2011年

2011年度、第三次エッセイ集

2011年エッセイ集No.2目次要約=2011年版エッセイ
日時順

(第45回)鹿児島で起こった不思議な事。(1/3)或る外国人ギタリストがセゴビアレパートリーの演奏をされたが失望。第48回のエッセイを参照されたい。
(第46回)ギター音楽を芸術にno.1(1/10)楽譜ではなく、ギターの演奏と楽譜をセットにした音楽が真のギター音楽。
(第47回)拙宅の前の池に睡蓮 (5/28)何かをすれば何かが起こる、何もしないと何事も起こらない。
(第48回)演奏における新しい美の発見(5/29)世界で誰も知らなかった美をギター演奏で発見し表現する。
(第49回)「聴くギター音楽CD」の公表に思った事NO.1(6/1)ギターの練習曲は音楽になる。そして音楽にしよう!
(第50回)世界で唯一のカフェ (6/14)何時でも私のCDが鳴っているカフェ。
(第51回)世界一(6/30) 音楽演奏解釈の方法論を演奏解釈から探る。
(第52回)上品さ(7/1) 競馬6連勝。演奏において音の微妙な違い(ニュアンス)を聞き分ける。
(第53回)私が師事したJ.W.No.1 (7/15)J.W.はギターのテクニックにおいて天才。
(第54回)キマイラの踊り (7/19)ポンセのギターとハープシコードの為のソチネ(「サウンド・オブ・ザ・ギター2」―コロンビア)に命名。参照http://ja.wikipedia.org/wiki/キマイラ
(第55回)「上品さ」付記 (7/25)耳を鍛え上品と下品を聞き分ける。
(第56回)私の先生ジョン・ウィリアムス(J.W.)-NO.2(8/3)J.W.の日常。
(第57回)「Muy Bien!」(8/3)セゴビア先生、Muy bien(大変宜しい)は「結構です」、「善くやりました」、「レッスンはオシマイ」見たいな事。
(第58回)和声学「アネクドット」(8/5)作曲の仕上げの考察は後ろから、暗譜も後ろから。(目次もあとから作る)
(第59回)Wes Montgomery (8/13)ギターの指板上を移動する各指はそれぞれの最短距離を行く。
(第60回)花伝書 (2011/9/4)秘伝の書-口伝の書。
(第61回)幸運の女神 (2011/9/8)真面目にやっている人の所を通る。
(第62回)進化の不可逆性(2011/9/20)上達の為に努力して来た人は、後へ下がれない。
(第63回)ギター上達法、練習法(2011/9/21)頭を使って練習し上達しよう。
「聴くギター音楽入門CD」の楽譜完成発売
(第64回)カリスマドッグトレイナー (2011/10/9)音楽と楽器とギターを弾く人の指は彼が飼っている犬であり、彼は犬に対して毅然とした態度を取るべきボスである。(2011/11/21)少々の訂正
(第65回)続Muy bien!(第57回) Que otra cosa? (2011/10/22)
(第66回)爪とコンクール(2011/11/5)ギター演奏の良否を爪とその磨き方の腕前が左右する
(第67回)アンドレス・セゴビアは名指揮者(2011/11/19)(重大発言)加筆あり(2011/11/21)
(第68回)アンドレス・セゴビアは名指揮者(2011/11/19)への加筆ーより判り易く、何故セゴビアの演奏は優れているのか?何故アンドレス・セゴビアは偉大なのか?
(第69回)セゴビアと他のギタリスト(2011/11/29)セゴビアによればギター音楽が他の楽器の演奏による音楽より優れているわけ(&12/16加筆訂正

(第70回)演奏における新しい美の発見(2011/12/29)

 

2011年

いろいろと書き始めていますので前書(まえがき)も少し変更し、わたしの近況をお知らせしておきます。
 1)南九州への移住を決心。2)自主コンサートの開催中止。ただ何時でも聞いて頂けるよう練習。生きていてギターが弾けている事の幸せを感じている。3)何人かの方は遠くから習いに来て下さっている。「聴くギター音楽入門CD」とその楽譜完成発売 。4)これらのエッセイ集を愛読下さっている方の存在を知ると勇気が湧きます。

(第45回)鹿児島で起こった不思議な事。(2011/1/3)

2011年エッセイ集No.1

わたしは、姫路市以外の何処かの土地に移り住みたいとの欲求を永年抱いていました。中々良いところが見つからない。その大きな理由としては、どこに引っ越して行ってもそこには僕が居るのだからだと、冗談で言っていました。
 今年、僕が東京にいた頃の古いお弟子が鹿児島県の北端の小さな町(I市)に移住していて、一度遊びに来るように誘ってくれました。この春、彼の肝いりでその市の特産物等を食べ放題に提供して下さり、素敵なコンサートを東京の三鷹で開催して頂いた事もきっかけでした。そのコンサートでの美味しかった豚肉に惹かれてかもしれず、重い腰を上げてI市に出掛けました。I市には定住促進課がありまして、県外のものに本当に信じられないくらい安くて心地良い住居を提供して下さいました。この夏、その住居で20日間程住まわせて頂きI市とその周辺を見学、見物して廻りました。
 食べ物は安くておいしく、空気と水が美味しく、わたしが感激したのは洗濯物がふかふかに仕上がる事でした。その上忘れられないのは人々が親身に親切な事でした。
 I市は人口3万前後、温泉は20前後ある。
 11月になって、では其所へ移住しても良いかなとの気運が高まり、適当な土地を探そうと大阪の南港から、九州最南端の鹿児島県の志布志に11日朝に着くフェリーを予約しておりました。
 其所へ以前からわたしに会いたがっていた若いベルギー人のギタリストY.Dが(彼はベルギーの皇室から勲章をもらっている)、日本での演奏会の日程表が決まったのでとE-Mailで送って来た。驚いた事にわたしが予定していた11日に、志布志で演奏会をするとの事。何という偶然、何という運命のいたずらでしょう。この若いギタリストに会ってやらないわけには行かないと思いました。地球の果て(ヨーロッパからすれば)から、日本人の僕からすれば矢張り地球の果てのような鹿児島に一度も出合った事のない二人のギタリストが同時にやって来るなんて想像出来ますか?
 以前のE-Mailで彼曰く、最近ではアンドレス・セゴビアのレパートリーを、若いギタリストは殆ど全然弾かないとの事。その後彼はわたしが彼に伝えたセゴビア先生の日本での最終の演奏旅行で弾かれた曲目を主にしてCDを作り発売した。
 その事をきっかけとして、もっともっと面白くて深い考えが僕自身の心の中に芽生えて来ました。鹿児島と若いベルギー人のギタリストに端を発し、僕の心の中に触発されて生まれて来た、新しい考察の結果について、近く項を改めてお伝えしたいと思っています。それはアンドレス・セゴビアのレパートリーを何故若者が一般ギタリストも含めて弾かないか、彼らの先生は何故教え(られ)ないかとの理由です。

続く

(第46回)ギター音楽を芸術にno.1(2011/1/10)

ギター音楽が芸術になる為にはどうすればよいか?
 一般音楽の中で芸術作品であるとの定評を得ている作品は多い。ギター音楽の中にこの曲こそは芸術作品であるとギターに携わらない人が認めているギター作品はあるのだろうか?またギターに携わる人がこれはギター音楽の中で芸術作品であると堂々と胸をはって言える作品がたくさんあるのだろうか?一般音楽にはそれが存在するとわたしは思うがギター音楽にそのような作品が存在するのだろうか?
 芸術作品であるかどうかの基準をギターに限って言えば、ギター音楽の楽譜ではなくて生の演奏又は演奏され録音された作品とすればどうでしょう?そう限定するとアンドレス・セゴビアの演奏した作品(実際に生で演奏された音楽、または録音)を除いてはそんなに胸をはって芸術作品でありますと言える音楽作品(ギターによる演奏、つまり音楽ホールで演奏されもしくは録音されたギター音楽)は簡単には見出せない、と多くの方は思っていらっしゃるかも知れない。
 ギターの音楽会は音楽(つまり作曲家の作品=楽譜に書かれた音楽)を聴きに行くのではなくて、ギターの演奏を聴きに行くのだ、とロンドンでのわたしの演奏に対する評論が出た事がありました。これは酷評なのか好評なのかわたしには判りませんでした。
 つまり、音楽は立派ではないが(音楽作品としては勝れていない、楽譜に書かれた音楽は芸術作品とは言えないが)演奏が立派であるか、テクニックが恐ろしく勝れているかすれば、ギターのコンサートは楽しめる、との評であろうかとわたしは考えた。つまり酷評なのか好評なのか判然としません。見方を変えればギターの演奏会はサーカスを見に行くのと同じだと言われたようなものであるかもしれない。
 もう一言、もしギター音楽の中に芸術作品があるとしましたら、その芸術作品であるギター音楽を悪い、つまり粗悪な、芸術的でない演奏をしているギタリストがいるとしますと、必然としてその方はギターの演奏をして廻ってはいけない。(この事はセゴビア先生がわたしにそれとなく仰った)
 わたしが何を言わんとしているのか判って下さったと信じます。
 しかしもう一言。アンドレス・セゴビアが弾いたギター音楽をギターの演奏会で何度でも弾かれるようになって、音楽会での定番とされるように。その意味は、それらの曲目を音楽を聴いて楽しむ為にギターの演奏会場に聴衆が集まる、それらの曲目を音楽として弾けば演奏会が成功する、という時代が待たれます。それらの曲目を弾く人は芸術家だと自他ともに言われる時代が来ると信じています。(逆に言えばそれらの曲目を音楽として弾か無かったとしたら、または弾けなかったとしたら人々の足はギターの音楽会の会場から遠ざかって行く。そのような時代がギター音楽の本格的な時代なのだとわたしは定義づけたいのです。)
 わたしは何だかギタリストは芸術家の仲間入りをしていないのではないかとの思いが強いものですからこんなことを書きました。
 注意!
 アンドレス・セゴビアが弾くと詰まらない、出来の悪い作品でも、素晴らしい曲に聞こえる、と言われて来た。わたしはとんでもないひどい言いがかりだと思います。アンドレス・セゴビアが世界初演の音楽をコンサート会場で演奏した時、一般の音楽を理解出来ていない人(さる一般音楽の評論家)は、二流の音楽だと新聞に書いたのです。いままでの音楽と違う音楽作品は何時の世でも一流の芸術作品であるとの評価を得られないし、理解されにくいと言う単なる一例なのです。ビゼーのカルメンが初演の時は駄作だと決め付けられたように。詰まらない音楽であるがアンドレス・セゴビアが演奏したからこの曲は素晴らしかったと言う評をその評論家は発表されました。(勇敢にも)
 もう一つ、あるギター作品を偉大なアンドレス・セゴビアが演奏すれば芸術作品になるとすればそれはそれで、すごく嬉しい事であり、ギター関係者はそれを喜ぶべき事であるとの認識を持つべきでしょう。演奏によってギター音楽が芸術作品になる事が出来るとすればそれはギター音楽の未来にとっては大きな希望である。
 わたしが言っているのは、アンドレス・セゴビアが初演をした音楽作品を、多くのギタリスト達が何時の日かアンドレス・セゴビアに比肩する素敵な演奏解釈で弾かなければならないという事です。そのセゴビア先生の残された音楽遺産を、詰まらない演奏によって、出来の悪い音楽作品の列に加えておくことは情けない事です。その位置から脱却すればギター音楽は初めて真の芸術楽器の仲間入りが出来た事になります。それよりもギターが芸術的作品を演奏出来る第1級の楽器の地位を獲得出来る直ぐ側まで来ているのです。その事を信じるべきで、その方向にギタリストは努力を惜しんでいるようです。何時までもアンドレス・セゴビアの名声にギター音楽の将来を任せておくわけに行かないし、セゴビアのレパートリーさえ弾けばアンドレス・セゴビアの遺産の価値が復活するとでも思っていたらとんでもない事なのです。
 ギター音楽が芸術作品であるとの定評を得る日が来るのを心待ちにしている一ギタリストであるAkinobu Matsudaがギター音楽の未来を憂う気持ちがこの文を書かせました。

続く

(第47回)睡蓮 (2011/5/28)

