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目次
2009年度著作エッセイ集

第28回久方ぶりです!セゴビア先生の手書きのプログラム
第30回 う ぐ い す-僕の嘆きの唄
第29回うぐいす(2)
第31回 セゴビアの音楽(道元禅師)
第32回 セゴビア先生来日の思い出
第33回 お前は石 (私の弟子-3)
第34回 詩人・批評家・文学者・哲学者
第35回 ジュリアーニのソナタブリリアンテOP.15
第36回 大 音 響
第37回 ため息と舌
第38回 理想的なプロとアマ
第1回(再掲)ー無題
第39回オーケストラには詩情がない!
第40回音楽芸術の行き着く先


第28回久方ぶりです!
なにか気の利いた事を書こうと(載せようと)思っていましたところ好いものが見つかりました。それがこれです。

セゴビア先生の自筆のプログラム

 

少し説明を加えます。
この曲目集はセゴビア先生の来日の時に演奏された全曲目です。(だと思います。)先生は黙って滞日の最終日にわたしに差し出されました。わたしに記念に下さったのです。残念ながらわたしはちらと見ただけで、これらは今回のコンサートで先生が演奏された全曲目だと思い込んだのです。それが本当かどうか、この年のセゴビア先生の全てのコンサートのプログラムと照らし合わせて見ると判るのですが、そんな事はどうでも好いでしょう。わたしはコンサートが全て終ったのでわたしにこんなに沢山の曲を弾いたのだぞと自慢して居られると、さっと思い込んだのでした。今、今日、落ち着いて考えると、夢を壊す様な話ですが、日本でのツアーに用意して持って来られた曲目集だったのかも知れません。これだけ在れば組み合わせれば、約5、6種類のプログラムが組めます。
  付記 Andres Segovia の後の空白は、今流行の個人情報保護の為に住所を削除した部分です。
松田晃演記す。2009/7/22(日蝕の日)

第30回う ぐ い す
僕の嘆きの唄、2009/8/8掲載

   わたしの家の前の池ではカイツブリがときおり胸に溜まった詩情、情感を吐き出すかの様に激しく刺激的な鳴き声をあげる。バンは池の表面をひょこひょこと歩き、鴨も同様にして餌を漁っていて、その後ろをカイツブリもそうだが数匹のかわいい子供達がピイピイと鳴きながら附いて歩いている。
   池の廻り、裏の山では鶯が囀ずっている。僕の驚いている事には彼等の唄が恐ろしくいい加減な事だ。その昔、私が聞いた鶯の唄は、なるほどこれが名にしおう鶯の唄か、とも言うべきものであった。もう3、40年も前の事だが、岡山の鶯飼育の伝統的な名手のお宅で、鶯とはこういうものだと言う唄を聞かせてもらった事がある。
   昔、イタリアのシエナで夜遅くベッドに寝転がっていると、遥か彼方から吟遊詩人の声が聞こえて来た。マンドリンを弾きながらゆっくりと近づいてくる。わたしはベッドの上で金縛りにあった様に動かなかった。わたしは全ての情感を壊したくなかったのだ。吟遊詩人は窓の下を通り過ぎて行く。そして遥か彼方に消え去っていってしまった。わたしが目に見える様に聞いたのはその吟遊詩人の糸を引く様にイタリアの石畳を流れる音の波である。
   昔聞いた鶯はイタリアのあの吟遊詩人のように、0からスタート、そう、PPPPPPピアニッシッシッシシモから永い時間をかけてクレッシェンドをして、声を振り絞る様に一瞬あの『ホケキョ』でクライマックスを迎える。その時美を理解する人はハッと膝を打つ。永い時間をかけてと言ったが、あの忌まわしい今の鶯の約10倍の時間を掛けてクライマックスに至る。それには血のにじむ様な修練を要した筈である。
   今の僕の家のそばに住む鶯達は世も末という言葉があるが、どうでもええという歌い方をする。何と言う嘆かわしい事になったのか。この鳥達は、本当の、僕が知っているあの本物の鶯の唄をお聴きになった事がないのだろうか。もしそうならば、この鳥達に罪はない。ああ!聞いた事がないのだったら、あの名人の鶯の唄は歌えないのか?
   ふと気付くと、僕の生きている今日、聞こえてくるギターの唄がそれであった。アンドレス・セゴビアを聴き感動した事のない若者達に、あの様な唄が歌えないのは!このもの達に罪はないのだ。ああ!
ああ!鶯にはお手本がないのだ。
   鶯の矜持は何処へ行ったのだろう。誇り高き鶯の矜持は何処へ。その昔鶯は唄の女王として世に君臨していた。当代の唄の名手である鶯には時の大名が何町歩とかの田畑を与えられてその値打ちを評価されていたと聞く。
   1961年アメリカ大統領候補に立候補して居られたスティーヴンソン氏が、イタリアのシエナのキジ伯爵の居城の一室でレッスンをして居られたアンドレス・セゴビアに表敬訪問に立ち寄られた。
   鶯よ!その時のギターの名手として敬意を表されたアンドレス・セゴビアのように、胸をはって唄が歌えるお方(鳥)は居なくなってしまったのか。あの高貴な、美しい声桶(コオケ)、丸い形の漆塗りの声桶、障子張りの薄暗い部屋の中に鎮座して唄を歌って聴かせていた鶯よ。今は何処へ・・・・・。
   僕の廻りに居る鶯達は『あなたの廻りは酷い事になっているよ、』と僕に知らせてくれているようだ。しかし、別の声も聞こえてくる。『この唄に牝の鶯達が集まって来るのです。』家の廻りで囀る鶯はあたかもこう言っているようだ。世間が悪いのです・・・・この唄が気に入られているのですと。

第29回うぐいす(2)

   ここまで考えて来るとフと気付く重要な事がある。それは
   芸術家に於ける美の存在です。あの名人の鶯は明らかに美を追求していたのです。えらい!!!かれは芸術家だったのです。牝をおびき寄せようとか、金を儲けようとかの一切の雑念はなかったのです。
   生きている上での快楽とは何かを知っていたのです。芸術家である鶯は知っていらっしゃったのです。ご存知だったのです。それは美の創造です。幸福の条件、それは実に快楽です。快楽を知る事です。誤解をなさらないで下さい。エドガー・アラン・ポー曰く、明確な快楽詰まり、ロマンスに於ける快楽ではなくて、不明確な快楽、つまり芸術に於ける快楽なのです。美に触れる事によってのみ、人の魂は強烈な刺激を受け、興奮させられる。その快楽です。
   鶯がこの事を知らずしてかの名人の唄を歌う筈がないと僕は思い至りまして、ハタと膝を打つたのです。
   目の前の声桶、ほの暗い室内のその奥の声桶の底から深山幽谷の遥か彼方から沸き起こるかのごとき神秘の唄声。
   現状に甘んじている鶯達よ、貴君達は再び、あの美を追求している名人の鶯の誇り高き旗の元に集まる事はないであろう。諸君の美のセンスは壊れはて、喉は潰れ、悪魔に売ってしまった魂は決して純真な若き日に、美を感じて激しい感動を受けて震えおののく日にもどる事はない。

   鶯達よ!諸君の世代も純真な若者を狂わせ、美を、そして真実を枉げ(マゲ)感覚を鈍らせるあの黒い雲が覆い尽くし、悲しいSurroundings(環境)になって行くのだろうか???

