エッセイ集のバックナンバー No.2
2006年8月4日〜2009年3月13日 ( 2005年4月6日を含む)

目次(クリックして頂くとその記事に飛びます)

HPでは新しい文章がトップに来ますが、バックナンバーでは古い記事を初めに持って来て普通の書物の様に並べてあります。
第8回以前はバックナンバ-のファイルno.1に


第9回
私のバッハへの賞賛
第 10回
爪(2006/8/4掲載)
第 11 回
練習(2006/8/6掲載)
第 12 回
アルテュール・ルービンシュタイン(2006/8/6掲載)
第 13 回 
サッカーブーム (06/9/15掲載)
ブログからの転載 
日記・第1部
ギタリスト達のレベル、私のファン、ギターには詩情、情報化社会を言われている、たまに古い楽譜を、なみだ
歌行灯、立体、限界効用逓減の法則、立体的な音楽とは
日記・第2部
音楽演奏での1は0、楽曲は例えば一つの建物、再度1=0、2=1、の問題、イタリアのシエナでーーヴィブラート
ヴォルボ、マン島、真っ赤なネクタイ、ジュリアン・ブリーム、
再度ジュリアン・ブリームの事、再々度ジュリアン・ブリーム
日記・第3部
賞味期限
第14回 指板の向こうに
第15回
私の先生-ベラさん、ことVillaveldeさん
第16回 
真に優れた音楽の2
第17回 
シエナ2 (08/5/18)
美味しいスパゲッティー
第18回 
コンサートを終えて (08/5/20)
「Sound of the Guitar 3」C.D.を聴いて!
第19回 
CD3発売直後に頂いた評価 
未だこのCDを聴いて居られない方々の為に。
第20回 ギター音楽の存在価値 
ギター音楽の存在価値は何処に在るのでしょう。
(一応第21回)春のコンサート曲目解説
(第22回)自 己 紹 介
(第23回)満員御礼
(第24回)プログラム解説追加
(第25回)フランシスコ・タルレガ - 追加の追加(九州のみ)
(第26回)「繊細な音色の力強い浸透力」
~松田晃演クラシックギターコンサート「スペインのギター音楽」
        2009年3月13日~ 
東京オペラシティリサイタルホール 
ギター演奏レビューno.1
(第27回)
最新評論  ギター演奏レビューno.2「名器トーレスとともに、いっそう輝きと深みを増す松田ギターの世界」
      
松田晃演クラシッックギターコンサート「スペインのギター音楽」
 2009年3月13日
 東京オペラシティリサイタルホール

 


第8回以前はバックナンバ-のファイルno.1に

第8回 わたしの弟子とその弟子(2006/7/4掲載)

第6回  高齢化社会への一提言(2006/5/12掲載)
(副題-私の先生-2、私の先生-1への補足)

第5回 私の先生-1(2005/5/8更新)

第6回  高齢化社会への一提言(2006/5/12掲載)
(副題-私の先生-2、私の先生-1への補足)

第9回
私のバッハへの賞賛

 

原文
Date: Sun, 25 Jun 2006 16:08:19 EDT
Subject: Der Segen von Johann Sebastian Bach
Maestruda
I am in serious difficulty and on top of it Caroline has fallen down the stairs and injured her back so I must go as soon as possible to London.
I felt like giving up everything and so,
seeking help from the eternal,
I put on your Bach prelude and although I cannot say that all the troubles of the world suddenly evaporated, I was grateful for a sense of temporary peace.
I hear how much you have thought about this music and how much you want the voice of Johann Sebastian to speak to your six strings.
Muchisimas gracias querido amigo.
Cristobalin

 

第 10回
(2006/8/4掲載)

第 11 回
練習(2006/8/6掲載)

第 12 回
アルテュール・ルービンシュタイン
(2006/8/6掲載)

 

第 13 回
サッカーブーム
(06/9/15掲載)

 

日記-第1部

06/7/31
ギタリスト達のレベル

06/8/09


06/9/04
ギターには詩情
ギターには詩情がある、しかしオ-ケストラには詩情がない、とある人が呟いた。どう思われますか?
一つの、考えるテーマですね。

情報化社会を言われている。

06/10/13

06/10/15
なみだ

06/10/22
歌行灯


06/11/5
立体 


06/11/5
限界効用逓減の法則


06/11/9
立体的な音楽とはある広がりを持った音が次々とつながっている形です。それは音の重なりでありポリフォニックな音楽演奏です。
立体的にの追記
昔、セゴビア先生はわたしにポリフォニックな演奏をするとの推薦文を書いて下さった事が有ります。

ブログからの転載

音楽、楽曲、は部分から成り立っていると考えられたら、その各部分を磨き上げる事が、楽しみになりますので、初級者には小品であっても1曲、1曲、全体を一度に仕上げるのは途方も無い大仕事だろうと思います。

日記-第2部

06/11/11
音楽演奏での1は0。

06/12/10


2007/1/5
ヴォルボ


マン島。

07/1/30
真っ赤なネクタイ
セゴビア先生のお話

07/1/30
ジュリアン・ブリーム
07/2/3

07/2/6 
再度ジュリアン・ブリームの事

07/2/9 
日記-第3部

賞味期限

第14回
指板の向こうに

第15回

第16回
真に優れた音楽の2

第17回
シエナ2 (08/5/18)
美味しいスパゲッティー

「ラ・ラティーニ」


興味のある方は URL  http://www.latini.kobe.walkerplus.com/
で調べてそして、食べに行って下さい。お勧めはスパゲッティーやニョッキはラティーニのソースで、コーヒー(エスプレッソ)、デザートのプリン等。