今年も拙宅の南側の池(農業用水)に蓮の花が咲き始めた。これらは僕が小さな一株を十年くらいまえに植え付けた物だ。今では池の表面の面積の約1/5位は充分に覆って多くなってきている。彼等は池のあちこちに飛び火している。約13カ所。
 この池には見るに耐えない雑水草(みずくさ)が生い茂っていた。僕はそれらがこの蓮によって衰退してくれれば好いなとの思いを込めて植えたのです。(嘘では有りません)大成功なので本当に嬉しいです。
 何かをすると何かが起こる。
 昨日は遠くから泊まりがけで僕にギターを習いに来てくれた人がいた。この様な人が一人でも多くなって僕の音楽がこの池の蓮の様に増えてくれると嬉しいです。その思いから、僕は出来る限り僕の知っている事、その人と、その先生がその人に教えなかった(られなかった)事を伝える様に勉めた。伝わらなかったかも知れないが、これらの蓮の様に僕の教えが日本中に広がって欲しいものだとの願いは強い。
 ギターに例えれば日本中に雑水草がはびこっていてその品位(池全体の品位=つまりギターと言う楽器は音楽をする楽器なのだと言う意味に於けるギター音楽の品位)を貶(おとし)めている。黙って見てられない。
 雑水草でも生い茂っているのは、本当はGOODです。なぜなら何も生えていない池は死んでいるからです。そこに美しい蓮の花を咲かせる睡蓮を植えるのは美を求める人間の心です。ギター音楽もそうです。セゴビア先生も言っておられましたが、「ひどい音楽をしている若者達も一人一人に会えば、彼等はそんなに悪い人たちではない」と。其処に美しい音楽を植え付けるべきは私(と私の弟子達)の責任なのでしょうか。

(第48回)演奏における新しい美の発見(2011/5/29)

 音楽の演奏(練習)をしていて、多分世界で誰も知らなかった美を発見する事。これは、演奏家冥利に尽きる楽しみである。どのような曲、永年弾き慣れた曲にも発見出来る事がある。何でもないと思っていた所にもそれは存在する。
 世界で誰も知らなかった美を発見する事、それこそは芸術であり芸術の神髄でもあり、演奏家の楽しみの一つである。でもそれは容易な事ではない。
 聴き手がそれを感じない事も往々にして有る。或るレベルに達しない人々の集団に属している人、或るレベルに達しない人々が集まったコンサート会場ではその美を発表してもセンセイションを起こさない。起こらない。その意味での民度が低いと簡単に言って片付ける事も可能である。
 今まで誰も表現した事がなく、誰も気が付かなかったし、誰も言わなかった事を見付ける事。それは文学の世界では、それをしてこそ後世に残る作品を発表したと自負する事が出来るのではないか、と言われている。そのような業績があってこそ例えばノーベル賞を授与される値打ちがあるのではないか。
 民度が低いと言えば、或る時、世界的に有望視されていたピアニストで指揮者が日本での終演後「こんな所(日本)で演奏を続けて居たら駄目になる」とひそかにわたしの耳にささやいた。
 教育において最も大切な事は、その美の在処(ありか)を弟子に伝える事であり、その表現法を教える事でもあると信じている。
 自分の演奏に高い民度をもって耳を傾ける習慣。これは音楽家に取っては最も重要な習慣でしょう。

(第49回)「聴くギター音楽CD」の公表に思った事NO.1(2011/6/1)

 このCDは易しいギターのための練習曲のわたしの演奏を1枚のCDに集めたものです。これらの曲の幾つかを2、30年前からカセットテープに入れて退屈しのぎに車に載せて聴いていました。ところがどういうわけか、何度聴いても飽きがこない事に気が付いていました。しかし公開して売り出そう等とは正直思ってもいませんでした。
 「聴くギター音楽CD」の発売について、わたしには多くの戸惑いが在りました。
 これらの曲目を演奏した時、易しいギターの為の練習曲を一般音楽の演奏家の演奏、それも偉大なヴィルトゥオーゾ的な音楽家の演奏をして見ようと思いました。易しい初心者向きの曲目でもそう出来ると信じたのです。ギターの初心者の為の練習曲を我々ギター関係者、ギターに携(たずさ)わるものは、実に平凡な音楽であり、有り体に言えば、碌な作品はないと信じ込んでいました。セゴビア先生すらカルカッシの作品についてありきたりの曲である、(正確なぴったりのセゴビア先生一流の形容詞は思い出せないので)と言い切っておられるし、先生自身、多分1曲も演奏ないしは真面目に解釈を為さっていないと信じている。
 今回発売したわたしが昔演奏解釈したこれらの練習曲の数々を聞いていると、わたしが歩いて来た遠い、遥かに遠くのわたし自身既に忘れてしまっている頃の、ギター音楽への憧れ、巧くなりたいと言う大きな情熱、そしてギター音楽の可能性を信じ愛していたとてつもなく大きな思いを感じさせられます。
 ギターの曲目をピアノで弾くと、何と単純で詰まらない曲に聴こえるのでしょう。わたしが若い頃、和声学を学ぼうとした時絶対と言って良い程、ピアノを弾かなければ、弾けなければと、誰によってか何の理由によってか、和声学は学べないものと信じ込まされていました。不思議な事に、自然にそうなっていました。それらのギタリストの一員としてわたしは、大枚をはたいてピアノを買いました。その時ギターでは結構弾くのが大変な曲をピアノで弾くと易しくて内容が無く馬鹿見たいな曲にしか聴こえませんでした。
 話はそれますが、思い出しますのは、後年、中田義直先生のお書きになった和声学教本を読んでそれはあたかもギタリストの為の和声学を前提としてお書きになったのではないかと感じられ、音楽之友社に話してギター用にわたしが書き直して出版して頂いた事もあります。
 冒頭の「何と単純で詰まらない曲に聴こえる」が今回「聴くギター音楽入門CD」を出版し、多くの方々から賛同のお言葉(投稿欄に載せさせて頂いています)を頂くまでわたしのトラウマになっていて、何としてもギターでセゴビア先生が開発されたレパートリー、つまり複雑さに於いてもピアノ音楽に負けない作品を音楽的に完成度の高い演奏をギターでしなければと、能力と才能の限りを尽くして、可能な限りの努力を重ねて来ました。それは涙ぐましい程の果てしない長い道程(みちのり)の連続でした。
 今になって冷静に考えて気が付いた事、判った事、氷解した事は、ピアノでギター曲を弾くと詰まらなく聴こえるのは殆どピアノと言う楽器で曲の演奏解釈をする事が難しいからであると言い切れます。特に単純な作りの音楽、例えば唄ないしは民謡(音楽的に言っても素晴らしい内容のメロディー)を音楽的に、音楽らしく弾く事はギターによる方がピアノによるよりも数段簡単であると言えるのです。ギターによる方が声楽によるよりももっと複雑に音楽的に聞かせられ、作り上げる事が出来るとまで言える程ギターは優れて音楽的な、音楽をする為にこの世に存在する楽器なのです。スペインの人は「ギターの唄は唄である」そして「ギターは楽器の女王である」を文字通り受け取って考えた人はそんなに多くはないでしょうが、そんな事を言う人は自己満足型の誇大妄想型のドンキホーテだと世間では相手にされないかも知れません。
 ギターを弾いているのにピアノの様に弾かなければと思ったり、あるいは信じ込まされていたりと言う悲劇をもう罷(や)めようとわたしは提案します。
 ギター音楽大革命。弾き方と聞き方において。ギター作品をピアノで弾くと詰まらない。何故???一言で言えば、ピアノでは余程の名手でないと唄を弾く事が出来ないからです。
 わたしの提供しているこれらの練習曲集は、一つのステップです。わたしがその後に発表した「サウンド・オブ・ザ・ギター2」、「サウンド・オブ・ザ・ギター3」、「サウンド・オブ・ザ・ギター4」等へ至る為のステップです。今回発売のこれらの練習曲の演奏解釈レベルまで達しないでクラシックギター音楽を演奏する事を目論む事は無謀であるとしかわたしには思えません。
 ギター、そしてギター音楽がピアノ音楽に永年従属させられて来たがこれで逆転出来るのでは???
 ピアノは最も優れた楽器で「楽器の王である」とは、一つの神話であり、新しい神話は「ギターは楽器の女王である」であり真実の言葉であります。うがった言い方、別の言い方をすれば、ピアノでは単純な音楽を聞かせられないから、最も構成の複雑で指の動きの複雑な音楽を世に提供する事になっている。

(第50回)世界で唯一のコーヒーショップ (2011/6/14)

去年、僕のギターの弟子の一人がコーヒーショップを開くというので「CAFE・ RIO」と言う名前を付けて上げた。JR甲子園の駅から南へ約数分の右側です。
 そのお店では何時でも僕のCDが鳴っている。何だか僕の音のミュージアムの様で、嬉しいことです。わたしも神戸に行くとなるべくそのお店に寄る事にしています。
 豪華な喫茶店ではありませんが、世界に一つしかないお店です。何故なら僕のギター 演奏が常時鳴っている(僕の演奏を鳴らしていない時が無い)喫茶店は他にはないからです。
 先日からここで木村功さん(七人の侍の一人)の朗読との「プラテロと私」(ダビング禁止)を聴いて頂ける様になりました。
 以前東京に住んでいた頃、何時でもアンドレス・セゴビアのLPの鳴っている「アランフエス」と言う喫茶店が荻窪にあり、よくセゴビア先生の音楽に接する為に渋谷から車を飛ばして行ったものです。
 自宅ではどの曲を聴こうとか自分の意思で選曲をして、盤をプレイヤーに載せなければならないが、そう言うお店に座っていると思わぬ曲が鳴り始めたりして何か新鮮な気持ちがするのでした。そしてセゴビアさんだから当然ながら厭な曲、嫌な演奏は一つもありませんでした。

(第51回)世界一(2011/6/30)

いまどうして世界一でなければならないのか、と蓮舫さんの発言が問題になっている。そして日本はKを成し遂げました。
 僕は若い頃芸術家を目指す若者としては当然の志として世界一を目指していた。せめて超1級の音楽家になりたいと日夜考えていた。
 今回、古い演奏をCD化して発売をしたが、世界一級の音楽映画製作家のクリストファー・ニューパン氏がこれらの演奏について、世界でもこう言う演奏解釈の出来る人、またはギタリストは他に居ないと言って下さった。投稿欄の「クリストファー・ニューパン氏よりのE-Mail」参照
http://www.matsudaguitar.join-us.jp/html/Contribution.html
 この彼の言葉を本当だとすれば、僕はギター音楽に生涯を捧げて来た甲斐が在ったと言えるとして、何と思って喜べば好いのでしょう。それを、ギター関係者、音楽関係者達は松田晃演以外に「世界でもこう言う演奏解釈の出来る人、ギタリストは他に居ない」とは誰も考えず、クリストファー・ニューパン氏の音楽的判断力、つまり批評する能力、を一般の評論家(批評する対象を厳しく芸術家として欠点を見ないで褒める事を仕事としている)と同じレベルくらいだろうと思って、気にしていないのでしょうか。
 僕はギター界、ひいては音楽界が一日も早く僕の考えを僕の演奏解釈から理解し僕の思いの方向に動き出すべきだと念じています。

(第52回)上品さ(2011/7/1)

このタイトルを興味を持って読む方は少ないだろうと、危惧します。わたしでも読まないでしょう。でも読んでみて面白かったと思われると信じています。
「上品さ」を判り易く解説します。
 僕は一時競馬にこっていた事が在る。絶好調時に競馬に行くと百発百中であったこともある。その時一緒に競馬場に行った人も在り、証人になって下さるでしょう。
 その頃、次のレースに勝つ馬を予想する事は僕にとってはそんなに難しい事ではなく簡単な事であり、秘密でもなんでもないので聞かれたら誰にでも話していました。一言で言えば「上品か下品か」でした。
 競馬場に行くと普通は先ずパドックに直行します。そこは次のレースに出場する馬の下見所で厩務員に挽かれて馬達がグルグル歩いている所です。
 或る年の春、贔屓にしているある雌馬がレースに出るので宝塚の仁川競馬場に出かけていた。パドックに出て来るその馬を待っていると女房が、「あの馬が出てくれば目をつむっていても判る」と言ったので皆で(3、4人であったと思う)目をつむっているといつの間にかその目宛の馬は過ぎて行ってしまっていた。「風の様に軽々と歩いて行った」と女房。
 わたしはそれ以来パドックで馬達の足音を聞いて楽しむ様になった。目を瞑ってではないが、馬の足運びとその時その馬の足音に注意を向ける様になって来た。
 ここでわたしが習得した事は、馬の足音の上品さと下品さがその日の馬の出来上がりの指標になるという事でした。
 関係はないかも知れないのですが、僕の子供の頃(昭和初期)、父は町では結構大きなふとん屋を営んでおり、町の中心部近くにお店が在ったものだから、よく馬の挽く車=荷馬車(今の人は見た事もないかも知れません)が店に来て止まったり重い荷物を引っ張って店の前を歩いて行ったりしていたものです。当時は少し大きな荷物は馬が荷車を引っぱって運んで来る。日常茶飯に荷車を引いて歩く馬を目にしていたものだから、荷車を引く馬の足音が耳に焼き付いていたらしい。そして肝心な事は、この荷車を引く馬の足音を彷彿させる足音の馬は決してレースでは勝たない(勝てない)という事です。
 そして「風の様に軽々と歩いて行った」と女房が言ったあの足音の馬が矢張り強いのです。仕上がっているのです。荷馬車の馬の足音とサラブレッドの足音との違いです。それを僕は「下品か上品か」として耳で捕らえていました。
 実際に足音を聞いて判断しようとしてみるとそんなに簡単なものではなかったらしく「了解!判った!」といってくれ、実用化出来た人は居なかった。「どの馬の足音も同じに聴こえる」との感想を漏らしていた。
 ですから「上品か下品か」は風の便りです。芸術に於いてもこの差を感じる事は大切な事だと信じています。
 吾がアンドレス・セゴビアの音楽は上品さの極致です。気にしていない方が殆どかも知れませんが。
 僕のギターを習い始めた子供の頃、お坊さんの先生は矢張り上品さに付いて厳しく言っておられた様な記憶が在ります。
 
