な深いギターの音色、会場での美しい響き、 息づかい、緊張感、躍動感、会場のお客様が熱心に聴き入る様子など、その時間その場所 ならではの全ての波動は、たとえ最高の録音技術を駆使したとしても、CDでは恐らく
その10/1も伝わらないことでしょう。
 名器トーレスから紡ぎ出される先生の演奏は、どの曲においても生き生きとした 生命力に溢れ、時に不規則に揺れながらも常に美しい調和に満ち充ちていました。
 それはあたかも、波打ち際で寄せては返す波の満ち引きの音を時を忘れて聴く時のような充足感のよう。
寒い日に、ぽかぽかとした太陽を背中に受け、命の元のエネルギーを浴びたような幸福感のよう。そよそよと吹き渡る、涼やかで清らかな高原の風に身を任せる時のような満ち足りた心地良さのよう。夏の山でのある夜に、ふと満天の星空を見上げると天上には大きく流れる天の川、そして流れ星・・・それらを見つけた時の感動や驚きや喜びと同じです。
 それらは、気が遠くなるほどの時を越えても、尚きっと変わらぬものです。
 「ほら、こんなにバラの花びらが降っているよ。青いバラ、白いバラ、何色とも言えないバラが・・。まるで空がくだけてバラになってしまったようだ。
ごらんよ、私のひたいも、肩も、両手も、バラでいっぱい・・。こんなにたくさんのバラを、私はどうしたらいいんだろう?
<中略>
 バラは楽園の7つの回廊から地上にまかれるという。 あたたかく、ほんのり色づいて降る雪のように屋根や木に降り注ぐ。
ごらんよ、どんなに荒々しいものでも、みんなバラの装いで優しくなってしまう。
<中略>
 私たちの生活は日々のその力を失っていくように見えるが、他方ではもっと崇高な、もっと純粋な、 内なる湧き出る力が、恵の噴水のように
全てのものを、バラの間で煌めき始めた星の元へ、届かせてくれるように思われる。」

「アンジェラス」のこの詩は、まるで先生の演奏そのもののだと感じました。
これからも尚一層のご活躍を心から願いお祈り致しております。

横浜 高田真一 2012/10/22

 先生の演奏会は大変すばらしかったと思います。演奏会を開催された木下さんに感謝しております。上野の演奏会が実現できれば
それは大変素晴らしいと思いました。先生はますます、素晴らしい音色になっていました。ありがとうございました。

松田先生のレッスン
10/10/2012 今城尚志 2012/10/21掲載

 私は松田先生に入門してこれで2回のレッスンを受けました。ギターを始めて40年近くになりますが、これまでギターの先生に習ったことはなく、独学で好きなように弾いてきました。基礎練習はあまりせず、「アルハンブラの思い出」、「魔笛の変奏曲」などに挑戦し、自分では満足でした。職業は大学の教員で、量子化学の研究をしています。大学の教員になるような人種はだいたい先生について習うより、好き勝手にやるのが好きで、そうでないと研究者として生き残れません。ある時、インターネットでギター演奏について調べているとき、偶然、松田先生のホームページに行き着きました。セゴビアの直系であり、YouTube のポンセ、バッハの演奏は素晴らしいものでした。今まで誰かにギターを習おうとは思いませんでしたが、この先生に習わないと一生後悔するかもしれないと感じ、思い切って松田先生にメールを出し入門をお許し頂きました。最初のレッスンは姫路のご自宅でした。その時、何か弾いて見てくださいといわれ、自己流の「アルハンブラの思い出」を弾きました。その時、先生は大変びっくりされ、私の演奏を「原始人が現代に現れたようだ」と評されました。自己流で40年もギターを弾いてきた人間がよほど珍しかったのでしょう。1回目のレッスンでは右手の正しい使い方を教えて頂きました。実はこれこそが私が最初に知りたかったことでした。最初からそれを丁寧に教えて頂き、価値あるレッスンでした。ただ、右手の形が以前と違うことになり、これまで弾けた曲がすべて弾けなくなりました。それから後はひたすら新しい右手の形に適応するための練習をしました。(松田註、START AGAINです)私が所有しているヤマハGC-60というギターはこれまであまり音が出てこない楽器だと思っておりましたが、この弾き方にしてからは良く鳴るようになりました。
 とりあえず右手の使い方を自分なりにマスターしては見たものの、本当にこれで良いのか半信半疑の状態で2回目の東京でのレッスンに臨みました。多少の修正はありましたが、概ね右手についてはOKを頂けました。1回目のレッスンでの課題曲のひとつにソルの練習曲がありました。その曲は本当に簡単な曲で、ほとんどが単旋律、和音は2箇所しかありません。ただ、アポヤンドとアルアイレが指定された部分が何箇所かありました。あまりに簡単な曲なので何を練習してよいかわからず、ほとんど初見に近い状態で臨みました。実はその曲こそが、右手の使い方の第2段階を習得するためのものだったことが2回目のレッスンで明らかとなります。正しい右手の形の次は、音の表情のつけ方を教えて頂きました。硬いアルアイレは駒の近くで指を硬くする、柔らかいアルアイレは手首と指の力を抜いて遠くで鳴っているような感じ、硬いアルアイレから抜くアポヤンドまでを漸進的に変化させるグラデーション、これらすべてが簡単なソルの練習曲、ほとんどが単旋律で和音は2箇所のみ、に含まれるのです。ただ、弾くだけのピアノ的演奏とこれらの音色の変化を施した演奏とは明らかに次元が異なるもので、ギターをこのように弾かないとギターを使って音楽をする意味がないと松田先生が著書、ホームページのエッセイで繰り返し述べておられます。
 松田先生に習うたびに自分のギターの音が良くなっていることに気がつきます。最初の先生として松田先生に出会えたのは本当に幸運でした。
(松田晃演註 、どのような経歴の方も一度は今の私のレッスンをお受けになると好いと思います。超初心者でも、今城先生の様な方でも、そして以前に、例えば何十年も前に私の弟子であった方でも。)

 

初めてのコンサートを拝見して 豆や珈楽 塩谷 宏太 (2012/10/15)


 松田さんは、僕が働いているお店によくお越しになられます。そんな御縁から、神戸の芸術センターで開かれたコンサートに行かせて頂きました。
 この投稿欄に文章をのせられている方というのは、ギターを松田さんの元で習われている方だったり、もともと音楽に対して深い興味と造けいを持たれている方なのだと思います。
 僕はといえば音楽を習ったこともありませんし、音楽や芸術については門外漢です。今回行ったコンサートが人生で初めてのクラシックコンサートでした。でも、そういう立場であるからこそ、松田さんの奏でる音を聴く楽しみや率直な感想について、一聴衆としてお伝えできる面もあるのだと思います。初めてクラシックコンサートで松田さんの演奏を聴いた者として、この度投稿させて頂きます。

 「時間」の感覚とは、ここまでわからなくなるものなのですね。
 松田さんが一曲を演奏されている時間というのは、長くはありません。ほんの数分、十数分ほどです。その数分を聴き終えた後というのは、名のある小説を一気に読んだような、あるいは誰かの情感あふれる人生を振り返ったような、なんとも言葉では言い表せない感覚になります。
 演奏を終え松田さんが立ちあがり、ふと自分も我に返ったときには、長い間その場にいたようでした。一つの曲の中に、詩情があり文学があり、そして人生があるのだと思いました。
 演奏中は、指の動きを見ないようにしていました。初めてその指の動きをみる人間にとって、あまりにも複雑にそして指そのものに意思があるかのように動くので、見いってしまい、奏でる音が耳に入らなくなります。抱え込むようにギターをもつ松田さんは、音を「弾いている」というよりも、音を「生みだしている」ように見えなくもありませんでした。
 ふり返ってみると2時間のコンサートはあっという間だったように思います。けど、その2時間は、誰かと喫茶店で雑談をしている2時間とは比べられないほど、贅沢な時間でした。
 松田さんの演奏は、ただ目をつむってなんとなく聴いているだけの人にとっては、何も聴こえてきません。聴く側が何かを感じ取ろうとしなければ、そこには『閉ざされた芸術』があるだけです。
聴く側がその音を感じとろうとすれば、松田さんは、いつでも『生きた芸術』を見せてくれます。芸術の扉を開けて下さいます。初めてのコンサートを聴かせて頂いて、そう感じました。
 僕にとって『芸術』とは、重たい扉で閉ざされたようなものでした。その扉の向こう側に「何か」があるのは知っていました。けど、あえて知らないふりをしていましたし、あの向こうにいる人というのは「別世界の人なのだ」と言い聞かせていました。
一人でこの扉を開けるのには勇気がいることでした。松田さんは、内側からその扉を開け、招いて下さいました。
これからも素敵な演奏、楽しみにしております。僕もこれからいろいろな芸術を楽しみたいと思います。
また、これから松田さんの演奏を初めて聴きに行こうと考えている方、貴重な体験ができると思います。オススメ致します。
 松田さん。この度は、どうもありがとうございました。とても良い時間を過ごせました。また、コンサートがあるときは、お知らせください。時間が取れればぜひ出席させて頂きます。
 それでは、失礼致します。

塩谷 宏太(24才)

仙台ーコンサートの感想 庄野二郎 2012/10/15

 仙台市でのコンサートから10日間が過ぎましたが、私もいまだに感動の余韻に浸っています。
 あの会場にいた全ての聴衆が同じ感動を味わったことでしょう。
 私は直後の食事会で「素晴らしさを通り越して『凄み』を感じた。」と感想を述べさせていただきました。
 この感情をあとで振り返って見たのですが、おおよそ次のようなことが言えるかもしれません。
 きっと『感動』にはレベルがあるのでしょう。 素晴らしいものに接した時に私達は快感を得ます。そしてこの快感を求めてコンサートや展覧会に行ったり、本を読んだりします。
 松田先生は円熟の境地に達しておられるので、聴く者に「快感」を与えてくれるものと期待して今回もコンサートに臨みました。
ところが私が演奏を聴いて感じたのは鳥肌が立つような「衝撃」だったのです。
 演奏を聴きながら自分の魂が震えるような感覚を何度も味わいました。
先生の超絶的な技巧で生み出される数々の音色とこれを紡いで生まれた音楽はあまりにも崇高でした。
優美・華麗・・・・といったものも、磨き続けて核心に迫ると「快感」を越え、「衝撃」となって伝わってくるのでしょう。これはきっとエネルギーの密度の違いによるものだと思います。
 芸術家としての松田先生はすでに私たちの手の届かない、はるかな高みにいらっしゃいます。でもこのようなエネルギーをお持ちなのですから、先生はまだまだ上昇・進化をつづけていらっしゃるのだと感じました。
仙台での素晴らしいコンサートに参加して、また札幌でもコンサートを実施したくなりました。仲間に働きかけ、具体的になりましたらご相談させてください。
よろしくお願い申し上げます。

仙台 荒沢さん 2012/10/10

 コンサート拝見しました。今まで様々なジャンルの演奏を見てきましたが、全く別物で、(月並みな言葉しか表現できませんが)大変感動しました。ところが、実は私は、どうしても当日戻らなくてはいけない家の都合があり、断腸の思いで前半しか拝聴できませんでした。翌日の公開レッスンも楽しみにしていたのですが、いけず、全くもって残念でしかたありません。ふと考え、自分はまだ演奏を聞いたり、お近くに寄るまでもない立場なのかなとも思ったりもしました…。と、無念さばかりですが、素晴らしい演奏を感じ、いろいろな事を考え、見つめ直す事にもなりました。大変ありがとうございました。またいつか、きちんと演奏を聞くご縁があればいいなと思っております。

「音楽は思索が生きている証明であります」

2012.9.10  中村征四郎

 若い人で大原総一郎の名を知っている人は少ないでしょうが、彼は戦後の偉大な経営者であり、また真の文化人でもありました。彼は生涯、社会・思想、芸術、自然等について多くの珠玉の随想を残しています。若いころ、多くの若者と同様、わたしも彼の数々の著書を読んで感動しました。なかでもつぎの一文は今もなおわたしの心に強く残っております。
 「音楽は思索が生きている証明であります。生きた思索が奏でる音はリズムを持ち、旋律をもち、それがとりもなおさず音楽なのだとわたしは思いました。ケーベル博士(注:ドイツの哲学者)は『音楽が天分も才能もない人によって、単なる遊戯として修められる場合には、私はむしろそれを、人を愚昧ならしめ、かつ道徳的に堕落させるところの芸術と呼び、一種の罪悪といいたい』といっております。私が音楽を高く評価したのも、このためでありました。その当時から音楽にたいする私の習性は今も根本的には変わっておりません。現代のように、新しい音楽を広く気軽に楽しむのがあたりまえのようになってきた時代には、このような音楽感はありがた迷惑な束縛であるかもしれませんが、わたしは同じ遍歴の道を、今もたどっております。」(大原総一郎、「私の読書遍歴」NHK第二放送、昭和三十八年八月二十六日放送の一部)。

 松田先生が奏でられるギターの音楽を聴くたびに、「音楽は思索が生きている証明であります」といった大原総一郎の言葉がわたしの心によみがえってきます。
(松田註−1)この文は中村征四郎様からこの春の神戸芸術センターの直後に戴いていた物です。HPのシステムが少々不具合になって居て掲載が遅くなっていました。
(松田ーtwitter=呟きー註−2)中村征四郎さんの投稿を読んでわたくしは次の様な事を思いました。
  わたしは昔からギターに関心を持つ学生達、特に私の後輩である学生諸君がギター音楽の哲学性(学問に携わる者として絶対に抱くべき音楽に付いての深い関心と理解)について全然関心を持とうとしない事に大きな疑問をもっていた。それ(ギター音楽の持つ哲学性への関心)が在れば学生ギターはもっともっとクラシックギター音楽の発展に貢献して来ただろうに、と残念でならない。その地位、評価のされかたに付いてです。
  わたしが言っているのは、クラシックギターは他のどのクラシック音楽を演奏する楽器に比較しても意味深い内容を表現出来る楽器であるという事です。楽器演奏を通じて物を真摯に考える事が出来る事の喜びや楽しみが存在する事を、頭脳の優れた若者がどうして気が付きそれを身に着けようとしないのだろうと不思議に思って来た。
  例えばヴァイオリン、殆どの奏者は自己の主張を捨てて、合奏にその生活の糧を得る為に演奏する事で生きておられる。会社で言えば社長の思いとか言いなりに成ろうとする忠実な部下である。詰まりオーケストラでその団員として音楽を演奏する事は演奏家として思索をする演奏の場とはならない。ピアノは音が大きすぎる。
  もっと言えば大勢のオーケストラの楽団員は自分では哲学をしない。せよと言う偉大な指揮者も居られるかも知れないが、一般の指揮者のもとでは、言わば学芸会の様相を呈して来る。
  偉大な伝説的な指揮者、チェリビダッケさんはわたしがシエナに学んでいた頃クラスを持っておられたが、自分の考えを楽団員に伝える事が出来る指揮者は自分以外に居ないと断言しておられた。(その為か彼は世界の指揮者界で総スカンを食っておられたのかも?)つまり自分が考えている通りに楽団員に弾かせる事のための教室であったから。そこでは楽団員の存在価値は何処にあるのだろうか?
  それに比べるとギタリストはそれぞれがオーケストラの指揮者であり、オーケストラのオウナーです。そのオーケストラの指揮者であり、オーケストラのオウナーが何故思索しようとしないのか。思索しようとしない指揮者の下に在るオーケストラは何の価値も無く滅びる。絶滅寸前の絶滅危惧種です。
  どうか優れた頭脳の持ち主であるインテリ階級(詰まり知的なものに対する探究心、好奇心の強い方)の方々がこの絶滅危惧種であるクラシックギターを救って下さる救世主になって頂きたい。真のギター音楽の絶滅の危惧を憂える人間がわたくし一人ではどうにも成らない時期に来ています。
  その暁にはわたくしは毅然としてギターを持って演奏する事が出来るでしょう。

 

横浜「松田晃演ギターリサイタル」に寄せて
セゴビアギター愛好会代表    木下敏雄 (2012年8月30日)

    松田先生に師事してかれこれ40年近く、先生からは計り知れないほどの裨益(註)を受けました。この間、毎年欠かさずに先生の演奏会に足を運び、ある事に気付く事になる。
  先生の演奏会では、心揺さぶられ、時経ても色褪せることなく鮮明に記憶に残る演奏がその日の演奏会にあるのです。
    思い起こせば40年近く前、神戸の中山手教会で演奏されたバッハの無伴奏チェロ組曲第1番からの前奏曲の演奏(今回演奏の編曲は違います)、完全にギターという楽器を越えた演奏、鳴り響く音の世界に引き込まれる体験。
 以来、都市センターホールでのタルレガの「マリエータ」、軽井沢ミュージックサマースクールでの、テデスコの「子守歌」ソルの「メヌエット」藤沢市民会館でのタルレガの「アルハンブラの思い出」ビラロボスの「練習曲第11番」、朝日離宮ホールでのバッハのリュート組曲第4番からの「前奏曲」、東京オペラシティ・リサイタルホールでのテデスコのソナタから「メヌエット」ミランの「パバーナ」等々。ギターという楽器を忘れさせる音楽の世界と言うか、否、これこそ究極のギター演奏が織り成す「美の世界」なのかも知れません。
  このような体験は日常の音楽会ではそうある訳ではない。他のジャンルでは初来日の小沢征爾率いるボストンシンホニーのベルリオーズの「幻想交響曲」、イギリスのロイヤルフェスティバルホールでの巨匠アンドレス・セゴビアのリュート組曲4番からの「メヌエット」の格調高き演奏。今でも耳に焼き付いています。横浜の県立音楽堂での永遠の青年、ヘルマン・プライのシューベルトの歌曲等々です。
  心身共に疲労困憊期においては、音楽の功用は余り期待出来ないものでありますが、例外のあることを知った。美しい音楽・極めつくされた究極の演奏は、人々の心に浸透し、たまゆらの別世界を形成する。
  まさしく松田先生の演奏会ではそれが体験できるのです。今回のリサイタルは一人でも多く松田先生の極めつくされた演奏を聴いて頂きたく企画したものです。
  ご来場をお待ちしております。

      註)裨益「ひえき」とは 役に立つこと。の意味です。少し気取ってみました。

 

オリンピックのメダル行進
松田晃演のブログ(2012年8月26日)