 

第31回セゴビアの音楽(道元禅師)
2009/8/31掲載

   セゴビアの演奏を聴いてギター音楽に心を奪われた人たちは多い。ではギターのプロを目指した人の行く末は?彼の音楽を知って(感じて)、憧れて、その音楽に近づく事の難しさがわかり、それを諦めて、反発して、自分流を編み出して、一人前顔をする、アンティ・セゴビアの誕生だ。
   それともセゴビアの音を知って、憧れて、その音を出す事の難しさがわかり、それを諦めて、反発して、自分流を編み出して、一人前顔をする。再びアンティ・セゴビアの誕生だ。
   セゴビアは音楽界に於ける達人であり、世界遺産であり、我々プロからすると先達で、目標で、近づき得ないとも見える聖人であり、開拓者である。そして神様です。言葉は幾つ在っても足りない。
   音楽の楽譜は設計図であると言えるが、セゴビアが演奏し創り出して見せた様な音楽を逆に楽譜にする、つまり設計図には書けない。
   セゴビアはギターでなければ出来ない音楽世界を、ギターを弾く事、つまり自分で演奏する事によって展開して見せた。ギターでなければ出来ない音楽世界とわたしは申し上げたが、セゴビアが展開して見せた音楽世界を実際に表現する事は、あらゆるソロの楽器ではギターの右に出るものはない。
   それは何に起因するか。ギターはオーケストラであるからである。
   セゴビア先生は或る時、「作曲家が曲を書いてくるとわたしはオーケストレイションをする。作曲家とか他の人がギターのためにオーケストレイションをするとわたしは全く笑わせられてしまう」と。それは何故か。ギターを知らないからだ。そして設計図に描けないからだ。描けてもそれを音に実現出来る人はそうは居ない。何故なら、指が音を出せない、知らない、等々。また先生は「わたしはギターの生徒であり先生でした。だから、先生と生徒は喧嘩をしたことがない」と言って居られる。言葉を変えれば、オーケストラの指揮者と楽員が同一人物であって、喧嘩をした事がないということである。指揮者が不可能に見えることを楽団員に要求しても楽団員は一言も文句を言わないで、その不可能に見える事を実現している。
   アンドレス・セゴビアさんが意図された音楽世界は美の世界であり、常人には見えない。(つまり、楽譜を見て、読む事は出来ても現実の音としてその美を想像し頭に描く事が常人には出来ない。)アンドレス・セゴビアさんが開拓したギター音楽の世界には多くの人が憧れて入って行こうとするが、暫くすると出て行ってしまう。そして今、その音楽の園には殆ど住む人が居なくなってしまっている現状です。荒れ地になろうとする寸前です。
   わたしは別の考えをもっています。或る人が、凄い才能を持っていて、或る作曲家の音楽の出来上がりをしっかりと、明確にイメージ出来たとします。そうすると、それを現実の音とする為には、少なくとも良いテクニック、訓練された良い指、良い楽器、詰まり良いオーケストラがなければならない。
   ギタリストは何時か音楽の詩人になるため、その訓練を入門の時から、入門書を使って勉強すべきであるし、指導者はそれを手助けしなければならない。そうすればそれは出来る。
   セゴビアは別だと考えないで、セゴビアはある楽譜からすごい建築を作って仕上げているし、我々はそれを見させて頂く幸運にある事を感謝しなければならない。
   終わりに、セゴビア先生とわたしの関係に付いて、言い得て妙なる言葉を見付けたので付記しておきます。
   道元禅師の言葉ですが、「師との出会いは自然にあらず」、決して自然必然の因果ではなく「感應道交」である。「発心する者の発心の機が、まさに時を得て、個我を超えたものに逢着するのが感應道交」、運とかツキとかのレベルで師弟の出遭は語れず、心から求めて歩く者と、伝えるべき志の師とがめぐり合ってはじめて、おおぅと呼応し、結実の結縁とでも言える出会いが実現するのだ。
   「のぞみ」の車中に置いてあるWEDGE誌2009年9月号、64ペ-ジ、「にっぽんの100人の青年26」、林えり子氏の文中にこれを見出してわたしは深く感じ入った次第であり、引用させて頂いた。僭越至極であるがこのような事を自分とアンドレス・セゴビア先生との間にしっかりと思い描いたわたしでした。
   WEDGE誌の林えり子氏の全文をお読み頂けば示唆の多い言葉を見出されるであろうと思います。
道元禅師は1200~1253と書いてあります。

第32回セゴビア先生来日の思い出 (第32回)

エッセイ集の第28回セゴビア先生自筆のプログラム集の時に私が書いたメモ('09/9/09掲載)

 今回(1982年)、私は先生のコンサートを殆ど、舞台のそでで聞く結果になりましたが、先生は私を楽屋に呼んで練習を聞かせてくださったこともありました。楽屋と言っても舞台の袖から見えるところの椅子(ソファー)に座って練習、(それともウオーミングアップ?)をして居られました。わたしは恐れ多くも目の前2、30センチの所で先生の指が動くのを見せて貰う事が出来ました。先生は休憩時間中も殆ど練習をしておられました。ギターを弾くことが先生に於いては休むことになる、指や体がリラックスするのだということは本当だと思いました。あの音と音楽は人間の自然な本能に完全に一致したものであり、生理的にも、気分に逆らわないものだと思います。人間の生理と本能が時代とともに変わらないのだとしたら、やはり、マエストロの演奏は立派なものであり、後世にも残るものだという証にもなります。
以下に楽屋で、ホテルで、新幹線の車中で伺った事どもを忘れないうちに記しておきたい。
 先生にリボンタイをいただいたことがあります。先生は普通のネクタイをされたことがなく、いつも蝶タイかリボンタイです。このことについて「1932年、先生のメルツェーデスにファリア(あの大作曲家マヌエル・ファリャ)をのせてあげて、スペインからイタリアのベニスまで行ったときのこと、ファリアは国境のところで真っ赤なネクタイを買ってその車の旅行のお礼をしてくれた。でも、私は小さいときからリボンタイしかしたことがないので、そのネクタイは使ったことがない。」
 楽屋ではギターのことも話題になりました。「いつか入手したギターが気に入らないのでブチ壊してやったことがある。」
 私が最初に習ったギターの先生が日本の坊さん。その人も「いつかイタリアからギターを輸入して買ったがあまり悪いので『これはギターやない。ゲターや』といって足で踏んで壊してやった」と私に言われたことがあります。私の先生はギターをブチ壊す癖があるらしいなあ、とセゴビア先生を前にして思ったものでした 。
 ホテルでは先生は殆どパジャマ姿でくつろいで居られました。日本の夏は蒸し暑いからでしょうか。
 レッスン風景を写真にとらせていただいたとき、先生がパジャマ姿だったので「この写真は公表しないから」と私がおことわりしますと「いや公表しろ、公表しろ」といわれました。それで雑誌などでその写真を使わせて頂きました。
 レッスンではテデスコのゴヤのカプリチョスから「先生への捧げもの」という曲を弾いたことがあります。この曲は私の大好きな曲で去年はレコードの一曲に加えて発表しました。これを弾いた時先生はテデスコとその先生ピッツェッティーとの逸話を話してくださいました。
 マリオ・カステルヌオーヴォ・テデスコはイタリアの作曲家でピッツェッティーという大家の弟子でありましたが、ピッツェッティーはテデスコの作曲における才能にやきもちをやいて、テデスコのオペラ作品がミラノで発表出来ないようにしたこともあったそうです。テデスコはピッツェッティーの代表的作品の中から四つのメロディーを取り出してこの「先生への捧げもの」のテーマにして描いています。
 このエッチングでゴヤは生まれたばかりの赤子にほおずりをする一人の老婆とそれをとりまく悪魔の弟子ともとれる老婆を数人描いているが、その絵についてゴヤの注釈があります。「このことだけは間違いじゃないぞ。ここに集まる婆さん達よ、おのれら、悪魔の洗いざらいの教えを受けた大先生を訪れぬとならば、恩知らずものの門弟どもめ」
 テデスコについてはこんな話もおききしました。チューリッヒでセゴビア先生がテデスコ作曲のソナタ(ボッケリーニ賛歌)を弾いた時、翌朝の新聞にあのソナタはセゴビアが弾いたから素晴らしかったのだ。セゴビアが弾けば「Jai dubon Tabac」(わたしは偶然にNHKの「ギターを弾こう」のテキストの基礎編に使っている)でも名曲に聞こえる。これはマズイとセゴビア先生はテデスコにその批評の事は隠しておいた。テデスコさんは自分に関する批評を集めるべく友人に頼んでいたのでその評を読んだらしくその批評家に「Jai dubon Tabac」のテーマで一曲贈呈したとか。
 別の時にピッツェッティーがセゴビア先生にギターの曲を書くと言ってきた。セゴビア先生はGuitarの曲がどんなものか勉強してほしいとテデスコのSonataをピッツェッティーに送ってやったと言っておられた。
 ピアノのルイス=ガルーとギターとピアノの曲を、たとえば、ポンセのソナタとか、テデスコのファンタジアとかを録音する予定であるとか伺っています。いつか録音されたポンセの原曲(ハープシコードとギターのための)などは全く素晴らしいものです。あのようなレコーディングをギターのために増やしてほしいと願うのは私のみではありますまい。
 前回は成田空港でお見送りしましたが先生がまさかこんなにすぐにもう一度来日されるとは思いませんでした。スイスエアーが完全に見えなくなるまで成田の空港の窓から見送ったものでした。前回から今回まで丁度2年、日本のギター界は先生の来日によって目覚め新しい動きが生じて第2第3のギター黄金期を迎えたでしょうか。この問いに誰も「イエス」と答える人は居ないでしょう。
 セゴビア先生の努力の意図をギター関係者は知るべきでしょう。それはギターは高貴な楽器であり、深い精神と魂による芸術的な楽器であると言うことです。浅薄な知識と技術による軽薄な演奏にあきたらない聴衆の諸兄が今夜のセゴビア先生の歴史の重みに支えられた音楽をじっくり鑑賞されギター音楽の可能性を再度認識された事を信じこの拙文をおかせていただきたい。