後記・・・少々以前から現在まで(今でも)、パドックは近代化され整備され、アンツーカーと言うのでしょうか、ゴムの様なものが馬の歩く所全体に敷かれ、どの馬も同じ足音しかしなくなって居ます。これこそは民主主義というのでしょうか、庶民平等の大弊害です。砂の敷いてあった昔のパドックが懐かしい。耳が熱くなる程聞き耳を立てて集中する事の異様な緊張感。僕は大金を儲けなかったが、ギターを肩にしたいっぱしの賭博師気分を味合わせてもらっていた。
 ギタリストとしての後付けの論理としては、完璧な各関節の柔らかさ、そして大切な足に佩かせる勝負鉄(普段の練習時の鉄の蹄鉄ではなくアルニミュームの非常に軽い蹄鉄)を蹄に打って馬はレースに出て来る。その前に蹄鉄師は秘術を尽くして爪(蹄)を走り易い角度に削って来るのでしょうか。それが僕の様な部外者に仕上がっているとの風の便りを発信していたのでしょうか。ギターを弾くときの完璧に上手く削れた時の爪の仕上がり具合に似ている。そしてその爪でよく鍛えられた各関節の柔軟性を持ってギターの弦に当る時の感触、それは完璧な音楽演奏解釈に憧れ、渇望し、努力する男に訪れる時たまの天の恵みの様な爪の弦に当るときの至福の感触なのです。完璧に上手く削れた時の爪に軽い勝負跌を打ってもらった馬がパドックを歩く時の気持ちは、勝利の予感に、充実感を持った昂揚した精神であったに違いない。
 あの風の様に砂の上を歩く鍛え抜かれたサラブレッド、あらゆる準備万端整え、レース前に仕上げられた馬が奇麗に掃き清められたパドックをサッサッと歩く緊張感は若き日の僕の練習の合間の息抜きにさせてもらっていた楽しい思い出である。
 最後にもう一言、「吾がアンドレス・セゴビアの音楽は上品さの極致です。」と言いましたが、「皆の馬が同じに聴こえる」のと同様、吾が地球上にはどのギター演奏家も同じに聴こえる(ギター)音楽愛好家ばかりなのでしょうか?わたしが若い頃習った事の有る東京の先生は誰憚らず、セゴビアは油絵の具を塗りたくった様な演奏解釈をし、最も下品なギター演奏であり絶対にセゴビアの真似をしては不可ない等と仰っていた。若いわたしはよくもその先生に感化されず、セゴビア先生の弟子として音楽理解を深く極める所まで生きて来られたのは幸いだと思っています。それよりもあの先生の悪い影響をうけついでいるように見えるギター関係者がそこかしこに存在するのかもしれないと、恐ろしくなります。
 この文は、競馬でお金を賭ける人が馬の上品か下品かを見極めると、勝ち馬が判るというものですが、真剣に音を聞く人、つまりお金を賭ける人でも上品か下品かはなかなか見極められないというお話です。

(第53回)私の先生ジョン・ウィリアムスNo.1 (2011/7/15)

 セゴビア先生が推薦して下さって、ジョン・ウィリアムスの下にロンドンでクラシックギターの基礎的なそして本格的な教えをうけた事は以前にも書いた。ジョン・ウィリアムスは私より9才若い。彼が正真正銘、天才の名をほしいままにしていたころの、彼がもっとも充実していた日々の内、約1年半の間、週に一回私にレッスンをしてもらった。これには前置きがあって、私がスペインでセゴビア先生に習う前、当時は、日本からヨーロッパに行くには、莫大な資金(今のレートで換算すれば¥5~600万円)が要り、そのため航空社の方がせっかくイタリア、スペインに勉強に行くなら、その前にいろんな国を回って行きなさいと、旅行プランの中にイギリス、フランス、ドイツなど数カ国を航空チケットにいれてくれた。そこで私はイタリア、スペインに行く前にイギリスではジョン・ウィリアムス、ジュリアン・ブリーム、ジャック・デュアルテ等を訪問する事にし、ジュリアン・ブリーム以外には会う事に成功した。イタリア、スペインの夏期講習で、いよいよセゴビア先生のレッスンも終わりに近付き、皆が帰り支度を始めたころ、ジャック・デュアルテさんから手紙が来た。曰くセゴビア先生のレッスンも終わりだから、ロンドンに来れば私が教えてあげようと言う親切なものであった。わたしはこの時点では、来年に予定しているセゴビア先生のイタリアとスペインでの夏期講習に出席するまでの約10ヶ月あまりを、ヨーロッパの何処で、誰に習えば好いのかは決めかねていた。この手紙をジョン・ウィリアムスに見せて相談すると、セゴビア先生に相談しようとその足で手紙を持って私と一緒にセゴビア先生のところへいった。セゴビア先生は即座に、「ジョン、お前とロンドンへいけ」と言われた。少々説明が長くなったがジャック・デュアルテの弟子に私がならなかった由縁である。ちなみにセゴビア先生のレッスンを受けていたサンティアゴ・デ・コンポステラ(スペイン)で、ある日本人の作曲家の方(たしか篠原氏)を介して、ナルシソ・イエペス氏もお金はいらないから教えてあげようと言って来られた事もありました。あの様な不親切な教え方では君は判らないだろうと言って来られた。その時は、即座に、私はセゴビア先生に習いに来ているのだからと断ったのは当然の事であった。可愛げがないと私を攻めないで下さい。
 日本では私が習った事もないのに、私を教えたと言っておられる方(日本人のK氏)もあったし、私が誠心誠意、教えて上げたが私には習っていないと言う事にしている怪しからん弟子(W君)もあった。これらの人達は今は既に故人なので、今ではどうでも良い事になってしまっている。
 ジョン・ウィリアムスの話に戻ろう。レッスンは彼の私室でわたしが弾くのを全く他の事を考えながら(のように)、例えば新聞を読みながら等、横に座っている。ところが聴かせてくれる模範演奏は全く一カ所のミスもなくすらすらと実に何の苦もなく弾いてしまう。わたしの楽譜には、ギターで弾いてみるでもなくさっさっとそらで運指等は書き込んで下さる。わたしに取っては全くの驚きの毎週のレッスンでした。毎週と言いましたが、宿題は大体1週間でソナタなら1曲、つまり3つまたは4つの楽章全部を暗譜でとわたしは自分自身にノルマを課して居た。大金をかけて地球の裏まで来たのだからそれ位は、との思いでした。でも、もう一寸で気が狂うのではという所まできていた。或る日本の新聞社のロンドン支社長さんのお話では、頭がおかしくなって結構沢山の優秀な学歴の日本からの留学生が本国送りに成っているという事らしかった。
 或る日、ジョン・ウィリアムスは今日大英博物館に行って来たが、スカルラッティーの好い曲があった、とコピーもしていないのに、パラパラと幾つかの曲を弾いていた。
 また、ジャック・デュアルテさんが、新しくバッハのチェロ組曲をギターソロに編曲したと言ってジョン・ウィリアムスのフラットに(数人でシェアーをして居た)持って来られた。ジョン・ウィリアムスはその手書きの楽譜を、初見ですらすらとしかもミスもしないで、随所に自分の考えで、改変しながら口も達者に動かしながら(こうした方が、ああした方がなどと喋りながら)全6曲を弾いてしまったのには本当に舌を巻いてしまった。初見で引き終わった時にはもう暗譜完了であったのに違いない。
 もう一つ、チェロの大家ガスパル・カサド先生の証言を。チェロの大家カサド先生がわたしがサンティアゴ・デ・コンポステラに出席した前の年、セゴビア先生の為にボッケリーニのチェロ・コンチェルトをギターの為に編曲してサンティアゴ・デ・コンポステラのセゴビア先生の夏期講習会にもってこられた。その手書きの楽譜を、初見ですらすらと弾きその次ぎにはもう覚えてしまっていて、オーケストラと公開演奏をこなしてしまったと。これはカサド先生が驚きと共に私に話して下さった確かな事実です。こんな話はギターを志望している方にはあまりにも次元の違う話で、希望を無くされないために話さない方が好いのかも知れません。この様な人物を目の当たりにすると余程でない限り絶望されるのではないでしょうか。(わたしはだから少々のテクニッシャンを見ても驚かないし、当然ながら感心も感激もしない。)
 ジョン・ウィリアムスは、詩情が上手く表現出来ないとよく言われている。何時だったかジュリアン・ブリーム(僕と同年生まれ)と詩情に付いて話し合った事がある。彼がロンドンから日本に到着してホテルに着き、バーに直行してバーの止まり木に座っての話。彼は、詩情はそこにあると思っているとそこには無い。別の所を見ているともとの所に有る、云々。わたしはその時「神秘主義」的な事をあなたは音楽に持ち込んで考えて見る事をしないのか、と提案した事を覚えている。ジュリアン・ブリームは酒好きで、その時もジョークで、飛行機の1等の運賃を取り返そうと思って少し飲み過ぎていて随分酔っぱらったと言っていた。(1等では、お酒は飲み放題である)そのくせホテルに着くとバーに直行だ。その後ジュリアン・ブリームの滞日中、ギター演奏その他で色々在りましたが、二重奏(例えばわたしが持っていたマリオ・カステルヌオーヴォ・テデスコの新作の2重奏曲集、平均率ギターの為の前奏曲とフーガ)の練習、それと髪の毛を増やすには毎日少しの昆布をコップ1杯の水に漬けておいて翌朝飲む事を勧めたが、彼は絶対にあの昆布を溶かした液体は飲めなかった。帰りの空港に見送りに行った所「この悪魔め!」と捨て台詞を残して搭乗口に消えて行ったことは実に興味深い思い出だ。彼が、何に付いてわたしを悪魔めと思ったのか今になると知りたいものだ。昆布の出汁かそれとも、テデスコの新作の2重奏曲集をジュリアン・ブリームの情感に合わせて僕が(自分の情感のかけらを1かけらも出さずに)彼の情感に合わせて弾いたのが気に入らなかったのでしょうか。
 そのあと彼はジョン・ウィリアムスと組んで2重奏をするのだと言っていた。彼等二人の音楽性、と個性、感性があまりにも違うのでしっくり行かないのではと思えたが。
以下次項

(第54回)キマイラの踊り(ポンセ)(2011/7/19)