 私が生まれて初めてアメリカの地を踏んだのは今からジャスト50年前の春先の寒い頃でした。ヨーロッパでギターを学びアメリカ各地でコンサートツアーをしながら日本に帰る途中イギリスのサザンプトンから2万トンの船に乗ってニューヨークに着きました。着いて数日後アメリカ初の宇宙飛行士の帰還パレードがニューヨークのメインストリートで行われました。それは大変な騒ぎで、わたしが一番驚いたのはあの摩天楼のビルが建ち並ぶ街路を宇宙飛行士がオープンカーで進むのですが、上から凄い量の紙吹雪がまかれ、高いビルの窓が一つも見えなかった事です。そしてわたしは紙吹雪を撒いている無数の人々もパレードが全く見えなかっただろうという事でした。
 銀座のオリンピックのメダル行進は人の数ではニューヨークに負けないだろうし、上からの映像が美しくオリンピックの感動を新たにさせてくれた。
  (註)わたしがヨーロッパに行った52年前にはローマでオリンピックが開催されていた。

 

短編[Ponce Prelude]中森 良二創作にあたって、への追加文
2012年1月25日(水) 

 私は、以前から松田先生のCD「Sound of the guitar3」の最初の曲、PonceのPreludeは、本当に不思議な感覚を持っていて、色々な場面を創造(想像)させられる曲であると感じていました。しかし、単純な感想を述べてもありきたりのことしか書けないと感じ、いつか「創作文」を書きたいと思っていました。素人の私が書く文章なので不適切な箇所が何箇所もある文章とは思いますが、昨日、松田先生の投稿欄に載せていただく栄光を得ました。この文章を書くにあたって、この曲を聴いていて常日頃感じていることを、後述として書かせていただきました。

 PonceのPreludeについて
 この曲は、毎日のように聴いています。多いときでは続けて5回ほど聴くこともあります。今日も、何度か聴いてきました。ルネサンス時代に完成した様式(音楽・建築など)が行き着くところまで行き着いて、更に発展する過程で、ある意味、様式の再編を余儀なくされた時期がバロック時代と認識していました。今で言うところのアバンギャルドでしょうか。直線から曲線へ、突如としてあらわれる不思議な感覚、先生の弾かれるポンセは、空中へと大きく広がるバロックの建築物(とりわけ、奇抜でアンバランス、それらが絶妙な感覚でマッチしている)を思い起こします。遠近法とでもいうのでしょうか、音の「立体的な響き」・空間での何ともいえない「浮遊感」などが、松田先生が言うように、ポンセの「フランス風な洒落た流麗さ」に支えられて進行してゆきます。そこに、タルレガの絶妙なポルタメントさえ導入され聴く者を不思議な世界へと誘って(いざなって)くれます。表現を変えると「美しいフランス人の女性が、着古したデニムのジーンズに真っ赤なフェラガモのハイヒール、ゆったりとしたグリーンのセーターの胸元から“いびつで不揃い”な、しかも、この上なく美しい真珠のネックレスが覗いている・・・。しかし、髪は美しくセットされて・・・。」という情景が浮かび上がってきます。

・・・・・というようなことを感じながら文章にしました。

2012年1月27日(金)中森良二

 

サンデーギタリストの会=戸田恭敬(2012/6/16 )

こちら、サンデーギタリストの会の戸田恭敬です。
今日は、とても良いコンサートでした。

松田先生のコンサートは初めてでしたし、トーレスのギターというのも現物での 演奏も、初めてでした。
チケットの件も、いろいろとお世話になりました。

音楽は、ギター界の最高だと思いました。 音楽的なセンスは、究極の目指すところを表現されていると思いました。

使用されたギターのトーレスですが、バイオリンで言えば、オールドのシルバー の音かなと思いました。余分な音がでなくて必要な音だけがしっかりと出ている という感じでした。

でも、単にシルバーというのではなく、松田氏の強いタッチに耐えられて、それ に応えられるだけの強い音が出ているというのが、楽器のすごさを感じました。

世間では、そこそこの名前も売れているギタリストが、コンサートの都度使用楽 器を取り替えている。 また演奏する曲も次から次にどこかの国で沢山売れたCDに入っていた曲を自分も弾けると言わんばかりにその曲を録音している。単にはやっているものを追いかけているだけ、自分が芸術家として誇りを持ち生 涯追求する姿が見られない。と感じることもありますが。

國安さんのおかげで、今日は、ギタリストとしてあるべき姿を見せてもらった。という素晴らしいコンサートを聞くことが出来ました。

では、簡単ですがお礼まで。

註、by A. Matsuda 1
本文内でシルバーの音とありますので、戸田さんに説明を伺いました。以下です。
「シルバー」のことですが。バイオリンの世界でよく使われる言葉で、100年以上ぐらい古くなって、木が枯れ切った楽器から出てくるようになった音を「シルバートーン」といっているようです。
註、by A. Matsuda 2
国安さんはわたしの古くからの弟子です。私のことをご存じない方々に静かにわたしの音楽のPRをして下さっています。
註、by A. Matsuda 3
ご投稿は6月15日の神戸芸術センターでのリサイタルの翌日に戴いたものですが、HPのソフトが動かなくて掲載が遅くなってしまっていました。

 

松田先生(2012年6月16日)

 こんばんは、赤穂の尾上です。昨日はお疲れさまでした。感動しました!

 今まで聞いたなかで一番よかったです。トーレスの機能が未だに現役である事を世間に示しました。いつもより多めのグリッサンドしてからのビブラート、素晴らしかったです。演奏者には聞こえないでしょうが、ビブラートをした時の香水瓶をホールにばら撒いたような倍音!!楽器の音量が何倍にも広がる瞬間です。CDやレコードではけして再現する事ができない奇跡。
たまたま居合わせた聴衆だけがその奇跡の証人だと思います。それはオーロラを普通の写真には写せない事に似ています。

 湿度のせいでしょうか、左手がとても演奏しずらそうでしたが・・・今まで見た事もない程自由に美しく動く左手のように見えました。おそらく先生は、もっと上手く弾けるんや、もっと上手なんやって言ってらっしゃるように見えましたが・・・僕には今まで見た事もないような境地の最高の演奏であったと感じました!!先生の若い頃のレコードによってその頃のメカニックは素晴らしいものであった事は充分確認しています。しかし早く動く指は魅力的ですが音楽の本質とは違う事のように感じます。

 あれ程美しく倍音が乱れ散る演奏会は、僕の経験ではザルツブルグのモーツァルテルムの小編成の室内楽の演奏会とイングリットヘブラーの演奏会以来でした!!

尾上克彦

註、by A. Matsuda
ご投稿は6月15日の神戸芸術センターでのリサイタルの翌日に戴いたものですが、HPのソフトが動かなくて掲載が遅くなってしまっていました。


こんばんわ、京都の長幡です。(2012年6月16日)

 昨日のコンサート、聴かせてもらいました、見せてもらいました、魅せられました。
 1月以上前からプログラムに記載された曲を、「Sound of the guitar」CDの録音からi-Pod に搭載して、常にイアホンで聴きながら耳にたたきつけておりまして、このたび比較しながら拝聴しました。CD版はお若い時代の録音であることと、コンサートは生演奏というハンディが あることは予測しておりましたので、もっぱら指の動作に注目しておりました。
 大変素晴らしい指の動きで、感心と同時に畏敬の念を抱きました。比較するのは失礼でありますが、もっともっと勉強が必要であることを感じました。特に気が付いて、もしおよろしければお教え願いたいことがあるのですが、それは親指の第三関節の部分をi指に預けて、親指の先端だけをまげて弦を弾くというテクニックを拝見しました。これはやろうとして努力すれば出来るのでしょうか?コツがあれば教えて下さると大変ありがたいです。松田晃演-註=私はそう言う事は考えた事もありません。その事から類推しますとセゴビア先生も多分私共が質問してもハッキリしたお返事は頂けなかっただろうと思います。頭に浮かぶ(描く)音楽に忠実に表現しようと命がけ?の努力の結果ではないかと思います。
 これをやっているプレイヤーはセゴビア以外松田様だけではないでしょうか?これが出来ると、指の動きに無駄が省かれ、大変演奏が楽になるのではと、以前からセゴビアのビデオを見ながらいつも考えており、実践しようとしておりました。でも出来ません。私は特に親指の全体の動きが重いということが最近解って来て、リハビリをしておりますので、無理なのかも知れません。
 Giuliani練習曲などで、日常意識しながら練習をする以外ないでしょうか? 松田様はどうしてあのテクニックを得られたのでしょうか?元々持ってらしたものでしょうか?あるいはセゴビア先生のご指導があったのでしょうか?
これからも御身体に留意されて、演奏活動をされることを期待しております。近場でコンサートの開催予定があれば、是非行きたいと思っておりますので、ご案内下さい。
 失礼致しました。ありがとうございました。

コンサート開催に寄せて・・・札幌より中森良二(2012年5月8日)

この文の少し前に中森良二さんから頂いたメッセージがありますのでこの文の後に掲載致します(2012/5/28)

 わたしは、松田先生ほど美しいギターの弾き方をするギタリストを知らない。その演奏する姿は、まるでギター自体が身体の一部分であるかのような錯覚さえ覚える。
 1968年、わたしが、ギターを始めて3年ほど経ったある日のこと、田舎の小さな書店で見つけた一冊の雑誌。その真ん中ほどのページに、虎ノ門ホールでの演奏会のグラビア写真が載っていた。真っ白いタキシード、中指と薬指の二本の指でハイポジションを押さえ、多少首をネック側にかしげた姿が斜め前から大きく写されていた。その颯爽とした美しさに胸をわくわくさせたものだ。田舎にいた私は、彼が、アンドレス・セゴビアの高弟であることも、当時の日本を代表するギタリストであることも知らず、札幌に住んでいた兄に頼んで「松田二朗バッハを弾く」「プラテロと私」「ホームコンサート」というレコードを順次購入した。スピーカーから流れてくる音は、羽毛のように柔らかく、いくぶんスペイン的に乾いた音色で、当時としては、じゅうぶんに都会的な洗練されたものであった。また、音色の多彩さには目を見張るものがあり見事な立体を作り上げていた。その頃、さかんに売り出していた有名なギタリスト(映画音楽で有名)のように雑な部分は一つもなく、特に、アルベニスのグラナダやトローバのノクターンなどの洗練された美しさは、しっかりと私の心の襞に沁みこんでしまった。
 私が、雑誌やレコードで知りえた、松田先生は、既に、セゴビアやジョンの指導によって完成されたギタリストとして活躍していた。雑誌に載っているコンサートの講評は先生を賛美する文面ばかり、「いつかは実際にコンサートを聴いて見たい」との思いが風船のように膨らんでいった。しかし、仕事の忙しさや人生の趨勢のなせる業か、自然とギターから遠ざかっている自分がいた。その間、急速な時代の変化と共にあらゆるものが変わった。レコードからCDへ、ギター音楽も然り、急速に指板を駆け巡る指、迫力ある音・・・。曲芸に近いギター音楽が巷に溢れていった、ギターが最も美しい「歌」を捨てつつあった。加えて、ギターレストなどという奇妙なものまで開発され、見た目も美しさを失っていった。感動の無いギター音楽・・・。めまぐるしく変わる世の中・・・。
 私は、3年ほど前、30年間という長いときを経て、松田先生の音楽(CD)と再び、めぐり合うことが出来た。スピーカーから流れてくる美しい音は、まぎれもなく、あの当時の面影を宿している。しかし、その音は、より多彩に、より深く変貌していた。まさに30年の空白を埋めてあまりある美しさであった。30年前、頂点を極めた人がチャレンジャーとして更に頂点を極めようとしているのである。きっと「芸術に頂点なんて無いのさ」とでも言っているように・・・。
 2009年、遂に札幌で松田先生のコンサートを聴くことができた。真っ白いタキシードを身に付けギターを構える姿は、音楽に勝るとも劣らないくらいに美しい姿であった。
 先生の音楽に接するたびに突きつけられるもの「君はギターが聴きたいのか、それとも音楽か・・・。」コンサートの成功を札幌からお祈りいたします。

松田先生との出会い(2012/5/28掲載)

 はじめまして、札幌の中森です。松田先生を挟んで、皆さんとめぐり合えた事に、この上ない喜びと感謝を感じております。人生も後半にさしかかり、このような繋がりは何事にも勝る楽しさを与えていただいたと思っております。
 少し、私自身について紹介させていただきます。私の年齢は61歳、札幌で小さな学習塾に籍を置いております。10年ほど前、経営者が亡くなり、その後、3人で、今の学習塾を引き継ぎ、現在に至っております。信念としては「子どもは国の宝」と心得、子供たちに少しでも影響を与えることの出来る環境にいられることに感謝しつつ毎日を送っております。ギターは本当に下手の横好きですが、高校生の時から、かれこれ45年間ほど弾き続けております。演奏のほうは・・・・・?ですが、片時も離したことはありません。

 松田先生との出会いは・・・と言っても、雑誌やレコードでですが、私が20代の前半頃、今、仙台でギター製作を行っている同郷の友人に、「松田二朗さんという凄いギタリストがいる。」と教えてもらい、松田先生のレコードを購入しました。確か、片面に、三宅榛名さん編曲の「日本の歌」、もう片面には「アルハンブラ・魔笛などの名曲」の入ったオムニバス盤でした。魔笛の変奏を聴いたときには背中に鳥肌が立つような衝撃を受けたのを今でも鮮明に覚えています。それまで、イエペスや阿部保夫さんなど色々な人の「それ」を聴いていましたが、ダイレクトに音楽を感じたのは松田先生がはじめてでした。それから、「バッハを弾く」や「プラテロと私」などを購入し、それこそ盤が擦り切れるほど聴きましたが、レコードからCDへと変わり、また、レコードプレーヤーも使えなくなり、街のCDショップを覘いてみたのですが先生のCDはどこにも無く、先生の演奏を聴くことができなくなってしまいました。それからは、巷で噂になっているギタリストなどのCDを購入して聴いていました。最初は、めまぐるしく動く指に驚きを感じていたのですが、「感心はするが感動はしない」ということで、次第にギターのCDを聴かなくなってしまいました。3年ほど前パソコンをいじるようになり、遂に先生のホームページとめぐり合いました。早速、CDを購入し、逸る気持ちを抑え、スピーカーの前で全身を耳にして聴き入ってしまいました。スピカーから流れてくる先生の演奏に「この音楽が聴きたかったのだ!」という感覚、長年、恋焦がれた人(女)に再会できたような気持ちでした。思い余って、先生にEメールをしたところ、返信があり感動しました。そればかりではなく、2年前には、遂に札幌で先生のリサイタルを聴くことができ、また、打ち上げの会食で先生とお話をすることさえ出来ました。その時、リサイタルを聴いた感動への感想を書き先生に送った次第です。下記にその文面を乗せさせていただきましたので、御覧いただけたなら幸いです。
 以上、皆様のような、素晴らしいギターの仲間を紹介していただいた松田先生に感謝しつつ、拙い自己紹介とさせていただきます。
2012年4月10日(火)中森良二・札幌

ギターは小さな星のオーケストラ(2012/5/28掲載)

ついにその日がやってきました。「松田晃演~名器トーレスを奏でるクラシックギターコンサート~」・・・私は、この日をどれほど待ちわびたことか・・・

真っ白いタキシード姿の松田先生が、愛用の名器トーレスを携えステージに現れました。にこやかな笑顔の後、一瞬、遠くを見つめるような目を愛器の指板に移し、静かに和音を奏でました。神技ともいえるような、弾き鳴らされた六つの音から一音だけが強調され、静かなホールを柔らかく満たしたとき、不覚にも目頭が熱くなり、目を上に向けました。私の右と左の席に座っていた教え子が、不思議そうに私の方を見つめている気配を感じながら、グラナダを身体全身で受け止めていました。

グラナダ・・・二十代のはじめごろ松田先生のレコードから流れてくるこの曲の持つ「古(いにしえ)の昔から吹き抜ける地中海のぬるい風」が私の心の襞に染み込んでしまいました。目の前で奏でられている小さなギターがこれほどまでにダイナミズムをもっているのか・・・!コントラバスに支えられたバイオリンとビオラのピチカートをぬうように透明なスペインの旋律を奏でるオーボエといった響き・・・。
まるで、一つ一つの旋律が各自、美しさの主張をもって奏でられる、ロンカルリの次に弾かれたソルの練習曲(月光)。単純な練習曲がこれほどまでに生命を与えられるのを始めて耳にしました。それは、ある意味衝撃にも近い感動でした。また、禁じられた遊びのテーマがあれほど音楽的に響いたのも聴いた事がありません。

休憩を挟んで最初に弾かれた、バッハの前奏曲の最初の一音は私の鼓膜をあっさり打ち破ってしまいました。それから次々と奏でられる先生の音楽・・・ポンセの爽やかさ、タルレガの詩情、ビラロボスの神秘性、最後に弾かれたグラナドスのスペイン舞曲第10番の明るくはじけるように弾むリズム・・・。アンコールの「聖母の御子」の余韻を引きずりながら、至福の時間は幕を閉じました。やはり、松田先生のギター音楽は「小さなオーケストラ」ですね。当日は音楽を胸いっぱい吸い込んでエネルギーを充電できました。ありがとうございました。
2010・5・24中森
追伸
22日は、私の拙いギターを見ていただきありがとうございました。緊張のあまり口から心臓が飛び出しそうになりました。目の前で聴かせていただいた先生のギター・・・。本当に夢のような時間を過ごさせていただきました。奥様にも宜しくお伝え下さい。

  

ウェス・ファン倶楽部(2012/3/3)

初めて投稿いたします。ウェス・ファン倶楽部(ハンドル名であり、倶楽部は存在しておりません)の徳井と申します。
ウェス・モンゴメリのサイト(http://www.ne.jp/asahi/wes.fan/club/) を1998年に立ち上げました。
元来、ギター好きからウェス・モンゴメリにたどり着いて、彼是45年くらいになるかと思います。
いつもの日課のネット・サーフィンでウェスのネタを探していたら、偶然にも松田晃演さんのサイトに目がとまりました。
松田さんがウェスのライヴを見に行かれたことが投稿欄に書かれてあり驚愕のあまり投稿させていただきました。
以前より松田さんがアンドレス・セゴビアの高弟であることは承知しておりましたが、クラシック・ギターの松田さんがジャズ・ギターのウェス・モンゴメリとどのような関わりがあったのか、大変興味深く読ませていただきました。
1964年4月、アメリカ公演中の息抜きとしてデトロイトにあるジャズ・バーにウェスのライヴを見に行かれた(年代から考えるとウェスがよく出演していたドローム・バーと思われる)ということは、おそらく日本人としてウェスと会ったという
数人のうちのお一人、もしかして最初の人になるかも知れません。
松田さんがお撮りになった4枚のウェス・モンゴメリ・トリオの写真は私の研究資料に大いに役立つもので、オルガンはインディアナポリスの僚友メル・ラインですが、ドラムスはおそらくジョージ・ブラウンでしょう。
何より驚かされたのは松田さんの著書「ギターは小さな星のオーケストラ」の中に掲載されたウェスとのツーショット、こんな形で残されていたことは前代未聞です。この感激記事は私のサイトで是非とも紹介させていただきたく思います。