 

第18回
コンサートを終えて (08/5/20)

 

森本忠克さん、ことモリチャンのコンサート評
   松田先生の演奏会いってまいりました(07.11.30東京オペラシティ2007年12月01日22:12)
   昨年同様、最前列で聴き入り見とれていました。
   1年ぶりの松田先生の演奏会は、実に感動的でした。記憶に残る名演奏会でした。
宇宙にむかって解き放され はじけるような強靭で透明な音を奏でる名器トーレスと偉大なる松田先生の温かく深みのある色彩豊かな音楽表現、セゴビア先生への祈りと感謝の気持ちが 完全に一体となったような 記念すべき演奏でした。
   昨年にくらべて、体調もご気分も良いようでした。どんどん気持ちが高揚し 集中力が高まり どんどん音楽の世界にのめりこんでいく感がしました。聴いている方々を ぐいぐい引き込んでいく魔力がありました。
選曲も 大好きなバッハ、セゴビア没後20周年の追悼、スペインの名曲集、アンコールでの50年ぶりに弾くというブラームスのメヌエット(これが、またまた心を打つ絶品でした)、最後に名曲中の名曲ソルのメヌエットまで、贅沢な贈り物でした。
   おかげさまで、珠玉の時間を過ごすことができました。感謝の気持ちでいっぱいです。
   今後とも、セゴビア先生にならい、健康にはくれぐれもご留意されて、あと20年は演奏活動、後継者の養成教育を継続されますことを願っております。
   いつも思うのですが、松田先生は、高齢とはいえ、日本のいわゆる名前の通っている現役の有名なギタリストとは格が全然違います。
   松田先生の演奏を もっともっと知らしめる方法はないのでしようか。

森本忠克さん(私がmixiを退会するまでのマイミク友達)
・経歴:昭和16年1月生まれ。現在67歳。(株)クラレを63歳で退社。
・音楽歴:学生時代クラシックギター部に在籍。縄田政次さんの門下。
会社で転勤後、ギターから離れ、バッハの音楽を聴くことにはまっている。
2年ほど前に、クラレの同期で松田先生のお弟子の方から、思いがけなく松田晃演さんのCDが送られてきました。
その時に初めて、松田先生の演奏に接し大発見したような新鮮で嬉しい驚きでした。
なぜ松田さんの存在を今まで自分が知らなかったのか、多くの音楽を愛する方でも、世界に誇れる偉大なる音楽家松田さんが、この日本にいらっしゃる事実を知らない方もいるのではないかと。
松田先生の音楽の批評をマスコミが取り上げないのは不思議だと思っている。

渡辺健志さんこと(目太慕さん)のコンサート評
   昨日、東京オペラシティに松田晃演さん(生徒ではないので先生と呼ぶのは図々しいのでさん付けで呼ばせて頂きます)のコンサートに行ってきました。
   入場が6時20分からにも関わらず、6時には到着。
入場時間まで立って待っていると、エスカレーターから松田さんが白いスーツ姿で降りていらっしゃいました。
思わず頭を下げたものの「松田さんは俺のこと知らないから、誰だ!?どこかで会ってたっけ?」と恐らく混乱させてしまったのではないかと思います。
   その時はじめにギターケースに驚きました。通気口が付いていて、まるでギターが呼吸をしている生き物として扱い、また息子のように大事にしていることが伝わりました。
   暫くして開場となり、5番目くらいに並んでいたので最前列も正面でなければ座れたのですが、ギターホールの響きを真正面から受けたかったので、図々しくも2列目の真正面を取りました。
   周りの方には、図体のでかいのが真ん中に陣取るからさぞかし狭く感じたことでしょう。「申し訳ない!」という気持ちはあったものの、ここが一番楽器の音色をダイレクトに受けられる場所だからそこで聴きたいという気持ちが強く、とても端に行く気にはなれませんでした。
   松田さんがギターを弾き始めて・・・、心底驚きました。
   ギターってあんな音色まで出せる楽器なのかと・・・。
   こんな音色聴いたことが無い!!っていう驚きと、松田さんが思い描いている音楽性がすごく伝わってきました。
   アンドレス・セゴビアを想わせる音色や、松田さんがギターをこよなく愛し、その楽器が奏でられる限界の音色を聴いたとき鳥肌が立ちました。
   自分が弾いてみたいと思ってきたギターの音楽性の範疇を大きく凌駕していました。
   一音一音心を込めて、時には大きく左手をビブラートさせ、時には右手の位置をホール付近で弾いたりブリッジの根元で弾いて硬めの味わいのある音を奏でたり、マミーナさんが言っていた音の長さをどこまで次の音につなげるかでその人の音楽性が変わることが良く解釈できたことなど、真似できる範疇ではないのですが非常に勉強になりました。
   自分もギターの持つ可能性を少しでも引き出せる様に頑張っていこうと思います。
こんなに凄い人とマイミクになっていることが間違いと思われるのですが、自分にとってこんなに幸せなことは無いと感じております。
   コンサートが終わった後、CDを買い松田さんにサインしてもらい、「また何か書いてください。」と気さくに温かい言葉を頂き心より感謝しております。
   これからは松田さんの一人のファンとしてコンサートに聴きに行ける日を楽しみにしています。