ポンセ作曲「ギターとハープシコードの為のソナチネ」(わたしのCD「サウンド・オブ・ザ・ギター2」の最終の3曲)を何度も聴いていると名前をつけたくなりました。そこで女房に相談すると、即座にキマイラと言う言葉が出ました。「喜ぶキマイラ」か「キマイラの踊り」のどちらにしようとなって「キマイラの踊り」に決めました。
 車の運転をしている間、私は自分の録音した全ての曲(と言っても聴いていても邪魔にならない曲目=CD)をミュージックレジスターに記憶させて置き、考えて選ぶのではなくどの曲も公平に、順番がきたら否応なく鳴り始める様にしています。そこで何度か聴いていると、このポンセのソナチネの真価が分かって来ました。この名付け方は、名は体を表すではなくて、体は名を表すと言っても好いかも知れませんし、たしかタルレガはそのようにして、曲が出来上ってから後で名を付けたときいています。
 キマイラはウィキペディアで調べるとギリシャ神話等に出て来る怪物で、多くの文学者や画家が種々のインスピレーションを得る題材になっているようです。ポンセの様な音楽家の題材になっても不思議ではないと思いました。
 クラシックの音楽作品は題名があるのと無いのとでは一般への普及度が大きく違うのではないかと思います。例えばBeethovenの多くの交響曲でも第九は別として「田園」「運命」「英雄」等の判り易さはその名前の有るのと無いので、その普及度も大きく違っていたのではないかと思います。好い名前をつけると言う作戦においてもギター音楽は大変な遅れをとっています。しっかりと正しく「体は名を表す」と言っても好い名前を付ける事が出来たらその曲への最高の貢献ではないでしょうか。
 ポンセの「ギターとハープシコードの為のソナチネ」はその変化の多様性、複雑な構成と音楽的感性の高さ等によって、もっともっと一般音楽の中の名曲として認められるべきではないのでしょうか。そうなってこそ、そうなり得てこそ、ギターは一般音楽の中でメジャーな楽器という地位を得る事が出来たと言えるのではないでしょうか。「ギターとハープシコードの為のソナチネ」は私以外の何方かのCD録音、またはステージでのプログラムに取り上げられた事があるのかどうか調べないと判りませんし、コンサートでの演奏に対する需要が在るのかどうかも判りません。セゴビア先生はこの曲は弾いておられないと思います。あまりに一般音楽の世界では知られていないようです。その理由は名前が無かったからかも知れません。
 セゴビア先生はポンセの音楽がもっともっと世間に受け入れられるべきとお考えになって、その一つの現れは、ポンセと言う名前ではなくWeiss,であるとかScarlattiであるとかの名前でポンセの音楽作品を発表して普及に努められていたが、ポンセさんにしてみれば、セゴビアさんの好意と努力は判るが、本当はそんなに嬉しくはなかったのではないかとわたしは気の毒な様な気がしないでも在りませんでした。(ポンセの自伝による)ヴァイオリンのKreislarもこのやり方、つまり別の有名な作曲家の名前で自作を発表していたようです。
 このCDでのハープシコードの演奏をして下さった本庄礼子さんは僕の考えに合わせて素晴らしい演奏をして下さっています。彼女はプロに徹しておられる様にわたしは感じましたが、わたしが嬉しかった事は何回でもリハーサルに応じて下さった事です。*(プロに徹しているオーケストラの楽団員はコンサートのリハーサルでは余り練習を好まれないのではと言う印象をわたしは何時も受けています。伴奏だと思っておられたのかも知れませんが、どちらかと言えば練習に付き合って上げていると言うお気持ちをお持ちになっている事を感じさせられる事がしばしば在りました。)東京だけではなく大阪のコンサートでも本庄礼子さんにお願いしてこの曲を発表しましたが、阪大の音響学の教授は本庄礼子さんと共演されるのならこのギタリストは好い演奏家なのだと判断をして聴きに来て下さったとわたしには後で仰っていました。
 多くのポンセの音楽は流石に感性が素晴らしく歴史に残る傑作が殆どだとわたしは思っています。中でもこのソナタは将来誰も知らない人が無くなるであろう、くらいの名作つまりマスターピースです。ギター音楽が楽器の中でもメジャーな楽器であるとの評価を得るきっかけになる曲に成って、世界各地でこの曲への需要が高まれば好いとわたしは祈っております。
 是非とも改めてお聴き下されば嬉しいです。5回10回と繰り返し聴いているとそのメロディーは耳に付いて強い印象を心に残します。*これを収録した私の「サウンド・オブ・ザ・ギター2」は今でも在庫はあります。

(55回)「上品さ」付記 (2011/7/25)

「上品さ」(第52回エッセイ)では競馬で6連勝したお話をしましたが、これは奇跡のような事であったからです。
 競馬場では、誰に話しても(教えてあげても)馬の足音はどれも同じにしか聴こえないと言われます。多分世界中に判る人は居ないのかも知れません。競争馬の中でもサラブレッドと言えば良血中の良血で、その馬達がレースの為に競馬場に出て来るときは必勝を期して訓練(調教)を受け完全に仕上げられています。そして一緒に阪神の競馬場に行っていた友人は東京への帰りに計算をした結果、あの時初めに¥1,000で単勝の馬券を買い、6レースを転がしたとしたら(当った配当全額を統べて次のレースに賭ける事)¥4,000,000になっていたのですよ。先生は何故ギターなんか弾いているのですか?と電話をして来ました。このことは初めの掛け金が4千倍になったという事です。
 僕が何を言わんとしているかと言いますと音楽演奏中、または真剣に練習中にあるフレーズをああでもない、こうでもないと弾くとき何れを選ぶかが演奏家の技量あるいは洗練された審美眼として問われるとしますと、「ああ」と「こう」との違い、誰にも判らない様な微妙な違いを感じてどちらを選ぶかを決断する事が芸術家たる演奏家の生死を分ける最終決定の判断です。その事に生涯を掛けた積み上げが真の芸術家に要求される資質であろうかと信じます。
 それは耳が好いか悪いかでもなく、微かな風の便りを聞き分ける感性の問題かも知れません。それを磨き上げる事の大切さを知って頂きたいのです。すべてのギタリストの演奏解釈の比較において、どの奏者が最善の仕上がりを見せていて何方が最終の勝負に勝つだろうかと予想する事、それともこの部分の演奏解釈は素晴らしい、または少々おかしい等と聞き分ける事は実に面白くて楽しい遊びでは無いでしょうか。今流行のコンクールではそれの判る人に審査をして欲しいものだと思う出場者は少なくないのではないでしょうか。
 そのようなつまらない事よりも、演奏家が真の芸術家であろうとするならば、「ああ」と「こう」が正確に聞き分けられないと駄目なのです。それが出来た暁に要求される資質は「ああ」と「こう」を正確に弾き分ける事が出来る技量を持つべく日々努力をする事になります。その次に「ああ」と「こう」の何れを選ぶべきかと言う審美眼の問題が生じます。その選び方によってその演奏家は資金を何千倍にするか全てを失うかの岐路に立つのです。資金とはその弾こうとする音楽作品の価値に例えられます。つまりその人が弾く音楽作品の価値が0になるか何千倍になるかの分かれ道に立って日々の稽古をするのです。いい加減に考え、いい加減に感じて音楽作品を弾いていると、音楽作品そのものの価値のみならず、奏者は自分の価値をも0にしてしまう事になるのです。恐ろしい事です。ギター音楽の場合、作品の価値は演奏解釈(どう演奏するか)に大きく依存しているのです。好い演奏をしてあげないとその音楽作品は価値を失うのです。博打をして所持金つまり自己の人生を全部賭けているプロの演奏家志望者がどうしても為すべき事は先ず耳を鍛える事でしょうか。
 偉大なアンドレス・セゴビアの開発されたギター音楽の表現法はこれを受け継いだ我々が大切にしなければなりません。音楽界に於ける一つの無くしてはならない大切な文化です。文化とは存在価値です。他の楽器には任せておけない、音楽が人の心に語りかける秘術であり、その可能性をギターが持っている事を証明してみせられた巨匠、アンドレス・セゴビアが私共の旗頭であった事を世間は忘れ去ろうとしています。それを受け継いでいる我々セゴビア先生の次世代がそんなに重要なものであると気が付かないで、ギターをいまだにおもちゃだと軽く思い、そう扱っているという事は恐ろしく認識不足でありもっと世代が変わって行くと、征服しかけた音楽界に於けるギター音楽の主役たるべき地位を永遠に取り戻すチャンスを失ってしまうでしょう。偉大なアンドレス・セゴビアは私共音楽家志望のギタリストの卵に強力な武器を手渡して音楽界征服の夢を託して去られた。武器とは多くの演奏を伝えるセゴビア先生による音源(SP、LP、DVD、CDなど)であるとか、映像であるとか、偉大な才能(作曲家)をギター音楽作曲に引込まれた結果としてのギター音楽作品群、プラス先生自身によるギター音楽への編曲作品群です。そして武器とは、ギター演奏の究極のテクニック、表現法です。つまり、セゴビア先生なくしてこれだけ多くの偉大な作曲家がギター音楽に興味を持ちギター音楽のレパートリーの宝庫を豊かにしてくれただろうか。セゴビア先生の弟子であるならば、これらをギターでしか表現出来ない手法で美を表現するべく努力をしなければなりません。
 あとに成りましたが、ギターを奏く事を楽しみにしている人はセゴビア先生の前で演奏を一度は聴いてもらえます。先生の夏のマスター・クラス(夏期講習)に出席した事のある方はよくご存知でしょうが、ギターを奏く事を楽しみにしている人が弾き終えると大抵は「Muy Bien!」と言うお褒めの言葉が帰って来ます。セゴビア先生は日本人の受講者が演奏した後に「Muy Bien!」は日本語でどう言うのだとわたしに訊ねられて「大変宜しい!」と教えて上げた事があります。覚えたての日本語で「大変宜しい!」を連発しておられました。ギター音楽を演奏する事を楽しみにしている人々に対してはセゴビア先生にしても、わたしにしても「大変宜しい!」で済ませるべきでしょうが、そのお話は次項Muy Bien!」に付いてに詳しく付け加えます。
 次回は「Muy Bien!」に付いてお話をします。

(第56回)私の先生ジョン・ウィリアムス-NO.2(2011/8/3)