(1982年記す)

第33回お前は石 (私の弟子-3)(09/9/12掲載)

   わたしは、セゴビア先生との関係を不思議に思っていました。何故先生がわたしとこんなに親しくして下さっていたのか判っていませんでした。わたしはセゴビア先生とお付き合いさせて頂いた間、自分の才能を殆ど無に等しいと考えていました。それが当然でしょう。
   ある私の弟子がその弟子に、「お前達は石だ、セゴビアを神様だとすれば松田先生は人間で、そう言うわたしは猿だ。」と言ったとか。
   そう言えばセゴビア先生来日公演の間、わたしは名誉にも先生のお世話をさせて頂いていた。それは招請した音楽事務所の梶本氏の采配であったかもしれないし、セゴビア先生の要請によったのかも知れないが、確認はして居りません。ホテルでの各種の問題解決、先生の私的問題の通訳、ご案内などメッセンジャーボーイの様な役割もしていました。そのかわりわたしはホテルでは何度もレッスンを受けさせて頂いた。ある別のマネージメントの方にセゴビア先生に何度もレッスンを受けた話をすると「殺されるよ~・・・」と言われた。ジェラシーの恐ろしさか?ある日本人ギタリストはホテルで先生に、部屋に来て弾くかと言われて、いえいえ、と大慌てで尻込みをしていたと言う信じられないような勿体無い出来事もわたしは目撃している。(目撃している事が逆に作用して、その方はわたしが世間に発言をしない事を望んで居られるとも言える。そしてわたしがそばに居るから受けたいレッスンも受けられなかったのかも知れない。)
   わたしはセゴビア先生の日本ご滞在中、石になっていた。どう言う意味かと言うと、先生のコンサートの直前等に私の知人が楽屋へ訪問して来られる事があると、わたしは自分が石のような存在であるとの感覚(自覚)で、その訪問者に接した。先生に会わせるとか、私の友人だからと先生に紹介するとかは絶対しなかった。先生にとっては私の友人と言うものは何の意味も重要性もないだろうとの思いから。つまり、石の友人なんて所詮石なのだから。どんなに偉い方でも、社会的に地位のある方でも、また友人であっても、上の理由から、わたしはセゴビア先生に会って下さるようにお願いした事はありません。
   先生の東宮御所での御前演奏に随行させて頂いたこともありました。その時もわたしは石に徹していた。演奏直後に開催されたパーティーでも天皇(当時は皇太子殿下)には直に話しかける事もせず、わたくしは単なる随行員であるからと先生のギターを捧げもって角の方にそっと畏まっていた。それを畏こくも殿下はお察しになっていたのか、わたしにはお声を御掛けにならなかった。もしお声を御掛けになっていたとしたらわたしは返答に窮していただろう。
   誤解の無いように一言。「そう言うわたしは猿だ。」と言った彼(私の古参の弟子)はもう既に猿では無い。立派に脳味噌を使って演奏しているホモサピエンスである。猿の演奏とは、人間が知性(脳味噌)を使って音楽乃至は芸術をするのに引き換え、単純に演奏技術を披露し喝采を博するパーフォーマンスです。ゴヤの版画集、ロス・カプリッチョスの中の1つ「ブラビッシモ」で猿がギターを弾き、山羊が拍手喝采をしている状景を思い出して頂けば、画家ゴヤがその絵によって何を見る人に伝えたかったかをしっかりとご理解頂ける。ちなみに大チェリスト、ガスパル・カサド先生のフィレンツェの古い塔のお宅に伺った時に、壁にバッハの自筆の楽譜(本物)と並べてこのゴヤの「ブラビッシモ」(本物)が恭しくかかげてあった。
   念のために、ホモサピエンスとはただ直立して歩くだけのホモエレクトス(直立猿人)ではなくて、知性を持って歩くホモエレクトスの事である。直立しないで腰掛けてギターを弾いているが、人間ギタリストはホモサピエンスはホモサピエンスなのです。
   さて、セゴビア先生がわたしと付き合って下さった態度の、よって来たる理由が氷解した。それが前出、(註)セゴビアの音楽(道元禅師)「道元禅師」を参照して頂きたい。その事をお伝えしたくてここまでくどくどと、書いてきた。それにしてもわたしは果報者だと天に感謝している。良い先生に恵まれる事は、どんなに大切な事であるか、運もツキも大有りだったと実は思っている。
   (註-前出)セゴビア先生とわたしの関係に付いて、言い得て妙なる言葉を見付けたので付記しておきます。
   道元禅師の言葉ですが、「師との出会いは自然にあらず」、決して自然必然の因果ではなく「感應道交」である。「発心する者の発心の機が、まさに時を得て、個我を超えたものに逢着するのが感應道交」、運とかツキとかのレベルで師弟の出遭は語れず、心から求めて歩く者と、伝えるべき志の師とがめぐり合ってはじめて、おおぅと呼応し、結実の結縁とでも言える出会いが実現するのだ。
終わりに、不肖の弟子私の一言。真の先生とは追い越したり乗り越えたりすることの出来る峠ではなくて、聳え立つ高い霊峰です。追い越そうとか乗り越えようとか考える事すら出来ない高い山です。