松田さんのサイトで紹介されていました《聴くギター音楽CD/ARMレコードソサエティー/ARM-3005》拝聴させていただきました。
私の若かりし頃の聴き覚えのある曲がたくさんありました。やはり、ギター・サウンドの原点はアコースティック、生音ですね。
楽器の種類はともかく、ソロにおけるプレイはクラシックもジャズも紙一重の差で受け止められます。
私はある分岐点からジャズに道をたどりましたが、けっしてクラシックを捨てた訳ではありません。
いいものはジャンルを超えています。松田さんのこのCDに収録された音楽は広く受け継がれるべき内容を誇ります。
本当にいい音楽に出会いました。ありがとうございました。

松田晃演註
私のデトロイトでのコンサートの終演後、主催者がジャズを聴きに行かないか?今晩はWes Montgomeryかまたはチャーリー・バード(彼はジャズであるがクラシックギターの銘器フレタを弾いているとの事)どちらにすると聴いて来たので、即座にWes Montgomeryと答えました。
オルガンのリズム感と言いますかその迫力に圧倒される様で思わず休憩中にオルガニストを捕まえて話していた。彼に何時か日本に来ると好い等と適当なことを言った所、是非行きたいのだがWesが船も飛行機も駄目なので残念だと言っていた。自分だけでも行ければ行きたい等と言っていた様な記憶もあるがはっきりとしない。

 

〈閲覧者の往復書簡〉
音楽の波紋(2012/2/14掲載)

 はじめまして。(2012/2/3)

東京都在住のimajo尚志と申します。年齢は51才、職業は大学教員です。
 ホームページでギターについてのエッセイを大変興味深く読ませて頂きました。また、「聴くギター音楽CD」と「Sound of Guitar 4」を購入し聴いております。私は自己流ですが、ギターを40年近く弾いて参りました。最初は歌の伴奏から始まりましたが、クラシックギターを勉強し、不十分ながら「アルハンブラの想い出」、「魔笛の主題による変奏曲」などを弾けるようになりました。
 ギターは小さなオーケストラであるという言葉は以前より知っておりましたが、エッセイを読み、それからCDを聴いてその本当の意味が分かったような気が致します。オーケストレーションを施していないギター演奏は、ただ弾いたというだけで完成していないのですね。 色がついていない下絵のようなもの、クリープを入れないコーヒー(私はブラックが好きですが) のようなものと理解しました。そのような認識を得てからは、自分の演奏のみならずこれまで聴いていたギター演奏が別のものに聞こえます。聞きながら、ここはこうしたら良いのに、ここはこうして欲しいなどと思うのです。
 現在、これまでのレパートリーにオーケストレーションを施そうとしています。まだ技術的に未熟な段階でそのようなことをしてはいけないのかもしれませんが、とても楽しいです。時間がすぐに過ぎてしまいます。本当は松田先生に入門して教えて頂くことが必要なのだと思いますが、鹿児島にお住いということで、これはできないことと考えております。(入門していないのに先生とお呼びする失礼をお許し下さい)
 最近、自分の演奏をYouTubeに公開しました。お聴かせできるようなものはありませんが、その中に不十分ながら弾けるようになった「魔笛の主題による変奏曲」があります。それについて次のコメントが書き込まれました。「技術的にすら完成していない。テーマでテンポルバートしているのはいただけない。ソルの曲はインテンポが原則。」実も蓋もないことで少しへこみましたが、技術的に完成していないのは自覚しておりますので、指摘されるまでもないことです。表現をしたいのなら技術的に完成してからにすべきだということだと理解しました。ただ、私はセゴビアのように弾きたかったのです。おそらく松田先生に入門したとしても同じ指導を受けるのだろうと思いますが。
 このコメントの主がほかにどのような発言をしているのか気になり、検索したところ次のような発言を見つけました。
 「私はギターでクラシック音楽は不可能だと考えている。なぜか。美術作品の場合、石器時代の洞穴壁画からピカソまで何千年もの間の­作 品が鑑賞の対象となる。しかし、クラシック音楽は違う。せいぜい18世紀から20世紀初めまでの200数十年間の作品が鑑賞の­対象となるだけである。この200数十年の間にピアノやヴァイオリンのように主要な位置を占められなかった楽器の作品は鑑賞に堪えられる作品が殆どないのが実情である。この「アランフェス協奏­曲」の作曲者ロドリーゴにしてもバルトークより年齢的には20も­若いのに、作品はロマン派の生き残りのような作風で、バルトークの「ピアノ協奏曲」と比較したとき、到底観賞に堪える作品はない。村治佳織の演奏とM・アルゲリッチの演奏を聴き比べてみてもらいたい。もう月とすっぽんどころの騒ぎではない。M・アルゲリッチは実にひらめきに溢れた真の天才だが、村治佳織は単に顔が可愛いからちやほやされているだけの演奏家である。それでなくてどう­して写真集などが売れるのか。以上は私自身ソル・タルレガ・ヴィ­ラ=ロボス等々ギターの主要な作品殆どを弾いてみて達した結論で­ある。」
 さすがにこれは許せないと思い、先のコメントを削除しました。もし松田先生のエッセイを読んで、ピアノ的な演奏をする自称ギター教師には気を付けなさいとの警句を知らなかったら、私はギターを弾けなくなっていたかもしれません。このような意見を表明する方が現実に存在し、それを信じてしまうアマチュアギタリストがいるとしたら本当に恐ろしいことです。この方はご自身でギターを演奏されるようですが、おそらくピアノ的な演奏に終始して、これでは芸術はできないと判断されたのでしょう。その判断は正しいと思いますが、ギターに対する理解がまちがっています。
 長くなりました。以上は、私に本当のギター演奏とはどのようなものかを示して頂いたことへの感謝です。教室に入門はしておりませんが、すでにとても大事なことを教えて頂きました。練習していくらか良い演奏ができたら、YouTubeに出そうと思います。もし松田先生にご覧頂いてMuy Bien!と言って頂ければ望外の喜びです。
 松田様の音楽はこれからもさらに深化していかれることと存じます。ホームページのエッセイを楽しみにしております。
imajo
P.S. ちなみに私の「魔笛の主題による変奏曲は」
http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=-R0lAU3v4sk
でご覧になれます。
Comment by松田
imajoさんの僕へのE-Mail messageが興味深かったもので渡辺君、中森さんに転送しました。

中森さん(2012/2/4)
 音楽は、人の心を幸せし、生きる勇気を与えるもの、私のことを言えば、毎朝・晩と2回先生のCDを聴くことにより、励まされ生きる勇気を貰っています。Imajoさんの考えに共感します。音楽を「理屈」と「説教(それも理不尽な)」としか聴くことができず、無教養(あの程度の低い音楽知識では・・・)をさらけ出す持論しか展開できない人もいるのですね。そんな人には音楽を語る資格すらありませんね。心に豊かさをもっていない人が音楽を聴くとこうなってしまう・・・。の典型ですね。偉そうにアルゲリッチのことをのたまっていたようですが、音楽の「お」の字すらわかっていないと思います。ピアノ音楽(別に悪いというわけではありませんが)については、先生のホームページの「ギターと私」を読むとたちどころに理解できるはずなのですが・・・。
 いささか語気を荒げてしまいました。世の中、いろんな人がいますね。

渡辺潔、imajoさんのメールに関して(2012/2/7)
松田先生
人間の世界も多様で、その多様性が互いに刺激し合い新たな何かが生まれます。
哲学、政治、宗教、などなど多様な中から新たなものが生まれ発展を繰り返します。
自己の存在認識が希薄な人間ほど多様性や多面性が理解できず、国や個人の文化の違いや個人の心情を理解できない狭小な自己世界の中で、モノを捉えて考えてしまいます。全ての紛争の種の一つだと思います。
 音楽は人類誕生から存在し、徐々に発展して知性の華(古典音楽)を開花しました。
また、これから先も、世の中の流れの中で徐々に変化し続けるでしょう。
「たかだか200年のクラシック音楽」といいますが、そこには数え切れない人たちが、時代を超えて、自身の人生を賭けて、音楽文化を支え続けています。
 一人ひとりの人生ですから好きな生き方で、自身が理解可能な好きなジャンルの音楽を楽しめば好いのです。
 人間は精神的に自己世界の範囲内でなければ、物事を理解することは難しいです。
 想像力豊かであれば(誤解が無ければ)理解の範囲は広がるでしょうが。
 珠玉を分別し味わう人、石ころを集め満足する人、玉石それぞれに意味はあります。
 人(男)を何人も食ったバイタリティーいっぱいのマルタ小母さんと、いたいけなカオリお嬢ちゃんを比べること自体が的外れです。
 もしお馬鹿でなければ、市場戦略の「アイドル」として売り出していることで、彼女自身が大きな不安と悩みを抱えることでしょう。
 クラシックギターは孤島の楽園または宝島のようなもので、知性の地図と感性の磁石がないと方向が分からず、想像力の翼が無ければ辿り着けません。
 地図と磁石は全ての人が入手できるとは限りません。
 私は、たまたま(松田先生と出会えて)運良く手に入れることができました。
 日本のピアノやヴァイオリンの若い演奏家も、クラシックギターの若手と五十歩百歩のような状況だと思います。
 クラシック音楽界全体が柱(名演奏家)を失い低迷しています。
 純文学やクラシック音楽の愛好家は世界的に高齢化しています。
 若い人たちがクラシック音楽の霊感に撃たれる機会は、名演奏家の演奏しかありません・・・。

2012/7
 先のメールの追伸です。
もし宜しければ、imajoさんにもお知らせ頂ければ幸いです。
 imajoさんは、知性と感性に優れた大変聡明な方です。
 こういう方が若い学生たちを指導されていることは、日本も捨てたものでは有りません。
こういう方がクラシックギターを愛されていること、心強いです。
 機会があればお会いしたい人です。
 お馬鹿な投稿者はクラシック音楽への理解が浅薄です。
 また、西洋絵画については無知のようです。
 西洋の絵画史と音楽史は密接な関係でほぼ呼応しておりますが、絵画や建築が時代様式をリードし、やや、音楽が後追いになります。
「すっぱくてまずいに決まっている、だれが食べてやるか」、自分の能力では届かなかった葡萄棚の葡萄、イッソップ童話の狐です。
 「クラシックギターへの片思いの偏愛者といったところです。残念なことですが、けっこう多いかもしれません。」
 イエメンの古代イスラム教の祈祷旋律や、エチオピアの古代キリスト教(コプト教)の祈祷旋律などが、今でも僅かに西洋音楽の原初の形で痕跡として残っています。
 これら古代旋律はローマ時代の地中海沿岸の各都市国家に伝播変遷し、イオニア、ドリア、フリギア、リディァ、ミクソリディァ、エオリア、ロクリアなどの教会旋法として今も音楽様式として残ります。
 この流れの下にロマネスク時代の単旋律のグレゴリアンチャントが生まれ、その後にルネサンスからバッロックにかけて複旋律が発達し、複旋律音間の規則性(通奏低音)の中から和声音楽が生まれました。
 ソルのギター曲の和声には、バロックの深い色合いが底に沈んでいるのかもしれません。 モーツアルトのギャラント様式にも当てはまることでしょう。
 疾風怒涛のロマン主義の片鱗もモーツアルトの中に見出せなくもない。
 クラッシクはクラス最上級(Classics)の意味があり、クラッシック音楽は最上級の音楽でなければなりません。
 クラシックギターは最上級の音楽を奏でなければなりません。
 このこと以外にクラシックとしての存在理由はないと思います。
渡辺潔

from imajo (2012/2/8)
 発送を頂き、大変ありがとうございました。また、渡辺様から過分なお褒めのお言葉を頂き、恐縮しております。渡辺様は投稿欄に玉稿を掲載されていますね。すでに拝読いたしました。私は最近まで流行の音楽や、軽業的な演奏をしておりましたので、果たしてお仲間にいれて頂けるものか心配しておりました。松田様のエッセイを読み、CDを聴き、また改めてセゴビアの演奏を聴き、心を入れ替えたという次第です。まずは良い音でよい音楽を演奏するのですね。私は大学で教育と研究をしております。専門は量子化学です。アインシュタインの理論も学生のころに真剣に勉強しました。研究というのは真理の追究であり高い精神状態となることが必要です。おそら
く芸術もそうなのではないかと推測致します。研究者にとり芸術は高い精神状態を得る助けになりますので必要なものです。真理を追究している研究者は芸術を好む傾向があるように思います。
Comment by松田—僕もそうだったのですが、ギターから始めた人は、如何に早く低俗な音楽から脱却して真の音楽の存在に目覚めるかです。
 現在の音楽界はあまり良い状況ではないようですね。科学の世界もあまり良いとはいえません。真剣に真理を追究するというよりは、新しい産業を生み出す、すぐに何かの役に立つというような研究が求められています。私はそのような流行には背を向け、自分の良心に従って真理を追究しているつもりです。新しい真理が発見されれば、その応用は必然として起こり、新しい産業などが生み出されたりします。官僚や世間はそれを理解しないのか、待てないのかということのようです。芸術と科学は似ていると思います。どちらも大変困難であり、高い技術と精神状態が必要となるはずです。それから、自分が正しいと思うことを追求すると、世間の興味から乖離していく
ということも共通しているのではないでしょうか。すみません、少々饒舌になりました。
 ところで渡辺様の文章の註に、渡辺様が東京のレッスンに参加されたとあります。
私はすこし勘違いをしていたのかもしれないのですが、現在でも東京でのレッスンを受けることができるのでしょうか? 1回でも2回でも受けられれば私にとり貴重な財産となると存じます。渡辺様にもお会いできるかもしれませんし。
Comment by松田、日本のみでは無くすべてのギターが好きな方がわたしの元に一度は集まって欲しいです。わたしは日々進化していますので一度来られた方は恐れずに1〜2年に一度は再チェックされると好いと思います。歯科医の再チェックはしたくないですがね。

渡辺(2012/2/8)
松田先生
精神豊かな人と出会い交流できることは、また一つ宝物を発見できたことです。
有り難うございました。

渡辺(2012/2/8 )
松田先生
imajoさんへのメール転送有り難うございました。
 ダビンチが芸術家であり科学者であったことは、偶然ではなく必然であることがimajoさんのメールで理解できました。
 宇宙の音律を追求したガリレイ父子にも、精神の高揚があったであろうことが推察でき身近に感じます。
 有り難うございました。

 

短編[Ponce Prelude]
 創作
By 中森 良二

 彼は、自宅の書斎にあるパソコンの前に座り、自らのホームページのブログ「ギターと私」にエッセーを書き込んだ。読者の励ましもあり、不定期ではあるが、月に2~3回書き込みを行っている。彼は書き込みを行った後、何となくyou tubeの画面を開き、Ponceとキーを打ち込んだ。パソコンの画面には、プロからアマチュアまで色々な演奏がアップされていた。「へー、こんなにPonceをアップしている人がいるのか」と驚いたように独り言をいい、若いギタリストがPonceのPreludeを弾いている画面にキーをあわせた。画面からはアップテンポで颯爽とこの曲を弾いている画像が映し出されていた。「この曲を、完成させたのはいつのことだっただろうか・・・。」遠い昔、巨匠セゴビアの夏期講習会にこの曲で、臨んだ記憶を思い出していた。

 50年以上前のこと、彼にとっては2年目のスペインでの夏期講習会、彼は、WeissのPreludeを携えて、セゴビア先生のレッスンに臨もうとしていた。バロックを代表するリュート奏者であるWeissの作曲したこの曲のハーモニーに、多少の違和感を持ちながらも、師の弾く演奏にならって、かなり速めに速度を設定した。「曲の仕上がりは悪くないな。」そう呟いて、スペインに向かおうとする彼に、イギリスの作曲家、J・Dが、「この曲は、バロック時代のギター曲のレパートリーが少ないことに悩んだセゴビアが、ポンセと結託して、バッハよりは有名ではないWeissの曲として発表したのさ。」と耳打ちした。「そうだったのか、なるほど・・・。」そのとき、彼は、この曲に感じていた違和感が解消され、頭の中が透明になってゆくのを感じた。スペインでのレッスンの初日、彼は、予定していたこの曲を変更して別の曲で、レッスンを受けた。それからは、講習会期間中、この曲を完成させるため、彼の試行錯誤が始まった。近代的なハーモニーを使ってバロック音楽を再現する。セゴビア先生とポンセの意図をどう解釈するとよいのか?彼は、テンポから見直しを始めた。そして、何度も“不揃いな、いびつな真珠”を頭の中に思い浮かべた。そこから発せられる不規則で、この上ない美しさ・・・。また、優雅なリュートによる、規律より、気まぐれな思い付きを感じさせる退廃的なバロック音楽・・・。彼は、この曲を、遅めのテンポで“バロックの曲を装った近代の曲”として音楽の解釈を完成させた。そして、そこに、ポンセの基調に在るフランス風流麗さと、ほんの少しだけロマンの風を乗せることも忘れなかった。

レッスン最終日、彼は、セゴビア先生の前でこの曲の新しい解釈を示した。セゴビア先生は、彼がこの曲を弾き始めたとき、一瞬、びっくりした表情を見せていたが、次第に、にこやかに、そして、曲が終了したときには、満足感に満ちた素晴らしい笑顔で彼の手をとって彼の目をじっと見つめた。その笑顔は、いつも講習の最後に受講するJ・W氏が演奏したときに見せる笑顔である。彼が、名実共に、セゴビア先生の後継者になった瞬間であった。

 1980年セゴビアが3回目の来日を果たした。北は、北海道、南は沖縄から彼のコンサートを聴こうとする客が押しかけ、連日満員の盛況であった。彼は、セゴビア先生の来日期間中の全てを一緒に過ごした。そして、毎日のようにセゴビア先生のレッスンを受けたのである。セゴビア先生が日本を発つ前日、「あの曲を演奏してくれないか?」との先生の所望に、彼は、思い出のあの曲、そう、PonceのPreludeを演奏した。軽く目をつぶり演奏する彼の頭に去来したものは20年前の講習会でこの曲を完成させた記憶であった。演奏を終えた彼を見つめるセゴビア先生の眼差しは、あの時と同じ満足げな笑顔であった。そして、セゴビア先生は、「昨日の雑誌のインタビューで君の事を好く言っておいたから楽しみにしていなさい・・・。」と伝えた。セゴビアは某ギター専門誌のインタビューに応えて、彼の真の後継者として、彼を絶賛していたのだ。しかし、どのような意図かはわからないが、その部分はその雑誌から削除されていた・・・。