 わたしはジョン・ウィリアムスさんには本当に感謝しなければならないと思っている。ジョン・ウィリアムスがアンドレス・セゴビアに習った全ての知識を殆ど真直ぐにわたしに伝えてくれた事にわたしは感謝しています。1960年から1962年に掛けてです。当時の真実のわたしの気持ちは、セゴビア、ジョン・ウィリアムス、ディアス、ジュリアン・ブリーム等と比べるとわたしは未だ未だギター演奏の技量においてはヒヨコだと言う意識を強くもっていた。ギターの未開国から来た一人のギターの好きなヒヨコの様なものでした。そして如何にして自分の音楽的レベルと技術的能力を高めるかが、当時のわたしの最大の関心事でした。当時(1960年代)の日本のギター界のレベルはわたしをトップとしてみても、考えられないくらい低かった。如何にして優れたギタリスト、ギター文化、を日本に紹介して行くか、そしてヨーロッパの伝統ある音楽的文化、特にギター音楽のレベルを日本に根付かせてゆくかがわたしに課せられた大切な仕事であるとの使命感をもっていた。ギター界のレベルが高くなればとの強い願いのみが在ったのは事実です。そこでわたしはロンドン留学が終わりに近づいた頃、日本のわたしのマネージヤーに連絡して、ロンドンのジョン・ウィリアムスのマネージメントと日本にジョン・ウィリアムスを招請するべく全ての交渉、アレンジをし、それを実現させました。
 ジョン・ウィリアムス招請に尽力をされたわたしのマネージヤーは偉大なアンドレス・セゴビア来日中(1959年)にどうしてもアンドレス・セゴビアに自分の演奏を聴いて欲しかったわたしが、先生の前で演奏出来たのはこの人のお陰だったのです。セゴビアさんがもう日本人の演奏を聴くのは止めた、と表現された時この方がセゴビア先生にお願いして私の演奏を聴いて頂く事が出来たのでした。この事務所が事業として成功し、世界一の音楽家アンドレス・セゴビアを招請(1980年と1982年)する事が出来、その間に、先生滞日中全てのお世話をわたしに任された事は、わたしに取っては本当に有難たかった。偉大なアンドレス・セゴビアの人となりを親しく知る事が出来たし、その間何よりもセゴビア先生のレッスンを沢山、殆ど一日置きくらいに受けさせて頂く事が出来た。
 もう一度ジョン・ウィリアムスの意外な側面についてのお話に戻りましょう。彼は殆ど練習をしない。そして全く腕力乃至は筋力が発達していない。参考としていえば腕立て伏せPUSH-UPSが一回として出来ない。それはつまり腕の力が全然なくてもギターは弾けるのであって、指だけを発達させればギターは完璧に弾けるらしいという事が解った。ジョン・ウィリアムスは全然練習しないで平気でコンサートの舞台に立ってすらすらとノーミスで演奏する。これは僕に取っては大変な事で、理解が出来ませんでした。
 当時の一般音楽愛好家、ギタリスト志望者に取ってはジョン・ウィリアムスの驚異的な演奏テクニックはプロフェッショナルな音楽家までも含めて大変な出来事だったと思います。全然練習しなくても舞台で弾けるというのは私に取っては全くの驚異でした。
 彼は殆ど毎日の様に演奏活動をしていた。国外でのコンサートも有ったが、ロンドン近郊、イギリス国内等の音楽鑑賞団体への出演、LPレコードの為の録音等でした。わたしも何度となく付き添いで彼の演奏を聞かせてもらった。美しいイギリスの田園地方での演奏会では必ず主宰者によるティーパーティーが終演後に催されていた。
 当時ジョン・ウィリアムスが住んでいたのは、ロンドンの中心街に近く、オックスフォード街の直ぐ北側、角をまがった所が医院の集まる街ハーレイ街、何筋か西にはあのシャーロック・ホームズのベーカー街等々、日本から来たわたしは先ずギターによってと先進国の文化によって激しいカルチャーショックを受けた。あの赤い二階建てのバス。これは飛び乗り飛び降り自由でした。真っ黒のケースに入れたハウザー2世を片手に、ベーカー街のバス停から2番のバスに飛び乗ってヴィクトリア駅に行き郊外のクロイドンの下宿に帰る。こう言うのはわたしの得意中の得意で楽しい思い出です。何しろ子供の頃から玉乗りを得意にして居たものですから。
 彼はパーティー好きで殆ど毎週の様にパーティーを開いていた。よくそんな暇が在るなと僕は感心していた。パーティーに参加する人はジョン・ウィリアムスのギター演奏が目当てで、わたしもちょくちょく弾かされていた。2重奏を所望されるとわたしの出番であった。わいわいと会話の時間はわたしは面倒くさいので自室にこもっていた。自室と言えば、小さな部屋で、クロークになっていた。ジョンがそこへわたしを探しに来て2重奏の為に引っぱり出される。それはボトル・パーティーと呼び習わしていて、来客は葡萄酒等を1、2本ぶら下げて参加する。
 ロンドンで勉強中の或る日、わたしが「七人の侍」を見た事が無いと言うと彼は驚いて、例の新聞を読みながらわたしのレッスンをしていた間にロンドンで上映される全ての映画館の上演演目を頭に入れていた彼は、もう七回も黒沢のこの映画を見たがと言いながら、わたしにどうしても見た方が好いと言って、彼に取っては8回目の黒沢映画見物に場末の映画館(スイスコッテージ)に連れて行って呉れた。自分ももう一回見るのだと。わたしの驚いたのには、映画が終わると観客席から大変な拍手が在った事です。それと侍が映画の字幕では翻訳されて英語で話すのを字幕で見た事です。これは後程わたしがコロンビアで「プラテロと私」のレコードを作る事になり「七人の侍」の一人であった木村功さんに朗読をお願いする事になって、なにかの因縁を感じました。
 映画と言えばジョン・ウィリアムスをニューヨークの空港に見送りに行った時、ブックスタンドの前に私共が居たものですから何か読んで面白い本はどれだろうと聴いたところ一寸考えて、イアン・フレミングだと教えて呉れた。これが後に007のシリーズになった連作で、わたしは弱い英語力を駆使して何冊かを読みあさる事になった。
 映画館に行くときもそうだったが、ジョン・ウィリアムスはすごく大股で歩く。僕の様な日本人は一緒に歩くのがしんどかった。
 皮肉な言動もなかなかのものだ。アメリカに行く前、ジャック・デュアルテに勧められて、そこではローリンド・アルメイダ(ブラジル出身のギタリスト、作曲家。ボサ・ノバの創作者)の家に行きこの人に逢うのだと言ったら、若いジョン・ウィリアムスは「彼等は非常に仲が好い、何故なら一度も会った事が無いからだ」と。私はそれ以来、人と人が近づくと仲が悪くなる事も往々にして在ると思うようになった。近づく程尊敬の念が増すのは偉い人との間柄である。
 ジョン・ウィリアムスのレッスンではあるフレーズを君はこう弾いているが本当はこうだ、と、非常に微妙に弾き分けてくれた事を今でもはっきりと覚えている。わたしにはどう見ても、どう聞いても完全に同じにしか聴こえなかった。もう一度,もう一度と弾いてもらったが違いが判らなかった。それが「上品さ」でわたしがお話した馬の足音の違いを聞き分ける能力の開発と関係があるかどうか、軽々には言えないと思うのだが。
 ジョン・ウィリアムスがわたしのことで誤解をしているかもしれない事が一つある。それは前項のジョン・ウィリアムス1で「私が習った事もないのに私を教えたと言っておられた方(日本人のK氏)」にわたしが好意的に彼にロンドンからジョン・ウィリアムスにならった貴重な運指付きの楽譜を幾つか送って上げた事が在る。驚いた事に彼はその楽譜を自分の編曲であるとして日本で出版していた。わたしはその事を全然知らなくてある日ジョン・ウィリアムスにある楽譜を貸して欲しいと頼むと「日本人には楽譜を貸さない。何故なら日本人は勝手に楽譜を出版してしまうからだ」と言われ、何の事やら判らず驚いていたが上記K氏の事実を何年か後に知るに及んで、ジョン・ウィリアムスには日が経っているので今更弁解でもあるまいとわたしはそのままにしてしまっている。彼はわたしがしたとはまさか思っていまいとは思うが、時たま苦々しく思い出す事が在ります。何年か後と言えば、セゴビア先生のお言葉「ジョン・ウィリアムスは芸術の園から出て行った」と伺った後であり、ジョン・ウィリアムスと親しく話が出来にくくなってしまっていたからです。
 音楽後進国の日本においてK氏がしたことは皮肉にも日本のギター音楽文化発展には大きく寄与したと言えます。この事件は、楽譜在っての音楽演奏ですから、犯罪とはいえその楽譜を入手した人はギタリストになるべく、当時としては本当に貴重な、そして今でも入手不可能かも知れないセゴビア先生の未出版の楽譜を手にする事が出来たのですから。
 わたしの「真剣な音楽への思い」の結果としてわたしは、わたしの演奏の復刻版「聴くギター音楽入門CD」の音楽解釈に対してイギリスの世界的音楽映画のプロデューサーであるクリストファー・ニューパン氏より「これが出来るギタリストは本当に滅多に居ない。」(This is true of very few guitarists.)と言う言葉を頂く事が出来るまでに演奏解釈を進歩させる事が出来た。
 わたしはこのHPのエッセイ集、「ギターと私」欄に「上品さ」とか「世界一」と言う文に書いた様に充分満足の出来る「ギターを弾いていてよかった。生まれて来て良かった」人生を送る事が出来ている。こう言った僕の人生における奇蹟は、僕の携わった多くの方々、特にアンドレス・セゴビア及びジョン・ウィリアムスの熱心な教授のお陰であると信じ感謝している。それもセゴビア先生の運指と解釈の骨組みと考えを、違える亊なく(少しも曲げないで)教え、伝えて頂けたことはセゴビア先生が彼を推薦して下さった事とはいえ、ジョン・ウィリアムス以外の人には出来なかったとわたしは信じています。
 余談ですが、「聴くギター音楽入門CD」は好評発売中です。出来れば近いうちにこのCDの練習曲に対して運指付きの楽譜を作製したいと考えています。以前に「ギターは小さな星のオーケストラ」のタイトルでエッセイ集を出しましたが、「ギターが小さな星のオーケストラ」であるとすればギターを正しくクラシック音楽として弾くには指揮者が要ります。居た方が良いのです。楽譜と運指だけでは指揮者が居ないのですが、楽譜と運指と言葉だけで指揮者の代用が出来ないかと現在考え中です。運指と言葉だけではなくCDによる音もその指導には参加出来る強みが在ります。なお楽譜としましては、練習または教本として利用出来るよう、漸進的に(易しさの順に)並べ替えて見ようと思っています。

(57回)「Muy Bien!」(2011/8/3)

 ギターを楽しみたい方は、僕の弟子にも沢山います。僕はギターの楽しみをそのような方から取り上げたいとは絶対に思っていません。只、僕が出来ている発想の一部でも出来る様に又は理解出来るように成って欲しいので真剣にその方法を伝えたいと努力をしています。僕は一カ所、ワンフレーズならば誰にでも出来ると信じてお伝えし、それを各自の工夫で全体に応用出来るようになると思っています。例えて言えば、おもちゃの積み木のひと欠片(かけら)です。ガチャガチャと沢山ある積み木の中にきらりと光る一かけらを持たせて上げたいのです。それが一つ在ると僕は「Muy Bien!」=「大変宜しい!」と叫びます。例えば、「この音はぐっと暗く」、「ここは楽しく」「この音は堅く」または「遠くから聴こえて来る」、等と言って上げると、弾いている音楽が急に理解されたり、または、身近に感じられる様になったりされる事がよく在ります。この音には絶対にヴィブラートが必要 だと思う事もあり、一言、「ここは可能な限り美しく」と見本を弾いて上げるのも効果的です。
 アンドレス・セゴビア先生はそうはされなかった。この人には無理だとお考えになったのか、それとも時間がない、教えるのには時間がかかる、根気がいるとお考えになったのかは判りません。
 只僕がヨーロッパでマスター・クラスに出席して感じた事を正直にお伝えしますと、巨匠は不親切だなと思いました。僕ならこう言ってあげるのにと言う場面でも、Muy Bien!で済まされます。それともう一つ先生は何と根気がいいのだろうと思った時も有りました。遠くから教室に来て先生の前で必死にギターを弾く。その生徒の演奏をじっとお仕舞いまでお聴きになってMuy Bien!と褒めて上げる。それよりもわたしには、偉大なアンドレス・セゴビアの音楽が理解不可能に見える生徒が、巨匠の前でギターを弾いているのは異様な光景に見えたものです。きらりと光る一か所を持って帰らせて上げるわけには行かなかったのでしょうか。
 きらりと光る一カ所のワンフレーズを知り自分のものにして頂く為に僕のレッスンが思わず厳しくなってしまうこともあります。プロ(自称)の方はその意味で、誰一人僕に習おうとされないようです。スタート・アゲインはしたくないのがプロの常なのでしょうか。そして光るワンフレーズが一カ所であっては商売にならないという事でしょう。

(第58回)和声学「アネクドット」(2011/8/5)

 和声学で最初に学ぶのは「カデンツア」です。終止法。曲の終わらせ方。音楽の作曲の勉強で最初の際立った勉強が曲の最後に来るカデンツアである事にわたしは最初奇異な感じを覚えました。
 大体音楽は後ろから成り立っていて、どう終らせるかが重要課題であると言う事らしい。ある和音の前にはこの和音が来るべきである等々、後ろから考えて行く。
 セゴビア先生は「アネクドット」と題した音楽作品を幾つか作っておられる。アネクドット、についてはよくご存知の方が居るでしょう。簡単に言えば小話です。欧米では、食後の小話などが巧く出来ないと座を持たせられない。さて、そこで小話をするのもセゴビア先生のお得意で、セゴビア先生はそれが随分お好きで会食の後等にはよくしておられた。セゴビア先生が特にお得意なのが艶笑小話で、わたしは先生がよくそう言った艶笑小話をされるのが余りそぐわないと、いつも思っていました。その事が音楽とどう関係があるかと言えば、巧く話そうとすれば最後の落ちを、話し始める前に、心に設定しておかなければならない。それもきっぱりと。そして途中で忘れない事。短編小説も然りでしょう。優れた小説作家は、(優れていなくても、)結論、結末を考えてから書き始める。私は実は文章(雑文または作文)を書く時はそうでなくて、思いついた事から書き始めるので、ワープロがあると推敲や編集がし易いので助かっている。わたしは実用的な内容の話しかしないようなのでそうなっているのかもしれない。
 暗譜するにしても、音楽は後ろから成り立っているので、最後から2小節、その前の2小節、最後から8小節と記憶を後ろから延ばして行くと暗譜がし易い。ギターに限らず音楽の勉強をし初めている初心、中級者で暗譜が苦手な方にお役に立つかも知れないのでヒントとしてお話をしておきました。
 演奏解釈等と難しそうに言うが、終わり方、例えば決まり文句という様な感じで終わり方を身に付けておけば非常に簡単に発想が付く。フレーズ毎の終わり方の気分を、或る一つの曲では皆同じ様な精神状態に持って行っておけば、全体が纏まり易いし、その上事が判って演奏している様に聴こえるのは儲けものです。

(第59回)Wes Montgomery (2011/8/13)

中森良二さんのWes Montgomeryについての投稿を頂いたのでWes Montgomeryの事を時々思い出しています。
 あのデトロイトの同じ夜に幾つかのジャズギタリストの出演する酒場があり誘われたが迷わずWes Montgomeryと答えた。ジャズであるのにクラシックギターの名器、フレタを弾く事で有名なチャーリー・バードとか2、3の候補が有ったが何故Wes Montgomeryを選んだかと言いますと、学生時代の他校のギタークラブの部長がジャズに転向していてWes Montgomeryの事を詳しくわたしに話していたからだ。彼(友人)曰くWesは不遇時代レンガ積みのアルバイトをして居たが、彼の左指の動きは特筆すべきものであるらしい。各指がそれぞれ最短距離を移動する様に訓練されていて、ゆっくりと各指を調教するのかどうか、それぞれの指が独立して次のポジションに移って行くのだ。確かな事は言えないが、彼はそのレンガ積みの根気が要りしかも絶対的な正確サの要る作業からギターに於いても平気で根気よく指を鍛えたのだとわたしは理解していた様な気がする。
 かれはもう一つの有名な事が有る。それはエレキギターはピックで弾くが彼は親指1本で弾く。全てのパッセージを1本の親指で弾くが、特に有名なのはオクターヴを1本の親指で弾く事である。ギターの事を良く知らない方の為に説明しますと、ギターではオクターヴを弾くのには2本の指が必要です。何故ならオクターヴは必ず例外なく間に1本の弦が挟まるので1本の指で弾くのは不可能なのです。
 もう一つ、Wes Montgomeryはその親指に胼胝(たこ)が出来ると、歯でその胼胝を噛みちぎり、ペッペッと吐き散らしながらギターを奏いていた。
 このときは3人のセッションでしたが、彼のギターもさることながら、オルガニストのリズムの冴えと言いますか,表現力には舌を巻いた。この人の名は覚えていないが,彼は日本に来たいのだがWesが飛行機にも船にも乗れない(怖がって)ので日本行きは諦めなければとはなして居た。

(第60回)花伝書 (2011/9/4)
何時だったか以前に発表した事が在るかも知れません?