目太慕さん(私がmixiを退会するまでのマイミク友達)
子供の時から茅ヶ崎の豊かな自然環境の中から感動を得て感受性を高めて来られた。
自分が心に持つそれらの感動の記憶と経験を何かで現そうとしてそれを言葉で人に伝える事は難しい。芸術作品に触れた時の感動もそれらをそのまま人に伝える事は難しい。彼はそれを自分の力でギター音楽を通じて表現しようとしている芸術愛好家の一人です。それは彼が育った豊かな家庭環境も大きく影響しているだろうと私には思える。

私(松田晃演)のコンサート後記。
昔、チェロのカサルスさんが何かに書いておられたが、「あの時のあの曲のあの演奏は見事だった」と。何時の(実演かラジオの放送かレコーディングか)何の曲の演奏(それとも合奏)の話であったのか、何も覚えていない。20才台のわたしはそれを読んで、何時か自分もそう言える演奏がして見たい。それこそは演奏家になった自分の人生の意味を、つまり、人生が無意味でなかった事の証だろう、羨ましい、と思った。
今回のコンサート(於、08年11月30日―オペラシティー・リサイタルホール)は、そんな風に言えるかも知れない私の演奏の一つでした。

「Sound of the Guitar 3」C.D.を聴いて!

Aさん
   ジャケットのデザインは思いのほか美しい仕上がりで、盤の色も中身のパッションを暗示した、味わいある色合いだと思いました。
   録音は、超現実的な極限の音空間を再現した先鋭的な技術に感じます。ただ、SPとLPを主に聴いている、この頃の私にはデジタルは厳しさを感じます。
   先生の演奏は益々色合いが濃くなり、独自の存在感が強く感じられます。基本的な人間性は「松田晃演」として不変ですが。魂の流浪の果てに到達しえた「壺中天」(註)の響きなのでしょうか。「ただ、憧れを知るもののみ」ゲーテ/チャイコフスキーのように、現実世界の向こう側を見たい欲望が有れば理解可能ですが。(註・「壺中天」 松田晃演著「ギターは星のオーケストラ」後書きを参照されたい)
   19世紀から20世紀初頭にかけてクラシックギターが完成されたわけですが、それ以来、タレガやリョベートやセゴビアやらが表現した楽器の魂。それぞれが、楽器の限界(限界以上)を極めた演奏を行っていたと思うのですが、先生はその上に新たなソノリティーを加えた様に思えます。
   全曲が新鮮で芳醇な演奏録音ですが、圧巻はバッハの前奏曲です。地球誕生から変わらず繰り返されてきた、原初的な風景を連想せずにはいられません。広大な海と空を分ける水平線上に、赤く解け落ちるように太陽が実にゆっくりと落ちていくのです。

Bさん
   送っていただきましたCDは毎日の往復の通勤時に聴いております。(マイカー通勤ですので車の中で・・・)・・・ですから、もう何十回も(70回以上)繰り返し聞いております。これだけ聞いていても、いつも新鮮に感じられるのは何故なのかと思いました。そして、きっとそれはいつも新しい発見があるからだと思います。
   一つ一つの音に力強さ・優しさ・明るさ・暖かさ・切なさなどの違いがあって、先生が表現される音色は無限の広がりを持っているのでは・・・と感じました。
   録音の状況も素晴らしく、フランスに行かれた理由がわかるような気がします。(素人なりに・・・)

Cさん
   CD届きました。ありがとうございました。このCDは心臓に悪いです。ドキドキしてしまいます。ロルカ「ギターラ」の「ギターラよ 五つの剣で 切りきざまれた心よ」の詩を思い出しました。100回くらい聴いたら感想を書けるようになるかもしれません。

Dさん
   CD発売、本当におめでとうございます。心よりお慶び申し上げます。
世のギター愛好家や音楽愛好家にとりましても、何よりも価値のあるすばらしい贈り物になったことと確信しております。早速聴かせて戴きま   した。今も聴いておりますが、今日はこれで5回目・・です。聴けば聴くほど実に味わい深く、何度かけても聴き入ってしまいます。
演奏もトーレスの音色も、本当に素晴らしいとしか言いようがありません。教会での録音とのことで、響きも期待通りとても素敵ですね。やはりフランスまで録音に出かけられて良かったと私までとても嬉しくなりました。
   どの曲を聴いても、テンポや間など音楽の流れや構成、変幻自在に使い分けられた音色、全てにおいて、知的で真摯で奥深く、本当に魅了されます。先生のギターを愛する気持ちや音楽に対する情熱が心の奥底まで伝わってきて、熱い思いでいっぱいになりました。
   生涯において、途絶えることのない情熱が一体どこからやって来て、先生の中に一瞬とて消えることなく、むしろこうして溢れ続けているのだろう・・とふと不思議に思うほどですが、きっと先生には「音楽の神様」がしっかりとついていらっしゃるのでしょうね。
   これからまた毎日このCDを聴き続けると思いますが、少しでも先生の演奏や音色に近づけるよう、私も頑張って元気な限りは生涯練習に励んでいきたいという思いを新たにいたしました。