「今では、彼(松田晃演)は自分の翼で高く見事に飛んでいる(Andres  Segovia)」

日本を発つその日、セゴビアは、この声名を世界に向けて発信した・・・。

 You tubeから流れてくる、若者の演奏を聴き終えて、「自分のやるべき事は、まだまだあるな・・・。それがセゴビア先生の後継者としての義務なのだ・・・。」そう、独り言を呟き、彼はパソコンの前から立ち上がった。

 本物のギター音楽を演奏し、次代へと伝え継ぐことの出来るギタリストは、果たして、今、何名くらいいるのだろうか?一音一音に生命を与え、ギターがギターである価値観を充分に理解し、大きな音楽を創造する小さなオーケストラ・・・ギター・・・を。

2012年1月25日(水)中森 良二

 

臨書
渡辺 潔(2012年1月13日投稿)

 私は30歳前後の頃、還俗した元僧侶から書法(習字)の手ほどきを受けたことがありますが、その後は殆ど筆を握りません。渡辺さんの「字」はそれで好いのです。上手くなろうと思ってはいけません、しかし、「臨書」は役に立ちますよ、生きていくうえで。
 「臨書」というのは、古今の名筆墨蹟を学ぶことであり習字(お手習い)とは異なります。実際に筆を取り運筆し、その墨客の筆跡から表現技巧を究明することで、墨客の生き様や思想それに表現したい情緒などを追体験する作業です。王義之の「蘭亭叙」という名墨蹟があります。太宗皇帝が王義之の真跡の全てを集め自らの墓所へ副葬させてしまい、王義之の後の時代の書家が臨書したものと、それ以外には碑に刻まれたもののみが残ります。一説には、その中でも「蘭亭叙」は最期まで収集できなかったことで、皇帝は王義之の子孫を騙まし討ちにして、その真跡を得たといわれています。
 このようなことから、書家や書家を志す人々は臨書によって自らを鍛えます。松田先生のエッセイの中に「ピアノはタイプライターでありギターは筆である」は分かりやすい文章表現です。ピアノ(ピアノフォルテ)を愛する人にとっては心外かもしれませんが、タイプライターは大変役に立つ道具であり、ピアノフォルテも音楽上は大変便利で役立つ道具ですから、決して揶揄している意味ではないと思います。強いていうならば、便利な道具であるがために、多くは、お気楽キーボード奏者の弾く駄楽器に堕ちているということでしょうか。
 若き日の「セゴビア」がバルセロナを訪れたのは、周知のように「ターレガ」に敬意を表す行動でした。残念ながら、その時点で「ターレガ」は世を去っており演奏を聴く機会を逸していました。しかし、暫くの間はバルセロナのターレガの弟子たちのサークルに身を置き、彼らの演奏に接し「ターレガ」の残照を確かめていたのでしょう。「リョベート」の演奏の中に「ターレガ」を「臨書」したのでしょうか。
 バイオリンの「パガニーニ」には極少数の弟子しかおらず、その上にレッスンを与えなかったので彼の音楽技術は伝承されていません。ピアノの「リスト」は多くの弟子を教育したので、ピアノ演奏の水準は幅広く上がりました。ギターの「セゴビア」は多くのギタリストにレッスンのチャンスを与えましたが、多くは習字(お手習い)の域を脱しきれず、得るべきものを得た人は極少数でした。しかし、多数の録音と運指つき楽譜が残されています。これらを「臨書」しなくて、今現在のクラシックギターを弾く意味があり得るのでしょうか。まず、始めの「臨書入門」として「聞くギター音楽入門」のCDと楽譜集で基礎固めをすることで、「セゴビア」が創造した美の殿堂の鍵を得ることができるでしょう。

イョラン・セルシェル(スウェーデン) ギターリサイタルを聞いて
2011年12月5日投稿

 今晩は。私はJR甲子園口の駅前商店街で「CAFÉ RIO」と言う名の喫茶店とギター教室を開いています。ギターと音楽が好きでギター暦は43年です。昨日近くのホールでイョラン・セルシェルを聴きに行って来ました。女学院小ホールはすり鉢状のホールで、すり鉢の底で演奏するスタイルです。
1800円の席は、上から背中を見て聴く席で、会場は満席でした。
 感想ですが、一週間前にYou-Tubeで確かめていましたので、予想通り無表情な演奏が延々と続く感じでした。強弱の巾はメゾピアノ~メゾフォルテでピアノやピアニッシモ・フォルテやフォルテッシモは有りません。音の美しさは有りません。ほとんど音色の変化もありません。(リュートよりも少し大きな音がするリュートのコンサートといった感じで、とてもギターとは思えません。)
 楽器は11弦ギターで、リュートとチェンバロを足して5で割ったような(2ではなく5です)頼りない音で、低音は靄がかかったような感じです。その為、ホールがギターに向いていなかったからかどうかも判りませんでした。
 あまりに退屈な演奏でしたので、一部だけで帰ってきました。
プログラム第一部
  ジョンダウラント   5曲
  ポールマッカートニー
  ジョンレノン
  ヨハン セバスチャン バッハ チェロ組曲第2番 ニ短調 全曲   でした。
猪子善太郎
松田晃演註ー近く評論、批評等に付いて私が考えたりしている事を書いて見たいと思ったりしています。

 

『ギターは小さな星のオーケストラ』を読んで
2011/11/24投稿

松田晃演氏を、おこがましくも「先生」と呼ばせて頂いてよいのだろうか?
 それでも、過日、初めてレッスン(と言って良いかどうかわからないほどの超初級者で、恥ずかしい限りであったが)を東京で受けさせて頂けたので、まるでセゴビア先生の前に出たかのようなわくわくする気分になったことを、なつかしく思い出し、これが「最後のレッスン」とならないことを切望しつつ、先生と呼ばせて頂きたいと思う。(松田註—まだ死にません。死ねません。)
 最近、先生のご著書である『ギターは小さな星のオーケストラ』を拝読させて頂く機会を得た。敢えてお叱りを受けることを承知の上で感想を表現すれば、この本は、私にとって、「100万円よりも大きな拾い物」であった。それほど、大きな感動であった。
 ご自宅の隣のお寺のお坊さんが先生のギター人生の最初の師であったお話から始まり、クラシック・ギターの世界的巨匠アンドレス・セゴビアとの運命的な出会いと、そこで弾かれた先生の演奏に、「この人こそはヨーロッパにギターを勉強に行くべき人だ」との言葉をセゴビア師から頂かれた時の言い尽くせぬ感激、さらにその後、研鑽を積まれて、偉大なセゴビアの後継者として強い自覚と、ギター音楽を、真の「芸術」に高めるという気高い意志を抱いて歩んでこられた足跡が、実に興味深く綴られている。
 さらには、先生がヨーロッパで、ギターのジョン・ウィリアムスをはじめ、チェロの達人カサド、大作曲家カステルヌオーヴォ=テデスコなど、名だたる芸術家と交友を深められたことは、先生のために、神が大芸術家への道を備えておられたという感を抱かざるを得ない。その意味で、この本は、単なるギターの物語ではなく、読者を芸術との出会いにいざなう佳作であると、私は思うし、ひとりギタリストのためばかりでなく、
プロ、アマチュアを問わず音楽に向かうすべての人に読んでほしい好著であると確信する。
 それにしても、「物事を正しく習おうと思ったら必ずその道の達人に習うべきである。・・・その道の達人は決して間違いを教えないし、その人の一言一言は真理である」との先生のお言葉は、遠く離れた遠隔地に住む私にとっては、そのような機会をたやすく得ることのできる環境に住む人がうらめしく思えるほど、重い言葉である。コンピュータのカーソルで、先生を自由に、動かせたらどんなに有難いことであろうか(先生、すみません!)。
 しかし、その一方で、「環境をその素質(筆者注:たとえ貧しい素質であっても)に合ったようにもっていけば、その素質の持っている最高のものが引き出せる」(松田註—日当りの悪い所に生えていた日光を必要とする木を日当りの好い所に移してやるとたちどころに元気になる)とか、「一本の草花にも全ての人工の衣に勝る美がある(松田註—一本の草花は着飾ったソロモンの衣に勝る)、大輪のバラの花のみが花であると思い込まないことである」などの文章に、巨匠の優しいお人柄を見る。(松田註—大輪のバラの花は偉大なアンドレス・セゴビアのイメージです)
 この本を読んで、私が与えられた最大の慰めは、「どんなに技術がやさしくても、素晴らしい内容を引き出して演奏すれば、深い精神的味わいを音楽の中に見いだして生涯の楽しみとすることができる」という言葉を、私自身に直接頂いた励ましと考えて、限られた時間と機会の中で、一歩一歩、取り組んで行きたいと願っている。
 幸い、過日、先生が発刊された『聴くギター音楽CDのための楽譜』とCDを入手することができた。今の(そして今後も)私には、到底弾けそうにない曲も多いが、「やさしい曲を、美しく」の目標をもって、私なりに頑張りたい。
このような本を読む機会を与えて下さった神に感謝しつつ。 
群馬県安中市 安居益也
三育学院神学科、日本福祉大学、米国アンドリュース大学院(宗教修士)各卒業
 北海道を皮切りに、キリスト教の伝道師、牧師を40年させて頂き、今年3月に定年退職しました。そのうち医療現場(オハイオ州ケタリング記念病院、神戸アドベンチスト病院チャプレン)に12年、教育現場(広島三育学院高校、三育学院大学)で10年若い方々とボランティア活動や教会の働き、授業等で関わりました。現在は、セブンスデー・アドベンチスト教団名誉牧師として、地域の教会での奉仕等に励むかたわら、老後の楽しみに暇をみては、趣味のギターをつま弾いています。
追記—安居さんの求めで、探しました所、拙著エッセイ集「ギターは小さな星のオーケストラ」は10部余りの在庫が見つかりました。入手御希望の方はわたし迄。1部¥1,470(税込み)+送料¥200です。

 

ブログ風byAkinobu Matsuda(青木十朗さんの事)
2011/11/24投稿

今朝、偶然眠れなくて朝4時過ぎにNHKラジオにダイアルを回すと、インタヴィユー番組で青木さんと言う声が、チェロをする人という事で耳に入って来た。
 あれっという驚きと、30数年前の軽井沢での夏期講習会の思い出が蘇って来た。5時迄の時間ずっと聴く羽目になって仕舞ったが、この方は確かに青木十朗さんで、軽井沢の夏期講習会のコンサートでご一緒に演奏させてもらった事が在るあの青木十朗さんであった。
 あの時の公開コンサートはシューベルトの「ギター4重奏曲」でフリュートの吉田雅夫さん、ヴィオラの朝妻さんとのコンビであり、今思い出すと、日本でも錚々たるメンバーによる室内楽であったのかも知れません。そして忘れもしない青木十朗さんはチェロの難しい部分を「ここはチェロでは大変なんだ、シューベルトはチェロを知らなかったんだ」とか言って、わたしはその難しいパートをギターで弾かせられた。
 あの青木さんが96才でご健在で、しかも現在96才でCDを演奏し録音し発売されている事を知って驚き、感激した。78才のわたしを元気付けるに充分でありました。あの優しい温厚な青木十朗さんの語り口、忘れもしません。本番のステージでは吉田雅夫さんのフリュートにアブが纏わり付いて吉田雅夫さんはフリュートで追っ払われていた。あのときの録音が有れば是非もう一度聞いて見たいなと思ったりしました

東君の投稿(演奏と良心)
11/10/30投稿(12/1/21改変)

 僕は良心に従って行動する人を尊敬します。どの様な分野でも良心に従って行い続けることは大変なのではないかと想像します。思い通りに行かないことも多々あると思いますし、困難な状況にぶつかる事も多いと思います。 
 もちろん、芸術的に演奏するにおいても、良心を大切にして演奏することは重要であり大変困難なことである、と僕は思います。様々な脇道、誘惑があると思います、セゴビアさんは、ある人の演奏会を聴いて、彼は会う度に早くなっている、と言われたとか。また、ニューヨークのユニオンに登録されているギタリストは沢山いるが (左右の手を無茶苦茶に振り回すジェスチュアをしながら)全くひどい演奏をする。彼らにはギターのことは任せておけないのでこうして世界を演奏して廻っているのだ、と仰ったとか。ギターを芸術的に演奏する、その前には多くの脇道、誘惑があるのだと思います。
 松田先生の座右の銘は「尽善尽美」、そのCDを聞けば、松田先生がクラシックギターに対する良心を大切にし精進なさってきた事が分かると思います。第一音から、心が引き寄せられます。また様々な音色が僕の心を打ち、美について考えさせられます。
 はっきりいって僕は意思が弱く、すぐふらふらしてしまうのですが、なんとか、良心を大切にし演奏を続ければと思っています。
註ー東君は真面目なギター愛好者です。わたしは、芸術的良心は人一倍強いつもりです。−松田晃演

 

鏡の向こうの世界
渡辺 潔(2011年11月3日 )


 「聴くギター音楽CD」は聴くたびに驚きが深まります。何故なのか?録音自体は年月を経たアナログ音源であり、一部の曲では古い時代の白黒映画のような劣化が感じられなくもありません。しかし、演奏そのものは凛とした美しさで満たされどこまでも新鮮です。
 ジャン・コクトー(フランスの詩人、画家、映画監督、その他)の「オルフェ」は古い白黒映画で、今ではDVDが流通しています。ギリシャ神話の「オルフェウスとエウリディーケ」を下敷きにした、当時としては前衛的な現代劇でした。この映画で最も印象的なシーンは、主人公が亡くなった妻を求めて「鏡の向こうの世界」に入り込むシーンです。
 私には、「聴くギター音楽CD」は向こう側の世界を垣間見せてくれる「鏡」のようなものに思えます。この場合の「鏡」の素材は、紙の背に書かれた楽譜です。ある意味で楽譜の通り(理想を持たず想像力を働かせず、表現の蒙昧な音律で)弾き飛ばした場合は、左右反転した像がただ映るだけで、入射光が99%反射光として撥ねつけられるだけです。しかし、別の意味で楽譜の通り!(演奏者が心を鏡のように澄ませ、森羅万象に響く音律の美しさを楽譜の中に追求し)弾き切った場合には、鏡の向こう側の世界に光が届きます!
 人間の享楽には「沈思黙考」は無粋で不要かもしれません。ただし、ある局面を迎え客観的に自己を見つめ直す必要に迫られれば、立ち止まり自らを心の鏡に映して「沈思黙考」することでしょう。「沈思黙考」には多くの場合クラシック音楽が似合います。私はアマチュアとして音楽を享受できる立場から、享楽的音楽も一かけらの知性さえ感じられれば、喜んでジャンルを問わず「沈思黙考」しない普段の生活で楽しんでいます。ただし、クラシックギターに関しては「鏡の向こうの世界」を絶対的に指向し憧れます。ギター族は常に民衆の中にあり、現在では最もポピュラーに繁栄している楽器群です。クラシック音楽自体が生彩を欠いている現在にあって、クラシックのギタリストの多くがクラシックな曲や演奏から離れた、より知性に乏しいお気楽な大衆音楽に傾倒していくのは、クラシック音楽への世の中の要求で、自然の流れかもしれません。
 F.カルリがこれ程までの大家とは、「聴くギター音楽CD」を傾聴するまで気がつきませんでした。華麗で優美な、モーツアルトが夢中になった「ギャラント」な香りの演奏です。ギャラント様式はバロック様式から派生したイタリア様式で、フランスでのロココ様式にあたります。バロック様式が壮麗雄大で劇的なポリフォニー(複旋律)であるのに対し、ギャラント様式は単純で優美に貴族的に歌うモノフォニー(単旋律)です。カルリのような単純な楽譜から「鏡の向こうの世界」に抜けられる稀有な演奏家を何と尊称すべきでしょうか!「松田晃演」が影(個性)を失うことなく、「鏡の向こうの世界」で演奏しています。
   註(7/28)ー渡辺 潔(わたしの渋谷時代の弟子です。今でもギターへの情熱は無くしていないようです=7/28) 君は25年振りにギターをスタート・アゲインしてくれると言う事で、今回の東京のレッスンを受けに来てくれました。

 

CDを聴かせてかせていただきました。
荒井史郎(E-Mail message-date-27/Oct/2011)
註ー「聴くギタ-音楽入門CD&楽譜」についてのコメントです

素晴しいCD演奏でした。麗子さんがこんなに素晴しい腕の持ち主で弾けるとは思ってもいませんでした。ギターは何を使われたか知りませんが、お二人のギターの音色が抜群に良く、二重奏の小曲も新鮮でいいです。

最近弾いたことの無い小曲や練習曲が入っており、懐かしく思い出させてくれました。演奏者が良いとこんなにもそれらの曲が美しく聴けるとは思いませんでした。改めてこれらの曲を弾いてみたくなりました。ギターの先生方はこれらの小曲を生徒用に出していると思いますが見直すことが必要です。CDと楽譜が出たのは生徒用にいいですね。

ミューズでお会いしたのが最後ですが、このときの生演奏より今回のCD,楽譜ははるかに勝ってると思います。何時ごろ録音されたか知りませんが、あまりの素晴しさに感激しています。

お元気で

註-荒井史郎さんは有に60年来の友人です。僕が学生の頃彼は既に輸入業者の社長であり、第二次大戦後始めて本格的な外国のギターを輸入されたときわたしをご自宅まで招待して下さった。年少のわたしには手の出ない高額なスペイン製のギターを見させて下さった。そしてこのCDの第1、第2ギターは共にラミーレス作です。-BY松田晃演

 

松田晃演さんの「聴くギタ-音楽入門CD&楽譜」に接して

 こよなく松田さんの音楽を愛する 森本忠克 (2011.10.17)

松田さんのギタ-演奏は、古今東西のクラシック名演奏を聴いたときと同様の感動が得られます。聴くたびに実感しております。不思議なこととおもいながらも事実です。

最近嬉しい驚きと再発見がありました。松田さんのお弟子さんで小生の会社の同期の友人から「聴くギタ-音楽入門CD」が贈られてきました。その音楽の素晴らしさに衝撃的な感動をおぼえました。偉大なる音楽家と信じてやまなかったのは、やはり間違いない事実であると改めて確信しました。セゴビアを超えている部分が多々あることも発見しました。
松田さんが美しい日本・日本人が備わっているDNA・感性を誰よりも正しく強く受け継いでおられるからだとおもいます。このCDは、生涯の宝物になりました。

このCDは、まさに小生が望んでいたものです。以前から松田さんが、「アルハンブラの思い出」とか「愛のロマンス」のような、誰でも耳にしたことがあるあまりにもなじみのある曲を弾いたら一体どのような音楽になるものかと想像しておりました。

想像を大きく超えるものでした。悠揚迫らぬ大河の流れのようであり、実に温かく、慈愛と祈りにみちておりました。言い方をかえれば、自分の呼吸・感覚と同じ波長でごく自然に音楽が身体全体に入ってくるような感じです。不思議な感覚です。繰り返し聴いても飽きるということがありません。今も時には涙しながら聴いております。