 花伝書とは「この書は誰にも見せない」と言う事を前提に書かれた書である、らしい。いわゆる秘伝の書であり、文中、芸能の理解に於いてある域に達したもの以外にはこの書のこの部分は誰にも教えるな、とある。理解出来るものにしか伝えてはいけない、と言う事。才能のあるもの、芸術に対して真摯な心の持ち主にしか話してはならないことが存在するのだ。芸術の理解の浅いものに秘伝を伝える事は浅はかな理解を示すのみで百害あって一利なしと言う事か。
 私について言えば、弟子に明かせられない秘伝の様な秘密を沢山持っていればなあとの思いもある。ある知人のヴァイオリニストは、ヴァイオリンの鬼才パガニーニは自分の知っているヴァイオリン奏法の秘密を誰にも、一つも伝えず死んでしまったと鬼才パガニーニをある意味で批難していた。ヴァイオリンと言えば、最も美音を出していたといわれるミッシャ・エルマンは、ステージで演奏中に大切な所に来ると舞台の後ろの方に、向こう向きに丸くなって手を隠して演奏したとか、またこの手の話で有名なのは、ピアニストのパッハマンは舞台で服の身頃で指の動きを隠しながら弾いたと、伝えられている。ギターにとって楽器として誠に名誉な事であるが、トーレスは彼のギター製作法の秘密を誰にも明かさなかったとか、ヴァイオリンのストラデヴァリと同じような事を言われている。名手は皆そう言われる。セゴビア先生に付いて言えば、自分はギターの真の弾き方を誰にも教えないし伝える気もないのだとは決して仰らなかったが、周りの者には、アンドレス・セゴビアは沢山の奏法上の秘密をもっていて、隠しているのだと取られていたようだ。ギターに取っては伝説の名手がいたと言う証でしょうか。
 セゴビア先生のお葬式では、先生のすべての秘密をお墓に埋葬すると、ご夫人のエミリアさんは言っておられた。弟子である私にとっては微妙な問題発言の瞬間であった。
 花伝書を書いた観阿弥は、申楽の秘伝をズバリ誰にも言うなとその子世阿弥に伝え、世阿弥は観阿弥の言葉を余さず書き残したため、後世発見されて世に知られてしまう事になった。
 花伝書は誰にも見せないという前提の故に、本当の、または本当だと思える事共が芸術に関して書かれていると私には思われ、読んでいると興奮させられる。洋の東西を問わず、これだけの演劇論が600年も前に展開されているのは珍しいのではなかろうか。偉大な芸術家が誰にも見せるなと言って話された事が記録されている文書は全く興味深い。芸術論と言えば、哲学者、美学者または評論家が多く書いていて、芸術を外から垣間見ての論であるが、これは驚くべき事に、その芸の真実を内部の方が、内部の者に話した世に希な書である。

(第61回)幸運の女神 (2011/9/8)

 何か或る事を強く願っていると幸運の女神はその人の所にやって来る。どうしてもギターが巧くなりたいと強く願っているとやはり、幸運の女神はその人の所に来るのではなくてその人の前を通り過ぎる。
 どうやってやって来るのかと言えば秘密、と言いたい所だが、来ているのに気が付かないだけなのです。どの方の所に来るかと言えば巧くなりたいと願っている度合いが強い方の所に来ます。
 流れ星が現れて消えるまでに願い事を3回唱えれば願いが叶うと言われています。という事は何時どんな時にでも願い事を3回言えるくらい強く願い事を心に持っている事が大切なのです。
 若いわたしはギターが上手くなりたい、音楽が判る様になりたいの一心でした。ヨーロッパではJIRO(わたしの事)はⅠ日25時間はギターを弾いているのではないかと言われたくらいだ。そのわたしのところにギター上達の為の幸運が来ない筈がなかった。
 一つの事を願っていると、幸運はふらふらと右に左に動いているので思わずその人の所を(その人はまっすぐ縦に向かって動いているので)横切る。そして一つの事を願って真直ぐ歩いている人はその幸運が自分の前を通った時には必ず気が付く。何しろ流れ星が現れて消えるまでの瞬間に願い事を3回も言える程に願っているのですから。
 もっと大切な事があります。幸運と言いましたが、実はそれは運なのです。幸運でもあり不運でもありそれは単なる運です。単なる運を幸運にするか不運にするかでその人の人生は変わって来ます。ひどい目に遭わせられたが後から考えるとそれは自力で幸運に変えたということもあり、決してへこまない事です。ひどい目に遭わせられている時、辛い眼に逢っているとき、貴方がどれ程強く上達を願っているかによって、その事件は幸運に替わる芽を秘めていたのだと、後になって思い出す事が出来る事件に変貌しています。

(第62回)進化の不可逆性(2011/9/20)

 進化していく途上において、進化する前の状態の方が好ましいと思い始める時があるかも知れない。
 進化する前の状態に返そう(還そう)と思ってもそうはいかない。それを進化の不可逆性と言います。研究と努力の無駄が発見された時です。スタート・アゲインです。
 ギターが上手くなろうとしてあらゆる努力、発明発見をして来たが以前の方が上手く弾けたと判っても若い頃の様に弾けない、その絶望感はお年寄りには在るでしょう。
 でもそれは進化して来た証です。指、または指使い(指の利用法)を進化させて特殊な音、音色、を手に入れた暁、簡単にそれらを捨て去る事は難しい。その上取得した音楽的表情は進化して終(しま)った頭脳と指は昔の頭脳と指に帰らない。
 進化の先端にいれば微動だに出来ない。元に戻ろうとすれば、出来上がったテクニックはがたがたになってしまう。言うなれば後へ下がれない。もっともっと進化して行くしかない。
 進化せずに時を過ごして来た演奏家には当然その様な悩みは無縁です。
 このことはスポーツの世界に於いて一流の選手にも起こっている事かも知れません。

(第63回)ギター上達法、練習法(2011/9/21)

 曲を弾いていて、何処かに技術の不備が見つかると、それに対応した最適な練習法を考えます。アルペッジョであったり、音階練習であったりですが、それの配分が難しいのです。それよりも手のかたちの再形成、その他微細な変更等に関して自分流の処方(レシピ)を発明、または作製した方が好いのです。
 何がそれをさせるかと言いますと、貴方の頭脳です。言い換えれば貴方のギターを弾く指達、つまりオーケストラの団員の指揮者による先を見通した(スパルタ)訓練です。
 中々正確にお伝え出来ないのですが、上手く思った様に出来ないところを出来る様にする為です。1~2週間または3~4週間稽古をして(させて)以前とあまり変化がなければその練習は止めます。何か他の手(方策)を考える事です。アルペッジョも音階練習も然りです。ですから自分に課した訓練法が好いか悪いかを指揮者は何時も判断をしていなければなりません。
 その前に貴方の優秀な頭を使って(経験も要りますが)、好い訓練法の沢山のレパートリーを持っている事が、その人の財産です。
 そう言う事も先生がよければその先生から窺い知る事が出来ます。常に感度の好いアンテナを張っている事です。
 毎度真面目なギター馬鹿のお話で済みません。

(第64回)カリスマドッグトレイナー (2011/10/9)
加筆あり(2011/11/21)

わたしが今もっとも興味を持って見ているテレヴィ番組と言えば「カリスマドッグトレイナー」です。主役はシーザーという名のカリスマドッグトレイナーの方(アメリカ)です。犬調教の魔法使いです。
 何度も見たのですが、今日面白い事に気が付きました。ギターをしている貴方は犬の飼い主なのです。この時の犬は音楽乃至は指、もっと言えば楽器(貴方の愛するギター)です。言い換えますと貴方は飼っている犬を持て余している犬の飼い主で、そのいぬが貴方のいう事を聞かなくてカリスマドッグトレイナーを必要としていて、カリスマドッグトレイナーに教育を受けると犬がいう事を聞くようになるのです。失礼な事でしたがわたしは貴方が吠えたり暴れたりしている犬で楽器やギターを使って音を出しているのだと勘違いをして居ました。
 註ーカリスマドッグトレイナーの様にギターを弾きこなしている方は沢山おられると思います。しかし有る日突然言う事を聴かなくなる犬が居る事も事実です。革新的な表現法に気が付いて改革を試みた時とかは大変です。

 カリスマドッグトレイナーの番組を是非ご覧になって下さい。わたしは騙されても良いと思って「ひかりテレヴィ」に加入し、そこで初めは一応面白いと思っていた一つは「Mystery」、ではありましたが、「ナショジオ」(national geographicの略か)というチャンネルを発見しその番組のカリスマドッグトレイナーに徐々にハマッて来ました。今日上記の様な事にハッと気が付いたのでの報告をします。
 詳しく説明をしますと、音楽、楽器乃至指に対して貴方は毅然とした態度を持つべきなのです。貴方は音楽、楽器乃至指は飼い犬の様な立場のものなのであると気付くと好いのです。貴方は音楽、楽器乃至指達の群れに対して自分がボスであるという事を毅然とした態度で示すのです。
 そこで音楽、楽器乃至指に対して貴方が毅然とした態度をし、主人である事を堂々と主張出来るようになればあなたは音楽、楽器乃至指に勝手に主人顔をして振り回される事が無くなるでしょう。音楽、楽器乃至指は瞬時にして見違える様に従順になってくれます。カリスマドッグトレイナーによれば、そのようなのです。
 ハッハッハ!!!!!
 序でにもう一言!音楽家がそうなって来た暁には、散歩をしていても(mixiやYou-Tubeなどを開いて)吠えまくってくる犬どもは確実に減少します。まるで天国!
 吠えまくってくる犬どもといえば私共の好きな喫茶店、外食食堂等でも吠えまくってくる犬ども(つまり吠えまくりのBGM)が沢山おりそれらは確実に減少、消滅するでしょう。再び、まるで天国!

 

「聴くギター音楽入門CD」の楽譜完成発売 (定価、税込み、1,600円+梱包・送料、別途100円)

 これは「聴くギター音楽入門CD」(「サウンド・オブ・ザ・ギター5」)の全曲を楽譜にしたものです。CDの全ての小さな美しい作品と練習曲を運指付きの楽譜にしたいと考えました。正しい楽譜は必要です。運指は音楽解釈であるとさえ思われますが、弾き手の個性も無視出来ません。それで運指は曲によっては殆ど付けていませんが、曲によっては精細に付けています。聴けば判ると思いましたし、聴く耳を育てる事も大切だとの信念です。
 その意味ではこれは過去にはなかった画期的な教育用の楽譜かもしれません。レピートを掛けて音楽を耳から自動的に覚えます。スピード・ラーニングの手法です。つまりクラシックギター国生まれのクラシックギター国ネイティブギター奏者の音楽だと思って下さい。
 楽譜が読めない(判らない)方は「クラシックギター独習書」と入れてネットで検索すれば適当な本が見つかりますので独習する事も出来ますし、ギターを弾く事自体は簡単です。またギターを愛し、ギターを美しく奏でる人が見つかればその方に習うのもいい方法です。
 楽譜と運指だけでは指揮者が居ないのですが、それに言葉で説明する替わりとしてCDによる演奏もその指導に参加させる事が出来るのではないかと思いました。
 何度も演奏を聴き、楽譜を読みそれから自分の演奏に取りかかると見違える様な進歩が得られるでしょう。聞く耳を養う事。微妙な音の違い、変化を、つまり音のニュアンスを聞き分ける事は、音楽をする人にとって欠かす事が出来ない重要な資質です。音楽にたいする憧れを強く持てば誰でも微妙なニュアンスを聞き分ける能力を身に付ける事が出来ます。
 なお演奏においては歯切れの良さも必要です。易しい曲なら音楽的に活き活きと弾く事が出来るので、将来において技術的に複雑なむずかしい曲も弾けるようになる為の下準備になるでしょう。
 「聴くギター音楽入門CD」は好評発売中です。このCDには、わたしが知り得たギター演奏を鑑賞出来る音楽にする為の定石―常識が詰まっています。そしてこれらの小品、練習曲達を愛情と音楽にたいする強い憧れをもって仕上げ弾く事は、美しい音楽解釈を身につける為の第一歩であろうと思います。
 「聴くギター音楽入門CD」があり、この楽譜があって楽譜が読めて、理想の先生または独習用の教本が見つかれば貴方はギターを生涯の友にする事が出来ます。あせらず練習して上達して下さい。11/9/24 0時13分 松田晃演

曲目はCD&LPに出ていますのでそちらにアクセスして下さい。
なおfor English, please go to CD + LP on sale, you will find contents as well.