   いささか旧聞に属するお話をしてしまいました。徐々に整理をしています。
     松田晃演

第34回詩人・批評家・文学者・哲学者('09/10/8掲載)

   古今東西、多くの哲学者・詩人が居て、人生、芸術、美について示唆に富んだ事柄を話しておられる。音楽家は、文筆家ではないから、ものを考えたり感じたりした事を言葉にする習慣がついていない。音楽以外に興味を示さず、音楽とは何か,芸術とは何か、美とは人生とは等々に付いての言葉が、ギターに、そして音楽に巧くなる助けには成らないのではないかと思っている。プライオリティーは音楽を表現するテクニックであり、ギターが巧く弾けなかったら、言葉で何を言ってもそれは言い訳に過ぎない。
   わたしの数少ない愛読書の中にはアメリカのエドガー・アラン・ポー、フランスのボードレール、そして、アイルランドのジェームス・ジョイスがある。彼等は芸術、美について多くを語っている。ジェームス・ジョイスの「若い芸術家の肖像」は芸術とは何かについて、真面目に、真っ向から話そうと言う気概をもって書かれた書物で、まだお読みになっていないなら一読をお勧めしたい。
   申し上げられるのは、なにかを常に求める事です。「求めよさらば与えられん」です。そして手にした本に気になる事、気になるらしいこと、が書いてあったら「運がよかった」と考え、自分の理解の限度を超えていると思える所、思う所があったら、まず、何度も読み返す事です。意味不明の事が書かれている事もある。それは自分の能力が劣っている場合もあるが、著者の言い回しが下手な事、またはいい加減な事を言っているかも知れない。また翻訳物であれば、訳し方が悪い事もあり得る。その場合どうしても判りたいと言うなら原語の勉強から始めるしかない。しかし大切な事は、多くの言葉の中で、一つでも心に残り心を打ち、目を開かせられた内容があればそれでよい。その事はあなたの生涯の大きな財産になり伴侶になる。浜の真砂の、無限に在る砂の中から一つの大切な宝石の様な言葉を、拾い出したのだから。お会いするのも恐れ多い世界的な偉大な人物があなたに語りかけて下さったのですから。
   この3人の方々の文章の中に、無責任な推理ですが、彼等が何時かの過去にギターを弾かれたか、弾くことに憧れていたかという微かな痕跡を共通点としてわたしは見付けています。彼等がギターを弾いたとしたらどのような演奏をしたでしょう。一人の人は確かに、芸術の話が難しくなってきて、「座って向うを向いて爪でも磨いているか」と叫ぶ場面がある。(載せたくないかも、・・・・もし彼等がギター演奏の修練を積んでおられたら、想像を絶するような音楽解釈がなされていたであろう事は確かである。一寸想像して見れば楽しいですね。その事が、詰まり、今申し上げたわたしのささやかなヒントが、あなたを無限に深い芸術の深遠な世界にロッグインするキーになるかも知れません。)
   お分かりと思うがわたしは独断と偏見で勉強し、学び、遊んでいる。本を読んでいて、もし運がよければこれこそは知っていた方がよかった、ははあーーーーん、なるほど、と言ったような思想に出会える。その時には解らないままに何度か読んでいるといつかは解ったような気になってくるものです。ははあーーーーん、なるほど、と言ったような書物が、愛読書になり、何度でも読み返す本になる。
   音楽演奏でも楽譜を見て、難なく弾きこなせると思っていた音楽が、例えばセゴビアさんのような天才が演奏を残していて、ははあーーーーん、なるほど、と言ったような演奏に行き当たった様な経験はおありでしょうか。セゴビア先生の演奏を聴く前にその楽譜を曲にしようと苦労をし、セゴビア先生の演奏に行き当たったことのある人にはこの話は良く理解して頂けると思います。
私がここまでで何を言わんとしているかと言えば、もうお分かりでしょうが、わたくしは音楽、芸術、美、について何も言う必要がない。付け加える事は何もない、付け加える能力は私には無い、と言う事です。偉い方々がすでに精魂を込めて考え話して下さっている。わたしは精々ギターの話に蘊蓄を傾けていい気になっているようなもので、それはわたしが練習をさぼりたい時に時間繋ぎ(Pass time)としてしている事です。
   音楽演奏で愛読書に替わるものは愛聴盤です。それは何度でも聴く事が出来る盤の事(何度聴いても飽きない演奏)でしょうが、ある音楽的レベル以上のレコード盤の聞き手は自分の音楽的レベル以下の音楽演奏にはすぐに飽きてしまってその方にとっては廃盤となる。ある音楽的レベルの方の愛聴盤のコレクションにはその方より上位の音楽的レベルの盤が収集マニアは別として収集されている。収集マニアでない方は一刻も早く自分の音楽的レベル以下の音楽演奏の収録されている盤を、ゴミとして捨て去るべきでしょうね。高いレベルにある方にとってこの世にはなんと沢山のゴミであるべき盤が、一つの評価を得て売られているのだろうと思われるでしょう。高いレベルにある音楽演奏家は、これ1枚あれば他は要らないと思っている人も在る筈です。何度聴いても飽きない演奏のCDです。
   おわりに。わたしは誓って言いますが、セゴビア先生には自分のCDやLPを贈呈した事が有りません。

第35回ジュリアーニのソナタブリリアンテOP.15('09/10/12掲載)

   わたしはジュリアーニの「華麗なるソナタop.15」で一寸変わった経験をした。
   わたしの最初の先生、藤井紫朗さんはこのソナタが特にお気に入りで、わたしがギターを持ってお寺に行くと、「ゾナーテを弾け」とドイツ語で言われる。彼は気持ち良さそうにわたしの演奏を聴いて下さる。そこでわたしはジュリアーニのソナタは得意中の得意の曲に成ってしまっていた。
   スペインに留学した最初の年、セゴビア先生にこのソナタのレッスンを受けた。レッスンが終ると、セゴビア先生は「この楽譜を持ってマドリッドの◎*△○×□?§へ行きなさい△○◎*△○×□?×□・・・・」わたしは目を白黒。そしてわたしは何もしなかった。でも「楽譜を持ってマドリッドの」すら実は一言も理解出来なかった(と思う)。同クラスの誰かにわたしはずっと後ほどあれは何だったのかを翻訳説明をしてもらって判ったのだし、セゴビア先生もその後わたしにその事について何も仰らなかった。それは「このジュリアーニを持ってマドリッドの何だかの楽譜屋に行き出版してもらえ」であったらしい。わたしは何処へももって行かなかった。
   わたしが絶対に理解出来なかった事は、そして何方も判って下さると信じるが、そんな重大な、大変な仕事をアンドレス・セゴビアという偉大な方が遠い日本から、それも来たばかりの西も東も判らない日本人に、そして言葉も大して堪能でないわたしに命令される筈が「絶対に」あり得ないという事だけであった。ある筈が無いとしか考えられなかった。一体あの△○◎*△○×□?×□・・・・は何だったのだろう、と思い出して見もしないし考えて見もしなかった。あり得ない事だった。
   そこで、わたしは今回その習った楽譜をデーター化してもらってセゴビア先生が多分、多くのギタリストやギター愛好家にこの曲を弾かせてやりたいと思われたであろう一件を落着させようと思った。半世紀(正確には49年)経ってからの先生の意図の実現です。
   それには考え方は三つ在る。1)わたしがわたしの気に入った様に、日本で弾いていたジュリアーニのソナタを先生のレッスンで受けた印象をうろ覚えで覚えている限りのそのまま楽譜にするのか、それとも2)セゴビア先生のお弾きになっているレコードを参考にして私流に改変して楽譜にするのか、または3)レコードそのものの採譜をして楽譜を作れば好いのか、迷ってしまう。1)はそこにセゴビア先生のレッスンで判った、こう弾くべきだという先生のアドヴァイスも加味されていて、しかもわたしの昔の先生藤井紫朗さんのお気に入りの演奏解釈も垣間見られる。2)はわたしの全ての能力を傾けた探索が楽譜になってくるのだし、3)はセゴビア先生そのものの演奏解釈が現れてくる。
   最終結論は1)と2)を合わせてわたしが好い曲だなと思えるものにでもしなければ仕方が無いかなと考えました。
   付言、後で聞いた話だが、わたしが演奏会で弾いたこの曲の演奏を日本の或るギタリスト志望者が聴いてギタリストになろうと決心されたとか。でもこの人は、わたしにではなく東京在住の先生にギターを習う事にした。わたしには理解出来ない。まあ言える事は、そして結果は、・・・彼は大成しなかった。