松田さんの「アルハンブラの思い出」は、今まで一番好きなセゴビア演奏をも超えるものでした。おそらく“思い出”の部分の音楽表現が自分にあっているからだとおもいます。

「愛のロマンス」は、今までイエペスの以外では違和感がありましたが、「イエペス+豊かな音楽性」の名演奏となっておりました。新鮮などきどきする発見と驚きでした。
この豊かな音楽性は、松田さんが天から授かった才能・感性のような気がしております。

「野いちご」「パガニ-ニ ロマンス」「雨だれ」も典型的な松田さんの世界です。
生きていることへの感謝と祈りがあります。

練習曲も松田さんが弾くと素晴らしい音楽になるのが不思議なことです。

2重奏については、息の合った一体感のある絶妙の響きでした。友人によると松田さんの奥さんと一緒に弾かれたとのこと。納得しました。時には控え目に感情をおさえながら、時には大いに感動しながらの伴奏の上に、深く朗々とメロディ-を歌いあげているのは、あたかもオーケストラ演奏のような響きです。二人の音楽への深い愛情と喜びの賛歌です。

「グリンスリ-ブズ」「旅愁」「埴生の宿」「聖夜」「故郷の人々」ほかの2重奏は絶品です。このような小品を気品・優しさ・懐かしさにあふれた心に響くような音楽表現できるのは、まさに松田サウンドの真骨頂です。

「ウエ-バの魔弾の射手序曲」の2重奏は、重厚で格調高い音楽をよくぞ2本のギタ-で感動的な大きな空間を構成されたものだと感銘を受けております。この曲はフルトヴェングラ-の演奏が大好きですが、小さなギタ-で同じような響きというか、息の長いフレ-ズを表現できることは、「ギタ-は小さな星のオ-ケストラ」であるとのことばが実感されるところです。

「バッハのガボット」は幾多の楽器による多くの演奏がありますが、バッハも驚くような喜びと幸せがあふれる松田夫妻かけあいの素晴らしい音楽でした。

最近松田サウンドの秘密を探索しておりますが、おそらく楽譜には表現できない範囲でのある種のゆらぎのような微妙な音の強弱・リタルダント・テンポを自分の感性のおもむくまま歌うがごとく表現されておられるからだとおもっております。名演奏にかかせない高度なテクニックを超越したところに松田サウンドの世界があると信じております。

数日前に、また友人から思いもかけないことでしたが、CDの楽譜が贈られてきました。
この楽譜は、CDとともに松田さんのこれまでの音楽人生・クラシック・ギタ-人生の集大成であり、また後輩のための大いなる遺産でありバイブルであると感じております。

クラシック・ギタ-を普遍的な音楽の領域に常に位置づけられるように、正しく理解し
受け継いでほしいとの松田さんの心からの願いが込められております。
これからギタ-をめざす方、練習に励んでいる方、小生のように昔たしなんでいた方多くのギタ-を愛する皆さま方に是非心にとどめていただきたいことがあります。
この日本において、ギタ-の神様と言われているセゴビアの遺志・音楽を世界中の誰よりも正しく受け継ぎ、演奏・教育普及活動をされてきた音楽家・芸術家・ギタリストが存在したこと、現在も存在していることです。実に誇らしいことです。

これからも、第2弾、第3弾と松田さんの音楽生命あるかぎり、音楽を愛する人、ギタ-を愛する人のために、松田晃演さんのバイブルを遺して下さいますことを願っております。
森本忠克<中村征四郎さんのご友人=当投稿欄=「豊かに想像する心」(その1) 中村征四郎(2011.8. 8掲載文の註参照)>

君を想いて
2011年10月9日(日) 中森良二

 そのギタリストは、目の前にある出来たてのギター曲集を手にとって、ぼんやりと眺めていた。遠くを見つめるその目は、楽譜ではなく、50年前のかすかな記憶を辿っているようであった。さまざまな栄光や苦しみ、そして、彼に対するさまざまな陰謀が、彼の頭を、流れる朝靄のように漂っていた。どのような状況においても、片時も離すことのなかった、愛するギター・・・時間の経過とともに靄は消え去り、目の前の楽譜がはっきりと彼の目に映し出された。 

 ギター人生・・・巨匠アンドレス・セゴビアに、その稀なる才能を認められ、彼の元に旅立ったのは1960年である。その1年後、早くも日本人としては初めての国際ギターコンクールへの入賞を果たし、彼は才能を開花させていった。全米ツアー、テレビ・ラジオへの出演を経て、東京、大阪での帰国リサイタル、チケットは3日で完売と言う驚異的な状況であった。難曲アランフェス協奏曲の日本初演、海外へのコンサートツアーなど様々な活動に対する賛美が彼の将来を約束していた。時、恰もギターブームの真っ只中、街中は、即席のギター教室の看板があっちこちに掲げられ質の低い指導がなされていた。これらの事象について、本物のギター芸術に足を踏み入れた彼の悩みは頂点に達していた。彼は、東京を拠点とする活動に一区切りつけて、郷里に帰るのを契機に、通信教育によるギターの指導を考え付いた。

 ギター芸術とは何か?たった6本の弦によって奏でられる音楽芸術、心の奥深くに、時には優しく、時には激しく感動を送り込み、人々に生きる勇気を与えるものである。彼の確信は、通信教育の教材へと向かった。たった、16小節、1小節に音が2つから4つしかない単純な練習曲に、命を、そして芸術を与えられるのか?人跡未踏の世界に彼は踏み込んでいった。そんな時、頭をよぎったのは、彼がギターを始めたとき、彼の先生が奏でたアルバの“君を想いて”をそっと物陰から聴いた幼い日の記憶である。時には長く、時には短く・・・。楽譜の中から音楽を導き出していた。「どんな単純で簡単な曲でも芸術にすることが出来る」そう確信した彼は、一音一音に命を与えていった。身を削るような日々・・・遂に、教材は完成した。 80年代からギター音楽は、合理主義へと変貌して言った。楽譜に忠実に、音は均一に、まるでピアノのようなギター音楽が巷に氾濫して行った。その音は、無味乾燥の様相を呈していた。美しい音であっても「白痴的な音」で無感動・・・。ギター芸術がギターの最も美しいはずの音楽を捨て去ってしまったのである。彼の杞憂は現実となった。真のギター芸術を知る聴衆が激減していったのである。しかし、心ある本当のギターを求める人々が、

 全国各地から彼の演奏を求めるようになっていった。彼は、心あるファンの前で、サロンコンサートを行いギターの素晴らしさを伝える活動を行っていったのである。また、素晴らしいCDも継続的に録音販売していった。そして、今年、あるきっかけから、若い頃、心血を注いだ通信教育の教材を、CDと楽譜により販売して、真のギター音楽復興の狼煙を上げたのである。

 「聴くギター音楽入門」
 スピーカーから流れてくるほんの2つ3つの音が、優しく、深く、瑞々しく、いつまでも人々の心に残ることでしょう。
“ギター音楽って、なんてたまらなく美しいのだ・・・。”

ヴィンツェンツォ・ガリレイ
渡辺 潔(2011年9月9日 )

 父親ヴィンツェンツォが息子のガリレオに与えた影響を補足したく、書き足します。
 イタリアでのヴィンツェンツォ・ガリレイの時代はバロック期前のルネサンス期であり、ギリシャの古典文化を呼び戻す機運が盛んで、ダビンチに代表される万能型の天才たちが自然科学を盛んに研究した時代でした。ヴィンツェンツォもまた、一人のリュート奏者であるばかりでなく万能型の知識人だったのです。
 ギリシャの数学者ピタゴラスは、数学の原理があらゆるものの存在の原理であると考え、天界全体も音階で調和された数であり、これらが「天球の音楽」を奏でているとしています。ヴィンツェンツォもモノコード(一弦琴)などを使い、息子ガリレオに手伝わせ実験をしていたのではないかと思います。プラトン以来のプラトニック(理想概念)な思想に基づくピタゴラス音階(天球の音楽)は、耳を澄ませても聞こえてこない、心で受け止める観念優先の音階です。ヴィンツェンツォは観念のみに頼らず、実際の音として「耳」で聴くこと(測定すること)で理論を実証しようとしていたようです。「概念」の世界を「感覚」で実証するのが彼の流儀で、息子のガリレオはこの流儀を受け継ぎ、その後の実証主義科学の魁となりました。有名なピサの斜塔での実証実験は、父親から受け継いだ流儀だったのです。
 20年以上前、私がレッスンを受けていたときのエピソード。松田先生がわたくしに向かって、「もっと、耳を使って弾きなさい!」と指導されました。ヴィンツェンツォ先生がガリレオにリュートをレッスンしたとすれば、きっと、同じ言葉を発していたでしょう。
 「もっと、耳を使って弾きなさい!」これは、いわば禅問答です。「秘すれば華なり」と同じ「秘伝」なのです。「ユリイカ」とアルキメデスは叫んで、浴場から裸で飛び出した!長い間悩みぬいた後で。真理は到って単純で、身近にあって見えないもの、それが「悟り」なのか。秘伝とは秘伝と認識しない限り、当たり前の事柄なのだろうか。クラシックギター界では、いまだに「セゴビアトーン」は門外不出の秘伝のように考えられている。「セゴビアトーン」を餌に生徒を集める教習所もある。「もっと、耳を使って弾きなさい!」は免許状の中の重要な事柄である。しかし、演奏方法自体は洋楽も和楽と同様に口伝であるから、師匠から直接稽古を付けてもらわない限り「ユリイカ」はない。
 私のギターは、ここ四半世紀お蔵入りでありましたが、免許皆伝をめざして?耳を使って数ヶ月前から練習を始めました。急ぎません、夜道は日が暮れませんから。
     A.M.註-イタリアの小都市シエナに、偉大なアンドレス・セゴビアを表敬訪問されたアメリカ大統領候補のスティーヴンスンさんご夫妻をお迎えして、セゴビアさんが先ずわたしを指名され、歓迎演奏にヴィンセンツォ・ガリレイの小品集を弾いた事を思い出します。1961年の事です。

 

クラシックギターは小惑 星
渡辺 潔(2011年9月7日 )

 今日ではWebを閲覧すれば、ハッブル宇宙望遠鏡が捉えた鮮明で幻想的な恒星や惑星の画像を楽しむことができます。小宇宙である我々の銀河系から、別の小宇宙が無数に点在する大宇宙の神秘的な姿を垣間見ることができるのです。もし、もっと、宇宙の広がりを実体験したいのであれば宇宙船に乗る必要はありません、「サウンド・オブ・ギター3」のJ.S.BACHチェロ組曲1番をお薦めします。今現在、永遠に広がり続けている大宇宙を髣髴とさせる広大な表現の演奏が味わえます。この曲の私の私的イメージは、いわば、小宇宙である私自身が大宇宙を眺めている、日没時の大自然のスペクタクルです。
 「薄暮の青空を、太陽が次第に質量を増し紅く色づきながら水平線上に落ちかかる。太陽が藍色の海原に近づくにつれ、水平線近くの大気は虹のスペクトルを駆け下り、青、青緑、緑、黄緑、黄、橙、赤へとアルペジオに木魂しながら彩を変えていく。青空も海原も、いつの間にか濃紺に染まり始め、空と海との狭間の水平線は黄金色に輝き始める。太陽は益々紅く煮えたぎり海原に溶け落ち海面を紅く染め、空と海は一つに解け合ってしまう。そして、最期に一瞬の閃光を放って全ての色彩は消えていく・・・。」
 阿部欣也の「ハーメルンの笛吹き男」は私には忘れられない一冊の本です。ドイツ留学から帰って間もない彼のデビュー作でした。彼は、ドイツを中心とした「中世ヨーロッパの庶民生活」を民間伝承や古文書で根深く研究した、眼差しの暖かい学者です。彼が亡くなるまで出版し続けた著作は殆んど読み、数冊は今でも私の本棚に残してあります。
 彼の著作で扱われている主題は、ヨーロッパで都市国家が誕生する頃の庶民生活から、ヨーロッパ文化の根源を見つけ出すためのもので、聖と俗、小宇宙と大宇宙、アジール(駆け込み寺・聖域避難所)、人と人とを結ぶ物や音の世界、などがあります。これらの主題から、現在のユーロ圏が拠り所としている文化の背景を俯瞰することができます。
 今日、星を対象とする研究には物理学、数学、化学など理科学系または工学系の学問が必要とされています。天才物理学者アイン・シュタインの「相対性理論」は、ビッグバンから今も拡張を続ける宇宙を予見させました。余談ですが、バイオリンを座右において研究を続けたアイン・シュタインは、「屋根の上のバイオリン弾き」のユダヤ文化圏に属します。ユダヤ人の楽器といわれるバイオリンの名手には、ブラームスからバイオリン協奏曲を献呈されたヨアヒムを始めとして、その弟子にアウワーがあり、ペテルブルグでのアウワーの弟子であったエルマン、ハイフェッツ、ミルンシュテインなど多数がロシア革命後の世界に散らばり、現在ではパールマンやズッカーマンなど多数の名手たちが続いています。また、手品愛好家の軍医クライスラーもやはりユダヤ人の大バイオリニストでした。
 中世ヨーロッパでは数学や文学と並んで天文学(占星術)や音楽も学問(教養)の対象であったといいます。教養としての音楽は天文学からの派生と考えるべきでしょう。クラシックギターを嗜む方ならご承知と思いますが、ガリレオ・ガリレイの父親ヴィンツェンツォ・ガリレイは音楽家でした。占星術は後に錬金術となり化学の元とになりましたが、ピタゴラス音階も天文学を元にした物理学(音響学)といえます。松田先生の著書の題名は比喩的に受け取れますが、史実上はクラシックギターは「小惑星」であるといえるのです。

Morgenavisen-Bergens Arbeiderblad

   by  A.CH.Meyer (1973年11月16日 )
(ノルウエーのベルゲンでの音楽祭の古い評論が見つかりましたので)

 マツダは、洗練されてすばらしく熟達した技術を持っているにもかゝわらず、全プログラムを通じて単なる技術を見せびらかす作品を避けた。彼は非常に印象的な方法で、即ち良く変化させられた音の取り扱い、とりわけ音色の多様な陰影をもって、柔らかく、温く、そして歌うような音からあの鋭く容赦のない音まで、驚くべき広大な音色を創造し得たのである。それは、あのスペインの革命の詩人、ガルシア・ロルカの
ーー心臓を突きさす6本の劔ーー
というギターについての詩を思い起こさせた。

「志」に共感できる音楽の大きさ
2011年8月29日 中森良二

 楽譜に書かれた、全てのことがらを、忠実に再現できる能力。その演奏は、太く逞しい音で、あるいは消え入るようなピアニシモで、また、目の覚めるような速さで、ハープのように美しいアルペジオで、音楽そのものを表現しきっている演奏に良く出会います。1980年代以降の演奏家にその例を多く見出すことが出来るでしょう。最近の話題は、もっぱら音楽としての「完璧さ」を追求したものがもてはやされています。そこに、音楽とは別に容姿やトリッキーさが加われば、もうメディアの中心に居座ることが出来ます。

 若い頃「松田二朗バッハを弾く」というレコードにめぐり合った衝撃は、今でも強烈に覚えております。なぜ衝撃なのか・・・?決して、あの当時、日本人の誰もが成し得なかった、バッハの組曲の全曲演奏を行ったからではありません。松田先生の演奏もさることながら、たった一本のギターを通して、演奏家の内に秘めた「心意気」や「男の美学」が、まざまざと伝わってきたから衝撃を受けたのではなかったかと今では感じています。加えて、日本のギター界を背負っているという強烈な「プライド」と「若さ」がスピーカーからはじき出されたとき、その音楽が、心の琴線に深く切れ込み「感動と安らぎ」「生きる勇気」さえもたらしてくれました。

 得てして、演奏家は楽譜に書かれている通りの演奏を完璧にこなすことへの拘りを、また、聴く側はその完璧な演奏を求めがちです。しかし、その、完成された演奏は、感心をもたらしますが、感動をもたらすことはありません。また、その完璧な音楽は「淡白さ」や「こざっぱりした感じ」がぬぐえません。そのことに、そろそろ音楽界(特にギター界)は気づくべきではないでしょうか。完璧な演奏より大切なもの、それは、「人を感動させよう」という大きな「志」と、音楽そのものの「大きさ」です。言い換えると、音楽の中に存在するその演奏家の「人生」や「生き方」に対する拘りの中に、自分の人生をそっと照らし合わせてみたとき、本当に大きな共感とともに、音楽の大きさに感動を感ずるのです。松田先生の音楽をCDで聴いているとき、いつも「哲学」のような人生そのものを感ずるのは私だけではないはずです。

 今、私が一番、愛聴しているのは、松田先生の若い頃の演奏、「サウンド・オブ・ザ・ギター5(聴くギター音楽入門)」の中のマリエッタです。若い松田先生が、美しさへの憧憬を模索している音楽に、そこはかとない「美しさ」と「心意気」を感じるからです。

 

音楽をする心が創りだす真の美しさ~ターレガの素晴らしい世界

2009・10・19 中森良二(2011年8月28日-上梓)

 人間誰しも、一度や二度は人生に絶望したり、生活の中で、どうしようもない不安を抱えることがあると思います。否、あるというより、殆どが苦痛の連続ではないでしょうか。私も例外ではなく、何度も苦痛や絶望を味わったことがあります。正直、今も、苦痛の中で、もがきながら、毎日を送っているといえます。そんな時、自分を支えてくれるのは、「志」と「音楽」でした。私が若いとき、あるギタリストが「人は皆、幸せになる権利がある。私は、人を幸せにするためにギターを弾いている。そのために、世界中を演奏して回っているのだ。」といっているのを雑誌で目にしたことがあります。志のある音楽は、人に生きる勇気を与え、人を幸せにしてくれるものと信じています。

 青春時代の苦悩を救ってくれたのは、セゴビア先生のターレガと松田先生の「プラテロと私」でした。特にプラテロは、それこそ、盤が磨り減るほど何度も何度も聴きました。詩の朗読とギター、その限りなき美しさは、私の心を安らぎという付加価値をつけて、自由へと解き放してくれました。

 5年ほど前、私の心は、将来への不安を抱えて彷徨っていました。本州から大手学習塾(子供たちを金儲けの素材としか考えぬ塾です)が進出してきたのです。嘘で固めた大量の広告宣伝に札幌の保護者は、翻弄されていました。「苛立ちと不安」が私を襲ってきました。眠れぬ夜が何年か続きました。そんなとき出会ったのが先生のターレガ、前奏曲第5番・パバーヌ・マリエッタでした。まるで羽毛で弦をなでているような、見事に虹の架け橋を創っていました。人の心に真の安らぎを与えてくれます。先生の商業主義にさらされていない、音楽をする心が創り出す真の美しさ~先生の素晴らしいターレガの世界は、私に「志」を思い出させてくれました。子供たちは国の宝である。今、私は、子供たちを育てることが出来る環境に身をおいている、この素晴らしい仕事に残りの半生をかけてみようと思いました。日々の中で萎えそうになる心を救ってくれ勇気を与えてくれるのは、本物の音楽を追求する心ではないでしょうか。先生の志に感謝し、日々CDを聴いております。