楽譜の画像は教本・著書の欄に在ります。

(第65回)続Muy bien!(第57回) Que otra cosa? (2011/10/22)

 Que otra cosa?(ケ・オトラ・コサ?)はスペイン語です。Queは何?otraは他に、cosaは物(作品)で「他に何か?」です。幾つかの注意点を指摘した後、セゴビア先生はQue otra cosa?と言われる事がよくあった。僕はその生徒が今弾いた曲を気に入られなかった、どうでもいいとも取れると思ったりしていましたし、わたしの場合は取り急ぎ何が弾けるかなあと頭をフル回転させ何か他の曲を弾いていた。ところが今にして思うとMuy bien(ムイ・ビエン)は「大変よろしい」でありQue otra cosa?は何か他にですが「今ので好いよ」と訳せない事もなかった。「他に弾きたいものは?」と言って下さったのかも知れませんし、いい意味に取れば「OKです、他に?もう1曲何か」とセゴビア先生がレッスン中よく発しられる言葉です。Muy bienとは「善くやってるね」であり日本人、日本語としては「もう(弾かなくて)好いよ」とも取れますし、少しもレッスンをしてもらえなかった事になります。ケースバイケースで色んな意味合いを出されていた 。

(第66回)爪とコンクール(2011/11/5)

爪は柔らかくて強い事が条件であるとも。私見では爪は分厚いのも良いが形態も人によって違うので一概に良否は言えない。
 ヨーロッパ留学中、スペインでのセゴビア先生の夏期マスター・クラスを終えてロンドンに帰る途中、骨休めの為に息抜きをしようとパリに1~2泊の休養をした。スペインからパリまでの飛行機の中で時間がたっぷり3~4時間有ったので、爪磨きに熱中した。パリの宿に着いてギターを弾きはじめるとなんとも美しい音がするし弾きやすい。ベッドの上にあぐらをかいて、もう何時間弾いたかと思った頃、部屋のドアーをほとほとと叩く音がする。ドアーに出てみると、ネグリジェ姿のフランス美人がいて何かフランス語で言っている。私の美しいギターの音にふらふらになってフランス美人が私の部屋に尋ねて来たのだと、私はすっかりその気に成ったのだが、実は身ぶり手ぶりの彼女の様子から、うるさいからギターを止めてくれとのジェステュアをようやく理解してがっかりした事がある。
爪はそれ程大切な物であるとギターをする人は心得ておいて欲しい。綺麗な弾き易い爪が磨けたら一人前である。先ずギターの段位で言えば初段だ。
 爪さえ綺麗に削れたらもう練習しなくてもよいと、美音崇拝者の弟子が以前いて、練習時間のほとんどを爪磨きに費やしていた。
 わたしも綺麗に爪が磨けた時は今まで弾けなかった所が簡単に弾けるので練習を中断してしまうこともある。
 ギターをしていて残念なのは、爪は生えものと言ったが、これ以上綺麗な音が出せる爪は無いと言うくらい上手く爪が削れても、何時間かするとそれらの爪は伸びてしまって、その美しい音は跡形も無く成ってしまう。幾らか延びるともうダメだ。そのかわり、どんなに削り方を失敗しても2~3日で延びて来るのでやりなおせる。爪が良く削れているとギターを弾くのは楽しい。
 爪に関して、スペインでのある挿話を一つ。それはコンクールの直前のある日、ホセ・ルイス・ゴンザレス君が、爪を磨いてやろうとわたしに近づいて来た。わたしは何の疑いもなく、ヨーロッパ1年目の事でもあり、彼は何と親切なのだろうと磨いて貰った。今まで誰もそんなに親切にしてくれた事はなかった。ホセ・ルイス・ゴンザレスが亡くなったので今だからこそお話出来るが、その爪は何とも言えず弾きにくかった。しかし彼が悪意でそれをしたのかそれとも、各人個性があり他人の考え方で爪を作るなんて不可能でわたしはなんと不用意で不用心な事をしたものだと、わたしは私の馬鹿さ加減を恥じるべきなのか。
 コンクールの本選では自分が演奏し終えた直後、わたしは当地の新聞記者達に囲まれて翌日の終演(コンクール最後の出演者の演奏)を待たずに1位になるのは貴方に決まっているのだからと記者会見の予約まで申し込まれていた、・・・などの話は以前に何度かしているし、くどいので差し控えるべきでしょう。(コンクールは5人の出演者によるコンサート形式によって最終審査が行われた。審査の結果はオスカー・ギリアと3位同着)
 これらの件で解る事は私が如何にヨーロッパ人に恐れられていたか。音楽性が彼等を如何に凌駕していたか。日本のギター学生達は、このホセ・ルイス・ゴンザレス等のヨーロッパの人にギターを教わるためにはるばるヨーロッパに渡って遊学の箔を付けようとして来られた。もう一つ付け加えれば、コンクール出演の直前にギターケースを開けて試奏を始めて、驚いた事にわたしのギターの第3弦のロゼットのそばの所に鏝をあてて平たくしてあるではないか・・・・。誰かがホテルの私の部屋に忍び込んで、こんな事までしている。今から思うとわたしはなんと才能が有ったのだろう。ここまで恐れられていたのだ。それは私の第3弦の音が特に良かった事を示すのか。
 流石、ヨーロッパ人。爪と弦を攻撃目標にするとは。
 以上ギター演奏に爪の大切さを語って見た。

(第67回)アンドレス・セゴビアは名指揮者(2011/11/19)

わたしはセゴビア先生が生徒にレッスンを与えられるときのそ振りは、超一流のそして第一級の指揮者のようだなと思いました。生まれて初めて先生のレッスンに出席したときそう思いました。当時はジョン・ウィリアムスのセゴビア先生によるレッスンが毎日のレッスンの締めくくりのように最後(日本流に言えば真打ち)に為されていた。
 テクニックの完璧なジョン・ウィリアムスが弾き始めると、先生は徐々にご機嫌が良くなって来て、まるで指揮者がオーケストラを指揮しているように見えました。わたしはすごくご機嫌が良くなってと言いましたが、先生は毎日、週日の午後、3、4時間のレッスンをされて、それが進むに連れて私のようなヨーロッパ新参者が見てもハッキッリと判る位どんどんとご機嫌が悪くなって来る。最終のジョン・ウィリアムスのレッスンになってやっとほっとしておられたという印象を受けていた。それは1960年の事です。わたしとしては偉大なアンドレス・セゴビアが、どうしてこんなにレベルの低い人に音楽を教えなければならないのだろう、どだいレベルが違いすぎるのではないか、と思える人達も来ていた。
 他の楽器の生徒達は、セゴビアさんのレッスンは息が詰まりそうだ。もう二度と見学はしたくない等と言う人も居た位で、わたしは人知れず悲しい想いをして居た。(他の教室を見学する事は自由に、かどうか?許されていた)
 偉大なアンドレス・セゴビアのレッスンをきちっと受けられるのは、(受ける技術的能力のあるのは)その世界中から集まった生徒達の中では、ジョン・ウィリアムスのみではないか、とわたしは思っていた。わたしはヨーロッパに来たばかりの時で、まだギターをどう弾けばいいのかすら知らなかったのだから。あのセゴビア先生の大きな顔の眉毛一本、目を一寸ぎょろりと、ふっと手を上げ下げするだけで、その意図される所を察知して(かどうか)音に現す事が出来るのは本当に残念ながら、当時のギタリスト達の中には殆ど居なかった。しかし、そう思ったのはわたしのみかも知れません。わたしはヨーロッパに来たばかりでありながらもセゴビア先生が音楽をさせようとされる意図が目に見えるように理解出来たから、あのジョン・ウィリアムスの演奏を偉大なアンドレス・セゴビアが指揮されるのを見ていると、意図がはっきりと掴めたのかも知れません。
 (註)ジョン・ウィリアムスがティーンエイジャーの頃の天才振りを証言出来るのは今では僕位しか残っていないので、何時か項を改めてその事はお話ししておかなければならないと思っています。
 わたしは偉大なアンドレス・セゴビアは気の毒だなと、当時はつくづくと思い、感じていたものです。他の楽器の教室では、一流の演奏家が一流の芸術家から非常に高いレベルのレッスンを受けているようだとわたしには感じられていた。それともセゴビア先生は他の一流と目されている演奏家、であり講師の方々よりもずっと図抜けた存在で有ったから私がそう思ったのかも知れません。
 僕が今言いたいのは、偉大なアンドレス・セゴビアのレッスンを受けた者どもはアンドレス・セゴビアがした指揮を教室で受けて(指揮をしてもらって演奏して)学んだ事を忘れ去ってしまって居るのではないか。セゴビアさんのレッスンを見学しただけでは判らなかったのだろうか。そして他の教室の見学者にしてもその深い味わい、芸術の深さを理解しなかったのだろうか?ましてや、習っていた生徒が偉大なアンドレス・セゴビアを批判したりする事は、自己の馬鹿さ加減を吹聴しているに等しいと知るべきである。
 わたしが示唆しようとしている事は、ギターを弾く人は自身が音楽の指揮者であり、自分は自分のいう事を聞かせるべきオーケストラの所有者であるという事への自覚を持つべきであるという事です。ギターを弾く時のオーケストラとはギターと言う楽器と6本の弦と自分の左右の8本の指達とであり、指揮者とは自分の脳味噌である。
 わたしはここまで書いて来て後に、天の差し金か、昨年末鹿児島県にフェリーで渡ったその日にベルギーからある若いギタリストがわたしの大阪からのフェリー到着の地に演奏のために東京から到着し、ちょっと時間を(お互いに)裂いて何かの縁でわたししか知らない偉大なアンドレス・セゴビアの話をして上げる羽目になった。
 さて、わたしは近年、「ギターは小さな星のオーケストラ」と言うエッセイ集を出版して以来、ギターはオーケストラであるとの確信を強くしている。ギターをオーケストラのように弾かないとしたらギターを弾く人たちは、ギターを人前で弾かない方が良いと強く考え感じるようになっている。ギターをオーケストラのように弾く事は生易しい事では出来ないのであるが。
 この(その)為には、強い感受性を持った人(初心者、中級者、ベテランを問わず)が、優れた演奏家である優れた指導者の指導を受けなければならない。必然として。強い、他に類を見ないくらいの敏感な、感受性を持った人(初心者でも構わない)がそのような教育を受ける場は無いのだろうか?優れた指導者とはギターをオーケストラのように弾く人の謂いである。
 不世出の偉大なアンドレス・セゴビアの居ない今、偉大なアンドレス・セゴビアの薫陶を受けた人(弟子)がその偉大なアンドレス・セゴビア伝統継承の責務を務めるべきなのでありましょう。派閥、自己満足等を統べて捨てて、その代理を務める事が出来る人物、真面目な、指導者を必要としている若者に対して若者の為に捜し、指し示すべきであろう。
 わたしが知った絶望はこのベルギー人の演奏を聴いて、偉大なアンドレス・セゴビアに逢った事も無くてその様な教育を受けていず、ヨーロッパにそれの出来る(彼を正しく指導出来る)ギター音楽教育者が居ないのだ、と言う絶望でした。
 偉大なソリストの弟子として師匠を真似るとは??? ディテールに渉って全てを真似る事が出来る様に成る事も第一歩でしょうが、脳味噌が演奏を指揮している情況を真似る亊の方がもっといい弟子(つまり彼の芸術の後継者)の条件ではないでしょうか。
 古来実在した名指揮者の音楽はそれぞれ個性をもっていた。偉大なアンドレス・セゴビアの業績を後世に残そうとするならセゴビアさんが残されたレパートリー(つまり曲目)を並べて演奏する事には何の意味も無い。
 以上はわたしが書き綴っていた原稿を大決心をして発表する事にしたわたしの考えです。
(重大発言)

(第68回)アンドレス・セゴビアは名指揮者(2011/11/19)への追加説明(2011/11/24)