第36回大 音 響(09/10/27掲載)

   ずっと以前ですが、ジョン・ウィリアムスが「スカイ」とか言う楽団と一緒に日本に来た時、僕に電話があって、大阪のコンサート会場まで会いに来いと言うので会いに行った。終演後ロビーにいたわたしにジョン・ウィリアムスは、君はずっと耳を塞いでホールにいたんだろう、(わたしはあまりの激しい大音響の為、会場にいられなくてずっとホールのロビーに避難していた)と笑っていた。聴衆はその音の大きさを楽しんでいるのだという事が、最近になってわかって来た。詰まり、人間業、人の考え想像しイメージする事の出来る音量をはるかに超えた音の大きさは人に一つの快感を人に与えるらしい事、これが遅ればせながら少々判って来たようだ。コンサート会場ではその事で死ぬことが無いので、人はそれを楽しむ事が出来る。
   ところで、わたしは姫路からレッスンをする為に時々東京に行く。有難い事に姫路には1時間に1本だが「のぞみ号」が停まる。のぞみだと姫路~東京間が3時間程で行ける。これをプラットフォームで待っていると大音響を発して、対向車線を姫路に停まらない下りの「のぞみ」が何時も通過して行く。それは本当に快感と言える位、超高速でいわば情け容赦のない大音響を発して巨大な超重量級の物質があっという間に生身の人間のすぐそばを走り抜ける。
   ちなみに、わたしはオ-ケストラもそこまでするものだと知っている。オ-ケストラのトゥッティ(全奏)はこの恐ろしいのぞみ号の疾走の様相の印象をわたしに与えることがある。普段こんな大音響が、ギターをやっているわたしの鼓膜を振るわせる事はない。
   この春、東京と神戸のコンサートの後に九州の日田市でコンサートがあった。このコンサートは熱心な弟子の一人がその地でアレンジして呉れたものです。日田には、ギターに丁度よいホールがあり、遠く大分や宮崎、大牟田等、中には関西地方からも聞きに来て下さった。
   コンサートが終ると翌日、日田市の郊外に在る、小鹿田焼(おんたやき)の里を案内してもらった。焼き物の里は、川に面して幾つかの小屋があり、見せて貰った小屋には、大きな水車が廻っていて土を細かくする為に3つの巨大な杵が大きな石臼を、ごろん、ごろん、どすん、どすんと動いている。この大音響は大自然の激しい情け容赦のない暴風にも例えられるくらい恐ろしい位の大きな物音であった。ちなみにこの大音響、唐臼の音は「日本の音、百選」に選ばれ小鹿田の里、唐臼の音として紹介されています。
   民芸品をそれほど好まない私共夫婦を何故かここの陶芸作品は、惹き付けるものがあった。非常に柔らかい風味の幾何学文様が描かれていて、幾つか買って帰る事にした。拙宅ではそれらは使い勝手が好いので目下、使用する食器の主役になってしまって、あの凄まじい音と、そして狸でも住んでいそうな、鄙びた日田の山寺の向かい隣りに住む僕の弟子の住居のあたりの山里を毎日思い出させてくれている。
   興味を持たれた方は、この梅原君の住居の付近がこの愛すべき小鹿田焼の映像と共に克明にペ-ジに載せておられるので、「ギャラリー渓聲館(けいせいかん)」を覗いてみて下さい。あの凄まじい音を聞けないのは残念ですが、ホームページの中を散策して頂くと全体の雰囲気が克明に感じられる様になっています。
   これらの大音響は僕のように、「ギターは小さな星のオーケストラ」などと言って、地球とは別のプラネットに住む者には地球の大自然の激しい情け容赦のない暴風にも例えられ、人間はそこまでするのかと、滅多に経験する事の出来ない、震え上がらせられるような経験を、自身の身が安全である為、その恐ろしさを楽しむ事が出来、感動すら覚えさせられる。
   文字通り情け容赦のない音をたてて走り去る新幹線、この凄まじさは、小鹿田焼の巨大な杵が大きな石臼を打つ音と共に一聴に価する。

 

第37回 ため息と舌('09/11/2掲載)

   セゴビア先生の言葉に「ため息が舌に言った、お前行って、わたしが言いたい事を探して見付けてこい」があります。
   ため息とは詩情の事で、舌は技術の事です。だからため息をつく程の感情の高まり、美を感じ見た時にそれを話す(表現する)言葉が見当たらない(テクニックが無い)、その時に「お前行ってわたしが言いたい事を現す方法を見付けて来い」となります。
   ですから、音楽の表現されたため息が出る程美しい、素敵な姿を目にした時、お前行って、わたしが言いたい事を見付けて探してこいとなります。
   それは詰まり練習しろ、と言う事になります。ただし、楽譜の中に眠っている美(美しいお姫様が魔法で石にされている姿、常人には只の石にしか見えないかもしれない)を見付けた時は練習しなさい。魔法を解く為の腕を磨きなさい、と言う事です。
   或る曲を、こう弾いたら素晴らしい、素敵だ、と感じて、感じた通りに演奏が出来れば好いのですが、出来ない時の話です。

第38回理想的なプロとアマ('09/11/14掲載)