 私にとって、先生の音楽は大変に重要なものです。また、1曲1曲に言い知れぬ思い入れがあります。mixiの返事が遅くなって申し訳ありませんでした。気軽に意見を交換することにはまだ抵抗があるようです。私の思いを先生に読んでいただけるだけで十分です。

1/fのゆらぎの効用
中村征四郎(2011.8.19)

 ろうそくのともしびをみると、わたしたちは心が安らぐ。 星の瞬き、小鳥のさえずり、風のささやき、小川のせせらぎらによって わたしたちは心が癒される。なぜだろう?
 東京工業大学名誉教授の武者利光さんによれば、自然界の現象には1/fのゆらぎが存在し、その1/fのゆらぎによってわたしたちの心は癒されるのだそうだ。ゆらぎとは、ものの予測できない空間的、時間的変化や動きであると定義される。そのゆらぎの波長(frequency)をいくつかに分割すると、そのひとつに1/fのゆらぎの存在することが、80年も前にアメリカの学者によって発見された。このゆらぎは不規則さと規則さがちょうどほどよい具合に調和している状態のゆらぎであることもわかってきた。
 1/fのゆらぎは自然界に存在するだけでなく、生体のリズムの中にもみられるそうだ。脈拍や目玉の動き、体温の変化、脳波など。そして生命の最小単位である細胞までが1/fのゆらぎをしているということが最近の研究でわかってきている。そして自然界から発生する1/fのゆらぎが生体に作用し、細胞のゆらぎと共鳴するときにわたしたちは安らぎを感じるのだという。またある研究者は、安らぎを感じるのはお母さんのお腹の中にいた頃に感じていた鼓動のリズムを、現在の生活においても感じているためであるともいっている。
 興味あることは、手作りのもの、美しく奏でられたクラシック音楽、伝統的な芸術作品などから1/fのゆらぎが観測されるということである。木の年輪や木目の線の間隔にも1/fのゆらぎが認められるそうだ。手作りのものに少しでも機械で削って精密なものに加工してしまうと、1/fのゆらぎは失われてしまう。メトロノームのように規則正しいリズムでいくら音楽を演奏しても聴いている人に感動を与えないのは、その演奏には1/fのゆらぎが認められないからと説明される。
1/fのゆらぎは生命の構成要素である細胞に作用するものであるから、当然命ある動物、植物にたいしても効果がある。たとえば家畜に音楽を聴かせると、餌をたくさん食べる、にわとりは卵をよく生む等々。また木にモーツアルトの音楽を聴かせると、成長が促進されるという事例もある。 ロシアの研究者たちは、1/fのゆらぎをする磁場をつくって、その中に培養したある細胞を入れたら、その細胞がガンにたいして強い体質になったとも報告している。人工心臓のレートの制御に1/fのゆらぎ制御をもちいると動物の寿命が飛躍的に延びることを証明した研究者もいる。
 「1/fのゆらぎに関する国際シンポジウム」は20年以上にわたって2年毎に世界各国もちまわりで開催されている。「宇宙の大規模構造とゆらぎ」、「風と波のゆらぎ」、さらには「社会構造とゆらぎ」などのテーマについても議論されている。しかしまだまだ1/fのゆらぎは謎だらけ。1/fのゆらぎの発生メカニズムはまだよくわかっていないといわれる。 
 美しい音楽、すばらしい芸術など、ことさら「1/fのゆらぎ」などと難しいことをいって、解釈する必要はないのかもしれない。むしろ松田先生のエッセイ、「バレリーナが舞台を歩くように」の中に、「1/fのゆらぎ」の真髄が読み取れる。以下の文は、松田先生が以前、ある音楽雑誌社からの依頼で特別寄稿された随筆、「Segoviaと私」の中から、「巨匠の音楽」と題する節の一文です。
 「巨匠といわれる人の音楽、偉大な音楽家における楽譜の解釈などについて、初心者の方にもわかりやすく説明したいとおもい、それを以下に試みました。
音楽の中のひとつのパッセージ − たとえば音階 - を例にとります。これを人間の歩く歩調におきかえて、
1)日常通勤の帰りー
2)軍隊の正しい歩調でー
3)楽しい公園を散歩するようにー
4)バレリーナが舞台を歩くようにー
など、いろいろ考えることができます。考えの行き届かない、芸術的に未開な人たちは、2)のようにしか、音楽の中の音階を考えられないみたいですね。セゴビア先生は、4)の、バレリーナが舞台を歩くように − あの大きな身体でバレリーナとは想像がつかないでしょうが - で指を動かし,音を出しておられます。先日のセゴビア先生の演奏を、目をつむって聴いてみられた方は、わたしのいっている意味がよくおわかりになると思います。音楽は芸術であり、現実ではないのですから。
 バレリーナが舞台を歩くように人が街を歩くと、気が狂ったのだとおもわれるでしょう。それは、表現的であるからです。表現的である必要のないところで表現的であれば、気持ちがわるい、という感じになってしまいます。でも音楽の演奏は、芸術の表現でありますから、作曲家の意図を最大限に汲んで表現的でなければなりません。「白鳥の湖」の白鳥役が、あのバレリーナ、アンナ・パヴロワのように歩いてはならず、サラリーマンのように歩かねばならなかったとしたら、なんと悲しいことでしょう。
 作曲者が「表現的でなく」と指定しているパッセージを表現的に弾くよりも、「表現的に - expressiro- と指定しているところを表現的でなく弾くことの方が、罪は計り知れない位大きいのだろうとおもいます。精神の未熟さから、音楽を表現的に弾くことがうまくいかず、結局は何も表現しないで演奏した方が無難であると考え、ひいてはその方が気持ちが良いと考えるのは勇気のないことです。
 先日はセゴビア先生にレッスンを何度かしていただいたのですが、それを言葉にして皆様にお伝えするのは至難の業です。ただ、音楽表現の問題は、何年も音楽を勉強して、努力に努力を重ねて身につけていくものではなくて、良い先生に習うものである、言葉をかえれば音楽の気分は先生が演奏して生徒に吹き込むものであるといえます。音楽は言葉にならないところから始まるのですから。」

セゴビアのマイクロメータ
渡辺 潔 2011・8・17(金)

 ネットを調べると、ウェス・モンゴメリーのトリオは、Wes Montgomery(g), Melvin Rhyne(org), Paul Parker(dr)での録音が存在しますが、希少版で入手困難とされています。ジャズギターの天才モンゴメリーは、松田先生が会われた頃は脂の乗り切った時期のようです。来日していないわけですから、生を聴けた日本人は数えるほどでしょう。彼はレンガ積みの職人仕事から「正確さと忍耐」を学んだということですが、ジャンルこそ異なっていてもギター演奏には必要な心掛けなのでしょう。もしかすると、只一人(ジョン・ウィリアムス)を別として。
 セゴビアは努力の人で、高齢にもかかわらず、毎日5時間の練習を欠かさなかったことは周知のことです。また、松田先生がサポートされた日本でのコンサートのインターバルでも休むことなく引き続けていた。それも、コンサートツアーには無い曲の練習であったと伺っています。練習のほかの努力として、松田先生がセゴビアに新開発の弦を紹介したとき、時代物のマイクロメータ(ネジの回転で直進する距離を1/100mmまで測る計測器)を出してきて1本ごとに詳しく計測していたとのこと、たぶん、オーガスティンからのプレゼントの計測器ではないかと思われます。ハウザーとのギターの開発、オーガスティンとのナイロン弦の開発など、演奏家を超えてクラシックギターのオーガナイザーとしての顔がのぞきます。そんなセゴビアが、演奏に必要なのは「10%のインスピレーションである」といったとか、発明には「1%」で済むインスピレーションですが。

 

究極のダンディズム“グランソロ”
2009・12・18 中森 良二 (2011/8/16-上梓)

 2006年に亡くなられた、世界的な服飾評論家に落合正勝さんという方がいます。この方の著書「ダンディズム」の中に、男の服はすべからくクラシックでなければいけないという表現が出てきます。また、「流行には背を向けろ!」「男の服はミリ単位」というくだりもあります。流行を追っていると、そのときはスマートに見えても、1年前は「大胆だ」・5年前は「恥知らず!」・更に10年前は「みだらだ!」といわれ、1年後は「野暮」・10年後は「嫌味だ」・30年後は「馬鹿げている」・・・となるそうです。また、男の服は、長い歳月をかけて、ミリ単位のディティールが決まっているとの事です。
 目にも留まらぬ早業で、指板の上を縦横無尽に駆け巡る指。一時、ギタリストの誰彼なく「速弾き?」なるものを行っていました。流行といっても差支えがないと思います。この「速弾き?」はロックやカントリーのギター奏者が行っているもので、日本では、パリコンに優勝した某氏がものの見事に「速弾き」をやってのけました。有名なソルの「グランソロ」などは、ほんの数分であっという間・・・?それ以降、私の心の中からクラシックギターは姿を消しました。可能性を広げる?という言い分で、ロックと融合したり、はたまた歌謡曲と結びついたり、呆れ果てたのは、ファッションショーに出演し、顎まで長い髪を伸ばし、けばけばしくメイクしたクラシックギタリストの姿が、某ギター誌に「それが是として」紹介されたのです。これはもう、音楽ではなくパフォーマンスといわざるを得ません。クラシックギターがクラシックという冠を捨てた瞬間です。
 まるで教会の礼拝のように、限りなく重厚な序奏、全ての和音が柔らかく、そして、厳かに静寂を表現します。最後の一音がしっかりと鳴り終わったとき、一瞬の静寂を破って第一主題があらわれます。あたかも「アレグロ」が何であるのかを知り尽くしているように・・・。音の大きさ・長さ・色彩・速さ・・・全てのディティールが完璧なまでにコントロールされて“クラシック”を表現しきっています。そこには、こけおどしのない、かつてのギター少年の誰もが抱いていた素敵な世界がありました。きっと、落合正勝さんの言う「男の服はミリ単位」を音楽で表現したら、こうなるだろうと思いました。先生の「サウンド・オブ・ザ・ギター2」のグランソロは、私に、クラシックとはどんなものなのか?をしっかりと伝えてくれました。そして、先生の演奏するクラシックは「究極のダンディズム」を表現しています。その時、クラシックギターって「本当はかっこよかったんだよな~。」と妙に納得しました。

比類なき美しさを湛えた“ソナタ第3番”
2009年9月10日(木)中森 良二 (2011/8/16-上梓)

 中学校時代は体操をやっていました。昨年、日本のエース富田選手が引退しました。美しい体操を標榜し、「美しくなければ体操ではない」という哲学をもって、何年も日本のエースに君臨していました。その技はどんなに難易度の高いものでも、足がつま先までピンと伸び、見るものを魅了しました。体操はサーカスではなく美を追求したスポーツです。これを体現してくれたのが富田選手でした。
 銘工トーレスによって完成されたギターの美しさは、普遍的なものがあります。例えば、妖艶な女性の胸のふくらみや引き締まったヒップライン。ギターは昔から女性にたとえられていました。一流の音楽であるかどうかは、音の美しさで決まると信じています。いかに指が速く動いても通用しません。ピアノやバイオリンのように、いくらその指が指板の上をすばやく駆けずり回っても、人を普遍的に惹きつけることは出来ません。なぜなら、訓練しだいで、テクニックは年々進歩するからです。しかし、人を感動させる音色は別です。一流と言われる人が、良い音を捜し求め、生涯をかけて磨き上げるものです。時代を超越して人の心に訴えかける音楽は、皆、素晴らしい音を持っています。セゴビア先生の発する一音は、あまた居るギタリストの100音を黙らせてしまうだけの素晴らしさを湛えています。
 ずいぶんと昔、先生は、「ポンセのソナタ第3番で新しい音を発見したので、ぜひ聴いてほしい。」と話しているのを某ギター雑誌で目にしました。残念ながらレコードにはなく、耳にすることが出来ませんでした。この曲は、色々な人が演奏していて、その演奏に接するたびに、そのよさを実感できませんでした。なぜ、先生がこの曲に入れ込んでいるのかが分からず不思議に感じていました。サウンド・オブ・ザ・ギター3を聴いて、なぞが解けたような気がします。「音にこめられた美学」という言葉が自然に出てきました。この音はこの音色で、このスケールはこの抑揚で、というように、すべての音に確固たる意味をもたせているようです。言い換えるなら100種類の音を持って表現しているといえましょう。特に、第2楽章のシャンソンで表現される、和音に微妙なビブラートが加わった音は、泣きたくなるような美しさでした。私なりに考えた「ポンセのソナタ第3番」のテーマは、“比類なき美しさ”と結論付けました。そして、僭越ながら先生の演奏で始めてこの曲の真価が分かったように思います。
 富田選手が目指していた“美しい体操”と、的外れかもしれませんが、先生の音楽から感じられる、“美しい音色による音楽”が重なり本当に嬉しくなりました。

 

豊かに想像する心
中村征四郎(2011.8. 8)
(その1)

 松田晃演先生から「多幡達夫さんのブログはなかなか面白いよ」と教えていただいた。早速多幡さんのHPを開いてみて、驚いた。多幡さんはずいぶん広い分野にわたって数々のエッセイを書いておられる。それぞれのエッセイには美しい花の写真、水彩画などが添えてあり、また英文での要約までついている。英文だけのエッセイもある。
 多幡さんは、実は原子核実験・放射線物理学者。日本ではじめてノ-ベル賞をもらった湯川秀樹博士の講義を受けた方でもある。その多幡さんがエッセイの中で「湯川博士のノ-ベル賞受賞の対象となった中間子論は、中国古典の言葉が発想のひとつのきっかけになったのではないか。」と述べておられる。 
 多幡さんは、エッセイの中でこのように続けておられる。「素粒子物理学分野の新理論を発展させるには物理的模型を数式化する技術が重要であるが、新しい模型を考え出すには想像力を必要とする。数学的能力と想像力は、理論物理学者にとって車の両輪のようなものである。湯川博士の場合、想像力を培った一つの重要な源泉は中国の古典だったといえよう。」と。
 湯川博士は老荘思想、漢詩、真言宗空海の仏教哲学等に通じ、とくに「荘子」の中の「原天地美、達萬物理」(天地の美にもとづいて、万物の理に達す)という言葉を好まれたとか。これら東洋思想の論考が湯川博士の想像力をかきたて、これまでだれも考え出し得なかった創造力を生み出したであろうことは、わたしにもわかるような気がする。

 ボードレールが、「エドガー・アラン・ポーに関する覚書」の中に述べているように、「ある高度な美しさに向かう人間の憧憬の顕現は、心情の陶酔である情熱からも、理性の糧である真実からもまったく独立したものである『魂の感激のうち』に存在する」(阿部良雄訳)(松田、註—阿部良雄さんは私の中学から高校の1年先輩の秀才で、卒業される時私共後輩に「諸君、考えろ!」とただ一言言われた事を思い出します。)『魂の感激のうち』とは、まさに東洋思想にある『純化された美の極限に位置する超自然、宇宙の世界』のことをいうのではないかとわたしにはおもえる。
 古来中国で文人が芸術に携わったのは、自らの知的世界を研ぎ澄まし、哲学的志向を深める手立てとするためであったといわれているそうだが、東洋思想の中に豊かに想像する心を育む土壌があるということは、凡人のわたしでもなにか理解できそうだ。
中村征四郎さん:40年ほど前に岡山で私の演奏を聴いて弟子になられました。その後仕事(化学の研究)が忙しく、娘さんたちに後を譲られました。彼女らは結婚し、そのこどもたちが、毎日私のCDを聴いたり、ギターにふれたりしているようです。中村さんは3代にわたって私の弟子でギター音楽のファンです。

(その2)

故岡潔さんは世界的数学者。ある朝、街に出かける村人が峠の山道に立って考えている岡さんに会い、夕方帰ってくると岡さんが朝とまったく同じ姿勢で考え続けていたのでびっくりしたという。その頃彼が考えていたテーマは、日本でわかる人は皆無、世界でも数人しかいないようなものだったのである(「評伝・岡潔」より)。

 岡さんのメッセージは『真、善、美がわかる心』。それは言葉を変えると『生命のいろどり』。岡さんのエッセイの中にはつぎのようなことが書かれている。

 「生命というのは、ひっきょうメロディーに他ならない。日本流にいえば『しらべ』なのである。(中略)人の情緒は固有のメロディーで、その中に流れと彩りと輝きがある。そのメロディーがいきいきしていると、生命の緑の芽も青々としている。そんな人には、なにを見ても深い彩りや輝きの中に見えるだろう。」

 「このメロディーが生命なのだから、生命は肉体が滅んだりまたそれができたりといった時空のわく内の出来事とはまったく無関係に存在し続けるものなのである。そして、人類が向上するというのは、無限の時間に向かってこのメロディーが深まっていくことにほかならない。」

 「わたしは、人の情緒を日本的な彩りに染め上げるには、ずいぶんと長く、最小限十万年くらいはかかるのではないかとおもっている。(自我を抑えたときの)真我を自分とおもっていると、この一生が長い向上の旅の1日のようにおもわれる。」

(その3)

松田先生の書かれたエッセイ、「Segoviaと私」の中で、先生はセゴビアについてつぎのように語っておられる。
「セゴビアの音楽において表現されるものはあまりにも美しく深く、聴く人の心を打つ。人間の知り得ざるもの、-真実-が音楽という美の衣をまとって、私たちの前に顕現されたように私には思われる。そこでは、この世に生まれるべくして生まれ出て、いつの日か死んでいく人間の運命が、崇高なまでに暗示されている。それこそは永遠に変わることのない音楽の真実の姿であると、私は確信する。
セゴビアさんが芸術にたいする時の敬虔さ、演奏に対する強い情熱的な献身、ひたむきな精進の真摯さは、たぶん彼が、大自然の久遠のテーマから生まれ出るところの、常に新しい無数の変奏に対する感受力を持っておられる故でありましょう。静かに凝縮した精神で、音楽に神経を集中した時、初めて聞えて来る自然の声に、耳を傾けることによって、音楽が意味を持って鳴り始める。この点において感得するとき、彼の音楽の偉大さと久遠な真実性を、人は知ることが出来るでありましょう。」
 偉大な音楽家のセゴビア、世界的数学者の岡潔、そしてノーベル賞受賞者の理論物理学者、湯川秀樹博士(その1)天才の思想・哲学は分野を超えて共通していることを、3つのエッセイを振り返ってみてあらためて知り、強い感銘を受けた。

 

母の背中で眠る幸福なひととき・・・。「聖母の御子」

2010年1月11日(月)成人式の日 中森良二 (2011/8/12-上梓)

 灰色の煤煙(ばいえん)に染まった雪の上に積もった真っ白なわた雪。粗末な造りの炭鉱の住宅街を通って市街地まで続く雪道を、兄と二人、わくわくしながら歩いていました。兄の手には、十円玉が6枚しっかりと握られていました。市街地に一軒しかないケーキ屋さんを目指して、きゅっきゅっと長靴を軋ませながら歩いていました。数日前、病気で入院していた母が退院して来ました。12月24日、母が兄弟二人に60円を渡してくれました。ケーキ屋さんのおばさんがガラスのケースからバタークリームケーキを4つ箱に入れて、兄に手渡してくれました。新聞紙の壁紙を張った質素な6畳の部屋、粗末な木製の折りたたみテーブル、4枚の皿にのったケーキ、湯気が立ち上る真っ白いカップに入ったココア、母の優しい笑顔と共に今でも忘れることは出来ません。

 かあさまの坊やに何をあげよう
 何をあげよう、おいしいものを?
 干しぶどうにイチジク、クルミにオリーブ
 干しぶどうにイチジク、蜜に牛乳どうふ
 
 空の天使たちの腕にあやされて
 この世じゃ聞かない、誉の歌を
 楽しい歌を聞かされながら
 連れて来られたこの坊や

  1月11日(今日)は模擬試験でした。昨日の夜、教室に試験用紙を運ぶ車の中で(普段は先生のCDを車の中では聴かないのですが、仕事が忙しくしばらく聴けていなかったので)先生の“サウンド・オブ・ザ・ギター3”を聴きました。3曲目に入っている「聖母の御子」を聴いている最中、突然、小学校4年生のときのクリスマスの出来事が蘇ってきました。母の背中で聞く子守唄のように、あたたかく、ひたすら優しく、気が遠くなるような、美しい先生のギターの音色が車の中を満たしてくれ、次々と亡き母との思い出が頭に浮かびました。良い音楽とは、人の心に母のような、あたたかさ、安らぎ、ぬくもり・・・を与えてくれるのですね。
 昨日は、「聖母の御子」の美しい音、甘くほろ苦いココアの味とバタークリームケーキのとろけるような甘さ、そして、母のやさしい笑顔が頭にうかび、寝付かれませんでした。でも、寝付かれないことが幸せと感じることもあるのですね。夜中、濱田先生の訳詞があることに気づきそっと起きだして紙にメモしました。そして、この曲を今は亡き母に聴かせたいと心から思いました。
 

演奏の中に指揮者を!