アンドレス・セゴビアは名指揮者と題したこの文の最終部分『偉大なアンドレス・セゴビアの業績を後世に残そうとするならセゴビアさんが残されたレパートリー(つまり曲目)を並べて演奏する事には何の意味も無い。』は言葉が足りなかったので誤解を生んでいるかも知れません。と言いますより判り切った事を言い過ぎたようです。
 例えば、易しい曲目、練習曲等(易しく単純なソル、やアグアドの練習曲)の楽譜に書かれた音符を順に弾いていた人が、セゴビアの演奏をレコード等で聴くとショックを受けるでしょう。「あの曲(あの自分が弾いていた単純な曲)はこんなに素敵な曲だったのか、芸術作品だったのか」と言う意味でのショックです。偉大なアンドレス・セゴビアが演奏された統べての曲目を、こんなに素敵な曲なのです、ギターで弾けばこんなに美しく芸術的なのです、と誰にでも判らせる様にお弾き下さるようお願い申し上げたいと言う意味です。そうすれば単なるギターファンのみならず誰にでも、大きな感銘を与える事が出来るのではと思っています。言葉を変えれば、「ギター音楽はゴミ溜めに捨てた方が好い音楽、音の羅列では無いのですよ」、との主張が欲しいのです。それは当然複雑な曲も美しく芸術的に弾かれなければなりません。
 至難の技です。(超絶技巧)
 僕の人生はその事、(その事の解明、)に賭けて来ました。その出発点は今ようやく発売する決心をした「聴くギター音楽入門CD」(40年近く前に録音をし発売されて居ましたが)とその楽譜です。(それを発売した当初、当時東京に住んでいた僕の住処に駆けつけてこられたギタリスト仲間が数人その録音した教材を買いに来られたがその後どうされたか音沙汰不明です)
 セゴビアレパートリーを最近のギタリスト?が弾かない最大の理由は、セゴビアが大切にされ(開発され)た音楽解釈、オーケストラの様にギターは弾かなくてはならないので、(セゴビアレパートリーにはそのように弾いたサンプルがあり、感受性の悪い人にもその差歴然とするので、)弾く気がしないし勇気が出ないし、弾けないと言うのが実情のようです。つまりままごとには向かない、楽しめないという事でしょうか。判り易く言えば、セゴビア先生の弾いておられない曲目は気楽に弾けるという事なのかもしれません。

(第69回)セゴビアと他のギタリスト(2011/11/29&12/16加筆訂正)
(誰方にも判る様に)

アンドレス・セゴビアが演奏するギター音楽の多くは確かに名曲である。(名曲に聴こえる。=元々名曲であった)
 セゴビア先生の演奏された曲目が何時までも、音楽としてクラシック音楽の世界、一般音楽の世界において名曲のままで居られるか?一曲でもそうなるでしょうか?セゴビア先生以外の者が弾くギター音楽が何時か世間一般に名曲であるとされる日が来るか?わたくしが言っていますのは勿論、ポンセまたはテデスコまたはトローバ等の音楽作品がです。一曲でも好いから誰かがあの偉大なアンドレス・セゴビアのレベルで弾けないと、ギター音楽の未来はありません。
 ギター音楽は特殊なのだと言ってしまえばそれまでですが、ギターの場合、(ギターに限って)奏者によってギターで演奏しているにも拘わらず別の楽器、つまり非常に低俗で低級な楽器、または未完成の音楽用の楽器(おもちゃ)で弾いているかの様に別の音楽に変わってしまう事も在ります。または下手なピアノ演奏の様になってしまう。そんな事では他の楽器関係者、奏者、愛好者達からギターは非常に低俗で低級な楽器、つまりおもちゃであるとの定評を得てしまうのではないだろうか?
 ピアノの名手がピアノ曲のあるパッセージを弾いたとして、そのパッセージを別の人が弾いてもそれがピアノではなくて何か他の楽器であると言うほど違った印象は与えない。ところがギターではセゴビアさんの弾かれるギター、及びその音楽と別の人が弾くギターとその同じ音楽では全く違う楽器の全く違う音と表現が出て来てしまっているのです。
 それは何に起因するのでしょう?沢山の理由があるでしょうがその最も単純な理由の一つはギターでは指頭(肉)で弦を押さえ、生身の爪と肉で弦を弾くからでもあります。
 ピアノはタイプライターであって、ギターは毛筆の書なのですと、言って終えば全ての疑問が氷解するかも知れません。そしてピアノ的音楽演奏、タイプライター的ギター演奏を目指しているギタリストや、そうさせようとしているギターの教師、ギタリストでない音楽教師(評論家)も中には居る。わたしの経験でそう判断する事が出来たさる高名な先生、教師(1人は日本在住のスペイン人音楽教師また、タイプライター的ギター演奏を目指しなさいと言わんばかりのアドヴァイスを下さった日本人教師、評論家)がアンドレス・セゴビアの弟子であるわたしにアドヴァイスをしようとされたこともありました。
 ピアノの演奏によって単純なメロディー(唄)を(芸術的な)音楽として演奏する事は全く至難の技であり、現存する殆どのピアノによる名曲は複雑で、ギターで演奏する事が出来ない様な曲目が多い。よく考えて頂きたい。ギターで弾く事が出来る、セゴビア先生が弾ける様に編曲されたピアノ曲は多くの方が(音楽の判る)殆んどの方が、ピアノで弾くよりもギターで弾く方が素晴らしい、ギターで聴いてしまったらピアノで弾かれたこの曲は聴くに耐えない、と言われる。
 ギターはアンドレス・セゴビアの様に(またはアンドレス・セゴビアと同等のレベルで)弾かなければ、何でもない詰まらない音楽を演奏する市井の駄楽器の地位に陥るのです。だから前出の先生方はピアノを勉強されたピアノの先生であったので、反アンドレス・セゴビアの知識でギタリストを支配しようと為さっていたかに見えた。ギターに勝つ為にはそうするしか無かった。自分がギター音楽を理解出来ない、または勉強不足のためギター音楽(そして真の音楽)が判っていないため、自分の土俵で話をしよう、勝負をつけようと為さっていた様にわたしは思いました。ギターを愛する方々はそのような勉強不足の音楽の先生が世の中には大勢居られるのでどうか気をつけて下さい。そう言う方々の土俵には決して乗らない事です。その土俵にのって、勝負をしたり勝負に勝っても何の意味も在りません。今行われているコンクール等はその土俵が今わたしが言った土俵なのです。気をつけて下さい。
 アンドレス・セゴビアが生の演奏と録音で残された曲目をプログラムに並べて演奏したという事だけでは、セゴビア先生の作り上げられたギター音楽の高い音楽的地位は奪回(再奪回)または維持出来ないのだという事を、ギタリスト諸兄はしっかりと認識していなければなりません。ギターをピアノの様に弾こう(弾かせよう)等とは、どのような立場の方であっても為さらない方がよいと思います。
 鹿児島で会ったベルギー出身の若手ギタリストが世間の動きに目を塞いで生きていた僕に、今の若手ギタリスト達はアンドレス・セゴビアのレパートリーを殆ど弾こうとしないという現実を教えて呉れた。
 セゴビア先生の演奏しておられた曲目を弾いている方の心理は、セゴビア先生の演奏が頭に在って自分の頭の中ではその曲がセゴビア先生の様に鳴っているのだが、残念な事に聴き手にはそう聴こえてこないし、伝わっていない。
 その理由は、わたしが今お話して来た事から、そんなに頭を使わなくても簡単に、しかもはっきりとお判り頂けた筈です。彼ら若者を指導した(している)有名無名のギターの教師達、ギター雑誌の主宰者達統べてがセゴビア先生がされたオーケストラの様にもしくは名歌手のように弾く術(すべ)を後進達に教える(手本を示す)能力に欠けていた事による結果が(欧米を含めて)現在現れている。アンドレス・セゴビアのレパートリーをセゴビア先生が演奏し解釈して来られた意味、精神をしっかりと身に付け、具現して行く事の出来たギタリストそして指導者は世界に殆どいない。
  若者達(若手ギタリスト)や彼等を指導して来た先生達はアンドレス・セゴビアの演奏と比べると自己の劣性を明白に世に知らしめる事になると知っているし感じている。セゴビアレパートリーを敬遠して弾こうとしない若いギタリスト達は或る意味で賢い。恐ろしく知恵が廻る。セゴビア先生と同じ土俵では決して勝負をしようとはしないのです。その様なギタリストをあおり、煽(おだ)ていい気にさせて舞台に上げる人たちは、何らかの別の意図が在るのです。大きな点は、製作され輸入されたギター(楽器)を売りたいが為なのです。
 ギターに拘わる人々はそれほど感受性が高く、真の芸術と自分が行っている音楽演奏との大きな隔たりを感じ、理解しているのだと言う意味も在ります。偉大なアンドレス・セゴビアと絶対に同じ土俵では負けると知っているのです。或る意味ではずるいのです。もしそうであるとすれば、反語的にはギター音楽の未来はそれほど暗くはない。良い教師さえ育てば良いのです。教師すなわち、ギターと言う純粋な人たちの住む、小さな星の小さなオーケストラの指揮者(または指揮の出来る人)が育てば良いと言う、単純な事に鹿児島行きによって僕は気付かさされました。
 はっきりとお話をしておきますと、ギター音楽の演奏においては如何に美しく、上品にギターの音色を使いこなして行くか、出来の良いギターとはその弾き手の要求に反応出来る楽器の事であり、弾き手は心の中に今私が言った美しく、上品なギターの音色をはっきりと持っている事です。
 アンドレス・セゴビアが残した演奏によるギター音楽(楽譜ではなくて)は確かに名曲である、と初めに言いましたが、誰でもわたし以前または私より少し後の世代の方は、レコードでセゴビアの演奏をきいてギターを弾きたいな、ギターがあの様に弾ければ好いな、弾けるかもしれないと思ってギターに熱中した人は確かに多いと思います。
 いま流行の軽業のようなギターの演奏をし、それを売り物にし、ギタリストになって成功を遂げようと、途中で方向転換を為さった(つまり芸術的ギター音楽演奏から離れて行かれた)方は、クラシックギター音楽について語る資格はないと断言出来ます。

(第70回)演奏における新しい美の発見(2011/12/29)

2011年も終わりに近づいて居ます。未だ未だ勉強が必要です。
以下は昨年、2010年6月28日77才になった時に書いていた文です。
大変な心境の変化に直面している事を突然に感じ、考えています。それを文にしたいと思います。
ポウによる人生の4つの重要な事柄。
  1奇麗な空気
  2婦人の愛
  3野望から離れる
  4芸術の新しい形式を作る
此れ等4つの重要事項を読んでいろいろと考えてきました。
 1と2は3を必須条件として得られる。3が無ければ1と2は得られない。
 それで、わたしは何を言わんとしているのか。引退を表明しようとしているのか。そうではありません。のんびりゆっくり生きて行こうとしているのです。心配したり焦ったりする必要は何もありません。何故なら今、現在僕は此れ等全てを既に手にしているではないか。
 4について音楽演奏家であれば最も苦労し全精力を傾け、全身全霊で向かって行かなければならない課題であります。
僕は僕の先生のアンドレス・セゴビアであったり、ジョン・ウィリアムスであったりする事は決してないし、その必要がないという事です。僕は僕です。確固とした僕です。思い切って言えば、僕は芸術の新しい形式を作る事が僕なりに出来ている、又は出来つつあるのです。
 そうであるとすれば僕は何と言う焦りの境地で今まで生きていたか。恥ずかしく思います。音楽の演奏(練習)をしていて、世界で誰も知らなかった美を(新しい美の形式を)発見する事。これが出来る(出来ている)とすれば、演奏家他に何を望むのか。
 過去において誰も知らなかった美(美の形式)を発見する事、それこそは芸術を完成させる道であり芸術の神髄でもあり、演奏家の楽しみの一つでもある。でもそれは容易な事では出来ない。その美を発表してもそう簡単にはセンセイションを起こさない。しかしセンセイションを起こす事を目的として努力をして来た訳でもない。世間が附いて来ていないだけの事である。
 文学の世界では、今まで誰も表現した事がなく、誰も気が付かなかったし、誰も言わなかった事を見付けて文にする事、それが出来てこそ後世に残る作品を発表したと自負する事が出来ると言われているのではないか。そのような業績があれば、例えばノーベル賞を授与される値打ちがあるのではないか。
 音楽演奏においてそれらの文学の様に後世に業績を残す事は不可能である。何故なら演奏芸術は一瞬にして消え去る芸術であるから。一瞬に於いて消え去る自分の演奏に耳を傾ける習慣。これは音楽家に取っては最も重要な習慣です。