   ロンドンに居た頃面白い話を聞いた。真偽の程は確かではないが、あの有名な黒塗りのタクシーには殆ど禁止事項が無いとか。Uターンも反対側への駐停車(逆向き駐車)もかまわない。Uターンをし易い様に、車の回転半径が小さく作ってあるとか。またもう一つ感心すべきは、一般人の運転する車には親切に、運転し易い様に道を譲ったりする。何故なら、タクシードライヴァーはプロであり一般ドライヴァーはアマであるから、とか。
   関西ではド素人と言う言葉がありますが、それはその事を職業としていながらプロとしての素養も実績も知識も無く、その世界に巣食っている自称プロの人の事です。ですからド素人とはアマチュアではありません。
   わたくしは昔ド素人という言葉を使った事がありますが、(或る方はドジロウトと発音していた)音楽を生計の糧となさっており、公開の演奏をしたり教授面(づら)をして生徒を教えたりしているプロの方を、侮蔑の意味をもって、あの人はド素人だと言います。つまり音楽家としての素養と経験と経歴、詰まり真の音楽家としての能力の無いプロのこと。もっと言えば風格に欠け、芸術家とは申し上げられない言わばセミプロであると申しましょうか。
   プロがアマチュアの方に向かって「ド素人」と呼んで侮蔑している姿は、用語の間違いであり、不愉快な情景です。アマチュアはギター音楽のファンです。プロにとってアマチュアは何時でも芸術について、美について、真のギター音楽について判り易く説明し話してあげるべき対象です。「美」は、真理に向かう「道」です。精神に向かう「道」です。美に憧れ、真実に憧れ、芸術を評価しようとしている人(真摯なアマチュア)を侮蔑するとは何事でしょう。
   芸術に対して真摯でないアマチュアも中にはおられる。(誤解のない様に一言付け加えておきますが、わたくしはクラシックギターについて話しているのであり、娯楽の為のギターは別世界の話です)アマチュアの方の中で、音楽を真剣に勉強したことも無く、そして音楽を生計の糧となさる必要も無いのに、馬鹿なプロ(私の言うド素人)に馬鹿な考えを吹き込まれて、(判り易く、誤解のない様に言えば、お吹き込まれになって)音楽の真実を求めて生涯をかけて苦闘している芸術家たるギタリストの音楽を軽く、または重く(重い言葉で)、貶す事に快感を抱き、クラシックギターの愛好者達(真面目なアマチュア)ひいてはクラシック音楽の愛好家達のオピニオンをリードしようとしている、族(やから)があります。(オピニオンリーダーとは大衆の意見、方向性をアジって、或る方向に持って行く機能を持った人または集団、またはジャーナリズム、つまり素人の中の素人です。)これらの輩は特にギター界では雑誌企画編集出版集団の中に潜り込んだり、雑誌理念の方向性をリードしたりと、ギター界に取ってはあまり有難くない役割をなさっている方々も一部はその部類に入ります。例えて言えば、あるギタリストを、芸術家でもないのに芸術家であるかの様に囃し立て、読者(真面目なアマチュア)に本当だと思い込ませようとする事等。
   昔、「松田晃演さんの悪口をあまりにあちこちで聞かされたので、この松田晃演なる人物には是非とも音楽を習ってみようと思った。」と言ってわたしの門を叩いた人がありました。面白いでしょう。
   ギター音楽愛好家が、優れた芸術家である演奏家の演奏する音楽の中の1曲でも、いや1音でも出せたらその方は素晴らしい。それはその偉大な音楽家の総べてを知った証とも言える。そんな人が真面目なアマチュアの中には居るがド素人の中にはいない。
   プロにもアマにも属さない音楽家も居ます。それは音楽を生業とする芸術家であり彼は、戦う戦士です。命がけで戦う人です。彼はプロでもアマでもありませんし、その範疇で気軽に彼を評価したり判断したり、扱ったりしてあげない事でしょう。勝敗は、プロ中のプロ、詰まり真の芸術家であれば判定を付ける事が出来る。詩を真に評価する事は真の詩人でなければ出来ないのと同じです。
   スポーツはプロとかアマの区別は無く戦いです。だから、民衆は好むのです。そしてマスコミはそれを好んで取材するのです。特に、柔道、体操、シンクロ、アイススケートなど審判の採点が絡む競技では、芸術性とか美とかが重視されしかも、審判の審美眼が何処迄信頼出来るかがその競技の楽しさを倍加させる事も有る。そこで音楽も芸術も戦いだと設定(認識)すれば、(天上の美を求める蛾の努力)クラシック音楽はもっと民衆や大衆の楽しみになりうるのでは無いでしょうか。今の芸術、芸術家の扱いが生温かすぎるのではないのでしょうか。そして戦いである事も事実です。誤解を恐れずに言えばクラシック音楽の演奏会場は演奏家にとっては戦いの場です。本当に本当です。マスコミがコンサート会場を取材に訪れないのは何か勘違いなさっているのだとしか、思われませんね。何故かと言えば、大衆は戦いの現場を見たくない筈がないからです。戦いの結果も知りたいのです。詰まり、読者、視聴者が求める内容の記事の素材がそこ、真のクラシック音楽の演奏会場、には転がっています。大衆はお笑い番組のみを求めていると考えていたら、何時かは大きなしっぺ返しを大衆から食らう事になる事、必定でしょうね。わたしはスポーツを目の敵にしている訳ではありませんが、これは事実です。そしてスポーツの勝敗は、運にもよる。詰まり相手が自分より弱いと勝つ事が出来る。相手が勉強、または練習をしていなかったらそして体調が悪かったら勝てる。勝負事はすべてそうです。芸術家はそうはいかない。絶対価値(勝ちではない)を要求され評価されるのです。なお、一言。クラシック音楽ではなく、流行歌(はやりうた、と読み「はやり病」のようなもの)の会場は、戦場ではなく遊びの場です。そして残念な事に、クラシック音楽のコンサートと称しておりながら、芸術をするコンサートが殆ど存在しないのかも知れませんね。
   プロの本当の凄さは、アマチュアには判らないとよく言われている。だからわたしは言いたいのですが、その道に関わる人でありながら、本当に凄いプロの凄さが判らない人はプロとは言えない。はじめに言ったド素人です。ですから、プロ達は、本当のプロの凄さが判るべく努力しています。努力しているべきです。真の物理学者はアインシュタインの凄さが本当に判るし説明出来る。物理学者の卵や、物理学に関わる仕事をなさっている関係者は当然アインシュタインの凄さが判るのでしょう。
   わたしが言っているのはプロの凄さと面白さが判っている人は居ないのかも知れないと思われると言う事です。但し、プロの演奏が凄いものだと証明されたらそれが凄いかと言うと、それでは証明されなかったら凄くないのかと言う反論も予見出来る。これはまた別の話です。
   但し、美に関する議論は、単純ではなくアマもプロも区別出来ないのである。先に述べた、「プロにもアマにも属さない音楽家も居るのです。それは芸術家の音楽家であり彼は、云々」の件(クダリ)です。
   もう一度言います。芸術は天上の美を人間が創り出そうとしている努力です。
   天上の美とは神々しい美で、それに憧れて芸術家は努力しています。

第1回第1回―無題(2004/9/25)

(back-nombderに収録するのを忘れたらしい。5年以上前に初めてホームページを作った時の文章です)