 渡辺 健志(2011・8・3)

 私は最近のクラシックギターの演奏に共感がもてません。最近の演奏家達とセゴビアさんとの違いは、正確に弾くという部分に於いては大きな差はないのかもしれませんが、音楽性という重要な部分に大きな差を感じます。そのため、最近は何度も聴きたいと思える演奏を聴くことが殆どありません。
 私はセゴビアさんや松田先生が、オーケストラを従える偉大な指揮者のようにも感じます。演奏の細部に至るまで、曲をより美しく表現するために、深い解釈をし、表現方法に拘っていることを感じます。だからこそ、表現できる限りの音をギターに求められていると思いますし、「ギターはオーケストラである」と強く言えるのでしょうし、実際飽きが来ないのだと思います。
 バッハやショパン、シューベルト・・・等、今まで数多くの作曲家がいます。それを演奏するオーケストラがまた、いくつもあります。そして、それらをより美しく表現するための指揮者達(フルトベングラーやカラヤン、バーンスタイン等の偉大な指揮者達)がいて、それぞれの音楽の解釈、芸術的な音楽の美を表現してきました。恐らく他の指揮者に負けないという自負を持った美の世界を持っていたことでしょう。
 でも最近クラシックギター演奏家の演奏の中に、音楽の芸術を求める指揮者のような存在を感じることができません。ただ平坦な曲が流れているだけで、指揮者が存在しない機械的な音楽に感じます。それが何度も聴きたいと思えない理由なのではないかと思います。偉大な指揮者がオーケストラを率いて演奏するように、細部に至るところまで音の表現方法を求めてほしいです。
 時にはバイオリンのような音、チェロのような音、チェンバロのような音といったように色んな楽器の音の表現をクラシックギターに求めて欲しいです。
また、甘い音や格調高い音、強い音や弱い音の組み合わせや、音を切ることによる、メリハリや格調高くすることで、より美しい音楽表現を求めてもらいたいです。
そして、自分の演奏は他の人に負けないと自負できるような、各々の芸術を作り上げてもらいたいです。
渡辺健志(会社員) 1971年10月生まれ
幼少の頃から父の影響で、オーケストラやセゴヴィアのレコードを聴いて育つ。
10歳の頃、父からクラシックギターを教わり始め、中学生の頃ギタークラブに所属し、文化祭でソロ演奏。
3年ほど前から松田先生に弟子入りしレッスンを受ける。
初めてのレッスンでは、松田先生の圧倒的な立体的な音に感動し、他の生徒さんのレッスン時もずっと目の前で座り込んで何時間も聴かせて頂き、興奮し、翌朝まで眠れない経験をする。
松田先生のレッスンを通じて、クラシックギターの表現力の奥深さ・芸術を深く感じる

註)クラシック音楽とは繰り返し聴く、繰り返しに耐える音楽の筈です。CDにレピートを掛けて聴ける音楽でなければと何時も思っています。(松田晃演)

 

仙境
渡辺 潔 2011・7・28(木)

「仙境」とは、無垢な「自然」や甘美な「桃源郷」など現実の生活環境から隔絶された「清浄な土地」を表す言葉とされています。古来、中国では俗界を離れた「峨眉山」などが仙人の住む「仙境」とされてきました。芥川龍之介の短編小説「杜氏春」に出てくる謎の老人は「鉄冠子」という仙人で「峨眉山」に住んでいることになっています。仙人は主人公の若者「杜氏春」に「凡庸な人間」が持つ欲望や野心の空しさを気付かせ、安寧な平凡な日々を過ごすことの大切さを教えました。「目出度しめでたし」で物語は終わりますが、「目出度くない」もう一つの筋書きは何を意味するのでしょうか。
もし、「杜氏春」が母親の幻影に心を乱さず肉親の情を断ち切ることができた。また、その上に「鉄冠子」が若者の命を惜しみ抹殺しなければ、一人の仙人が誕生したでしょう。しかし、この筋書きは万人向きではないのです。これは一般には理解しがたく、また、したくはない、極々少数の人間に許されるべき筋書きです。真実の芸術家は、芸術のために自らの全てを生贄にささげます。そこには、安寧な平凡な日々を過ごすことなどありえません。「新しい表現が見つかったとき、恐怖感に襲われるのです。それは、真っ暗な闇の淵の中に一歩足を踏み入れなければならないからです。」これは私が20数年前に松田先生のレッスンを受けていた頃の師の言葉です。
「セゴビア」は物言いに比喩的でシニカルなところがあり、誤解を生むことが多いように思います。とくに、アンチ・セゴビアという人たちにとっては人格攻撃のための格好の肴になります。クラシックギター音楽はスペインでのビウエラなどの古楽器から始まり、古典期の「ソル」や「アグアド」、そして近代の「アルカス」から「ターレガ」を経て「リョベー」と「セゴビア」が活躍して、現代のインターナショナルなクラシック音楽への仲間入りを果たしました。とくに、クラシックギターがコンサートの独奏楽器としての地位を確立されたのは「セゴビア」その人の努力であることは周知のことです。このことからして、「セゴビア」はクラッシクの楽器としてのギターを標榜しています。スペインの楽器ばかりでなく、寧ろクラシック音楽の中心地であるドイツ・オーストリーの製作家「ハウザー」にコンサート用の楽器を作らせたのは必要不可欠のことに思われます。「バリオス」の曲を演奏しないのも、彼のクラシックギターのミッションの足を引っ張ることになるからです。「バリオス」の人格否定はしていないのですが、彼の曲は好みでないだけの話です。気楽な凡人の私は聴衆としてグローバル化された世界の中で、フォルクローレやブルーズやジャズも、また、ロックの一部も好んで聴いています。しかし、「セゴビア」が一生涯をかけたギター演奏のミッションにはクラシックとしての「はっきりした線」を引く必要があったのだと思います。
もう一つ、アンチ・セゴビアの主張として、演奏スタイルがあります。ロマン的演奏は時代遅れであるという主張で、半世紀前の「実存主義哲学」の頃ならば少しは説得力もありました。しかし、「楽譜の通りそのまま演奏すべき」という当時流行った演奏思想は大事なものが欠落していました。何を解釈して演奏するかです。標題音楽であれば大雑把な共通イメージはありえますが、聴衆一人ひとりが寸分違わぬイメージを演奏から得ること自体不可能なのです。また、演奏者が作曲家その人のイメージをものにすることはできません。只一つ、作曲された素材を「如何に豊かなイメージを与える演奏にすべきか」だけが残ります。そこには、演奏者自身の存在感ある個性が大きく反映されます。オールドファッションは個性であり今現在では得がたい佇まいとして、時代を超えて享受されています。数十年前の「セゴビアの演奏はダイヤモンドに脂絵の具を塗ったようだ」との捉え方は既に陳腐化しています。(だだし、初心者は意味も分からずセゴビアを真似してはいけません。ちなみに、松田先生のレッスンは厳格であり正確さを第一とし、ごく微妙な部分に自由さが要求されます。しかし、師本人の演奏は到って天衣無縫です。)
「セゴビア」は「琴高仙人」になぞらえることができます。200年諸国を巡り琴を奏し、「龍の子を捕ってくる」といって川に潜り、鯉に跨り現れた。鯉は「琴」の音とともに「登竜門」を上り、そのまま天に上った。「琴」(きん)は日本では「箏」(そう)と混同されていますが、「箏」は宴のために民衆の音楽を奏で、「琴」は星の運行や森羅万象の音律を整えるための君子個人の教養とされていました。天文学の実践的側面としてモノコード(一弦琴)で音律計測した「ピタゴラス音階」はクラシック音楽のバックボーンの一つです。ギターの分類上では、エレキ(エレクトリック・ギター)とアコギ(アコースティック・ギター)は「筝」であり、クラギ(クラシカルギター)は「琴」であるともいえます。

渡辺 潔(わたしの渋谷時代の弟子です。今でもギターへの情熱は無くしていないようです)

 

幻の名盤
2010・12・9(金) 中森 良二(2011・7・25上梓)

 そのレコードは、ゆっくりとターンテーブルの上を廻り始めた。柔らかなアルペジオが部屋の空間をいっぱいに満たし、のどかなモゲールの青い空に心をいざなってくれたとき「プラテーロはやわらかい・・・」という声が、麦畑をかすかに揺らす爽やかな風になって優しく流れてきた。その瞬間、母親の胎内にいるような安心感と懐かしさがこみ上げてきた。
 
1969年、某ギター誌8月号のグラビアに、そのギタリストは「詩のイメージを大切にした日本人のギター作品が欲しい。単に詩にメロディーをくっ付けたものではなく、詩とギターを対等に扱ったもの、それに演奏者がさらに独自に加わって、一つの芸術を創り上げる・・・、そんなことをやりたいですね。」とアメリカとイギリスのコンサートツアーを控えて、大いに意欲的である・・・。という記事がのっていた。それから、しばらくして、同誌の新譜レコード案内にそのレコード(プラテロと私~松田二朗)のレビューを見つけた。

 ノーベル文学賞を受けたスペインの詩人、ホアン・ラモン・ヒメネスの散文詩の28編にカステルヌオーボ=テデスコが美しい曲をつけた。詩の朗読とギターという新しい芸術の世界の誕生である・・・。これを具現化させ、成功させることが出来たなら、大袈裟に言うと、人々に心の安らぎや明日への活力を与えるという見方をすると、20世紀初頭にシェーン・ベルグが発見した12音技法に匹敵する快挙である。これを芸術的に高めるためには、スペイン語と日本語・英語などの発声の違い、音量のバランス・空間を飛び交うギターの音と人声の間・・・ギターの音に集中すると人声がかき消され、詩に注目するとギターの音が聴こえなくなる・・・、など、世紀の大巨匠セゴビアを以ってしても成しえることのできない、それくらい難しい世界がそこにはあった。そのギタリストは、長年心の中であたためていたギターと詩のコラボレーションによる表現を具現化するため、まず、最初に、翻訳を濱田滋郎氏に依頼し、何名かの俳優とともに小さなホールで実験を重ねた。これはジャズのスーパースター“マイルス・デイビス”の常套手段である。自分の発見した音楽表現(コードからモードへのような)を完成させるため、メンバーとともに小さなステージを何度かこなすうちに、それは熟成される。それから彼が発見した画期的な音楽は自信を持って発表(レコーディングや大ホールでのコンサート)されるのだ。同じように、このギタリストも何度かの小コンサートを経た後、機が熟したのを見て、レコーディングによりその芸術を発表した。発売されたレコードは詩の朗読とギターという新しい芸術の世界を見事に表現していた。そして、多くリスナーに驚きと感動を与えたのは言うまでもない。このレコードこそ、名盤といわれる“プラテロと私(ギター:松田二朗・朗読:木村功・詩:ヒメネス)”である。そして、このレコードによって松田二朗(現晃演)は“音の詩人”という称号を賞賛とともに手に入れた。しかし、今、「音の詩人」という言葉は、安易に使われすぎてはいまいか?このギタリストの深い造詣と血のにじむ努力によって生み出された、真の「音の詩人」の本質を知っている人間は果たして何人いるだろう。

 カインド・オブ・ブルー:マイルス・デイビス、ワルツ・フォー・デビー:ビル・エバンス、サキサホーン・コロサス:ソニー・ロリンズなどジャズの歴史的な名盤が何度となく再発されている。そんな中、クラシックギター史上、歴史的に重要な位置を占めるこの名盤は未だ再発されていない。特に、このレコードと同時代を生きた人間にとって気にかかるところだ。このような名盤は万難を排して再発されるべきである。
 幻の名盤にしてはならないのだ。

※またしても極端に私的な雑文を書いてしまいました。具体的な真実からはかなりかけ離れていると思います。熱烈なファンとして許してください。
*註ー松田晃演、上梓が遅くなってしまいました。失礼!主役はそんなにすごいとは思っていませんでした。有難う。

 

天才ジャズギタリストと若き日本人ギタリストとの邂逅
2010・7・7(水) 中森 良二 2011・7・20上梓

 1962年、4月、インディアナポリスのジャズクラブ「Turf bar」の入り口のドアが静かに開き、若い日本人が入ってきた。店の中からは、強烈なジャズのフォービートとともに親指だけで弾かれるジャズギターの個性的で、太く、甘い音色が彼を出迎えた。彼は、タバコの煙が霧のように霞む店内を、黒縁の眼鏡の中できらりと光る目を、左から右へゆっくりと移し、周りからの視線を感じながら、空席を探した。細いラペル、センターベントでチャコールグレーのスーツ、カラーの小さい、長旅で少しよれた白いワイシャツ、濃い茶色に小さな白いドットのついた、ナロータイ、ぴかぴかに磨かれたダブル・モンク・ストラップの黒い靴・・・。そのままピアノの椅子に腰掛け、背中を丸くして鍵盤を弾くと、ビル・エバンスのリリカルなバラード、“アイ・ラブ・ユー”が聞こえてきそうだ。違うのは髪形と片手に持ったギターケースだけ。彼は、ステージに向かって右側の空席の椅子を引いた。怪訝そうに見ている弁護士風中年の紳士と反対側の学生と思われる若い男性に軽く会釈をして席に着いた。そして、酒が飲めない彼は、すばやくウエイターにチップをそえて「オレンジジュース」と注文し、ステージに目をやった。狭いステージでは、ギタリストを含む5人のユニットがスタンダードを演奏していた。

 「ケリー、見てみろよ。今、入ってきた若い東洋人、ギターケースを抱えているぞ。」
「ウエス、きっと彼は日本人に違いないぞ。」「あのギターケースの中には、いったい、どんなギターが入っているのかな・・・?」
「このステージが終わったら彼のところに行って見ようぜ!」

 と演奏中に交わされた言葉から、彼らは、休憩時間にその日本人を囲むことになった。

 「どこから来たのか?」「そのギターケースの中は、どんなギターが入っているのか?」「どんな音楽を演奏するのか?」・・・。との質問が次々と飛んだ。そんな彼らの質問に、彼は、流暢な英語で、今、アメリカをコンサートツアーで廻っていること・音楽の種類はクラシック・巨匠セゴビアの弟子であることを伝えた。それから、そこは音楽家同士、音楽の話で盛り上がったのは言うまでもない。彼らのリーダーと思われるギタリストから「何か一曲弾いてくれないか?」との要望にこたえて、彼は一曲弾くことになった。

 ケースから弦長660mmのギター、ホセ・ラミレスを取り出し、ステージに向かう彼を、店の客達は好奇な目で見ていた。ステージに椅子と足台をセットし、ギターの調弦を入念に終え、客が静まるのを待った。しかし、一向に静まる気配がない。彼は、客のざわつきには構わず、最初の和音、Dmを力強く弾いた。その瞬間、ざわつきはピタリと止み、客が聴衆へと変わった。そして、聴衆は彼の奏でるバッハの無伴奏バイオリン組曲第2番の終楽章「シャコンヌ」の演奏に引き込まれていった。そこに居合わせた聴衆は、一つ一つの音が、巨大なバロックの建築物のように重なり合い、そのまま、大宇宙へとつながる遠大な音の世界を味わった。それから、聴衆は、その音楽を奏でている楽器が、ギターであることを確かめるため、より一層大きく目を開かなければならなかったのである。

 天才ジャズギタリスト“ウエス・モンゴメリー”と、後にクラシックギターの巨匠と呼ばれるギタリスト“松田晃演”の若き日の邂逅であった。

 1968年、ウエス・モンゴメリーは、心臓麻痺により急逝する。彼は、その1ヶ月前“ロード・ソング”と言う、ポピュラー音楽が、バロック音楽風にアレンジされた美しいアルバムを残した。録音に先立ち、ウエス・モンゴメリーからアレンジャーであるドン・セベスキーに要望されたのは、バックのアンサンブルをバロック音楽風にアレンジして欲しいと言うことであった。ウエス・モンゴメリーが長年、心に中にあたためてきた音楽、それは1962年、若い日本人ギタリストの奏でたバロック音楽への憧憬であった。彼が、その44年と言う短い生涯に影響をうけた人物は二人、チャーリー・クリスチャンと、あのときの日本人の青年ギタリスト、松田晃演であった・・・・