Eさん
   これはまさしく先生の人生のひとつの到達点ですね。同時に、世界の音楽界や有識者にとり、貴重な財産ですね。このような音楽に触れられる私(達)は本当に幸せ者です。
ポンセの前奏曲  はやくも背中にざわーと戦慄がはしる・・・なんたる豊かさ!なんたる美しさ、印象深い!
ポンセの前奏曲6番 セゴビア先生が弾いているみたい! この選曲自体が先生の息遣いであり人生哲学・・・
聖母のいとし子  素朴さと静謐さと、一音一音のなんときれいなこと!まるで宝石のよう!
ビラローボスの前奏曲1番 テンポ、唄、間の取り方のなんと絶妙なこと!こんなに豊穣な1番は今まで
に聞いたことがない!
前奏曲3番  私の大好きな曲の一つ。すばらしい仕上がり!まるで小宇宙ですね!自由に浮遊する先生の魂!
バッハの前奏曲 これ、バッハですか!? わかっているけど、なんだか先生のオリジナルみたいですね。
なんたる心地よさ、抱擁感、やさしさ、自然な感じ!
ポンセのワルツ 細部まで行きとどいた神経、消える寸前の音のなんと美しいこと!なんとたゆとう流れ!
ゴヤのカプリース  磨き尽くされた音!実に美しい!物語を聞いているような、遠い昔の祭りのような、プラテーロの一節のようななつかしさ・・・・
ポンセのソナタ第3番 遠く高いところで鳴る神秘な響き、不安と不思議な安らぎと、実存の不可思議を思い起こさせる音楽。本当に先生はいろいろな音色をもっておられる。 深い深いカンシオン・・・控えめな低音、突然ほとばしるエネルギー!

 

第19回
CD3発売直後に頂いた評価
未だこのCDを聴いて居られない方々の為に。

「サウンド・オブ・ザ・ギター3」(―ギターの響きその3―)をフランスで録音し日本で自家製作発売して数年になります。
   そのとき、多くの内外の方々から賞賛のお言葉を頂きました。
   PCの中にそれらの文章が残っているのを発見しましたので、いささか旧聞に属しますがここに掲載させて頂きます。このホームページは今の所、わたしが発信する事が出来るわたし及び、わたしの仲間(音楽を愛する仲間)達の共有のマス・コミュニケーション(機関誌のようなもの)です。気軽に未発表の記事を公開させて頂きたいと思っています。
   CD発売直後にこれらの文を書いて下さった方々のご了解は得ていますので、以下に掲載させて頂きます。
註、蛇足ながら「サウンド・オブ・ザ・ギター4」も発売中です。

なおCD+LP でイギリスのクリストファー・ニューパン氏(ューパン氏は世界的に著名な音楽映画のプロデューサーであり監督。)の「サウンド・オブ・ザ・ギター3」への賛辞も見て頂けます

第20回

ギター音楽の存在価値
ギター音楽の存在価値は何処に在るのでしょう。


(第21回)
春のコンサート曲目解説

★ Luis Milan Pavanas 1,4,2,6
ミランはスペインの偉大な作曲家です。これらのパバーナは1530年頃出版されています。彼はもし自分が居なかったらオルフェウス(ギリシャ神話、半神半人の盾琴の名手)も存在しなかっただろう(または評価されなかっただろう)と考えていた節があります。
★ Domenico Scarlatti 2 Sonatas in e + in G
スカルラッティはイタリア生まれの作曲家ですが、スペインの宮廷に仕えたハープシコードの名手です。
ホ短調のソナタはアンドレス・セゴビアの編曲です。スカルラッティのハープシコードの作品の多くはギターの独奏用に編曲されています。2つ目の曲はト長調でセゴビアの名演が残っています。
★ Johan Sebastian Bach  Siciliana, Gavotte en Rond
シシリアーナは6/8拍子で、大体1拍目が付点音符で、ゆったりしたスピードの曲です。ガボットはロンド形式で書かれて居て(テーマが何度か出て来てそれらの間に変奏とも言うべき部分が奏される)変奏は毎回毎に複雑になり長さも長くなって行く。
★ Ferndo Sor Gran Solo Op.14
ソルは古典時代のスペインのギタリスト、作曲家です。グランソロはギターのオリジナル作品の中でも形式のしっかりした大曲です。わたしは、若くて未だ西も東も判らない駆け出しのギター好きであった頃、東京の古道具屋でこの楽譜を見付けてこれはギターの音楽界における地位高める為に是非とも弾かなければならない曲だと信じて、練習しました。少し後にアンドレス・セゴビアによるLPレコードが発売されて初めてその録音での演奏を聞く事が出来ました。スペインでセゴビア先生のクラスでこれを弾いた最初のレッスンでセゴビア先生は目敏く、わたしの持っているこの日本の楽譜に興味を持たれ、貸して欲しいと言われた。わたしの東京で入手した楽譜は実は日本で出版されていた海賊版で、ショット版とジムロック版が対面に印刷されていて、一方はソルのオリジナルで、一方はアグアドが編曲したもので、セゴビア先生にしても珍しい楽譜だったのでしょう。
翌年この曲がスペインでのセゴビア・コンクールの課題曲になりました。オスカー・ギリャは前年のセゴビア先生のクラスに来なかったのでシエナではセゴビア先生の改変部分、発想等を私から聞き出していた。

 