   昔、はるかずっと昔、人に聞いたのか、自分で考えたのか忘れてしまったが、次の様なことを冗談に言っていた事がある。
自分の演奏の録音をしてそれを聴いた時
   -アマチュアは、「何とひどい演奏だ、まさか自分がこのように弾いているとは知らなかった。」
   -プロは、「ああ、うまく取れている。私が弾いた通りにきこえる。」
   -芸術家は「何と綺麗いんだ。音楽は奇跡だ。」と・・・・。
   これは私がプロに憧れていた頃の話であり、そしてアマチュアを半ば揶揄する言葉であったと思う。そして、芸術家にも勿論強い憧れを抱いていたのだろう。芸術と芸術家に憧れていて、自分の音楽に感激するなんて、そんな事は可能なのか不可能なのか判らなかった頃の話だと思う。
   その頃私は練習さえ充分にすれば必ず上達し、人に認められ、音楽が大成する、と思っていた。
   で、アマチュアの方に一言・・・自分の演奏を録音してみて自分がこう弾いていると思っている通りに聞こえるようになるまで修練して下さい。そして絶対にそうなるまで、出来れば「何と綺麗いんだ。音楽は奇跡だ」と言えるようになる迄諦めずにギターを続ける事。
   ギタリストを目指す若い人には、・・・・・ギターは芸術をする楽器であると言うことを常に忘れないで、ギターの音楽は他のどの弦楽器が奏でる音楽にも負けない、完璧な弦楽器である事を実証しようと努力する事を忘れないで欲しい。ギターを生涯の友にする事の意味をいつも忘れないように、然もそのことを誇りに思って頂きたい。
   話は逸れるがアルハンブラ宮殿でセゴヴィア先生の映画撮影中、先生の居られる所から妙なる楽の音が聞こえて来た。深い地の底から沸き出てくるような音楽。なんだろうと思って覗くと、先生があの美しい、広い池の庭を取り巻く小さな小部屋の一つで壁に向かって一心にギターを弾いておられる。練習しておられたと言った方が正しいかも。聴いた事もないような曲だったので、そばへ寄り、恐る恐る、何の曲でしょうと尋ねたところ、それはギターをちょっと深く勉強しているものなら誰でも知っているかも知れない(知らないかも知れない)、アルペッジョの練習曲であった。(これが何の練習曲であったかは次回のお楽しみ!)演奏によってこんなに、名曲になってしまうのかと、心底から驚いた。あれだけの名手があれだけのお歳になって、なおかつこんなに熱心にアルペッジョ練習をしておられる姿は尊いものである。
   ギターを昔弾いた事がある方に一言。ギターのために一日最低1時間割く事が出来るようであればギターを押し入れから引っぱりだして再挑戦して下さい。時計で計って、1時間は何があってもギターを放さないこと。練習のスペースのない時は家族の方の理解(耳を塞いでいて頂く事)も必要かも。そうすれば必ず上達します。易しいアルペッジョを弾いてもあなたなら何時か地の底から湧き出るような音楽になってくるかも知れない。
   ギタリストを目指す真面目な方、または芸術を理解し、芸術について語れるようになりたい方は本を沢山読んで欲しい。私の本「ギターは小さな星のオーケストラ」はどちらでもいいのですが、もっと偉い方々の本がいっぱいある。一例を上げれば、ジェイムス・ジョイスの「若い芸術家の肖像」。この本は芸術家を目指す若い、(若くなくても)ギタリストには恰好の読み物ではないだろうか。著者が芸術について語っている言葉は、得難い示唆に富む。
   人は何故芸術にそして芸術家に憧れるのか。それは人間がこの地上において唯一の知性ある生き物であり、知的な事柄に強く惹かれるからである。芸術は、知的乃至は感覚的事柄を、審美的目的のために処理する事である、とジェイムス.ジョイスは言っている。人間は知的な事柄、特に芸術に強く刺激される事は事実である。俗人の喝采を受けてどうするのだと言っておきたい。「教養の足りない人は、特殊な情熱のある事を知らない」、とはシューマンの言葉である。
   私のエッセイ集の題名、「ギターは小さな星のオーケストラ」、はもともとスペインの詩人が「ギターはオーケストラである。ただしそれは地球よりも、もっと小さな星の、然も、もっと繊細な人が住む星のオーケストラである」に由来している。これは多分私の師でありギターの歴史的巨匠であり、もちろん音楽の歴史に残る音楽家であるアンドレス・セゴビアのギター演奏とその音楽を賛美して語られたことばであるのにちがいない。が、この汚れた地球の、感覚が麻痺し、芸術的にポテンシャルの低くなった人々が、芸術を理解しない事の嘆きを暗に仄めかしているとも聞こえる。
   ギターがオーケストラであるためには、ギターをオーケストラのように弾くのであるが、その前にギターをオーケストラのように弾くとはどう言うことなのか説明しておかねばならないでしょう。ギターではあるパッセージ(音の流れの一塊=ワンフレーズ)をヴァイオリン、チェロ、管楽器(木管または金管)その他いろいろな楽器で弾いているように弾く事が出来る(もっと言えば千変万化に弾ける)。和音の連続も同じく色々な楽器で弾いているように聴かせられる。嘘ではありません。そのために、ギター曲の楽譜をオーケストレイション(曲のどの部分をどの楽器に担当させるかを決めること)をして弾かなければならない。セゴビア先生が言っておられるが、「作曲家にそれ(オーケストレイション)をしてもらう事は出来ない。作曲家がそれをすると私は笑ってしまう。」と。ギターの楽譜は未完成品である。だから楽譜にオーケストレイションを加えて初めてギター曲が完成したと言える。またギターを完全にマスターしていないとオーケストレイションをする事は出来ない。ところがそこにも問題が生じることがある。セゴビア先生がオーケストレイションをギターの楽譜に施して弾いておられると、多くの場合反撥され批判されてしまう(らしい)。つまり、作曲家を冒涜した(原曲を変えてしまったとか、作曲家の書いた楽譜がもっとも神聖なものである)との批判である。何時か先生は私にソルの曲の素晴らしいimprovisation(改編)を教えて下さったが、評論家には呉々も注意しろよと、注意して下さったのがすごく印象に残っている。
   次に、オーケストラと言っても勝れたオーケストラでしかもすぐれた指揮者によるオーケストラの演奏であるべきは言を俟たない。
   話はまた逸れるが、昔ロンドンにいたときドイツの名指揮者オットー・クレンペラーが来たので聞きに行った。その時クレンペラーはベートーベンのレオノーレ序曲第3番のみの演奏(指揮)であった。(第3番序曲は歌劇フィデリオの中間にでてくる)そこで、よぼよぼのクレンペラー氏がお付きの人に支えられて舞台に現れ、指揮台に立ってタクトを振り上げそれをすっとおろすと、なんと今迄の凡庸な(そうでなかったかも知れないが)指揮者のオーケストラと全くちがう音があのロンドンのフェスティヴァルホールを充たした。その事(オーケストラの音の見事な変化=同じオーケストラが指揮者が代わっただけで全然別の、見事な音が出せるのだと言う事)のみが私の驚愕であり、いつまでも記憶から離れない感動であった。指揮棒をすっと降ろす事がそんなに難しいのだろうか?それともクレンペラー氏は特殊な改編をベートーベンのスコアー(総譜)に施すのでしょうか?
   ギターをオーケストラのように弾くと言っても、誤解しないで頂きたいのはオーケストラの曲をギターに編曲してギターで弾くと言う事ではありません。オーケストラの曲は殆どの場合、ギターソロで聴くよりオーケストラで聴く方が勝っている。
   話が逸れたが、勝れたオーケストラと言えば、ギターに置き換えて言えば、良い楽器のことです。指揮者から見たオーケストラと言えばそれは、テクニックを含んだ意味でのオーケストラであり、よく訓練されたオーケストラは良く訓練されたギタリストの指を持つ勝れた楽器(ギター)の事である。良いギターは探して買えばよい。(運が良ければ最高のもが手に入らないとも限らない)。どんなギターを持っているかは、そのギタリストの資質を現すが、それプラス、必要なのは勝れた指揮者である。指揮者とはあなたの頭脳の事です!
   今回の終わりに!
   姫路の私のレッスン場には(最近では東京のレッスン場にも)ぼつぼつであるが、アンドレス・セゴビアの孫弟子達が育っている。残念なのは私が忙しくて月に一回しかレッスン日がとれない事である。彼等は音楽に対して真摯な気持ちを持ち、ギターが芸術に奉仕する楽器であることを認識して、お金儲けの為にギターをしているのではなくて、芸術のためである事を、セゴビアの孫弟子である事と共に誇りにして呉れているに違いない。姫路以外の土地にいる私の弟子達も、私の古くからの音楽の弟子であり、私の歩んで来た遠い道を一緒に歩んできてくれた仲間達である