 姫路市にある、「喫茶A&M」、珈琲好きなギタリストの行きつけの店である。ギタリストは、いつものように、少し苦めに淹れた、エスプレッソの小さな白いカップを、口元に近づけ、耳を店内のBGMにかたむけた。小さく流れる音楽は、華やかなバロックアンサンブルをバックに、ギターが、太く、甘いメロディーを奏でていた。

「マスター、このCDは誰が演奏しているの?」
「これですか?これは、ウエス・モンゴメリーですよ」・・・。

  1. 先生のエッセー「ギターは小さな星のオーケストラ」の中で、先生が、ジャズギタリスト、ウエス・モンゴメリーと肩を組んで写っている写真からヒントを得て、創作した雑文(たわごと)です。したがって先生が演奏した曲も私の願望です。気を悪くしないでください。

*Akinobu Matsudaのコメント・・・わたしの若い日に訪れたジャズ喫茶、タバコの煙がもうもうと充満するジャズバーを、記憶の彼方からくっきりと呼び覚まされる文章です。・・・・・それはデトロイトの小さなバーで、ステージは客席の真ん中に作られてあり、僕はウェス・モンゴメリーが弾く真ん前に席を取る事が出来ました。ウェスは時々(曲の途中でも)席を立ち曲の途中で席に戻りかっこ良くセッションに加わったりしていた。
僕のコンサートのマネージヤーが僕のコンサート終演後の気晴らしに私に提案した3つのエンターテインメントの候補のうちでわたしが選んだのがそれでした。
1962年4月は1964年です。その時貰ったウエス・モンゴメリー自筆のサインや幾つかの彼の演奏中の写真も持っております。
ご希望が在れば添付しますが・・・・・

=27年の時を超え、優しく鳴り響く心の中の鐘の音~カンパネラ=
2010・6・29(火)中森

  27年前、私達は新婚旅行で島根県の津和野町のマリア聖堂を訪れました。乙女峠の中腹にある、悲しい歴史を持つ、殉教者の霊を慰めるために建立された、小さな聖堂、そして、色とりどりの小さなステンドグラス、純白の聖母マリア像。私達はこれから一緒に歩む長い道のりのスタートとして、ささやかに鳴らす鐘を探しました。しかし、きっとなかったのでしょう。私達は軽く目をつぶりながら、マリア像の前と聖堂で手を合わせました。その時、心の中に柔らかく慈愛に満ちた鐘の音が確かに聞こえました。それから暑さを避けるように峠の中腹にある東屋で冷たいところてんを食べました。

6月26日(土)は、私達夫婦の27回目の結婚記念日でした。仕事の帰り花屋さんで黄色いバラとカーネーションを買い妻にそっと渡しました。妻は、珈琲好きの私に「さっぽろ喫茶店グラフィティー」と言う本をプレゼントしてくれました。夜、ステレオのボリュームを絞り先生のCD、サウンド・オブ・ザ・ギターを2から4(ショープログラム)まで順に聴きました。妻と2人珈琲を飲みながら聴く先生のCDは至福の時を私達に与えてくれました。それにしても、いつも思うのですが先生のCDは聴くたびに違う音が聞こえて来ますよね。まるで、教会のステンドグラスにさす光が角度によって色を変えるように・・・。
リュート組曲第4番「プレリュード」。バッハは、なぜ、このバイオリンの曲をリュート用に編曲したのでしょうか。無機的で幾分神経質なこのプレリュードをバイオリンで聴いた場合、私は、心の安らぎどころか苛立ちさえ感じてしまいます。例のカンパネラは悠久の時を刻む柔らかい鐘の音ではなく、火事の時に鳴らす半鐘に近いものを感じます。きっとバッハはこの無機的なプレリュードに、人間のあたたかさ、大自然の息吹、聖母の慈愛を人類にメッセージとして遺すため、わざわざリュートに編曲したのではないでしょうか。(あくまでも私の主観です)そう考えると、今まで(特に最近は)色々なギタリストが弾いているこの曲は、よりバイオリンに近い表現をとっていることに気づきました。速いフレーズをミスなく弾ききる凄さも爽快ですが、2度3度と聴くうちに「もういいよ!」となってしまいます。しかし、サウンド・オブ・ザ・ギター2に収録されている、先生の弾くこの曲からは、一音一音がしっとりとぬくもりを感じさせてくれます。速度からして、(この曲はこの速度しかないという確信に満ち溢れ)今まで聴いた曲とは全く別の曲と思ってしまうくらいです。そして、「なるほど、これはリュート曲だ!」と感じてしまいます。その柔らかく起伏に富んだ旋律からは聖母マリアの慈愛を感じてしまいます。バッハがリュートに求めたもの、それは、大袈裟に言うと「神は美しい心を持った人間の中にのみ存在するよ!」と言うことを人声に最も近い楽器リュートにたくしたのではないでしょうか。
27回目の結婚記念日、27年前、あの聖堂の前で聞いたやわらかな鐘の音(カンパネラ)が、先生のバッハから27年のときを超え、私達の心に優しく鳴り響きました。
(松田晃演、註)幾つかの貴重な文章を中森良二さんから頂いて居ました。追々彼の文を掲載する予定です。掲載するサイトを持っていなかったので失礼な事ながら私のPCの片隅を埋めていました。何人かの方にも頂いた時の文を無くしているのでお気が向かれたら、再送下さる様にお願いしています。

 

我が師 松田晃演 カリスマギタリスト
木下敏雄

昨年の暮れ、松田先生が私に興味深い話をされました。
  「カリスマ美容師がいる。何時間もかけて女性の髪の毛一本一本を丁寧に整髪していくそうだ。 私はそれと同じことをギター音楽の指導で行っているように思う。 つまり、ギター演奏(ギター音楽、演奏解釈)は一音一音の積み重ねの連続に他ならないと考えている。ギターは小さなオーケストラであると言われているが、オーケストラの場合は、一本一本の髪の毛がそれぞれの楽器パートや奏者であるのに対して、ギターでは一人の奏者一人でが総ての髪の毛の形を表現して行かなければならない。
  従って、ギターでは大変な努力と才能が要求される。そういう意味でそれが出来る人はカリスマ美容師ならぬカリスマギタリストであるかも知れない。私はその髪型を自分に施すことができると思っている。私はそのような音楽解釈に憧れ、日々努力している。時には、ギリシャ神話のシシュフォスの石積み上げ作業の様に、積み上げては崩れ、積み上げては崩れていくこともある。
  ただ、こうすればある楽曲にぴったりの髪型ならぬ凄い表現ができあがることを信じて仕事をしている。
  そのためには、施術者(師匠)と被施術者(弟子)との気の遠くなるような共同作業が待っている。」
 確か、このようにお話をされましたが、大変含蓄のあるお話だと思いました。こうして仕上げた演奏を先生がお弟子達に施して、コンクールに出せば、審査員の審美眼さえ優れていれば、優勝まちがいなしの結果を期待してできるだろうとわたしは思う。
 さて、私は先生に師事してかれこれ40年近くになります。レッスン終了後、先生と奥様のお話を聞くにつけ、様々なことに啓発され、至福の時間に浸ることができます。
 自分が無事に定年退職を迎えることができたのも先生方のお陰で、長い年月にわたり、生き方・考え方を示唆していただき、仕事と共に充実した日々を過ごせたことに深く感謝しています。
 先生は、我々が同じ質問をしない限り、同じ内容の話を繰り返すことはありません。決して饒舌な方ではないように見受けられます。「沈黙は金」と言いますが、先生に限っては、「沈黙を破る時は金」なのです。知性と教養、そして実践に裏付けされた物言いは人を魅了してやみません。明日への指針を持つことになり自分の変容を知ります。
 先生が尊敬して止まない、巨匠アンドレス・セゴビアをはじめ、チェロの巨匠ガスパル・カサド(ソル作曲「グラン・ソロ」の解釈を先生に教示したとされる)や、ギタリストのジョン・ウィリアムス(セゴビアの指示で先生は彼に指導を受けた時期がある)、アリリオ・ディアス、エミリオ・プホール、ジュリアン・ブリーム、(以下は先生の同窓達)ホセ・ルイス・ゴンザレス、ホセ・トマス、オスカー・ギリア等々、我々日本人が容易に接する事ができない国際的な一流の音楽家諸氏が、先生を通して日本人の人となりや資質を知ったであろうことは、日本人にとって幸いだったに違いありません。
 なぜならば、先生は真のカリスマ性を有している方であるからです。

(松田晃演、註)つい先頃、ヨーロッパ在住の日本人の女性の方からE-Mailを頂いた。彼女はわたしの「ギターは小さな星のオーケストラ」やこのHPのエッセイ集等を生活の指針にしてわたしのCDを愛聴盤にして下さっていると伺った。わたしとしては過分のお褒めの様にも思いましたが、嬉しいお言葉でした。

 

M.N.様(註、「アマチュアチェリストの女性医師」)よりの投稿
平成23年5月16日月曜日

昨日、頂いた「聴くギター音楽CD」やっと聴かせていただきました。
私は今までギターの演奏はあまり聴いたことがなく、 CDも数枚しか持っていませんが、
松田さんの演奏を聴かせていただき、その音色の多彩さと 音楽表現の奥深さに、とても驚きました。

弦を指ではじくだけで、あんなに多様な音色が出せるなんて脅威です。
それにも増してあんな風に歌えるのは、失礼な言い方かもしれませんが、 紛れもない本物の芸術家だと思いました。
人は誰でも自分の心の中に歌を持っていると思いますが、 それを表現し、人を感動させることができるのは、
やはり一握りの選ばれた人なのではないでしょうか。
勿論、人並み外れた努力の賜物なのは違いないのでしょうけれど、
努力すればだれでもその高みに到達できるというものでもないように思います。

それと、楽器とのめぐり合い。
人が楽器を選ぶだけではなく、楽器も人を選ぶのだと言われますが、松田さんは間違いなくギターに選ばれた方だと思います。
自分の楽器にめぐり合えた方は幸せです。(私もいろいろな楽器をかじってきて、チェロにめぐり合った時、 自分の楽器はこれだと思いました。  私の場合は勝手に自分で思っている だけで、とても選ばれたなどとは言えませんが)

ギター音楽の奥深さと、素晴らしい演奏家を教えていただき、ありがとうございました。

Akinobu Matsudaー註(僕の友人で弟子の一人が「聴くギター音楽CD」をM.N.さんに贈呈された所、M.N.さんからメールメッセージを受け取り、わたしに転送して来られた。以上の様な投稿を頂いたので、お礼にと拙演によるCD「サウンド・オブ・ザ・ギター4」を進呈しました所次の様なメールメッセージを頂いた。)

この度は素敵なCDを頂戴いたしましてありがとうございました。
先週末に受取っておりましたが、演奏会本番などが重なり、お礼のメールが大変遅くなりまして失礼いたしました。

バッハの2曲は、一瞬何の曲かわからないぐらい、原曲とは全くちがう曲に感じました。
無伴奏チェロ組曲はモノトーンの禁欲的な世界だと思っています。
松田さんのギターで演奏されると、多彩な音色とギターの柔らかい響によって、色彩感のあるとても優しい曲になっていて、大変驚きました。

アルベニスは、まさに小さなオーケストラを感じます。
たった5本の指で、いったい何声を弾き分けておられるのでしょう!
しかも、それぞれの声部が全く違う音色で弾かれて重なり合う様は、正に神業です。ギター音楽の可能性の大きさを知りました。

ありがとうございました。

クリストファー・ニューパン氏よりE-Mail

このCDのテスト盤を著名な音楽映画制作者クリストファー・ニューパン氏に送ったところ次の様なE-Mailを受け取った。(クリストファー・ニューパン氏は数年前、イギリスでユダヤ賞を授与されました。その前年、スピルバーグ氏が得た賞です。)
親愛なる松田さん14 January 2011
 君のCDは喜び (Delight)です。幾つもの面から見てそうです。
 第一に詩情を喚起させる事柄です。それはアンドレス・セゴビアが見付けて、発明し世界に提供したあのすごい感動的な成果です。
 幅広い音色の変化は壮麗でそしてもっと大切な事は、それが常に詩情豊かに音楽の為に使われている事です。セゴビアは勿論この事全部を発見し、または発明したとは言えないが、彼はこれらの事を世界で初めて自分の物にし、クラシック音楽界の一部として認めさせたのです。彼の業績は記念碑的なものでこのCDは君が真の彼の弟子である事を実証している。
 Chapeau!
 わたしはこの外に三つの事を言いたい。
 先ず第一に君の弾く和音は素晴らしくはっきりと強調され、清潔で正確かつ純粋でそれらが耳に真の喜びをもたらす。
 第二には私が永年こんなにも永く聞いた事がなかった多くの音楽を聞く楽しみをあたえてくれた。
 第3は、よく覚えておいて欲しいのだが、イタリア人のメロディー創造に於ける天賦の才について詩情たっぷりに思い至らせてくれた事です。
 終わりに麗子さんがこんなにすごいギタリストであるとは思いもよらなかった。本当に思いがけない。それでわたしは心底から感銘を受けた。彼女の演奏は美しくどちらが麗子か晃演か時には確かでなかった。どうか彼女に私から賛辞と私の尊敬とお礼と御祝いを言って下さい。
 もう2回も聴いたが今からもう一度聴きます。それには美しい物が一杯です。わたしのお礼をお二人に。
 以下は上の記述をWeb-Siteに載せたいとのわたしの求めに応じた彼の返信です。
 もしこれらをわたしの推薦文として使うのなら、君が音色の巾の広さを使いこなしている事以外にもっと重要な事を言い忘れている。
このE-Mailでもっと強調したかった事は、君がどんな風に音色を使っているにしても君の音は好い。それは何時もふくよかで、滑らか(スムーズ)で、ハッキリと芯の在る音です。その事は和音に付いても言えます。これが出来るギタリストは本当に滅多に居ない。
 Chapeau! シャッポ–帽子!

  (原文は英語版に掲載して居ます)= http://www.matsudaguitar.join-us.jp/html/CD.LP-on-sale-E.html

滴りおちる極上の一滴・・・。

 穀物を原料して作られた醸造酒。中世の錬金術師達が発見した蒸留という技術により、釜から最初に滴り落ちた一滴を口に含んだ錬金術師達は、その熱さに、思わず「アクアビテ(命の水)」と叫んだ。ウイスキーの語源はゲール語で「ウシュクベーハ(命の水)」という意味である。18世紀、政府はスコットランドで、もっぱら自家用であったウイスキーに税金をかけようとした。人々は税を逃れるために山奥に分け入って密造をする。ある日、政府の役人が密造を取り締まるために山奥に分け入ってきた。とっさにシェリー酒の空樽に隠した無色透明のウイスキーが数年後、琥珀色に変わり、素晴らしい芳香を漂わせまろやかな味に変わっていた。熟成の発見である。人の心を感動させるものの発見は、何事にも偶然が素晴らしい結果をもたらすことがある。いや、偶然ではなく必然ではないだろうか?

 松田先生が道元禅師の言葉を引用され「師との出会いは自然にあらず」とセゴビア先生との出会いを語られています。セゴビア先生との出会いから、50年の永い熟成を経て「サウンド・オブ・ザ・ギター4」という、奇跡とも言うべき“命の音”を生み出しました。輝ける人生の喜び・心が張り裂けんばかりの悲哀・魂を揺さぶるどうしようもない郷愁・・・その指先からは、様々な“命の音”が紡ぎだされてきます。それは、あたかも人生のひとこま、ひとこまを語るように・・・。その音は聴くものの人生を幸せにします。そして、七色に輝くその“命の音”は、奏でる人を「音の詩人」と畏敬の念を込めて語り継がれているのを何度も耳にしました。しかし、その真髄は、聴くものの「感性」いや「人生」までも試す厳しさの中に存在していることを感じながら、今日もスピーカーの前で全身を耳にしています。

 先日、先生から届いた初期の音源「聴くギター音楽入門」は感動をもって聴かせていただきました。スピーカーの奥の奥から、かすかな郷愁とともに響いてきた「アルハンブラの思い出」「マリエッタ」・・・そして、30秒にも満たない練習曲の数々・若き日の麗子さん(奥様)と共同で作り上げた二重奏が、これほどまでに心を熱くさせるものなのか。それは、あたかも、ポットスチルから「滴りおちる極上の一滴」が、50年の熟成を経て“命の音”「サウンド・オブ・ザ・ギター4」の奇跡へと繋がる予感を十分に感じさせられました。

 その最初の一滴は、ダイヤモンドの輝きを放ちながら、それを聴く人々に「勇気と励まし」を与えてくれることと思います。

中森 良二


「CD出版に寄せて」

「アルハンブラの想い出」から始まる、愛する名曲の数々をクラシックギターの粋を尽くして演奏される「ギター音楽」の素晴らしさは、只々感動の一語に尽きる。
 えも言えぬ清澄な音色、高低、強弱、間合い、艶、丸やかさ、時には哀愁に満ち、時には回想の世界に在り、時にはキューピッドのロンドの如く、時には喜び明るく晴れやかな輝きに満ちる。
 「小さな音のオーケストラ」。どうしてこの小さな楽器から、かくも無数の美しい音色が、かくも魅力に満ちて輝き出で、人の心の隅々までしみ透るのか。懐かしい名曲の数々が、満天に輝く星々の如く心を惹きつける。
 アンドレス・セゴビアの一番の愛弟子である世界的名奏者松田晃演氏の此のCDを聞く人は誰でも、「クラシックギター」の神髄を感じ取り、心の視界は豁然と開かれるに違いない。二重奏で演じられた麗子夫人の見事な演奏にも心からの賛辞を表したい。
 正に、此処に奏でられた名曲の数々から「喜びの泉」の水を汲み取る思いがする。

阿部一祐



CDを聴いて

松田晃演様 麗子様

 最近ふとしたきっかけで「耳から入るクラシックギター」のCDを聴く機会を得ました。
 高低差の生み出す夫々の余韻の奥深い重なり、 強く弱く互いに絡みあって心に響く音色の美しさ、
卓抜した技術によってよみがえる音楽の息吹、 それらが一つの塊となって私の心に語りかけ、人の世の苦しみから解き放ってくれました。
 音楽の素晴らしさを実感させてくれる演奏でした。
 至福の一刻を味わわせて頂きました。

 更に、第二奏者の演奏が誠に見事にその役割を果たしており、第一奏者の音楽的解釈を良く理解して、十二分に援助し一層その効果を高めていました。
お二人の演奏は本当に見事な結果を結実させていました。

 音楽に素人の私がおこがましく感想をしたためましたのは、初めてと言えるほど、このギターの演奏に驚嘆に近いほどの感銘をうけたからです。

 どうか健康に気をつけて、今後とも一層の研鑽をつまれることをお祈りいたします。

横井貞子