INTERMISSION

★ Mario Castelnuovo=Tedesco    Angelus, Golondrinas,    
カステルヌオーヴォ・テデスコの「プラテロと私」より夕べの祈り、ツバメ
「プラテロと私」は詩の朗読とギター演奏のコラボレイションです。
Angelusはゆうべの祈りまたはその鐘の事です。南スペインの小さな田舎町、夕暮れ時モゲ―ルの教会の鐘の音が、天の七つの回廊から降ってくる色とりどりのバラの花のようだ。ロバの両の目に映る夕陽もまたバラの花だ。
Golondrinasはスペイン語でツバメです。春先に南のアフリカから地中海を渡ってツバメ達が帰って来る。何時もの様に大通りを行ったり来たりする姿を今年は見せてくれない。早く帰って来すぎたのか、今年は春が来るのが遅すぎたのか、電線に泊まる彼等は電線の黒い碍子の様で震えている。寒くて凍え死んでしまうだろう。
★ Federico Moreno Torroba   3Piezas  Fandanguillo, Arada,Albada
トローバのカスティリャ組曲からファンダンギリョ、アラーダ、個性的組曲のアルバーダです。
ファンダンギリョについては、セゴビア先生と若い頃、同じ所に下宿しておられたチェロの大家、ガスパル・カサドさんがわたしが遥々日本からきて、何とも言えず強烈にセゴビア先生に対して憧れを抱いているのを察知されてか、セゴビア先生の若い頃の事を話して下さった。例えば、凄く大変そうに爪を削っておられたお話。(但し、どうやってとか、どんな器具でとか、訊いても判らないし、そこまでお訊きする勇気と言うか機転も効かなかった私)またセゴビア先生が多くの作曲家達に依頼して最初に受け取った曲がこのファンダンギリョであった事を明確に話して下さった。この曲をセゴビア先生は言わば、矯めつ眇めつ(ためつすがめつ)弾き込んで居られた話は強くわたしは印象に残っています。この曲はセゴビア先生の初期のSPレコードで発表されて居り、アンドレス・セゴビアの自由な発想、音の美しさ(どんなに早く移って行く音にもヴィブラートが掛かっている様な)で言わばアンドレス・セゴビアの特別な、最高の録音版(SPは1枚1曲)と考えられていたと思います。
アルバーダ(朝の唄)はオスカー・ギリャとシエナの街角でギターを出して来て、ああだこうだと話し合いながら練習した事を思い出す。わたしはロンドンでジョン・ウィリアムスから習った湯気のたっているような発想と運指を彼に伝授しました。
★ 3 Piezas Espanolas
スペインの作曲家になるギターの為のオリジナル作品を3ツ集めました。
★ Joaquin Rodrigo Zarabanda Lejana
ロドリーゴのサラバンドはこのプログラム1曲目の作曲家Luis Milanのvihuela(スペインのギターの前身)に捧げるとなっている。遠きサラバンドとは盲目の作曲家ロドリーゴさんが遥かな時代を遠く憧れてインスピレーションを得られたのは事実だろうとわたしは思います。
ロドリーゴさんはセゴビア先生が亡くなられて二年後マドリッドの少し北の地、エル・エスコリアルで開かれたセゴビア・コンクールを視察に来られ、主催者、審査員一同会食をした事はわたしの一生の貴重な思い出になっています。
★ Manuel de Falla Omaggio per Chitarra 、Scritto per Le TOMBEAU de DEBUSSY
ギターの為にM.deファリャが作曲した唯一のオリジナル曲です。これもグランソロと同じく1961年のコンクールの課題曲の1つでした。後年セゴビア先生に日本ツアーの途次伺った話ですが、ベンツでイタリアに演奏旅行に行くとき、ヴェニスまでファリャさんを乗せて上げた。スペインとフランスの国境でファリアさんはセゴビア先生にお礼にと真っ赤なネクタイをプレゼントして下さったらしい。わたしもその国境を列車で通った事がありますが、そこは荒涼とした町で、セゴビアさんとファリャさんが「▽X☆◎XXX・・・・・」等と話し合って居られた情景を想像すると楽しくなります。
ギターと、ギター音楽を賛美し、テーマとしてはドビッシーの死を悼むと言う事になっています。
★ Joaquin Turina Fantasia Sevillana
若い日のあるときラジオをつけたまま、ぼんやりと寝転んでいたらトゥリーナの室内楽(管と弦等による合奏)の演奏がわたしの耳に飛び込んで来た。その演奏はトゥリーナは本格的で、高踏的なスペインの作曲家だなあと言う強い印象を私に与えた。で、後年このファンタジアをコンサートで弾いたとき関西の評論家の松本勝男さんが、わたしの演奏ではなくトゥリーナの音楽の素敵さに言及して褒めて下さったのがわたしを喜ばせた。
この曲はラスゲアド奏法(ギターの弦をジャラジャラかき鳴らす)を多く取り入れているがフラメンコと言う通俗的な境地に墮する亊なくスペインの情感(激しい情熱的感情)を見事に表現する道具としてこのラスゲアド奏法を利用しています。