第39回オーケストラには詩情がない!(2009/12/9)

   ある時パリの街を歩いていると一緒に歩いていた相手が小声でつぶやいた。それはパリのオペラハウスの横町の道でした。「ギターには詩情が在るがオーケストラにはない」と。わたしは最近になってその意味がはっきりとして来た。
   詩情と言えば昔ジュリアン・ブリームが日本に来た時、空港からホテルに着くなり、バーに直行、J&Bを注文し、(J&Bはウイスキーの銘柄でジュリアン・ブリームのイニシアルと同じなので彼のファボリット)直ちに話題を詩情(poetry)に持って来た。彼曰く、詩情はそこに有ると思えば其処にないし、ないと思えば其処にある、と。それは僕にはあたかも或るものを見ようと思って直視するとその見たいものは見えないが少し外れた所に目を移すとさっき見たかったものが見えると言う事実(現象)に思い当たるようだったが、わたしはイギリス人の実証主義から来るための話かとも思った。わたしの英語力では簡単ではないので、ミステリー(神秘主義)の方へ話題を振った。神秘主義的な方面に彼の演奏を持っていけば好いのではないかとわたしは示唆しようと思ったからでした。
   そんなに難しく重要な詩情の話題ではあるが、詩情に関してはギターがオーケストラより優れていると言う頭書の議題は聞き捨てならず、わたしの小さい脳みそをそれ以来占領していた。
   さて、本題だが、一人の指揮者がいてオーケストラを指揮している。ギターなら弾き手と指揮者は同一人物であるが、オーケストラの指揮者の場合は何十人の奏者を一人の人物が指揮する。さて、指揮者が詩情の塊であるとしても、その指揮者の詩情は全員に伝わるだろうか?ギターなら必ず伝わるが(一人なので伝える必要がない)オーケストラでは何十人の楽団員全員に伝わるだろうか?これは物理的に不可能だ。
   ただそれだけの事。ハッハッハ
   そうは言っても、ギター一本で詩情を優れた音楽として表現する(詩情の溢れる音楽を演奏する)のは至難の技です。もしその奏者が溢れる様な詩情を持っていて、ある音楽作品に対面し、それを音にした時の姿を正確に、目で見える様にしっかりと判っていた時、それを一人の頭脳で一人の奏者に伝え、あらゆるテクニックを弄して音に実現するその難しさは想像を超えるものです。優れたオーケストラの指揮者、優秀な芸術家であるギター奏者、詰まり芸術家そのものの様な頭脳の持ち主がギター奏者であれば、あとはそのギタリストがどれだけの、ギター演奏についてのテクニックを身に着けているかが勝負の分かれ目です。
   日本、(関西?)には面白い言葉がある。「大男、総身に知恵が廻りかね」オーケストラの知恵、即ち、指揮者の智慧が全楽団員に伝わるかどうか。ギターなら奏者の考え(智慧)は必ず伝わる、しかしそのギタリストの器が小さいと伝える必要もないし、そのギタリストの頭脳の想像力と創造力プラス命令系統が優れているかどうかはまた別の問題ではある。また技術がそれに付いて行くかどうか、それも別の話です。

第40回音楽芸術の行き着く先 (2009/12/12)
音楽が発展して行った究極の地

   音楽芸術の行き着く先は何処にあるのでしょう。
   考えてみると、一応二種類の音楽の行き着く先がある様です。先ず作品です。次に演奏です。方や作曲家であり、方や演奏家の未来です。
   演奏と言えば、わたしの経験では、音楽の(特にギター音楽の)現時点での行き着いて来た先を知っています。それはSPレコードでの末路としてのものです。優れていない演奏のSPレコードは優れた演奏にまぎれて沢山売られていましたが、もう何処にも存在しません。ゴミとして捨てられてしまっているのです。初期のSPレコードには1枚に片面1曲しか入っていません。暫くするとSPレコードも5インチと10インチの盤が出来て裏表に2曲入る様になりました。未だに2束三文で売られている哀れなSPレコード、詰まり安物の演奏、(この世に存在してもしなくてもよい演奏)もありました。演奏が記録-録音される様になった結末です。
   ごみの様な演奏、これは捨てられるべきです。判り易く、絵画に例えて言えば、ごみの様な演奏とは落書きです。だから捨てられて当たり前のものです。初めから無い方が好いのです。世の中の為なのです。
   わたしの経験では、劣悪な演奏によって或る曲を初めて聴くと作品としては聴くに耐えない曲だと思わされることがある。その場合その不運な曲は時として好い演奏が出現するまでは人々に見向きもされないこともある。その事は楽器としての評価についても同じです。酷い劣悪なギタリスト演奏家によってなされたギターの演奏を最初に聴いた方は二度とギター音楽を聴いて下さらない。第一印象の与えた怖さです。
   わたしが考察をしようとした原点は、音楽の発生から、発展段階を経て、未来に向かう時、どのような、音楽が残って行くのだろうという事で、勿論クラシック音楽しか残らないのであるが、それが演奏された音楽としてかそれとも楽譜としてか、それとも漠然と多くの演奏家による演奏の評価から、矢張り作曲家が作った音楽としてか?????詰まり演奏家がその楽曲の評価に、存在、存続に拘る事があり得るのだろうか、と言う点でわたしには大きな関心があります。
   一言、自慢話になりますが、ある一つの曲が演奏家によって適切な解釈をして、(わたしはそう思ったのですが)演奏された時、彼(作曲した人)が予想もしなかった音楽になる事があると言う経験をした事があります。それはロンドンのウィグモアホールでの事ですが、ジャック・デュアルテさんのソナチネを弾いた時です。作曲した本人が「そんな曲とは知らなかった。しかし凄く気に入った」と言って楽屋に来られました。このソナチネはニューヨークでも弾いたし、その後セゴビア先生にも聴いて頂きました。セゴビア先生の評は一言「Very fragment」でした。で、デュアルテさんが喜ぶかなと思ってこの事を伝え、この曲に「Sonatine fragmentary」とか付けようかと言ったら、「それは必ずしも褒め言葉とは言えない」、と彼、作者の強い反対に遭った。
   もう一つの例は、恐れ多くもセゴビア先生のお宅で先生の作曲された曲、「ポンセの魂の為に」(これはポンセが亡くなられた時セゴビア先生が作られた曲です)を弾くと先生はもう一度弾いてくれ、と奥様のエミリータを呼んで二人で聴いて下さった事です。セゴビア先生のアンコールでした。こんなに好い曲をおれは作ったのだと自慢げにしておられた。詰まり、演奏によって好い曲だとセゴビア先生によって評価された事になったと僕は心の中で喜んだ。
   わたしが何を言いたいかと申しあげると、曲の評価は演奏にも拘っている、しかしその度合いはギター音楽において特に顕著であると言う事です。そしてギター音楽においては特に、この曲目はこの人物によるこの時の演奏・・・・
   中途半端の様ですがこのあたりで筆を擱きます。全くの自慢話になってしまったので。