INTERMISSION

★ 3 Piezas Espanolas Populares (スペインの3つの民謡)
Lo Noi de la Mare
聖母とその子と訳されています。この曲は多分ポンセがギターの為に編曲したのだろうと思います。それにセゴビア先生が手を少し入れられたのでしょう。
El Testament d’Ameria
わたしが最初に手にしたスペイン民謡の楽譜。アメリア姫の遺書と訳されています。楽譜が手に入ったのが嬉しくて2、3日で暗譜しました。その楽譜も海賊版でした。これはミゲール・リョベートのSP盤で当時から有名な曲でした。著名なピアニストで作曲家のモンポウはピアノソロで録音をしています。モンポウさんはわたしがサンティアゴ・デ・コンポステラに行った時講師として来て居られました。
Plany
哀歌と訳されています。これをわたしはNHKの「ギターを弾こう」(1982年)のテーマにしていました。実はその放送中、セゴビア先生が日本に来ておられたのです。わたしはまさか先生がわたしが出演している番組を見て居られるとは夢にも思っていなくて、先生が「NHKに出てやろう」と言われた時、わたしはNHKと交渉しなければと頑張ったのですがNHKは言わば、荷が重いと言うことで断られました。
★ Isaac Albeniz
Granada
グラナダは南スペインのアンダルシア地方の首都です。セゴビア先生が何時も自分はアンダルシア人だと胸をはって言われていました。そのグラナダには世界で最も天国に近いと言われているアルハンブラ宮殿が建っています。グラナダとアルハンブラ宮殿はわたしにはスペイン人の魂なのではないかと思わせられる。そう思っていても間違いではないでしょう。
Sevilla
女房とレンタカーで二ヶ月間スペインとポルトガルを気侭に放浪の旅をした事があります。
セヴィーリャの町の中程を革命の詩人ガルシア・ロルカが血と涙の流れる川、と呼んだガダルキビールの河畔に立って夕暮れ時、寒々とした冬空を眺めていると細い半月と金星が煌めいていた。(世界中何処に居ても冬空に、月と金星が輝いていると、私達はセヴィーリャの月と呼んでいる)そのセヴィーリャは別の顔も持っています。それがこの曲です。生命を肯定する、激しく踊り狂う町です。
★ Enrique Granados
Danza Espanola No.10
ギターを弾く人ならセゴビア先生の名演で誰でも知っている名曲です。わたしは今回初めてこの曲に挑戦しました。旨く行きます様に。

自 己 紹 介 (第22回)

コメント・この春のコンサートのプログラムに載せる予定のプロフィルです。
プロフィルを一新してみようと思いました。

松 田 晃 演(マツダ アキノブ)

わたしは関西のしかも田舎の都市(まち)に住んでいます。
芸術に無縁な神戸大学経済学部を、卒業しています。
人並みに年を取っています。(75才)
人生の総てをなげうって立派なギタリストになるべく勉強して来ました。
現役の演奏家として全力で自分の演奏を進化、発展させるべく、ギター音楽の可能性を追求し、クラシック音楽を演奏する楽器としての「クラシックギター」の表現力の幅を広げ実証して見せようとして日夜努力をしています。
わたしのクラシックギター演奏は「癒し系」音楽とも、「励まし系」とも言われています。
総ての音楽愛好家(ギタリストのみならず)にアッピール出来る音楽を演奏出来るギタリストになりたいと努力していますが、内外の知友からは、わたしの音楽解釈に共鳴するとの賛辞を頂いています。
不世出のスペインの至宝「アンドレス・セゴビア」からは「我が友、芸術家」であるとのお言葉を頂いています。
私は音楽大学卒業の音楽学者ではなくて現役の演奏家(アーティスト)です。(つまりわたしは音楽を学問の対象とは思っていません)
本業はあくまでもクラシックギターの演奏家ですが、後進の指導には使命感と義務感をもって当っていますので、真面目にギター音楽を愛する弟子達には、本物の音楽芸術を体得して頂くべく情熱をかたむけて指導にあたっています。
初心者には、年齢に関わり無くその人たちへの暖かい理解を持って、クラシックギター音楽の素晴らしさを知って頂き情熱を燃やし続けられるよう、また中級、上級の方々にも同じ考えで指導しています。その為には、クラシック音楽への考えと情熱(パッション)を伝えるべきであると思っています。わたしの演奏する音楽がギターを志す人、ギターに興味を持って居られる方達の上達の目標になればギター音楽の前途は明るいと思います。
クラシック音楽はポピュラー系の音楽を対象とするものではないと、わたしが若い頃に受けた教えを静かに伝えていきます。
わたしの使用楽器は  Antonio de Torresです。ハウザー3世さん(わたしが昔、遠く列車でハウザー2世を訪ねていった時、二世の腕に抱かれて2、3才のころの彼が駅に迎えに来ている写真を持っている)は素晴らしいギターを時どきわたしに送って来られる。それは「マツダ・モデル」と称し、私の指示に従ってわたしのサイズで作って下さっている。わたしは目下トーレスによってギター音楽の真実の姿を垣間見、表現しようとし、その業績を残そうとしている音楽家です。そこでハウザー3世は現在のギター製作家の中で最高の芸術家ですから、時期が来ればまた弾きたいと思っています、(今度弾けば人生3度目ハウザーギターを弾く事になります)残念ながら私の家で目下の所は2軍生活を余儀なくされています。しかし今はわたしはトーレスと言う銘器に魂を奪われているのでしょうか。私の魂はトーレスと共に神秘の世界を彷徨っています。
わたくしの業績(コンサート、CD録音等)が、ギター音楽の音楽社会に於ける地位向上に貢献出来れば、この上ない喜びです。「サウンド・オブ・ザ・ギター」シリーズです。
喜びといえば周りの方々のご理解、ご支援本夕ご来席の皆様を含め、有難く心から感謝の気持ちを現させて頂きます。そして我が友トーレス万歳!終わりに、今日まで蔭に日に私を支え、励まし慰めてくれたわたしの女房には言葉に現せない位多くの感謝の気持ちを捧げる。
自己紹介としては一風変わった文章になりましたが、私の事を田舎暮らしの変人であると世間で思われているのではないかと心配して下さっている私のファン及びクラシックギターファンのために書きました。
最後に、わたしはアンドレス・セゴビアの弟子です、と胸をはって言える数少ないギタリストの一人です。そして無理をして言えば、わたしはタルレガの孫弟子です。
CD 「サウンド・オブ・ザ・ギター」2、3、4 ARMレコードソサエティー発売
著書 「ギターは小さな星のオーケストラ」文芸社刊
教本 最新ギター教本等

満員御礼(第23回)

 

プログラム解説追加(第24回)


Luis Milan Pavanas 1(1:30),4(1:20),2(2:03),6(0:57)
これらは初心者でも熱心にチャレンジすれば弾けます。特に1と2は易しい。但しよい楽譜を入手する事。

スカルラッティー
昔、セゴビア先生がハープシコードの往年の名演奏家の一人、ランドフスカさんに面と向かって「ハープシコードは風邪を引いたギターだ、」と言われたとか。
本人に向かって凄い事を言われるのだな、流石セゴビア、と思った事ですが、実は逆にギターはハープシコードを健康にした楽器だと言われているのだと受け取ってもよい。
夢、ギターをハープシコードより劣っているとか、ギターはハープシコードより楽器として劣っているのだとは思わない事です。豊麗な美人歌手が健康な喉で歌う美しい声をギターの音の理想として下さい。そしてギターメイカーさんはそのような音を理想として、そしてそのような音を出す事の出来るギター奏者を頭に描いてギター製作に励んで頂きたい。
私がスペインでのコンクールで受けた「パパス・プヤナ賞」のプヤナさんはランドフスカの直弟子で、コンクールの後ニューヨークで何かの時に(ジョン・ウィリアムスも一緒だったと思うが)ニューヨーク近郊に住んで居られたプヤナさんにお会いした。彼はわたしに、あの時は凄かった、好い演奏だったと未だにコンクールでのわたしの演奏を覚えていて褒めて下さった。プヤナさんはスペインのサンチャゴ・デ・コンポステラでの公開レッスンの講師であったし、コンクールの審査員の1人でしたが、自分の楽器(あの大きなハープシコード)を何処へでも持って行かれると聞いていた。彼はセゴビア先生と「ポンセのハープシコードとギターの為のコレンテ」のハープシコードをレコーディングしておられる。彼は、ハープシコードの鍵盤に顔がくっ付きそうなくらい、だから手と顔が同じ水平面での演奏スタイルが特にユニークでした。(多分統べて暗譜でしか弾かれなかったのでしょうか?)
スカルラッティーはハープシコード奏者です。それでギターに編曲して弾ける曲目はギターの特性を生かせてギターで弾けば原曲にない一つの魅力を引き出せる可能性があります。
プヤナさんに何年か後に出会ったのは、思い出すと、ジョン・ウィリアムスと一緒で確か空港での会話だったと記憶しています。その時私はギターのオリジナルの曲も何時かハープシコードに編曲して弾けるのではないでしょうか等と会話が弾んだことでした。
ジョン・ウィリアムスに空港の書店で何か飛行機の中で読む面白そうな本を推薦して欲しいと頼むと、これしかないと、示してくれたのがイワン・フレミングの007シリーズでした。

序でながら
Joaquin TurinaのFantasia Sevillanaの楽譜はこの「パパス・プヤナ賞」のパパスさんが出版して居られる。Washington D.CのColumbia Musicが彼の会社で、かれは全米のギター・ソサエティーの創設者であり会長だった。楽譜出版社の住所はColumbia Music Co. Washington 6, D.C.です。彼はわたしの演奏会をWashington D.C.で何度か主催して下さった。Washington D.C.に行くと何時も彼の家に泊めて頂いていたが、そこにはセゴビア先生もよく泊まられたという話を聞いて、凄い事も在るものだなと心底(しんそこ)感心した(当時のわたしとしては、あり得ない事の様に感じた)。また、彼の指示で彼の弟子の案内でWashingtonの町を自転車でぐるぐる回ったが、それは今回のオバマさんの就任演説の会場になったあの広場を見物させてもらったので、それを昨日の事の様に覚えている。パパスさんはスペインでのセゴビア・コンクールの後、当時貴重だった爪磨き用のダイヤモンドを貼り付けたファイラーをプレゼントして下さったのも記憶に新しい。ファイルとは磨く、削ると言う意味があります。
そして序でながら、わたしは「サウンド・オブ・ザ・ギター2」に日本の誇る本庄礼子さんとポンセのギターとハープシコードのためのソナタ、全3楽章を録音発売している。この曲も「ハープシコードとギターの為のコレンテ」に劣らず素晴らしい曲です。

 Fernando Sor  Gran Solo Op.14
スペインでのコンクールの前、チェロの巨匠ガスパル・カサドさんは、わたしがコンクールに出場すると知って、「さむらい、さむらい」といって励まして下さった。侍精神で行けと言う事らしかった。いまのさむらいジャパンでその事を思い出した。そこでカサド先生は、一寸見てやろうと私の演奏を聞いて下さった。今わたしが覚えているのはこの Ferndo SorのGran Solo Op.14を教えて貰ったことです。マエストロ・セゴビアには言はないで、と念を押しながら、セゴビア先生と少々違う運指、と発想を教えて下さった。その他わたしが覚えている事は「コンクールは嫌いだ。何故なら2本の木があって、1本が大きくなれば1本は枯れる。」と仰っていた事だ。

Mario Castelnuovo=Tedesco    Angelus, Golondrinas,    
最初にわたしが「プラテロと私」をソロで弾いた時、評論家の故松本勝男さんはろばにあまりにも沢山の重荷を載せすぎているのだろうかと評されていた。ギター1本の背中にスペインの田舎町に住むろばと詩人の情感とアメリカのハリウッドに住むイタリア生まれのユダヤ系作曲家の思い、を載せてわたしが悪戦苦闘しているように見えたのだろうか?
ノルウエイで演奏した時、或る評論家がわたしの演奏を聞いて翌朝の新聞に、スペインの革命の詩人ガルシア・ロルカがギターについて歌った詩、「わたしの胸に5本の剣が突き刺さった」を思い出したと書いて下さった。(解説の本文、セヴィーリャの項参照)
セヴィーリャと言えば、わたしが若いときから抱いていた印象は科学の町、セヴィーリャという音の冷たくて理知的、だったが(グラナダという音の響きは柔らかく丸いが、)セヴィーリャという音楽作品に対して私の持つ印象はグラナダよりもっと熱く丸いものでした。セヴィーリャはスペインが世界を征服した頃は世界の科学の中心地であったとわたしは学んでいましたのでそう思っていたのです。この言葉の音のわたしに与えていた印象と曲の印象が全く違うもので、つい最近迄曲のセヴィーリャと学校で学んでいたセヴィーリャは全然結びついていなかった。ただこの町にわたしの愛するAntonio de Torresが住んで、ギターを作っていたのだと思うと、矢張り丸いセヴィーリャと科学のセヴィーリャは結びつく。詰まり、ギターを作る時には科学も丸さも必要なのです。

(第25回)
フランシスコ・タルレガ - 追加の追加(九州のみ)

ギター音楽の父と言われています。
わたしの自慢は、タルレガの直系の弟子であるエミリオ・プホールさんに、タルレガの、例えば今回弾くパバーナなどを直接にお教え頂いたことです。出版されているタルレガ作のパバーナはタルレガが生前、変更されていてわたしに教えて下さったヴァージョンが正しいのだと言えます。そのような事はセゴビア先生の多くの楽譜でも言える事かも知れず、わたしが弾いているセゴビア先生の楽譜のヴァージョンはわたしとしましては全く自信を持ってこれが正しいのだと言って弾けるものですし、音楽家として音楽的に自然であり美しいと納得出来るヴァージョンをあれこれ経験して持っているとそれは宝物の様に思えて来ます。
もう一つ言える事は、タルレガが弾いていたAntonio de Torres作のギターを生き生きとした状態で演奏出来ると言う事も大きな喜びです。タルレガが作曲する時に受けたインスピレイションはトーレスの音からであったに違いないのですから、そのトーレスでタルレガの作品を演奏出来る事はやはり感謝しなければならない巡り合わせなのでしょう。
アルハンブラ宮殿はわたしにも思い出の深い所です。セゴビア先生の映画撮影の助手として10日ばかり滞在しました。統べての撮影が終わってセゴビア先生は腰を延ばして暫くの間、感慨深げに周りを眺め渡してアルハンブラ宮殿を後にされました。先生、83才のときでした。セゴビア先生のギター音楽が深夜、その美しい庭に何度も響き渡った、その思い出を「アルハンブラ宮殿の想い出」としてギターで弾けるわたしは何と恵まれているのでしょう。

 

繊細な音色の力強い浸透力(第26回)
~松田晃演クラシックギターコンサート「スペインのギター音楽」2009年3月13日~
東京オペラシティリサイタルホール
ギター演奏レビューno.1

大橋伸太郎

註―写真は09/3/13東京オペラシティーにて

大橋伸太郎氏 プロフィール

1956 年神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。フジサンケイグループにて、『少年少女名作絵画館』(全十巻・日本図書館協会、全国学校図書館協議会選定図書)等、美術書、児童書を企画編集後、(株)音元出版に入社、1990年『AVREVIEW』編集長、1998年には日本初にして現在も唯一の定期刊行ホームシアター専門誌『ホームシアターファイル』を刊行した。2006年に評論家に転身。オーディオビジュアルとホームシアターのオーソリティとして、パイオニア、パナソニック、エプソン販売、ソニー、DTS、オーエス、ルートロンアスカ、東京建築士会等の依頼による講演多数を手掛ける。「トゥナイト2」、「特ダネ!」を始めテレビ出演も多い。寄稿誌には上記に加え、ファイルウェブ(音元出版)、『SLOW』(ワールドフォトプレス)がある。現在、「変わる、家庭の見る、聴く、遊ぶ」を全国地方新聞各紙に執筆中。毎週土曜日に地元のコミュニティFM局「鎌倉FM」で、1960~70年代のロック、ポップスをオンエアする一時間番組「APPLE JAM」(82.8MHz)のDJを務めている。

最新評論

  ギター演奏レビューno.2 (第27回)
「名器トーレスとともに、いっそう輝きと深みを増す松田ギターの世界」
松田晃演クラシッックギターコンサート「スペインのギター音楽」
    2009年3月13日
  東京オペラシティリサイタルホール

      オーディオ評論家 林 正儀

 

註―写真は09/3/13東京オペラシティーにて

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